「目次録」は本との出会いを革新する

2011年11月11日
posted by まつもとあつし

東京丸の内オアゾにある丸善丸の内本店。総床面積は1,750坪・蔵書数約120万冊というこの大型書店に、「松丸本舗」はある。迷路のように書棚が並び、一般的な作家や出版社別ではなく、テーマごとにセレクトされた本が並ぶこの場所は、一種独特な雰囲気を放っている。

ユニークな陳列で本好きの支持を集める松丸本舗。約5万冊の本で構成されている。

陳列のユニークさは、実際、売上にも繋がっている。7月29日放送のワールドビジネスサテライトでは、客単価が約3500円、丸善の他の売り場の約1.5倍と紹介された。この「松丸本舗」は丸善CHIホールディングスと編集工学研究所が共同プロデュースしている。

ブックナビゲーションサイト「千夜千冊」で知られる松岡正剛氏が率いる編集工学研究所は、現在は大日本印刷グループの丸善CHIホールディングスの資本傘下にある。メディアに露出することの多い松岡氏に対して、編集工学研究所そのものが紹介される機会はまだ少ない。

わたし自身もその名は何度か耳にするも、正直その活動の詳細は把握できずにいた。そこで大日本印刷と共同開発しているという「知の探索型ナビシステム」を切り口に、編集工学研究所の大村厳専務取締役、土屋満郎取締役・経営戦略室長に話を聞いた。

アマゾンのリコメンデーションとは異なる仕組みを

土屋満郎氏(編集工学研究所取締役・経営戦略室長)。イシス編集学校の出身でもある。

来年の本格稼働を目指して開発が進む「知の探索型ナビシステム」について、土屋氏は、「アマゾンが備える自動化されたリコメンデーションとは異なるもの」と説明する。よく知られているように、アマゾンはユーザーの購買履歴を元に、関連商品を表示し、 アップセル(より高価格帯の商品の購入を促す)やクロスセル(関連商品の購入を促す)を図るが、この編集工学研究所が目指すのは、松岡正剛氏が「千夜千冊」などの長年の読書、書評経験を通じて構築した「目次録」をベースとしたシステムだ。

「知の探索ナビシステム」のベースとなる「目次録」。松岡正剛氏は「目次を読む」ことを本の構造を理解した読書の手がかりとして重視している。(編集工学研究所の資料より)

米国型の垂直統合モデルではなく、既存のバリューチェーンを維持したまま水平分業型での電子書籍市場を目指した結果、電子書店が乱立し、ユーザーが「どこでどの本を買えばいいのか/買ったのか」が分からなくなる、といった混乱が起こったのは否定できないだろう(ASCII.jp:ユーザー軽視?書店乱立 「日本型」に向かう電子書籍|まつもとあつしの「メディア維新を行く」を参照)。

書店ごとに異なる購入手続き、決済手段、蔵書の管理方法、対応端末など、「電子書籍元年」から1年経ち、各社の取り組みが加速した結果、皮肉にも混乱は拡がってしまった。

今年7月に開催された東京国際ブックフェアでは、各社・団体が「共通本棚」「共通ストア」の仕組みをこぞって展示していたのが印象的だった。このような状態を解決するために、書籍の販売、蔵書の管理のスタート地点となる本棚のUI(ユーザインタフェース)を共通化することによって、その混乱を少しでも軽減しようというアプローチと言える。また、楽天、Yahoo!も電子書籍販売サイトを立ち上げることを発表し、各社ごとの扱いタイトルの分断は集約の方向に向かいつつある。そこで次の課題として浮かび上がるのが、「リコメンデーション」のあり方だ。

編集工学研究所が大日本印刷と取り組むのは、ユーザーの購買履歴から類似する(≒購入される可能性の高い)作品を勧めるのではなく、「この本を読んだユーザーは、この分野に関心があるはずだ」あるいは「こういった分野にも読書の領域を広げていけるのではないか」といった、読書体験豊富な目利きによる人手を介したリコメンデーションシステムなのだ。冒頭に挙げた「松丸本舗」をインターネット空間に再現することで、豊かな読書体験を提供し、結果として客単価の向上と言った収益にもつなげていく取り組みとも言えるだろう。

