日本電子出版協会(JEPA)は6月11日、株式会社インプレスR&Dが手がけるデジタル・ファースト出版方式「NextPublishing」の現状についてのセミナーを行いました。講師は代表取締役社長 NextPublishingセンター センター長 井芹昌信氏と、NextPublishingセンター 副センター長 福浦一広氏です。既存の取次・書店流通を使わない新しい出版ビジネスが、いまどの程度まで可能性を広げつつあるのか? という意味で、興味深い内容でした。プレゼン資料はJEPAのセミナー報告ページにあるので、詳細が知りたい方はそちらをご参照下さい。
「伝統的出版(Traditional Publishing)」
とは何が違うのか?
井芹氏によると、一般的な出版のプロセスは、企画、執筆、編集、制作、製造、流通に分解できます。そして、電子出版のイノベーションは、主に製造と流通に起きています。つまり、印刷・製本プロセスがなくなっている点と、流通(そして営業)がWebを舞台としている点です。これは従来の伝統的出版(Traditional Publishing)とは構造から大きく異なる、変革と言ってもいい事象でしょう。
ところが編集は、デスクワークはある程度電子化されていても、本質的な実務や考え方は変わっていない、変わっているのはもっと下流側だと井芹氏は言います。要するに、あまり大きな変化をしていない上流側にも、イノベーションを起こしたいということなのでしょう。NextPublishingは、制作システムと流通システムの両方を含む「メソッド(方法)」であり、「ブランド」や「シリーズ」の名称ではない、という説明をしていました。
NextPublishingで可能なこととして、例えば出版企画書の電子化と、承認プロセスのオンライン化、企画承認後に、企画趣旨などから書誌情報をそのまま抽出・自動処理する仕組みなどが挙げられていました。また、原稿指定も電子的にできます。「電子書籍」と「印刷書籍」のデータを、同一編集プロセスで一度に作成できます。ページ数に応じた表紙を自動的に生成する機能もあります。電子書店やプリント・オン・デマンド(POD)対応ストアへの流通、広報・告知(プレスリリースなど)、売上レポート作成や印税計算・支払いまでできます。
また、PODだけに対応しているわけではなく、技術的にはオフセット印刷も可能(使えるPDFが生成される)なのですが、インプレスR&Dとしては「在庫ゼロ」でやりたいので敢えてPODだけでやっているそうです。また、制作フローが全く異なるため、「既存のInDesignデータをNextPublishingで」というのは考えないほうがいいそうです。
電子出版時代にふさわしいワークフローへ
「電子書籍は校正作業が難しい」という問題がよく指摘されますが、NextPublishingではEPUBと印刷用PDFが同時
現時点だと多くの出版社が、印刷用データを完成させてからEPUBの制作をする業務フローになっているため、電子版の配信が紙の本より遅くなってしまっているわけですが、こういう仕組みなら紙と電子の同時発売や、電子版の先行販売も可能なわけです。
私は、一般的な出版社の業務フローにあまり詳しくないのですが、恐らく「電話と机さえあれば始められる」と言われていた頃からフローがあまり変わっていない出版社もあれば、環境の変化に合わせて大きく変化している出版社もあり、そこには大きな差が生じていることでしょう。
このNextPublishingは、前者の「業務フローがあまり変わっていない出版社」に向けて、比較的安価に構造変化ができる仕組みを提供しているということになります。昨年末に同じくJEPAで「電子書籍実務者は見た!」というセミナーがありました(レポートはこちら)が、そのときに挙げられていたさまざまな問題点を解決する、一つの手段になり得るだろうと感じました。
セミナーの最後であらためて、NextPublishingは「編集者のための電子出版ビジネス支援環境です」という説明をし、共同出版事業への参加企業を募集していました。開始から2年間で105タイトル発行していますが、インプレスR&D以外の他社ブランドによる出版物も12タイトルあるそうです。
400部売れれば粗利がでるモデル
電子書店での販売と、POD(つまり受注生産)だけの展開なので、在庫・返品ゼロ、品切れなし、という点が大きな価値となります。低コストで出版できるため、製造原価をリクープできる部数のハードルが低くなり、企画面での品質低下を招くことなくタイトル数を増やすことが可能になります。
逆に「諦めた(捨てた)」点として、複雑なデザインを必要とする企画、個別の装丁デザイン(テンプレートを用いる)、大量生産・書店委託配本、再販制度などを挙げていました。時代の変化に適応するには、何かを諦める必要があるということでしょう。逆に、新しい方法では難しいことをムリにやろうとする必要もなく、適材適所で使い分けをすればいいのだと思います。
さて問題は、これでビジネスとして成り立つのか? という点でしょう。インプレスR&Dブランドで発行している本は、正味売上60万円、販売部数400で粗利が出るように設計しているそうです。なお、電子版の販売価格は、オンデマンド印刷版の6割程度に設定しているそうです。
そのやり方で2年間続けてきて、累積販売部数が2014年4月末時点で3万8908部、平均販売部数は371部だそうです。つまり「販売部数400で粗利が出るように」という設計値まで、あと一息というところまできています。ちなみに、これまでで最も売れたタイトルは、7107部で売上1214万円。当初はオンデマンド印刷版が多かったのが、最近は電子版も増えてきて、53:47と拮抗してきているそうです。
MMD研究所の「2014年3月電子書籍に関する利用実態調査」によると、日本における現時点での有料「電子書籍」利用率(利用経験者の割合)はまだ14.5%です。それで「あと一息」まできているわけですから、利用率がもう少し高くなれば確実に利益が見込めるようになってくるでしょう。
昨今、出版業界は「苦境へ陥り、破局への道を歩んでいる」といった、ネガティブな言葉で語られがちです。しかしそれは、ビジネス環境が大きく変化しているのに、今までのやり方に固執して自らを変えることを拒んでいるからではないでしょうか。
隕石落下後の劇的な自然環境変化に適応できなかった恐竜は絶滅しましたが、適応できた哺乳類は恐竜のいなくなった後の地球を自由に闊歩しています。新しいやり方で、新しいビジネス環境に適応できた出版社は、新しい時代にも生き残っていけるはずです。
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執筆者紹介
- フリーライター。日本独立作家同盟理事長。実践女子短期大学非常勤講師(デジタル出版論/デジタル出版演習)。著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。
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