キンドル・アンリミテッド登場は何を意味するか

2014年7月30日
posted by 大原ケイ

米アマゾンが定額読み放題サービス、「キンドル・アンリミテッド」を始めた。OysterScribdといった他の定額Eブック読み放題サービスも既に始まり、TxtrBlloonといった、どこの誰がやっているのかわからない同様の新参サービスもできはじめている。

本も「定額読み放題サービスが主流」になるのか?

デジタル時代に音楽配信がiTunesやMP3ファイルのダウンロードから、PandoraやSpotifyなどに代表されるストリーミングサービスに代わり、映画やTV番組がオンデマンドのケーブルサービスからNetflixやGoogle Playなどのストリーミングサービスに代わってきつつあるのを目の当たりにすると、本も当然、定額読み放題サービスが主流になっていく、と論じる者がいてもおかしくはない。

だが、本当にそうだろうか。

いまのところ、キンドル・アンリミテッドが提供する60万タイトルのうち、50万タイトルは「KDPセレクト」のものだ。これはKDPの自己出版か、アマゾン出版によるEブックで、いわゆるアマゾンがすでに自ら構築したコンテンツで成り立ったエコシステムということができるだろう。

キンドル・アンリミテッドで読める本を見てみると、ビッグ5、いわゆる既存大手出版のタイトルは含まれていない。目玉商品としてプロモーションに使われているベストセラーは「ハリー・ポッター」シリーズ(著者のJ・K・ローリング自身がやっているサイト「ポッターモア」ならばDRMなし版が買える)、「ハンガーゲーム」シリーズ(児童書最大手スカラスティックの作品で映画化もされ、ブームに)の本など、ひと昔前のベストセラー、つまり、お金を払って読もうという人はもう読んでいる、という前提の本だったりする。

ちなみにスカラスティックはアンリミテッドのサービスについて、「(契約すると自動的に)含まれるから」と一方的に通達を受けたそうだ。これはキンドル端末限定の「図書館サービス」のときと状況が似ていて、10%ミニマムではなく、ダウンロードされた時点で「売上」となり、印税が支払われる。

他にもトールキンの「指輪物語」といったモダンクラシックス(今でこそ著作権管理者がいるが、アメリカでの著作権の所在が不明瞭だった過去がある)や、最近のベストセラーではマイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ』(版元は中堅のノートン)が入っているが、どうやらアマゾン側が出版社側の了解を取り付けた上で入れたのではなく、オプトアウトしない限り自動的に含まれるという理解で入っている作品があるようだ。

ワシントン・ポスト紙(オーナーがジェフ・ベゾス)のヘイリー・ツカヤマ記者は、アメリカ人が1年間で読む平均冊数(5)を考えると月10ドルは高い、と言っている

つまりキンドル・アンリミテッドはいろいろな本を「読み散らす」のが好きな人にとっては価値のあるサービスだろう。ただし、それは今まで以上に「どの本をどこまで読んでいるか」といった読書パターン=個人情報をアマゾンに明け渡す、という条件付きなわけだが。

問題は、著者に対する支払いをどうするか、ひいては他の出版社がどう対応するかだろう。

アマゾンは、キンドル・アンリミテッドの会員が、ある作品の10%以上(「なか見!検索(Look Inside)」で出てくる分ぐらい)を読めば、それを「売上」として認識し、著者に印税を支払うという。だがその額はあらかじめアマゾンが(一方的に)決めた予算の中から支払われる。今回のアンリミテッドには1ヶ月分として200万ドルを用意しているという。

だが問題は、この予算枠が今後アンリミテッド会員が増えるに従って増額されるとしても、それがいくらになるのかはアマゾンの胸三寸、という点だ。キンドルセレクトの自己出版著者にはアシェットのようにアマゾンと交渉するオプションさえない。結局は数多ある作品の中でも、何かをきっかけにバズった一握りのタイトルだけが恩恵に預かり、その他大勢は10%も読まれずに終わってしまうだろう。

アマゾンが構築しているのは何か

アンリミテッドの発表と裏腹に、これまで「貸出し」サービスとしてキンドルデバイス保有者にのみ1冊提供していた「キンドル・レンディング・ライブラリー」はこのままひっそりと終了させるつもりかもしれない。

いずれにしても、アシェットとの交渉でも一歩も引く気を見せないアマゾンは、そもそもこのアンリミテッドのサービスにビッグ5の本を入れる気はないだろう。ということは、アマゾン出版と、アマゾンセレクトを合わせた、アマゾンオンリーのタイトルを中心としたコンテンツによる「囲い込み」をやろうとしていると考えていい。

「他の本を読みたければ、そちらへどうぞ。ただしお値段が張りますよ」というスタンスだ。

私はどうしても既存の出版社の立場から見てしまいがちだが、今回も「キンドル・アンリミテッド」を諸手を挙げて歓迎する気持ちはまったくない。ビッグ5の出版社にしてみれば、この「9.99ドル」という値段にまず拒否反応を起こす。キンドルが最初に登場したとき、アマゾンが勝手に新刊本Eブックに付けた値段だからだ。

すでに大手も他のScribdやOysterといった定額サービスにタイトルを提供しているが、とはいってもごくごく限られた冊数だし、利用者数やタイトル数を理解した上で納得できる金額でバックリストの本を提供するという次元に留まっている。

だがアマゾンとなったらそうはいかない。これからアンリミテッドにタイトルをよこせ、と迫ってくるのはわかっている。きつい条件でギリギリと締め付けてくる。今、出版社のエグゼクティブは自らの保身ではなく、もっと大きなスケールで「出版」そのものがどう変化していくのか、これこそ産業構造がひっくり返るようなビジネスモデルではないのか、そうなった場合にどうやって著者の利益を守ることができるのか、どうしたら出版という文化を担ってきた責任をこれからも果たせるのか、頭が痛くなるほど考えているはずである。

考えなしに飛びついたら出版社の負け

これからのことを予測するとすれば、アンリミテッドのコンテンツはしばらくの間、これ以上急速に増えることはないだろう。大手が足並み揃えて作品を提供すればまた「談合した」と言われるだけだし、いまアマゾンとアシェットが揉めている以上に細心の注意を払いながら契約内容を詰めないと、本が売れない状況を自ら作り出すことになるからだ。

その間に「読み散らした」読者が「自己出版の本ばかりでつまらない」と不満を漏らし始めたらアマゾンの負けだと思うし、考えなしにアンリミテッドに飛びついたら出版社の負けになる。

勝ち負けは別にしても、ここでビッグ5が今まで通り、本は単品で選び、それ相応のお金を出せば読む価値のある娯楽が手に入る、という付加価値を示せるのならば、音楽業界の二の舞にはならないだろう。むしろ映画業界のように、それを享受する側が、公開時に劇場に足を運んででも観たい作品と、定額ストリーミングサービスにそれがあればスキマ時間に楽しめばいい作品とを、各自が線引きするようになるのではないかと、個人的には予測している。

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いま改めて考える、出版社のレゾンデートル

2014年7月23日
posted by 鷹野 凌

── いまこそもう一度、電子出版に真正面から立ち向かうときだと思っています。

7月1日に行われた記者発表会で、株式会社ボイジャー 代表取締役 鎌田純子氏は述懐を込め、このような挨拶をしました。この日、池澤夏樹氏の作品の電子化・販売をボイジャーが手がけることの発表と同時に、電子出版Webサービス「Romancer(ロマンサー)」が一般公開されました。2011年に導入した「BinB」ブラウザビューワが「いつでも誰でも簡単に電子の本を読める仕組み」なら、Romancerは「簡単に作る」役割を担っています。池澤氏とのプロジェクトでも使用しているとのことです。

Romancerは、昨年の国際電子出版EXPOの時点でクローズドβ版が公開されていましたが、正式版の公開で何が変わったのか、他社のサービスとは何が違うのか、そしてどのようなビジネスモデルにするのかを私は注目していました。鎌田氏は、ボイジャーが電子出版で社会に貢献する要素を「Eternity, Borderless, Open, Originality, Knowledge, Social」だと語りました。

ボイジャー代表取締役の鎌田純子氏。

池澤夏樹氏は「友情ではなくビジネス」と語った

池澤氏は、これまでずっと作品の電子化を断ってきた理由を「出版社が本当に本腰を入れてやってくれるかどうか疑問だった」と語りました。言い方は悪いけど「唾を付けておこう」みたいな雰囲気があり、それが提示される印税率にも表れていたと。逆に、ボイジャーの提示した条件は、明快かつ合理的だったから「友情の延長ではなく、ビジネス」としてやってみようと思えたそうです。

プロジェクトの責任者であるボイジャー萩野正昭氏(前社長)は、池澤氏へ提示した条件について「経費を除いたら、作家と出版社で折半と決めていた」「経費は20%くらいを目標としている」「作家の印税は、30%を下るべきじゃないという考えを持っている」(つまり印税率は30%〜40%)と補足しました。日本では一般的な出版社から電子版を出すと印税率は15%(海外では25%)程度らしいので、それに比べたらはるかに好条件です。