2011年10月にリニューアルされたISISサイト内の「松岡正剛 千夜千冊」。これまでに取り上げられた本の総数は、すでに1400冊を超えている。

親・子・孫の3階層からなる「目次録」のコード体系。親コードは16個、孫コードは5000個にも至る。単なるカテゴライズではなく、それぞれがコンテクストを持っている。

「『目次録』とは、いわば目次の目次の目次なんです」と土屋氏は話す。

図をみても分かるように、「目次録」のコードは図書館でよく目にするもの(日本十進分類法)とは大きく異なっている。松岡正剛氏が「千夜千冊」を含めた読書体験で蓄積した本一冊一冊の目次がメタ化し、あるいは細分化され、1つのコードの中に、「何をどのように知るか、理解するか」といった文脈が含まれているのが大きな特徴だ。

これによって、たとえば『もしドラ』(岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』)の関連書籍としてドラッカーの書籍ばかりが並ぶのではなく、「商人の哲学」というコードから「渋沢家三代」がピックアップされるといった具合に、意外な本との出会いが生まれるというわけだ。図書分類法と異なり、複数のコードの配下に同じキーワードが登場したりする。そのため、ツリー状というよりも、全体を俯瞰すると蜘蛛の巣のようなネットワーク状になっているという。あるタイトルの本が一箇所ではなく、あちこちの本棚に同時に存在しているようなイメージと言ってもいいだろう。

土屋氏は

「原発についての本であれば、環境・テクノロジー・エネルギー、そして政治・経済に関連しています。現行の図書分類の場合、本をどの棚に配置するのかが特定されていいけれど、1冊の本を強制的に分類値の体系のなかに押し込むことになります。多角的な見方をするならば1冊の本がさまざまな棚にあってもいいはずです。それに応える仕組みはないかということで編み出されたコードです。」

と抱負を語る。

人手による限界をどう超えていくのか?

創業時のアマゾン・コムは社内にエディターを置き、目利きによる本のピックアップと解説コーナーを設け、いわば、人手でリコメンデーションを行っていた。編集工学研究所の取り組みも一見、それに近いものに見える。しかし、「それには限界がある」と土屋氏は指摘する。一人の人間がカバーできる領域というのは自ずと限界があり、アマゾンの場合はサービスの規模が拡大するにつれて、プロのエディターによるリコメンデーションを取りやめ、ユーザーレビューと、データマイニングによる自動化を推し進めていった。

来年に本格稼働するというこの「知の探索ナビシステム」は、大日本印刷がドコモと設立した2Dfacto、また電子書店honto、あるいは書籍通販サイトのbk1などとも連動していくと予想されるが、そうなると膨大なタイトルを対象としなければならなくなる。目利きによるリコメンデーションの「質」と、増え続ける本の「量」は果たして両立するのだろうか?

大村厳氏(編集工学研究所・専務取締役)

大村氏は、

「私たちは世界を読み解くための深層の「ものがたり」を構成する概念群をマザーと呼んでおり、そのマザーを活用したり編集・制作していくための人材や場を含めた環境をマザープログラムと称しています。「松丸本舗」「千夜千冊」「目次録」という知の体系が形成されていく過程や環境がマザープログラムというわけです。」

と説明する。例えば「松丸本舗」では、店舗の中央に「千夜千冊」で紹介された本が収められており、それをキーブックとして、外周に向かって各カテゴリの本が、書籍・コミックと言った種別を問わず陳列されている。

ナビシステムのベースになるコード体系「目次録」は、そこからさらに一歩推し進め、「全知=全世界の知」をもう一度コード体系に分け構造化する、という意欲的な取り組みとなっている。

「目次録」に対する膨大な解説集はイシス編集学校の卒業生によって編集が続いている。このテキスト情報が「探索」の際、重要な役割を果たす。

先ほど、土屋氏が「目次の目次の目次」という耳慣れないフレーズを使ったが、この膨大なコード体系を支えているのが、松岡氏を校長として編集工学研究所が運営する、イシス編集学校の卒業生たちだ。インタビューに応じてくれている土屋氏もこの卒業生である。

目利きとデータベースを連動させる

「本は3冊、というのが松岡がよく言うことなんです」と土屋氏。つまり、ある分野の本を読もうとしたときに、1冊だけを読むのではなく、少なくとも3冊合わせて読むと吸収と定着がより早く、確実なものになる、というわけだ。これは「千夜千冊」で松岡氏が実践している手法でもある。「目次録」の目的も、このような読書の道しるべとなることが含まれている。

「目次録」のコード、つまり、ある興味や関心の領域への理解を深めたいと思ったときに、ではどの本を読んだら良いのかを指し示すものが、さきほど紹介した「キーブック」だ。1つのコードに対して原則として5冊が割り当てられている。全体として約5000のコード×5冊で約25,000冊がキーブックとして存在しており、先ほど紹介したイシス編集学校の卒業生が要約・解説文の作成を行っている。まさに目利きによるリコメンデーションが、集団で行われている。

そこからさらに読む本を拡げたくなった場合も想定し、同じく大日本印刷グループのTRC(図書館流通センター)の書誌データベースと紐付けが行われる。国立情報学研究所(NII)が研究開発した「連想計算エンジン」を基盤として、大日本印刷が研究開発したエンジンによって関連性の高い上位50冊が選択され、表示されるという。

「目次録」・TRCの書誌データベース・連想計算エンジンの相関イメージ。「インターネット的なデータに、人が文脈を伴って関わっていく」と大村氏。

つまり、現在のアマゾンのように、本のリコメンデーションの全てを自動化するのではなく、いわゆる「読むべき本」については、人手を介したしっかりとした解説と共にリコメンデーションが行われ、そのテキスト情報も検索のキーワードとして利用することで、一般の書誌データベースともシステム的に連携を図ろうというのが、「知の探索型ナビシステム」の全体像だ。目利きによるキーブックやコード体系の見直しは時代に応じて行われるが、毎年7万点以上と膨大に生み出される新刊については、TRCの書誌データベースとの機械マッチングの対象になるため、「システム全体としてはびくともしない」と大村氏は胸を張る。

「キーブック」のメンテナンス、そしてそれらに対する解説文のクオリティは、単に読み物としてだけでなく、書誌データベースとの連携を生むインデックスとしても重要になってくる。土屋氏は「そこで求められるのは精度というよりも、拡がりを生むための自由度、どのくらい発想を広げられる遊びがあるかどうかです」と言う。

書籍に対して絶対に述べられなければならない情報は網羅しつつ――とは言え、大村氏は目次録が網の目状になっていることから、仮に取りこぼしがあっても、また検索結果として表示される可能性が十分あると指摘する――そこにプラスアルファをどのくらい加えることができるかが、解説文を編集する人の腕の見せどころとなる。その過程は松岡正剛氏が「千夜千冊」で行っているのと同じものであり、主唱する「編集工学」の本質でもあるという。

「この本が読みたい、例えば『もしドラ』を読みたいんだ、という明確な目的がある場合はアマゾンでの検索でも十分だと思うんです」と土屋氏。

「私たちとしては、そこから近江商人の歴史にも辿り着いて欲しい、1冊の本の周りに拡がっている『知』、それを表現できればという思いがあります。たとえば本屋さんに行くときに、欲しい本が明確じゃないことも多いはずです。何となく目に入ったカバーや、タイトルに惹かれて、思わず手に取る、それをネット上でも起こせないかなと。いまご説明した内部のシステムはもちろん、ユーザーインターフェイスも重要ですので、いま大日本印刷さんと詰めているところですね」