作品の電子化をボイジャーに委ねると発表した作家の池澤夏樹氏。

ただし池澤氏は、これまで出版社の編集者と一緒に本を作ってきて、企画からずっと相談し、原稿を預け、ゲラの校正・校閲など、様々な手をかけてくれた恩義があるのも間違いはないので、過去の出版物をボイジャーで電子化する場合は、元の本を出してくれた出版社にもギャランティを渡す契約にしているそうです。最低は10%で、出版権が残っているかどうか、市中在庫があるかどうか、電子化の際に元データを提供して貰えるかどうかなどによって、条件は変わるそうです。

余談ですが、このやり方は、漫画家の鈴木みそ氏がKindleダイレクト・パブリッシングを利用する際に、出版社へ持ちかけた前例があります。鈴木氏は自分で直接交渉したようですが、池澤氏の場合は著作権管理会社がエージェントとして交渉を担当しています。

池澤氏のように既に実績がある作家とのビジネスは、「なるほど!」と思える内容でした。ただ、残念ながらRomancerに関しては、鎌田氏から簡単な説明と、参考資料が配布されただけでした。記者会見を聞きながら資料を読んでも、Romancerのウェブサイトをざっと確認しても、Romancerを具体的にどうやってビジネスに結びつけていくかは分かりませんでした。

そこで記者会見後に、鎌田氏へ直接質問をぶつけてみました。「池澤氏との話はよく分かるのですが、Romancerのビジネスモデルが見えないのですが? 例えば、Kindleストアや楽天Koboなどへの配本(ディストリビューション)はやらないのですか?」と。答えは、現時点ではまだ準備できていないですが、検討はしています、とのことでした。

※池澤夏樹氏の電子書籍に対する考えについては、今年の国際電子出版EXPOのボイジャーブースで行われた以下の講演も参照のこと。

誰でも簡単に無料でEPUBが作れる

現状のRomancerは、どのようなサービスなのでしょうか。大きな特徴としては、Wordファイルをアップロードすれば誰でも簡単にEPUBへ変換できる点と、基本的に無料で利用できる点が挙げられます。変換したファイルは、Romancerのウェブサイトで公開するかどうかを選べます。ただし、現時点では無料公開のみとなっており、販売はできません。公開されたファイルは、「BinB」ブラウザビューワによって誰でも簡単に読むことができます。ただ、公開される場所も「作品紹介」→「新着順」とやや奥まったところにあり、無料公開による宣伝効果が見込めるかどうかは少々疑問です。

Wordファイルをアップロードして「正しい」EPUBに変換できる(クリックで拡大)。

縦書き/横書きどちらにも対応していたり、縦書き時の2桁数字を縦中横指定にできたり、目次を自動生成できたり、書誌情報(メタデータ)を追加して奥付けにできたり、EpubCheckしているのでストアでエラーにならない正しいEPUBが書き出せたり、ビジュアルエディタ(WYSIWYGエディタとHTMLソースを直接編集できるモードが切り替えられる)が使えたり、表紙用の画像を3D風に変換できるツールがあったりと、制作ツールとしては充分な機能を備えています。

ビジュアルエディタで編集してEPUB変換することも(クリックで拡大)。

しかし、パブーやBCCKSなど、他のセルフパブリッシングプラットフォームと比べると、「簡単に販売ができる」わけではないため、「無料でWordやテキストファイルなどをEPUBに変換できるツール」以上のものではない、というのが正直な感想です。もちろん、EPUBの仕様に詳しくない人でも簡単にEPUBが作れるわけですから、電子出版のハードルを下げる意味はあるでしょう。

ところで、ウェブサイトの「Romancerについて」を改めて確認すると、今後有料での提供を予定している機能として「販売サポート、編集・校正サポート、データ保存容量のアップ、大量のEPUB制作、複数記事の一本化、Google Analyticsコードの埋め込み」などが挙げられていることに気づきました。「編集・校正サポート」という記述を見て最初に頭に思い浮かんだのが、Romancer一般公開の1週間前に「ConTenDo(コンテン堂)」が発表した、個人作家の電子出版サポートサービスです。

そもそも「出版社」の役割って何?

コンテン堂は、読者にお金を払って買ってもらうにはまず何より「内容」が重要だという考えに基づき、出版社のプロ編集者が約1カ月間がっちりサポートして作品を本格的なコンテンツに「進化」させるというもので、基本サポート費用は39万9000円(税別)からとなっています。

宣伝・広告よりも、まず内容が重要だというのは理解できます。しかしその費用負担を著者に求めるとしたら、それはいわゆる「自費出版ビジネス」です。しかも発行されるのは電子版のみ。仮に印税率を40%としても、販売価格1000円で1000部を販売してようやく基本サポート費用が回収できる計算になります。さらに、リリースを読む限り、基本費用に宣伝・広告は含まれていないようです。正直私には、この費用を回収できる算段が立てられません。

ところで、紀伊國屋書店の高井社長は昨年11月の図書館総合展で「本の制作から流通まで、出版市場はすべて読者が本を買ったお金によって成り立っています」という話をしていました。出版社は本を出すのにあたり、編集・校正・デザイン・装丁・印刷・製本・物流など様々なコストを負担します。そういうリスクを負っているからこそ、「出版権」という独占排他の強い権利を与えられます。たくさん作品を出してヒット作でリクープするというギャンブルだからこそ、印税率が10%という低率でも許容されてきました。取次から「前借り」して自転車操業……という話もありますが、最終的なリスクは出版社が負っています。

電子出版のプラットフォームも、ほとんどは「読者が本を買ったお金」が原資というモデルです。紙の本との大きな違いは、取次の金融機能が存在せず、完全に売れた分だけが原資になる点でしょう。Kindleダイレクト・パブリッシングも、今年の東京国際ブックフェアで年内開始が正式に告知された楽天Koboライティングライフも、作家は費用を負担せず、売れた分から手数料を引いた残りを印税として受け取るスタイルです。別途有料オプションが付いている場合もありますが、せいぜい数百円レベルです。

しかし、自費出版ビジネスは「読者が本を買ったお金」ではなく、作家が費用負担することで出版社のリスクを軽減する仕組みです。Googleで「自費出版」を検索すると、「詐欺」「トラブル」といった穏やかではないキーワードがサジェストされるほど、過去にはさまざまな事件が起きています。特定商取引法違反で業務停止命令を出された、自費出版専門の出版社もあります。もちろん、ちゃんとした自費出版ビジネスを行っている企業もありますから、一部の悪徳業者が全体のイメージを悪くしているだけかもしれません。

そもそも「出版社」の役割って何でしょうか? 実は2012年の東京国際ブックフェアで、「電子書籍時代に出版社は必要か?」というシンポジウムが行われました。登壇者は、漫画家で「Jコミ」代表の赤松健氏、専修大学教授で出版デジタル機構会長(当時)の植村八潮氏、著述家でFREEex代表の岡田斗司夫氏、日本文藝家協会副理事長の三田誠広氏、そして司会は弁護士の福井健策氏という錚々たる顔ぶれ。今後の出版社はどういう役割を果たすべきかという議論で、非常に刺激的な内容でした。

その時、福井氏が議論を整理するため、以下のような「出版社機能論」を提示しました。最終的に議論は、10年後に今ある出版「社」の形はなくなるかもしれないけど、これらの機能は別の形(作家自身が出版「者」となる場合も含め、別のプレイヤーが担う可能性もある)で残るだろうという話になりました。どの機能が残るか? というのは、登壇者それぞれ立場が違うため、意見もさまざまでした。

 ・(新人の)発掘・育成機能
 ・企画・編集機能(作品の創作をサポート)
 ・ブランド機能(文学賞や雑誌媒体に代表される信頼感)
 ・プロモーション・マーケティング(広告・宣伝)機能
 ・(メディアミックス展開などの)マネジメント・窓口機能
 ・(初期コストと失敗リスクを負担する)投資・金融機能

あれから2年。Kindleストアが日本へ上陸したり、漫画誌の休刊が相次ぐなど、この僅かな間にも状況はかなり変化しています。「貧すれば鈍する」と言いますが、印刷部数の虚偽報告をして印税を誤魔化そうとしたり、ろくに校正していない本が流通してしまったり、Twitterの投稿を無断使用するなど、出版社のブランドを毀損するような事件もたびたび起きています。また、池澤氏の著作権管理会社イクスタンや、講談社を飛び出した佐渡島庸平氏らが立ち上げた出版エージェント会社コルクのように、従来は出版社が担ってきた機能を外部で果たす動きも出てきています。

そういった中で、作家自身が費用負担することで出版社のリスクを軽減するやり方は、出版社としても大歓迎でしょう。もしかしたら作家にもニーズがあって、自費出版も今後は許容されていくのかもしれません。ただし、電子出版では印刷・製本など、紙に固有のコストは不要になります。その上、編集・校正などの費用も作家が負担するのであれば、当然のことながら本が売れた時にその収益を出版社へ配分する根拠が強く問われることになるでしょう。

今後、ボイジャーがRomancerで、具体的にどのようなビジネスモデルを構築しようとしているかは、まだ分かりません。ただ、「有料を予定している機能」の中に、「編集・校正サポート」という記述があるのを見て、これまで述べてきたような出版社の機能と費用負担と収益配分について、思いを巡らさずにはいられませんでした。

取次を経由しない流通や新たな資金調達手段

さて、「本」の流通の形は、取次・書店ルートや電子出版だけではありません。雑誌連載を打ち切られた漫画家が「同人ショップ網を活用した、オリジナル作品のインディーズ出版」というやり方に気づき、クラウドファンディングで単行本発行資金を集めた事例があります。『あにめたまえ!天声の巫女』のRebis氏です。

同人流通を使ったインディーズ出版!?:雑誌連載終了→作者が独自にWeb連載の漫画「あにめたまえ!」 単行本の一般予約開始

取次口座開設は非常にハードルが高い上、書店への流通部数は大きなコスト負担が必要です。Rebis氏が述べているように、個人でやろうとしたら「金銭的にも仕事的にもつぶれてしまう」可能性が高いでしょう。しかし、少部数なら同人流通を使うという選択肢も、今なら存在するのです。紙にこだわるなら、オンデマンド(注文された分だけ)印刷という手もあります。

また、費用負担に関しても、クラウドファンディングによる事前予約のような形で読者から資金を集め、出版社や著者のリスクを軽減する方法も今後は充分あり得るでしょう。大正末期に発生した円本ブームは、改造社が企画した『現代日本文学全集』の予約販売がきっかけだったと言われています。Rebis氏は個人でCAMPFIREを使い109万2500円の資金を集めましたが、出版社自身がクラウドファンディングをやるという方向性もあり得るのかもしれません。

さて、これからの時代に出版社のレゾンデートル(存在意義)はどこにあるのでしょうか?

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三島由紀夫研究余話

2014年7月16日
posted by 岡山典弘

はじめに

私は、愛媛県松山市に在住しています。

これまでに『三島由紀夫と刺青』『三島由紀夫と橋家』『三島文学に先駆けた橋健行』『三島由紀夫のトポフィリア』『三島由紀夫と神風連』などの研究論文を、鼎書房が刊行する「三島由紀夫研究」に発表するとともに、エッセイや小説などを手がけてきました。

また、この六月に拙論を二つ発表しました。

一つは、「三島由紀夫と神風連――『奔馬』の背景を探る」で、「三島由紀夫・鏡子の家 三島由紀夫研究⑭」(鼎書房)に掲載されました。「三島由紀夫と神風連――『奔馬』の背景を探る」では、三島が『奔馬』を執筆したときの参考文献を踏まえて、三島と神風連関係者との深い繋がりや影響などを探りました。徹底的に熊本人脈を調査して、「アッ」と驚くような結論に導くことができたのではなかろうか、と考えています。

もう一つは、「小説に描かれた『三島由紀夫』覚書」で、「現代文学史研究 第二〇集」(現代文学史研究所)に発表しました。「小説に描かれた『三島由紀夫』覚書」では、三島をモデルにした小説や、三島文学に触発されて書かれた小説など、百編余の三島由紀夫関連小説を、①三島作品の書換え・パロディ・批判的継承、②実録小説・三島を回想した小説、③仮構の三島(平岡)が活躍する小説、④三島事件を意識した小説、⑤三島に言及した小説、⑥三島文学へのオマージュ、⑦その他、以上の七つに分類して紹介しました。

私は、大学に籍をおく研究者ではありません。

そのため「地方」ということに加えて、「在野」という二つのハンディを抱えています。この小文では、在野かつ地方の研究者の立場で、過去に体験したことや日頃感じていることを書き綴ります。

1 地方在住者の「三苦」

地方在住者が最も苦労することは、資料の蒐集と閲覧です。

拙論の巻末には、参考文献を並べて記載しています。他人の論文を出典の記載なしに引用することが許されないのは、理系の「STAP論文」も文系の「三島由紀夫論」も同じことです。

参考文献は、拙論に引用・参照したものに限られ、その数は二十から三十冊程度です。しかしながら執筆前に読み込む文献や資料の数は、二百冊を超えます。これらの文献や資料を、いかに迅速かつ的確に蒐集するか、それが論文の出来栄えにも影響してきます。

地方在住者には、「三苦」というものがあります。

一つは、国立国会図書館から遠く離れていること。
二つは、大宅壮一文庫から遠く離れていること。
三つは、神保町の古書街から遠く離れていること。

この三つを合わせて、私は勝手に地方在住者の「三苦」と名付けています。

2 国立国会図書館

地方在住者であっても、国立国会図書館のサービスを受けることができます。
論文は、インターネットで申し込むと、コピーを郵送してもらえるものの、日数がかかります。蔵書の貸出しになると、地元の松山市中央図書館に申し込んでから、本が到着するまでに一週間程度を要します。なおかつ閲覧場所は、松山市中央図書館の閲覧室に限られて、文献を自宅に持ち帰ることができません。

さらに国立国会図書館の蔵書には、「貸出不可」のものが少なくありません。

「三島由紀夫と神風連――『奔馬』の背景を探る」を執筆する際には、九州は熊本の名門校・濟々黌が作成した『濟々黌百年史』を参照する必要がありました。松山市中央図書館を通じて、同書の貸出しを申し込んだところ、国立国会図書館から「個人情報が記載されているので、貸出しできない」旨の回答がありました。

私家本であればともかく、わが国有数の名門校の歩みを辿り、学校創設者や教職員の功績を記録した学園史の取り扱いが、「個人情報が記載されているので、貸出しできない」ということには、納得できません。

しかし、田舎からいくら文句をいってみても仕方がないので、インターネット書店を通じて『濟々黌百年史』を購入しました。拙論に活用したのは、一千頁を超える浩瀚な書籍のうち、わずか二頁ほどでした。

3 インターネット書店

地方在住者にとっては、上京することがベストです。
上京して、国立国会図書館や大宅壮一文庫や神保町に足を運べばよいわけです。

ところが、月曜日から金曜日まで勤め人として仕事をしている私の場合、有給休暇の手続きをとらずに上京できるのは、土日に限られています。日曜日は、国立国会図書館も大宅壮一文庫も休館しています。神保町の古書店にも、日曜休業の店舗は少なくありません。

さらに経済的な負担の問題があります。
松山・羽田間の航空運賃は、格安チケットを使用しても二万五千円かかります。加えて、ホテル代、都内の交通費、食費、その他の経費がかかりますので、頻繁に上京することはできません。

いきおい利用するのは、インターネット書店になります。
私の場合は、「Amazon」「日本の古本屋」「スーパー源氏」「楽天」などを使っています。電子情報の遣り取りだけで、田舎住まいでも速やかに書籍を入手することが可能になりました。

それでも本というものは、現物から判断することが大切だと思います。装幀や帯を見て、手にとって、頁をめくって、じっくり本を選択したい、そう考えることは贅沢でしょうか。

4 在野の研究者

私は、在野の一研究者にすぎません。
文部科学省の助成はもとより望むべくもなく、大学から研究費が出ることもなく、大学の図書館を利用することも容易ではありません。

本は、すべて自費購入ということになります。
評論家の故・草森紳一氏は、収入の七割を書籍代につぎ込んで、四万冊近くの蔵書があったといわれています。私の場合は、草森氏の足元にも及びませんが、多くはない収入のうち二割程度を書籍代にあてています。

ところで、在野の研究者が一番苦労するのは、「信用」の問題です。
大学の研究者であれば、苦労はありません。

「□□大学の□□です」
「□□大学で近代文学を専門にしています」
「□□大学で三島を研究しています」

自己紹介と名刺によって、社会の扉は容易に開かれます。

私の場合、そうはいきません。
取材の際に「三島由紀夫を研究している岡山典弘と申します」と名乗ったとしても、

「知らんなぁ……」
「聞いたことないね!」
「あんた誰?」

そうした答えが返ってくるだけで、とかく在野の研究者は胡散臭く見られます。
しかし、好きでやっている三島由紀夫研究ですから、これも仕方ないことかもしれません。

5 おわりに

最後に、地方かつ在野の研究者にとって「福音」の話をします。

私は、昨年暮れにfacebookのユーザー登録をしました。

知人に勧められて始めたのですが、やってみると、これが素晴らしいソーシャル・ネットワーキング・サービスであることに気付きました。

地方在住者が居ながらにして、中央で活躍する作家や評論家や大学の研究者と交流することができるのです。これまで著作を読んで畏敬していた文学者と、「友達」になることが可能な画期的なサービスなのです。

事実、憧れていた方に「メッセージ」と「友達リクエスト」を思い切って送ると、総じて「承認」通知と丁寧な返信が返ってきます。接してみると、マスコミで売れている文学者は、学識はもとより人柄も優れている方が多いように感じます。

こうしてFacebookで繋がりのできた文学研究者から、現代文学史研究所への参加を勧誘されました。文学の将来に危機感を抱いた大久保典夫氏が創設した現代文学史研究所は、中江藤樹や吉田松陰の塾を範型とする「志」の高い組織です。何より大久保氏は、三島由紀夫とともに「批評」同人だった方です。私は、直ちに入会手続きを済ませると、永く温めていた「小説に描かれた『三島由紀夫』覚書」を機関誌に発表することにしました。入会から入稿まで、すべてインターネットを介した遣り取りでした。

このようにFacebookは、地方かつ在野の研究者にとって、情報発信・情報交換の「最強のツール」となる可能性を秘めています。田舎住まいの私は、作家、評論家、研究者、編集者、映画監督、演出家、俳優など、クリエイティブな人たちと積極的に「友達」になるように努めて、交流の「環」を広げています。

なお、「三島由紀夫・鏡子の家 三島由紀夫研究⑭」(鼎書房)は書店やインターネット書店で購入することができ、「現代文学史研究 第二〇集」(現代文学史研究所)は研究所の事務局で頒布しています。

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リアル書店で電子書籍を売るO2O事業が続々登場

2014年7月14日
posted by 鷹野 凌

一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)は6月16日、有隣堂ヨドバシAKIBA店で、「リアル書店における電子書籍販売実証事業」のメディア向け説明会を行いました。昨年12月22日に朝日新聞が「めざせ『ジャパゾン』」と報じたコンソーシアムが、実際に動き出したというわけです。

私は当時この報道を受け、「マガジン航」へ「リアル書店で電子書籍を売るということ」という記事を寄稿しました。「なぜいまさらコンソーシアムで実証実験?」と批判をした以上、どういう形で世に送り出されることになったかを確認する義務があると思い、説明会へ行ってきました。

有隣堂ヨドバシAKIBA店に展示された電子書籍カード「BooCa(ブッカ)」。

有隣堂ヨドバシAKIBA店に足を踏み入れると、電子書籍カード「BooCa」のコーナーはすぐに目に付きました。なにせ、この大きさ。非常に目立ちます。まるでトレーディングカード売り場のようです。新刊が並んでいた棚を一つまるごと撤去し、カード展示用のブースに入れ替えたとか。もしこれでカードが売れなかったら、どれだけの利益を逸失するのだろう? と想像すると、背筋が寒くなりました。有隣堂の本気ぶりが伺えます。

書店の一角に専用スペースが設けられ、約2500点のカードが展示されている。

関係者に話を聞くと、あの「ジャパゾン」は朝日新聞が勝手につけた呼称だとのことでした。ウェブでは否定的な意見ばかりが見られましたが、この事業は「ウェブを使いこなせていない」ユーザーをターゲットとしているので、批判の多くがコンソーシアムの狙いとはズレたものだったとか。

「これは実証実験ではなく、実証事業です」

しかし、私の書いた「なぜいまさらコンソーシアムで実証実験?」という批判は痛いところを突いていたようで、記事は印刷されコンソーシアムの会合で資料として配布されたそうです。そのせいもあってか、JPOの永井祥一専務理事は説明会の冒頭で、「これは実証実験ではなく、実証事業です」と強調していました。つまり、実験して報告することが目的ではなく、事業として成果を出すことこそが重要だと。

電子書籍リーダー「BookLive! Reader Lideo」や「Kobo Glo」「Kobo Aura」も展示。

永井氏はこうも言いました。「実証事業と言ったからには、逃げ道がない形にする必要があります。だから、国からは一切お金を貰ってません。JPO含め、すべて参加企業の自腹です。だから『高い授業料だったね』では絶対に終われません。成功するためにエネルギーを注ぎます」と。つまり、有隣堂だけではなく、三省堂書店、豊川堂、今井書店、楽天、BookLive!、そしてJPOも本気だということです。

「BooCa(ブッカ)」の表側には書影と紹介文が書かれている。

実は私は、12月の記事には書きませんでしたが、コンソーシアム方式にしたのは国からお金を引っ張るための方策ではないかと疑っていました。国にお金を出してもらえれば、自分の腹を痛めず実験ができます。失敗しても、ダメだった理由を並べる言い訳じみた報告書を出せば、誰も責任をとらずに終われます。しかし、自腹ならまったく話は違います。営利企業ですから、必ず結果が求められます。失敗すれば、担当者は責任をとらされるでしょう。

コインで削って現れたダウンロード用コードをどちらかのサイトで入力する。

三省堂書店神保町本店も本気だった

有隣堂での説明会が終わった後、私は都内でもう一つの実証事業実施店舗である、三省堂書店神保町本店へ向かいました。店頭では、当日開始されたばかりである「BooCa」の説明展示と、電子書籍端末が当たる抽選会が行われていました。「BookLive! Reader Lideo」の隣に、楽天Koboの端末が並べられています。BookLive!の方が「もちろん楽天Koboについても説明しますよ」と仰っていたのが印象的でした。

三省堂書店神保町本店の店頭。

店内の様子も、5月初旬に「デジ本プラス」を試すため訪れたときから様変わりしていました。以前の電子書籍カウンターには、BookLive!との連携サービスである「デジ本」が陳列されていたのですが、すべて「BooCa」に変わっていました。上部の看板も「BooCa」です。そしてここでも、楽天Koboの端末が一緒に並べられていました。また、各フロアの柱などに展示されていた「デジ本」も、すべて「BooCa」になっていました。

BookLive!と「デジ本」が展示されていた、以前の電子書籍カウンター。

展示内容が「BooCa」に変わった電子書籍カウンター。

なお、「デジ本」はやめるわけではなく、「BooCa」と並行して今も稼動しているそうです。まったく同じ仕組みではなく、「デジ本」はレジでチケットコードを発券する方式、「BooCa」は電子書籍カードそのものにダウンロードコードが書かれている(つまり、紙1枚とはいえ「在庫」の概念が存在する)方式と、若干異なる仕組みなので、その違いによるメリット・デメリットも調査したいとのことでした。

「呉越同舟」事業は成功するか?

それにしても、三省堂はこれまでBookLive!と二人三脚で電子書籍事業を推進してきました(詳しくはINTERNET Watchへ寄稿した「紙と電子の相互補完──三省堂書店が電子書籍を販売するわけ」をご参照ください)。その過去を知っていると、BookLive!が了承して共同で実証事業をやっているとはいえ、三省堂書店だけを客観的に見れば「楽天に侵略された」ようにも見えます。

有隣堂はこれまでも、BookLive!端末と楽天Kobo端末(そしてKindle端末も)を同時に扱ってきた書店なので例外だとしても、他の実証事業実施店舗である今井書店と豊川堂はこれまで楽天と提携してきた書店です。今井書店は鳥取県、豊川堂は愛知県と少し遠方なので店舗の状況が分かりませんが、三省堂書店や有隣堂と同じように楽天KoboとBookLive!が並列で扱われているとしたら、客観的に見れば「BookLive!に侵略された」ようにも見えるでしょう。

目先の小さな売上を奪い合うのではなく、まだ電子書籍を利用していない圧倒的大多数のユーザーへリーチするという大義のために手を組んだと捉えれば、その前向きなトライは称賛すべきでしょう。ところが6月30日に、仰天ニュースが飛び込んできます。BookLive!とTSUTAYAが戦略的パートナーシップに基本合意したのです。

第21回東京国際ブックフェアの凸版印刷ブースで紹介されていた、紙の本を買うと電子版が無料で貰える「AirBook」。

楽天Koboは、TSUTAYAのFC店である蔦屋書店のトップカルチャーや、WonderGOOと提携しています。楽天ポイントの扱いをどうするんだろう? と思いつつ(TSUTAYA本部のカルチュア・コンビニエンス・クラブは、楽天のライバルであるYahoo! JAPANとTポイント事業で提携している)、有力FC店と提携している楽天KoboがTSUTAYA本部を口説き落とすのは時間の問題ではないかと想像していました。

だからこのBookLive!とTSUTAYAの提携は、楽天としては「トンビに油揚げをさらわれた」ような出来事です。直後に開催された第21回東京国際ブックフェアで楽天関係者に話を伺ってみましたが、当然のことながら「面白くない」という反応でした。だからといって、楽天がいきなり「BooCa」をやめることはないでしょうが、ライバル同士が手を組むことの難しさを感じさせられます。

コンソーシアムに参加していて実証事業には参加していない、ソニーマーケティング(Reader Store)、大日本印刷(honto)、ブックウォーカー、紀伊國屋書店(Kinoppy)の動向も気になるところです。説明会で質問したところ、「システム構築に半年くらいかかるので、実証事業期間中に参加するのは難しい」とのことでしたが。

いま Offline to Online (O2O) 事業が熱い

ところで、今年の東京国際ブックフェア(および国際電子出版EXPO)については、別途振り返り記事を書かせて頂く予定ですが、楽天のブースではこの「BooCa」が、凸版印刷のBookLive!コーナーでは紙の本を買うと電子版が無料で貰える「AirBook」やTSUTAYA限定Wi-Fiスポットの「BookLive! SPOT」が展示されていました。それ以外にも、モリサワでiBeacon連動システム(参考出品)や、手塚プロダクションのWi-Fiスポット「TEZUKA SPOT」など、リアルからネットへの誘導を図る Offline to Online (O2O) のサービスが目に付きました。

第18回国際電子出版EXPOのモリサワブースに参考出品されていたiBeacon連動システム。

手塚プロダクションのWi-Fiスポット「TEZUKA SPOT」。

ここ最近、電子書籍関連の Offline to Online サービスは非常に増えています。

・昨年12月20日にグランドオープンしたショッピングモール「イオン幕張新都心店」では、シャープGALAPAGOS STOREの雑誌閲覧サービスを提供。

・楽天は5月29日に、東京・渋谷へ「楽天カフェ」をオープン。

・ポップカルチャー専門店のアニメイトは7月7日に、電子書店「アニメイトブックストア」をオープンし、店舗で「デジタル立ち読み」できる仕組みを提供。

・7月16日にリニューアルオープンする六本木ヒルズ森タワーのスターバックスには、Kindle端末が14台設置される。

こうした動きが拡大していくにつれ、電子書籍の普及率が高まり市場も大きくなっていくのでしょう。インプレスビジネスメディアによると、2013年の電子出版市場は1000億円を超えたそうです。いまだに「実感がない」とか「いつまで経っても元年」「誰が儲かっているか分からない」などと揶揄する方もいますが、現状を正しく認識するには、今までと同じことを一日千秋のごとく続けている企業ではなく、たとえ失敗しようと新しいことにチャレンジし続けている企業を注視すべきでしょう。そういう意味で私は「BooCa」事業を応援したいと思います。

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最終回 床が抜けそうにない「自分だけの部屋」

2014年7月10日
posted by 西牟田靖

自宅に本棚を持ってきてからというもの、蔵書の数は格段に増えていた。ネット書店を利用し、多いときで月に30冊以上、一度に20冊近くというペースで買っていたからだ。本を書くのには資料となる本がとにかく必要となる。事実の裏取りをしたり、考え方を深めたりするためだ。図書館で借りて済ませなかったのは返却が面倒くさかったし、しばらくは手元に置いておきたい、という理由からだ。また4畳半の床抜けアパート(シリーズの第1回を参照)で受け取ってそちらに置いておかなかったのは、歩いて20分以上もかかるため、行くのがおっくうになり、足が遠のいてしまったからだ。

床抜けアパートから持ってきた二つの本棚のうち、図書館書棚(木製、幅90 ✕ 奥行29.5 [上部17] ✕ 高さ215センチ)は南向きのサッシに直角の向きで設置していた。隣の子ども部屋との間にあるふすまをふさがないために、サッシの上のカーテンレールを外し、本棚をサッシに密着させていた。本に直射日光が当たらないよう、雨戸は閉め切ったまま使わなくなった。本棚とベッドに挟まれた床(約50センチ)には本の入った段ボール(岩波講座「世界歴史」シリーズ、自著のストック)やら、買った本やらを30センチほどの高さまで床に積み上げていた。

床抜け騒動が起こってからというもの、作品を作ることで頭がいっぱいで、部屋のレイアウトや仕事の収支について、考えがまるで行き届いていなかった。とくに2013年は惨憺たる状況で、百万円に届かないほどにまで収入は落ち込んだ。それでもすぐにお金になる書き仕事はせず、取材や執筆に打ち込んだり、本を買い増したりしていた。

修復しがたい亀裂

昼ご飯の弁当を作ったり、子どもを保育園に送りにいったり、休日になると一緒に公園に連れていったり、ときどきは夕食を作ったりとそれなりに家事をこなしていた。だが家計にしろ、家事にしろ、妻の比重のほうが大きかった。そうした妻の頑張りに対し、申し訳ないと思いつつも、根本的に不平等さを解消しようという努力は、忙しさにかまけて、していなかった。それでも家族関係は悪くないと思っていた。娘とはいつも心を通わせていたし、妻との関係も良好だと信じ切っていた。そもそも妻が僕の読者だったことがきっかけで二人は結婚に至ったのだ。作品作りを優先させる生活態度を理解してくれていると信じていた。

ところがだ。どうしてもしなくてはならない取材のため、2週間ほど家を空けて帰ってきた昨年11月の下旬、夫婦関係は突如、危機的状況に陥った。家事や家計の負担の不公平や生活空間を圧迫する蔵書についての不満を妻に切り出された。

「夕食はときどき作ってくれるけど、子どもの寝付かせは私にまかせっ放し。家計にしても私の方がずっと多く負担してるよね。どうしてちょっとしか家にお金を入れてくれないの。コンビニででもバイトすればいいじゃない」

「あと、たくさんある本、どうかならないの。日の光が入らないから、部屋が死んでる。すぐにでも本を動かしてよ。実家かトランクルームに移動させたらどう。新しい物件を借りるというのは考えないでね。敷金礼金を払う余裕があるんならその分を家に入れて」

ショックを受けつつも、僕は手をこまねいた。

すると2週間がすぎた12月半ば、別れ話を切り出された。

さらに年末年始には義父母からも別れるように言われ、別居が既定路線となった。

蔵書の行方

愛して結婚したのだから別れるなんてとんでもなかった。娘だってなついている。関係を修復するためだったら、できるだけのことはするつもりだった。

対策を打つにあたって一番のネックとなったのは、1998年に突然失踪した友人の事件についての取材・執筆だった。以前から付き合いのある大手出版社の編集者が事件に興味を持ってくれ、ぜひ本にしたいと乗り気になってくれていた。11月に2週間も家を空けたのもその事件を取材するためだったのだ。

その事件について、次の通り振り返っておく。

失踪した友人の名は辻出紀子。三重県内の出版社で編集者兼記者をしていた。休暇をとってタイの難民キャンプに取材に行き帰国したのが1998年11月23日。翌24日、出社し残業をこなしてから退社したのが午後11時すぎ。車で数分離れたところにある駐車場で知人Uと会ったあと、行方がわからなくなってしまった。知人Uによる犯行説、北朝鮮拉致説、県内の売春島で監禁説、難民キャンプ逃避行説などが浮かぶも、真相は闇の中である。

辻出さん失踪の真相を知るべく、2013年の夏以降、僕は本腰を入れて取材してまわっていた。年明けまでに取材を終えたあと、約300枚の原稿として提出するつもりだった。編集者との約束で、原稿を仕上げるタイムリミットは今年の2月末。時間がなさすぎたが、いなくなってしまった彼女の「供養」のためにも、これだけは何が何でも仕上げなくてはならなかった。

悲惨な事件についての取材執筆に全力投入しながら、妻との関係が壊れるのを防ぐというのは、至難の業だった。だが、これはやり遂げるしかなかった。バイトをして家にお金を入れたり、蔵書をすべて動かしたりするのは、どちらもかなりの手間がかかってしまう。そんなことをすれば時間切れとなり、作品が完成しない。そのかわり率先して家事に取り組むことにした。妻が家にいない間や寝ているタイミングにこっそりと家事をこなすと、妻の負担を劇的に減らすことができた。これまでの家事負担率はだいたい3:7だった。そこからから6:4または7:3へと割合を逆転させることができたと感じた。

作品執筆の追い込みに入っていた2月半ば、家庭は平和な状態に戻っていた。妻の表情は明るくなり、僕への感謝の言葉も言ってくれるようになった。2月以降も娘を同じ保育園に通わせるために必要な納税証明書を月初めに求められたこともあり、別居回避の手応えを感じ始めていた。

しかし現実はそんなに甘くはなかった。僕の見通しは妻の一言によって覆された。

「最近、機嫌がよくなってたのは家事をいろいろやってくれるってことの他に、ここまで手続きを進めれば別れられるという目処がたったからよ」

そう言って、妻は保育園を転園するための申請書を取り出した。

「4月からは実家のそばの保育園に通わせるつもりなの。書類に名前を書いてくれる?」

妻の覚悟を前に、もはや縒りを戻すことは難しい、と僕は悟った。

ここにきて蔵書問題は別居後の居住問題へと本質が一転することになった。

本をどこへ持っていくか

「失踪事件の原稿を2月末に提出したら、定職に就いたり、本を移動させたりするから待って欲しい」

1月半ばから妻にはそう伝えていた。口だけではなく実際、考えたり動いたりしていた。仕事については求人情報をいろいろと見ていたし、本を移動するための物件も探していた。

蔵書を移動する方法として、自分の実家に送ったり、トランクルームを利用したりするようなことは考えていなかった。大阪の実家に置けば、本がすぐに使えず、半分死んだような状態になる。トランクルームは3畳で4万円程度するため下手すればアパートの家賃よりも高いし、書斎としての機能も期待できないからだ。

物件を探し始めた1月半ばの時点では、引き続き同居する可能性がかろうじて残されていた。別居なんて考えたくなかったが、そうなっても対応できるよう、自宅からそう遠くない部屋を探した。

自宅に置いてある本と「床抜け」アパートに置いてある本の合計約2000冊をなるべく収納できる、広さと床の強度を持つ部屋。家に月10万円を入れても何とか払い続けるため家賃は5万円以下、家のある中野区野方から徒歩15分以内。これらの条件をできるだけクリアできる物件を探した。

このあたりは売れない芸人や売れない作家が多いエリアだけあって、一人用の物件は多いし、都区内の割に家賃は比較的安かった。それでも検索でヒットするのは風呂なしの木造アパートばかり。鉄筋コンクリートの部屋は数えるほどしかなかった。

以前いたシェアハウス(第1回を参照)が残っていれば話は早かった。しかし、そこに戻ることはできなかった。というのも最後に残った友人のMは、シェアハウスとして使っていた一軒家をすでに引き払っていたのだ。

1月末ごろになってようやく「これだ」という穴場的な物件がヒットした。家賃4.1~4.3万円、6畳+4畳半でトイレとキッチン付き、風呂なし、しかも鉄筋コンクリート造り。外観からしてかなり古そうだったが、 だからこそ出てきた掘り出し物なのだろう。住んでいる家からは徒歩15分と許容範囲ギリギリ。しかしこれ以上、良い条件の物件はおそらく出てこないと直感的に思った。

というわけでさっそく内覧させてもらった。高円寺駅から北に徒歩7~8分のところにあるその物件は、思ったとおり古かった。推定で築40年といったところだろうか。フローリングの床の塗装はところどころ薄くなっている。手前の4畳半にはキッチンがついていたが、シンク下を開けると水垢のせいなのか、腐ったような臭いがした。ベランダと部屋を仕切っているサッシに嵌め込まれた針金入り強化ガラスはひびだらけ。しかもサッシ自体立て付けが悪く、開閉が困難な状態だった。

そうした経年劣化はあったが、鉄筋コンクリートの床はこれらの短所をすべて払拭する安心感があった。

天井がフラットだから突っ張り本棚も置けるというのも気に入った。手付け金を払い、さっそく仮契約を結んだ。

机の上にベッドを置く

前述の通り、妻が書類を持ってきたことで、2月半ばに別居が決定的となった。

それを受け、新物件に住むことを決めた。自宅と書斎、両方の家賃を払い続けることが僕の収入では不可能だからだ。

キッチンのない奥の6畳間に大型本棚を置き、そこで仕事をすることは物件を内覧したときにすんなり想像できた。問題は寝る場所だ。ダブルベッドは大きすぎて持って行けないので、布団かシングルベッドで寝るしかない。キッチンに布団を敷くのは冷蔵庫の音もあって落ち着かない。かといって奥の部屋だと本棚と机に挟まれて寝ることになり、これまた落ち着かない。

解決策として思いついたのが、机の上にベッドを置くという方法だった。二段ベッドの上段を寝床にし、下段は机という風にすれば、部屋を広く使えるし圧迫感なく寝られるだろう。ネットのショッピングサイトではそうしたベッドのことを、「ロフトベッド」と呼んで売っていることがわかった。ロフトベッドにあわせて、一枚板の超ロングデスクを新調することにし、床抜けアパートを引き払う前の日取りで届くように注文した。

荷物を入れる前の風呂なしマンション。ロフトベッドをとりあえず入れた。

蔵書をどのぐらい持っていくのかも問題となった。それについては、今までに取材させてもらった方たちのケースを振り返りながら、解決法を考えてみた。

書庫を作る以前、松原隆一郎さんは6畳の畳部屋と3畳のキッチンからなる木造の和室を書庫とし、そこに合計17棹の本棚を置いていた(第10回を参照)。実際に床が抜けた体験を話してくれた軍事評論家の小山優(仮名)さんは2DK(合計18畳)の壁にくくりつけの本棚を設置し、5000〜6000冊を収蔵していた(第2回を参照)。

新居の居住空間は合計で10.5畳。小山さんのところよりは狭いが、松原さんのところよりは広い。とすると壁をすべて本棚にすれば置けなくもない。だがその場合、かなり圧迫感がありそうだ。松原さんはそうした事情から9畳間分の書庫での作業は断念したというのだ。小山さんにしても床が抜けるぐらい置いていたというのだから、居心地は似たり寄ったりだったはずだ。

武田徹さんや大野更紗さんは蔵書の電子化をかなり進めていた(第9回を参照)。武田さんの場合は新しいことへの挑戦という意味合いがあり、大量の本を電子化した。しかし彼は、物体としての本の存在感が消えてしまったことをあとでずいぶん悔いていた。

大野さんのやり方は武田さんと対照的だった。サバイバルするために自炊していたのだ。というのも、難病患者である彼女にとって、かかりつけの病院がそばにあるということは生きていくための絶対条件だったからだ。都心にあるその病院の近くに物件を借りて住むには、あまり広い居住空間は望めない。しかし本は読みたい。本はスペースをとる。そうした条件をすべてクリアするために、残す紙の本を最小限にとどめ、あとはすべて電子化するという方法を大野さんは採用していた。

話を僕のケースに戻そう。

新居には寝泊まりするための空間のほかに、冷蔵庫や衣服、食器といった生活必需品を置く場所を作らなくてはならない。本を置くにしても閉塞感に苛まれないよう、居住性を重視した余裕あるレイアウトにしなくては、長く住めない。

とすると、仕事をする気にすらならない松原さんの旧書庫や、床が抜けた軍事評論家の部屋は参考にならない。まして草森紳一みたいに本の中で息をしているかのような、いっさい居住性を考えない方法は難しい(第4回を参照)。かといって内澤旬子さんのように(第3回を参照)どさっと捨てる勇気もない。

いろいろ考えたのち、採用したのは大野さんと武田さんの方法だった。最小限の本を持ち、あとは電子化という大野さんの管理法、一気に大量の本を電子化した武田さんの手法をミックスして、解決に当たることにした。

人生のアーカイブ

3月5日の自分の誕生日はケーキを囲み、妻や娘と「ハッピーバースディ」を一緒に歌った。三人で一緒に子どもショーを見にいったり、井の頭公園に行ったり、家族団欒の時間を大切にしようと思い、残りの日々をかみしめるようにして過ごした。

3月末からの一人暮らしに向けて、まず手をつけたのは、床抜けアパートにある本棚と机の処分だった。本の大半を電子化してしまうのだから、本棚は必要なくなるし、そもそも置く場所がない。

部屋の真正面には机が二つ並べてあった。段差があり、使い勝手は大変悪かった。ロフトベッドにあわせて机を新調したのはそうした理由からだった。

収納してあった本はトータルで800冊ぐらいだろうか。以下、本棚の特徴とともに蔵書の特徴を記してみよう。机の右側には幅と高さが90センチの棚を二つ並べて置いていた。その中には30代前半のころまでに買った、資料としては使用済みの単行本や、駆け出しのころ仕事をさせてもらった掲載誌(サブカル雑誌「GON!」や『地球の歩き方 インド編』など)を置いていた。また、本棚の上にはA4判以上の図鑑や箱入りの図鑑を並べていた。

机の左側真横には高さ90センチ✕幅45センチの茶色い棚を二つ並べ、その上に幅90センチ✕高さ55センチの白い本棚をのせていた。それらの本棚には文庫本を置いていた。

机から向かって左背後には高さ1メートル四方、前部がスライド書棚になっている茶色い本棚を置いていた。もともと自宅に置いてあったが、突っ張り本棚と図書館書棚と交換する形でアパートに持ってきたのだ。本棚のスライド部分を設置すると、奥の棚に安心して置けるのはせいぜい文庫本がいいところで、単行本を置くと引っかかってスライドできなくなる。それが嫌で外して本棚の上に置いていた。そのコーナーには国境関連の本や最近読んだばかりの本(主に新書)や確定申告の書類、使いつぶしたノートの類いが無造作に突っ込んであった。

このうち、廃棄することにしたのは、奥行きのある本棚3棹とメインの机だった。

2棹の90センチ四方の本棚にしてもスライド式の本棚にしても、奥行きが30センチ前後あった。前者の棚はあまり本棚向きではなかった。本を置くと一冊分奥行きが余るし、かといってそこに本を置くと背後の本が見えなくなるのだ。スライド書棚はその心配がないように設計されてはいたが、前後ともに判型の小さな本しか置けずに不便だった。どちらも使い勝手が悪かったし、奥行きがありすぎて邪魔にも感じていた。一方、メインの机は新しく購入した一枚板の180センチの机となるのだからもはや必要がなかった。

2月末に粗大ゴミ回収券を購入し、金曜だった3月7日の夕方、アパートへ行き、粗大ゴミの搬出をした。机は天板と側板をバラバラにして一階までおろし、建物を覆っているブロック塀に立てかけた。本棚は中に入っている本をすべて出した後、外に運び出した。粗大ゴミを運び終えると、見える位置に回収券を貼っておいた。翌朝、業者に回収してもらえるようにするためだ。

床抜けアパートから本棚を粗大ゴミに出した。

部屋に戻ると、2000年から3年かけて日本中やその周辺地域をまわったときに使った原付バイクの備品や、砂埃のついたままのキャンプ用品といった金属ゴミをビニールにまとめ、ゴミ置き場に置いてから、自宅に戻った。

数日後、アパートに行くと、粗大ゴミや金属ゴミがすべて回収されているのが確認できた。次に手をつけたのは膨大にたまった書類やフィルムだった。これについては捨てるかどうか、けっこう悩んだ。

極力何でも取っておく主義でいままではきた。本を制作する途中に使った赤字だらけのゲラの束、取材旅行中に手に入れた各地の観光用資料や切符。使用済みのネガやポジフィルム、そしてプリント…。曲がりなりに20年近くもライター稼業をしていると、あらゆるものがたまりにたまっていた。衣装ケースや引き出しに詰め込まれた状態で、そうしたゴミとも宝ともいえない、僕の人生のアーカイブが押し入れの中に圧縮されていた。

そうした普段つかわないものがいつかアイディアの源泉になるはずだと信じていたし、実際に記事を書く上で参考になったりもしたが、10年以上使わないとさすがに単なるゴミとしか思えなくなってきた。

若いつもりでいた僕も数日前に44歳になった。本はまだまだ使いこなす気満々だが、それ以外のアーカイブは今後、しっかりと整理しなければおそらく使いこなせない。それに紙で書いたものやテキストの日記、ネガやポジの使用済みフィルムやデジタル写真といったアーカイブは、「基本的に残す」という方向でいくにしても丸ごとすべてとっておく必要はない。

ゲラも同様の方法で取捨選択した。編集者からコテンパンに赤字を入れられたものは残すことにした。どうやって本を作っていったのか、どうやってその文章は紡がれたのか、といったことのメカニズムを理解するための有力な参考資料になるからだ。今後、書くことに行き詰まったとき、このゲラを眺めればヒントになるかも知れない。かといって、ほとんど中身が変わらないのに、一束1センチ以上のゲラを律儀にとっておくのはちょっと過剰ではないか。こうしたものは捨てることにした。

紙の束としてまとめられる物については、月曜日(3/10)の紙ゴミの日にあわせて、紐で縛ってゴミに出した。掲載紙などは必要なところだけ切り取って、片っ端から捨てた。すると紙ゴミは6束になった。紙ゴミを出した後は、火曜日(3/11)の朝に出す「燃やすゴミ」をまとめた。これは合計で13袋にもなった。その日は、午後から新居の風呂なしマンションへ行って、ロフトベッドと机が届くのを待ち、組み立てた。

この日から妻は娘を連れて、姉一家の住む台湾へ一週間ほど出かけてしまった。一緒に過ごす残り少ない時間がさらにごっそりと減ってしまった衝撃は大きかった。しかし一方で、その時間を使ってアパートと家にある本をすべて移動したり、電子化の手はずを整えるのに集中できたりしたことは、作業効率的にはプラスだった。

ゴミ出しを終えた後、いよいよ本の選定に入った。

本は基本的に残すか、電子化するかの二者択一で処理した。約800冊のうち、自炊代行業者に送ることにしたのは574冊だった。ある程度の分の料金をPaypalで支払った。「5営業日コース」は一冊150円、「のんびりコース」は100円で、どちらも本のタイトルをファイル名に入れてくれるし、OCR化もしてくれる。注文し手に入れていた80サイズ(幅34.4 ✕ 奥行25.4 ✕ 高さ17.8センチ 内寸法)の段ボールを30箱分、自転車に乗せてアパートへ。そして本の数をカウントし、注文書を書きながら箱詰めしていった。

自炊代行業者に本を送る。

とりあえず10箱分、「5営業日コース」のものばかり詰めると233冊になった。やたら場所をとっていた、近代史をテーマにした19巻組の図鑑は思い切ってすべて電子化に回した。おそらくiPadでは読めないが、引っ越しで持っていく手間を考えるとおっくうすぎる。それに棚に並べきれずダンボール箱の中などで死蔵されるよりはましだろう。そんなわけで悩んだ末に電子化するほうが得策だと結論を出した。OCR化されるから検索が楽になるという特典もあるのだし。同じような理由で沖縄の4巻組の大辞典なんかもばっさりといくことにした。まあ、これに関しては買ったときの状態がもともとかなり悪かったので、紙のまま持っていたくないという理由もあった。

残すことにしたのは雑誌類である。ホチキスで留められたタイプは業者が受け付けないのだ。それに雑誌は書籍に比べると希少性が高い。あとで読もうと思っても、大宅文庫に足を伸ばすか、立川にある都立多摩図書館、または国立国会図書館といった特殊な図書館に行かないと閲覧できず、面倒くさい。あと著者のサインが入った本も残すことにした。

入居時と同じ業者に立ち会ってもらう

残す本を選ぶ作業は引っ越しの当日である12日朝になっても、終わる気配がなかった。15日まで部屋を押さえていることもあって、本の選定作業は後回しにした。 10箱分を箱詰めし、本を壁ぎわに置いた状態で、引っ越し業者が家に来ることになった。頼んだのは2年前にこのアパートに越してきたときにお願いしたのと同じ「便利屋お助け本舗」だった。今回は、床抜けアパートから風呂なしマンションへの荷物の移動を担当してもらうのである。

午前11時に中野駅で待ち合わせをした。担当してくれたのは前回と同様、この便利屋の社長だった。一緒に本の運び出しをした彼にこそ、床抜け問題の終わりを見てもらいたかったのだ(第1回を参照)。僕が出向いたときには、運搬用のワンボックスで待ち合わせ場所のサンプラザ前でもう社長は待っていた。加えて、この連載の編集担当である「マガジン航」の仲俣暁生さん、この連載の書籍化に手を挙げてくれた「本の雑誌社」の編集者も駆けつけてくれていた。一人はウェブ連載「炎の営業日誌」の杉江由次さんだった。杉江さん一人だと思ったら彼はもう一人連れてきていた。今後、書籍化するための作業に関わってくれる宮里潤さんという編集者だった。聞くところによると彼は、草森紳一の蔵書整理にも関わったというではないか。なんという縁だろう。

引っ越し作業にはタレントの坂本一生がやってきた。

中野駅から車で5分ほどのところにある床抜けアパートまで、僕が原付バイクで先導した。到着すると、肉体派タレントの坂本一生がテレビクルー数人を引き連れて待っていた。というのも彼はこの「便利屋お助け本舗」のイメージキャラクターだそうで、このアパートからの引っ越しを関西ローカルの深夜番組で紹介するというのだ。まだ3月だというのに、坂本は店のロゴが入った白のタンクトップ姿で、鍛え上げられた二の腕をあらわにしていた。

新居のマンションに送る主な品は次の通りである。

・サブの机と椅子
・三つのミニ本棚
・デスクトップPCと周辺機器
・押入にあった資料の残り
・残すと決めた雑誌・書籍(約200冊)

このうち残すと決めた雑誌・書籍に関しては、空いていた衣装ケース二つか三つに詰め込んだ。資料を入れていたのだが、それらを整理したために空になったものだ。荷物の積み出しは前回に比べるとずいぶん楽だった。というのも僕は二階の共同玄関までの2メートルほどの距離を、ひたすら往復すればいいだけだったからだ。その分、社長と坂本一生さんが汗をかいてくれた。二人はアパートのぼろ階段を何度も上り下りしてくれたのだ。坂本一生さんの作業の様子からは、こう言っては失礼かも知れないが、テレビタレントとしてのプロ根性を感じた。ぶっとい二の腕の筋肉をむき出しにして、「ぬお」とか「うわっ」とか言ってさして重くもない衣装ケースを肩に持ち上げるという、いかにもテレビ写りを考えながら、大げさな態度で運んでいたからだ。

ものの30分ほどで運び終わったのだが、入れ方がおかしかったのか、意外なことに荷物がワンボックスカーに一度で入りきらず、二往復した。しかし前回のようにワンボックスが走れるかどうか心配になることはなかった。

中野駅から北東に徒歩20分のところに位置する床抜けアパートから、隣の高円寺駅北口から10分のところにある風呂なしマンションまで10数分かけて移動。エレベーターがないので、三階の部屋まで階段で運んでもらった。快晴のもと、坂本さんと社長は汗をしたたらせ、呼吸を荒くしながら運んでくれた。坂本さんはここでも「ぬおっ」とか「うわっ」と大声を出して気合を入れていた。

組み立てられたロフトベッドとその下においた超ロングデスク以外はほとんど何もない部屋が、少しずつ荷物で埋まっていったが、すべての床が埋まる気配はまるでなかった。

午後2時半ぐらいにこの日の物の移動は終了した。

社長はしみじみと、そして感慨深そうに言った。

「これですっきりしますね」と。

みなさんが帰った後、一人でアパートに戻った。さきに箱詰めが終わった10箱分を夕方、集荷に来た郵便局員に持っていってもらった。80サイズが10箱で7200円。図鑑などの大型書籍が主に入っていたため、トータルで233冊、そのうち500ページ超の本が26冊、1000ページ超の本が1冊あった。二日後の3月14日にはもう一度集荷に来てもらい、また同サイズの箱を10箱持っていってもらった。こちらは納期が3カ月以上の「のんびりコース」。トータルで341冊、そのうち500ページ超は12冊、送料は同じ7200円だった。

そうやって部屋の中を完全に空にして、15日に床抜けアパートを完全に引き払った。

荷物を完全に出した後。これで床は抜けない。

押し入れのコンパネは新居とはサイズが合わないので残していった。この2年間使ってみたわけだが、収納性に問題があり、全然役に立たなかった。そもそもこの部屋を借りずにシェアハウスにいたままだったら、床が抜けるのではないかという恐怖に怯えることはなかった。それに妻との関係も悪くならなかったのかもしれない。家に本が増えることはなく、本棚を持っていくようなことはなかったのだから。

問題の元凶となった部屋が片付いたことで、僕は安堵した。だけど一方で、床抜け問題という一大事の原因となった部屋だからこそ思い出深く感じ、この部屋を出るのが名残惜しくなった。ふと寂しい気持ちになり、何度も部屋の中を見回してしまった。

別離

妻子が台湾から帰ってくる前に、家にある本を二日がかりで徹底的に仕分けた。こちらのほうはまだ読んでいないもの、人から譲り受けた段ボール一箱分の歴史図鑑、永久保存したい名著など、捨てずに残したいと思う本が多かった。とはいえ全部残しておくときりがない。まだ読んでいないがすぐには読まない本はとりあえず「5営業日コース」で、それ以外のものは「のんびりコース」にした。前者は187冊で6箱、後者が369冊(500ページ超の本は35冊)で、11箱の計17箱(すべて80サイズ)、送料だけで1万2240円となった。

業者に送った本の数は計三回で1130冊にのぼった。そのうち500ページを超える本は73冊。電子化にかかった料金は概算で14万6380円となった。Paypalでの支払いなので現金決済のようにすぐには腹は痛まなかった。それでも古本屋に売っていれば、逆にお金がもらえるという事実にふと思い至り、すごくもったいないことをしているような気に少しはなった。

妻子は3月17日に台湾から帰ってきた。そして最後の日々を一緒に過ごした。その週は前年の11月以前の平穏な日常が戻ったような日々だった。毎朝、子どもを保育園に連れていったあとは、仕事をした。21日と22日は妻が家の荷作りをするというので、娘と二人きりで二日連続で旅行に出かけた。妻の荷作りに手を貸す気にはどうしてもならなかったし、しばらくは離ればなれになる子どもとべったり過ごしたかったのだ。

そして翌23日の朝、月初めに宣言していた引っ越し日よりも一週間早く、娘を連れて妻が出ていった。引っ越し屋が手際よく荷物を搬出し、1時間もかからずにすべての段ボールは搬出された。スチールラックやダブルベッド、電子ピアノに着物用のタンス、ダイニングテーブルと大きなものはすべて残して……。

二人が出て行った後、虚脱感に襲われた。脳の一部をごっそり手術で除去されたらこんな気持ちになるのだろうか。映画『カッコーの巣の上で』でロボトミー手術を受けたあと、ベッドに横たわるジャック・ニコルソンのうつろな表情がふと脳裏に浮かんだ。

「もしもし、西牟田です。今、妻と子が出て行ったんだよ」

いてもたってもいられなくなった僕は元シェアメイトのMのところに電話をして、すぐに来てもらった。彼は気を利かせて缶ビールとつまみを買ってきた。雑談をかわしたり映画を見たりして一緒にビールを飲み、楽しい時間を過ごした。その間は気が紛れ、妻子が出て行った寂しさを感じずにいられた。ところが、数時間後に彼が帰ると途端に寂しさが募り、呆然とした。こうなったのは妻の気持ちを顧みず、本をためまくった自分勝手さのせいだ。僕は自分を責め、家に残っていた酒を手当たり次第に、昼も夜も飲みまくった。

思い出に別れを告げる

翌月曜(3/24)の朝は紙の束をまとめた。妻はかなりたくさん物を置いていったので整理・処分は大変だった。新聞やいらない彼女の本は片っ端から捨てることにした。紐でまとめると六つほどになった。それが終わると、妻が庭に置いていった燃えるゴミの袋が気になり、数えてみた。すると45リットルのものが25袋もあった。半透明のゴミ袋の中には、歯形がついた『じゃあじゃあびりびり』という乳児用の絵本、「これいらない」と言って娘がほとんど使わなかった音の出る絵本、最近は「絵が気持ち悪い」と言っていた『いちにちのりもの』という絵本などが捨てられていた。とりあえずそれら数冊を袋から出して、家の中に置いてから、ゴミ捨て場まで6往復した。

紙の束をまとめているビニール紐を指に食い込ませながら運んでいると、ついこの間まで家にあった白くて小さな本棚のことを不意に思い出した。それは家に大型本棚を運んできたときについでに持ってきて、転用したものだ。二つの大型本棚と同様、我が家ではフルに活用されていた。中野駅前に三人で出かければ駅前の大型書店の絵本コーナーに寄っては絵本を買う、ということがしばしばだった。加えて妻の家からのお下がりや僕の家から送られてくる幼児雑誌や絵本のために、三段の棚はいっぱいになっていた。娘を寝付かせる前に絵本を選んでは読み聞かせる。面倒くさく思ったこともあったが、娘がちょこんと膝にのって僕や妻の声に耳を傾けながら、興味津々で絵を見入っているひとときは、育てている張り合いと喜びを感じられる瞬間であった。しかし、そうした親子のふれあいは当分できなくなる――。そんなことに思い当たり、しんみりした。

紙の束を出し終わった後、ダイニングの共同の本棚にほとんど置いていった本のうち、子供用の本をピックアップして並べてみた。さきほどゴミ袋からレスキューした物に、育児辞典、娘が生まれた日の新聞などが加わった。生まれるまで18時間もかかってしまい、その間妻を励まし続けたときのこと、娘が生まれた瞬間のこと、まだ歩けもしなかった娘が厚紙でできた絵本を噛んでよだれでべろべろにしていたときのこと、『いちにちのりもの』を大受けしながら食い入るようにして見てくれたときのこと、熱が出てしまい慌てて妻が辞典をめくっていたときのこと、一つ一つの思い出が表紙を見るだけで蘇り、レスキューした本を並べて撮っていたら、不意に涙がこぼれた。

持っていても場所を取るだけで使い途はないものばかり。だけど一緒に暮らしていた証拠を簡単に捨てることはすぐにはできなかった。しばらく作業を中断しては飲み、しばらく虚脱した後、引っ越しの準備を進めた。そんな行動パターンを繰り返しながら、最後の数日を過ごした。

引っ越し当日である3月30日の夕方までは、仕事以外の時間を梱包作業や廃棄物の選定などに当てた。箱はすべて120サイズ(幅50 ✕ 奥行35 ✕ 高さ35センチ程度)。本をギリギリいっぱいまで詰め込むと、引っ越し業者でも持てないぐらいに重くなってしまう。そこで服を箱の上に詰めて、クッション代わりとした。そうした本と服の入った箱が10箱ぐらいはあったろうか。電子化せずに残した本の数は500~600冊に及んだ。

大きすぎて持っていけないダブルベッドや洗濯機は業者に処分してもらった。娘ができるまでは二人で、生まれてからは三人で日々囲んだダイニングテーブルは友人に引き取ってもらった。

娘が生まれる前に二人で出かけた旅行先で買った置物、僕が北方領土からそのときまだ結婚前の妻に送った絵はがきに、新婚旅行で行ったセルビアやアルバニアで妻が書き記した旅のメモ、そして親子三人一人ずつの食器など。家に置かれた品物一つ一つに思い出がこもっていた。だけど、思い出の品を管理する場所が新居にはない。僕は心を鬼にして、思い出の品の数々をビニール袋に無造作に入れていった。

20点近くに上る粗大ゴミの中には子供用の椅子やベビーカーといったものもあった。それら一つ一つに粗大ゴミ受付済みのシールを貼って、庭に出して置いた。夕方には引っ越し業者がやってきて、手際よく2トンロングのトラックに段ボールを詰めていった。

「自分だけの部屋」での再出発

風呂なしマンションにすべての荷物を移動させてみると、床という床が段ボール箱で埋まってしまった。120サイズの箱が36箱あり、積み上げるとその高さは1.2メートルにもなった。部屋の入り口で、段ボール箱の上で食事をしたり、パソコンを開いたりと、日常のほとんどをこなさなければならないことには閉口した。

それでも一昨年に床抜けアパートへ越したときのような焦りはまったくなかった。奥の部屋の片側にはロフトベッドと机、反対側にはダイニングにあった突っ張り本棚二つと図書館書棚をそれぞれ設置していて場所は取っていたが、収納すればすべて収まりそうだった。ロフトベッドに寝る空間が確保されていたし、それに何より床が鉄筋コンクリートだということから来る安心感があった。

引っ越し前に作っておいた肉とゴボウ炒めと食べかけの玄米をレンジで温めたものを、テーブル代わりの段ボールの上に並べて食べながら、僕はヴァージニア・ウルフの本に記されたある一節を思い出していた。

「女性が小説なり詩なりを書こうとするなら、年に500ポンドの収入とドアに鍵のかかる部屋を持つ必要がある」

この一節にある部屋を、男である僕も手に入れたような気がしたのだ。確かに物書きとしての収入は心許ない。しかし他人に邪魔されない「自分だけの部屋」を得たという満足感で心が満たされていた。妻子と別れた寂しさと引き替えに得た自由をかみしめながら、部屋の片隅で再出発を誓っていた。

(このシリーズ 完結)

※この連載が本の雑誌社より単行本になりました。
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