まだシステムは公開されていないが、書店員やイシス編集学校の在学生らによるユーザテストは始まっているという。どんな形で来年公開されるのか、楽しみにしたいところだ。

108人の目利きを生むイシス編集学校

「知の探索ナビシステム」では、親・子・孫の3階層からなる「目次録」のコード体系が用いられている。

  • 親コードは16個。
  • 孫コードは約5000個。
  • 孫コードに紐づけられた各5冊、全体で約25,000冊のキーブック。

これが、「知の探索ナビシステム」の現在の全体像だ。そしてキーブックを選定し、周辺の本も含めて読み込み、解説文を書きこんだり、必要に応じてその内容やコード体系を見直したりする作業は、イシス編集学校の最上位コースである『離』(松岡氏の直接指導があり、土屋氏も講師を務める)を卒業した108人からなる委員会によって行われている。

ISIS編集学校のパンフレットより。インターネット上での通信教育を中心に編集力を学ぶ。松岡氏は「編集」という言 葉を広く捉えており、出版業界に限らず、社会人から学生まで、その学生達のプロフィールは多様だ。各コースは3 週間~17 週間で構成されている。

「108人というのは偶然です――煩悩ではありませんよ」と大村氏は笑う。編集力を身につけ、ボランティアで集った委員たち、そして4期の卒業生である土屋氏によって、「目次録」プロジェクトは支えられている。「通信教育にも関わらず卒業率は8割を超えていて、モチベーションがとても高い集団です」と大村氏。

松岡氏がカリキュラムに大きな影響を与えていることは否定のしようがないが、学生のバックグラウンドも相まって、多様な感性の集合体(アソシエーション)になっているという。そのことが、彼らが編集し、生み出していく「目次録」、解説文の「幅」を生み(これを、編集工学研究所では「編集多様性の担保」と呼んでいる)、リコメンデーションの質や面白さを高めていくことに繋がるはずだと二人は期待を寄せている。

昨年の東京国際ブックフェアでは、この「知の連想探索型ナビシステム」の展示の隣にインプレスが開発中の「オープン本棚」も合わせて紹介されていた。現状はまだ乱立状態にある電子書店、あるいはユーザーの本棚を一元的に管理できるこの仕組みは、「知の連想探索型ナビシステム」とも相性が良いと考えられる。

土屋氏は「この仕組みは、電子書籍だけをターゲットにしたものではありません」と強調する。現状、品揃えが十分とは言えない電子書店に対してだけでなく、一般の書誌データベースとも連携することで、たとえ電子書籍でそのタイトルがラインナップされていなくても、紙の書籍として手に入れる手段も用意できるということになる。

「絶版のものであっても、その存在についてはやはり表示した方が良いはずです」と土屋氏。TRCとの連携はその点でも整合性があると言えるだろう。「松丸本舗」での実績からも書籍に限らずコミックなどもその対象に含まれているはずだ。

編集工学研究所独特の用語が多いこともあり、外からその取り組みがやや分かりにくい面もある。しかし、アマゾンのような自動化だけでは生まれない、また新刊・絶版に拘らない「本との出会い」というきっかけ作りから、広義での編集スキルを備えた人材の育成、彼らの力を本とのライフサイクルにフィードバックしていく仕掛け作りなど、その取り組みはかなり広範に及んでいることの一端が見えて来た。

昨今、Googleのように自動的にWebコンテンツをクロール(巡回)し、膨大に生成されたインデックス(見出し)の検索によって、目的のコンテンツを探し当てるWeb利用のあり方と、急速に一般化が進むソーシャルメディアにおける属人的なコンテンツのリコメンデーションが対比的に語られることも多い。筆者はそれらのいずれかが他方を置き換えるものではなく、融合が計られると考えているが、「本」の世界でも同様の取り組みが始まっていることは非常に象徴的だと感じられた。

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執筆者紹介

まつもとあつし
ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp