第1回 遭遇篇

2014年8月26日
posted by 原田晶文

前口上〜本の多い職歴を送って来ました

自分には、本のない生活というものが、見当がつかないのです。自分は信州で育ちましたので、上京して最初に就いた仕事は製本所のアルバイトでした。神田の三崎町にあるその製本所は、スピン(あのリボン的なひらひらしたしおり)のある文庫を専門に取り扱うところでしたので、一日中手作業でスピンを断裁前の本にくるっと挟み込む仕事をしていました。

春になる頃に、とある雑誌編集部の丁稚奉公のアルバイトにありつきました。電話番をしたり、撮影した衣装を返却したり、資料のコピーをしたり、献本を発送するだけの簡単なお仕事です。2年ほど勤めて奉公が明けましたので、今度はすぐ近くにあった編プロに拾っていただきました。そこでは企業内出版を手がける超専門的な内容の部署で、DTP作業のイロハを叩き込まれました。また、企画、構成、ライティング、図版作成、校正などのデザイン以外の工程を1人で行う仕事でしたので、何年か経つ頃にはすっかり器用貧乏な人材に育っていました。

また、だんだん本のお仕事もいただくようになり、いくつかの実用書の編集を手がけました。情報誌の下請け仕事も経験しました。三十路を過ぎた頃、一度郷里に戻り印刷会社に入りました。そこでは通常の印刷営業と平行して自費出版のプロデュースのお仕事もやっており、何冊かお手伝いをさせていただきました。この部署には版元の機能もありましたので、書店営業の仕事も少しやりました。地方・小出版センターという取次のことを初めて知ったのもその会社でのことです。ここでは印刷営業士の資格も取らせていただきましたので、印刷関連の知識は一通り身につけることができました。

数年して横浜FCがJ1に昇格したのをきっかけに、再び上京を決め、老舗の編プロに拾っていただきました。ここでは以前と同じように実用書の制作をしておりました。その後iPhoneが日本に入って来る頃、縁あって電子書籍の世界に飛び込むことになったのですが、振り返れば、よくぞまあ本がらみの仕事ばかりやってきたものだなあと呆れるばかりです。最初にやったアルバイトがコンビニ店員で雑誌も売っていましたので、おそらく取次以外は一通り経験したことになります。

SideBooksと本屋横丁

今から4年ほど前のある日のことです。確かiPhone4が出た頃だったと思いますが、私と私の友人たちは都営新宿線・菊川駅前のジョナサンに集まっていました。その頃私はまだ編プロに在勤しており、他のメンバーはIT会社社長、そのプログラマ、デザイン会社代表、そのデザイナーでした。議題は「iPhone4がすごいらしいけど、そこで何かやってみる?」で、参加者が出版寄りのメンバーのせいか、いきおい「電子書籍」がらみのアプリがいいよねという話に流れていきました。

モバイル端末で本を読むという行為は、ケータイ小説などで一定の市民権は得ていましたが、私は以前から「読んだ気がしない」という不満を持っていたのです。そこで、できるだけ「読んだ感」のあるUIを持つアプリが欲しいとお願いをしたりしました。その他、その場ではさまざまな議論がされたと記憶しています。

それから半年ほど経ったある日、メンバーのプログラマが「例のアプリ、できたよ」というので、早速生まれたばかりのPDFビューア「SideBooks(サイドブックス)」をインストールしてもらいました。そして手近なPDFを転送して読んでみたのです。すると、なんということでしょう。私の手にあったiPhone4は、瞬時に「本」にすり替わっていたのです。この新アプリの自然な読みやすさは、電子書籍時代の本格到来を予感させるものでした。

その後このSideBooksは正式リリースを経て、バージョンアップを繰り返し、Android版も出て、100万DLを超えるなどまずまずの評価をいただけるアプリにまで成長することができました。また、あの日ジョナサンに集まったメンバーによって、SideBooksのために東京インタープレイ株式会社が設立され、現在に至ります。私はスタッフとして主に広報を担当しています。ちなみにSideBooksはフリーアプリなので、どなたにも気軽に試していただけますよ。

このようにアプリの開発を進める一方で、私が平行して進めているプロジェクトがあります。私は以前から、ネットで本を買うにあたってのアクションにたいへん不満を抱いておりました。それは、あまりに書店で本を買うのと「違いすぎる」という点です。

ネットで本を買うとき、十中八九それは「指名買い」です。すでに知っている本を検索して買うのが購買行動の基本になっているのです。多少の関連書籍が紹介されたりはしますが、本全体の量に比しては、ほんのわずかです。しかし、書店で本を買うということはこれとはまったく違います。店に入り本棚をさっと見回す、その一瞬の間に目に触れる情報量が段違いなのです。ふらっと立ち寄った本屋で、意外な本と出会い、場合によっては人生が一変してしまうこともある。それがリアルの本屋です。

しかし、多くのリアル書店は24時間営業ではありません。深夜にどうしても読みたい本があるとき、2時間クルマを走らせたりしたことはありませんか。私はあります。何度もあります。そこで思い立ったのです。スマホやタブレットの中に、検索するだけじゃない、リアルな書店に近い、仮想書店街を作ることはできないだろうか、と。

幸い、我々にはSideBooksというアプリがあり、配信のためのクラウドシステムも完成しました。そこで、私は株式会社ブックアレーを設立し、仮想書店街「本屋横丁」の開設に取組むことにしたのです。それから1年半ほどかかりましたが、今年5月にようやくOPENにこぎつけることができました。本屋横丁はSideBooksからフリーでご覧頂けるようになっています。まだまだ営業店舗も少なく発展途上ではありますが、お手すきのときや、電車の待ち時間などに、一度お立ち寄りいただければと思います。本屋横丁の詳しい話はまた機会を改めてということで、そろそろ本題へとコマを進めて参りましょう。

PCを捨てよ、町へ出よう

本題に入る前にもう一つお話をしておきたいと思います。今回のメインミッションに非常に関係が深い話で、端折るとよくわからなくなってしまうので、もう一段落お付き合いください。

前述の理由で「本屋横丁」のために(株)ブックアレーを設立したところまではよいのですが、私はこれまで裏方仕事に追われてばかりいたせいで、正直言って出版業界事情全般には疎かったのです。技術的には編集制作から印刷製本、営業販売まで出版のすべて、それ以外にもWebからアプリまでIT全般まで広く深く知りながらも、もっと高い視点から業界全体を俯瞰するということはまるでしていませんでした。

会社を運営しようという人間がこれじゃいかん、と思い立ったので、まずは情報収集&人脈づくりも兼ねて、展示会やセミナー、講演会、懇親会などにどんどん出かけることにしました。まさに「PCを捨てよ、町へ出よう」ということです。

あちこち出かけるようになると、芋づる式にいろいろな催しが行われていることがわかってきます。そんな中で出かけたのが、昨年11月のJEPA主催セミナー「さようなら、『電子書籍』」でした。これから電子書籍でひと旗上げるベエと意気込んでいる矢先に、鼻ツラを叩かれるようなタイトルにギクッっとしたのもありますが、おそらく今自分が知るべき情報が多く含まれているに違いないと直感して、すぐに申し込みをしました。

講師はご存知、仲俣暁生「マガジン航」編集長。当日は期待をはるかに上回る内容で、とても充実した時間を過ごさせていただきました。その後の懇親会では名刺交換までさせていただき、facebookでのお友達申請を経て、私と仲俣さんに接点が生まれたわけです。もし、私がその日その会場に行っていなければ、今この原稿を書くことはなかったでしょう。

実はここまでたどり着くのに、五人もの方々とのご縁といくつかの偶然が必要でした。情報と人脈が有機的にリンクして、自分の可能性が飛躍的に広がったというわけです。町に出ていろいろな人の話を聞き、新たな「情報の塊」と出会うことは、新しい書店一つを見つけるのに匹敵する出来事でもあります。PCから記事を読むのは簡単なことですが、その中の人と直接会える機会があるのなら、昼飯を抜いてでも出かけてみて欲しいと思います。

 『ペナンブラ氏の24時間書店』の衝撃

さて、ここからが本題です。あれから半年余り、朝起きると仲俣さんのfacebookの投稿が目に入るようになり、日々の情報収集の質が飛躍的に向上しました。また、あちこちで知り合った電子書籍戦士のみなさんの投稿からも、日夜感銘を受け、燃料としてありがたく読ませていただく日が続いていたのです。

そんなある日、ペナンブラ氏の24時間書店という本の話題が流れてきました。その時点で書名には見覚えがあったので、おそらく以前から仲俣さんの他の投稿にも紹介されていたのでしょう。アメリカの現代出版事情を題材にした面白い本だという認識はすでにもっていたように思います。その日の投稿(ニュースフィード)にはさらに突っ込んだ文言がありました。

「日本中で米光さんと僕しかまだ『ペナンブラ氏〜』に熱狂していない様子なのが残念な今日このごろ、このコラムを読んでもまだこの作品を読まない人とは、金輪際もう友達ではありません!」(ほぼコピペ)

ほほう。そんなにか、と早速そのフィードにリンクしてあるブログ記事を読ませていただいたのです。そのエキサイティングな内容については、このリンク先で直接ご覧いただけば済みますので、本稿では割愛いたします。ブログを読んでみての結論はたった一つ。「私にはその本を読む必要がある」ということでした。

『ペナンブラ氏の24時間書店』は、アメリカの新人作家ロビン・スローンが2012年に発表し、2013年に全米図書館協会のアレックス賞を受賞した、「青春冒険小説」です。日本語版は2014年4月に「東京創元社創立60周年記念出版」として刊行されました。詳しくは東京創元社ウェブマガジン海外ミステリ出張室の記事をご覧ください(リンクを紹介しておきます)。ここには、巻末にある米光一成氏の解説全文が掲載されていて、ロビン・スローンの素性などがある程度わかります。

米Wikipediaには彼の項目があるのですが、Wikipediaには『ペナンブラ氏の24時間書店』でデビューしたこと、この本のあらすじ、それに簡単な学歴紹介があるだけで、あとは何もわかりません。日本版Wikipediaにはまだ項目はありません。他に、ロビン・スローン本人のWebサイトがありました。ここにはロビンの他の短編作品や、『ペナンブラ氏〜』の原書の映像などもあるので、英語に堪能な方はぜひご覧いただきたく思います。私は英語が不得手でありますので、ちょっと眺めるぐらいしかできないのが無念であります。ちなみに原書の装丁はかなりCoolです。いずれ手に入れて直筆のサインでももらいたいと思います(表紙にロビンのサインが印刷されていますけどね)。

清涼感のある素敵な翻訳を担当された島村浩子さんは、翻訳ミステリ大賞シンジケートという秘密結社で東東京読書会なるコアな集会をやってらっしゃるとGoogleさんに聞きました。こちらはすぐに満席になってしまうので参加は難しそうですが、いずれは参加してみたいと思います。

電子か通販か、それが問題だ

さっそく、実際に『ペナンブラ氏の24時間書店』を読んでみることにしました。東京創元社のサイトには、オススメの購入方法がいくつか示されています。選択肢は大きく分けて2つ。紙のリアル本で物理的に手に入れて読むか、電子書籍で仮想的に手に入れて読むか、であります。まずは今すぐ読めるのが最大のメリットである「電子書籍で買う」を考えてみます。その時点ではKindle、honto、Kinoppy、Koboの4つのプラットフォームが選択できました。

価格的には再販制度に縛られていないので各社まちまちですが、紙の本の1900円税別に対して、それほど差がありません。この中ではKoboが一番安かったのですが、決定的なアドバンテージを得るほどではなかったのです。となると、ビューアの使い勝手が決め手と言うことになりますが、個人的にはhontoの使い勝手が好きで、あとは各社一長一短といったところ。どこかPDFで売っているところがあればSideBooksで読めるので即買いしたのですが、残念ながらいずれもそのような仕組みではありません。

どうしてこの業界は揃いも揃ってビューアアプリぐらい好きなものを使わせてくれないのでしょうか。全くもって不便極まりないと思いました。しばらく悩みましたが、決め手に欠けたので電子で買うかどうかは今回は棚上げとしました。

次に通販での購入の検討に入りました。いつもならドローンを飛ばしている例の会社で済ませているのですが、他にも意外に多くの選択肢がありました。まず、そのドローンの会社では、プライム会員で買えば今日届くというスペシャルなサービスがあるのですが、残念ながら私はそのような会員ではないので、翌日以降の到着になります。マーケットプレイスでも古本の購入が可能でした。この場合はいつ届くかわかりません。

コンビニ店頭に届くサービスは翌日到着が約束されています。悪くはありません。大手書店と大手印刷会社が手を組んだサービスの場合、発送までに24時間かかるとのことでした。翌日到着するとは限らないようです。大手老舗書店の単独で運営しているサービスは1〜3日以内に発送という少々のんきな設定。それなら直接行った方が早いです。別の書籍通販古参のサービスは取り寄せで1週間かかるとのこと。あまり力を入れていないのだろうかと心配になりました。

ネットショッピング最大手サイトが運営しているサービスは、さすがに充実していて午前中の発注なら明日到着で、追加料金もプライムな会員登録も不要でした。こりゃなかなか良い。同社の電子版よりサービスがいいかもしれません。取次ぎ大手2社がそれぞれやっているサービスがありますが、出荷までに1〜2日だそうで、書店受け取りなら送料は無料。ただ、そろってあまりやる気がないような感じ。書店への配慮もあるのでしょうか。店頭で取り寄せを依頼するよりは早く手に入りそうではあります。最後にレンタル最大手のオンライン販売を見てみましたが、これは1〜2日で出荷して最寄の店頭でも受け取れるというサービス。店頭受け取り系のサービスは昼間荷物を受け取れない人にはありがたいですよね。

ここまで考えて、今日明日は我が家は日中不在になるので、注文してもすぐには受け取れないことに気付きました。今すぐ読みたいのにこれでは話になりません。仕方ないので手っ取り早く直接書店に出向いて購入をすることにしました。

結局、書店に行く

読みたいときが読みどき。で、ありますので、できるだけ早く手に入れたいのが人情というもの。しかしながらその日は平日火曜日。しかも週を通して日中は予定がみっちりしている時期でありました。夜に新宿に行く予定があったので、ついでに紀伊国屋書店にでも寄れば大丈夫だろうと思い、ひとまずWebサイトで在庫を検索。さいわい「在庫あり」で、しかも売り場の場所まで表示されています。なんと素晴らしいサービスでしょうか。これでどうにか本日中の入手は確定したわけであります。

ほっとしたところで家を出て最寄駅へ移動。流れで駅前の書店をのぞいてみることにしました。だってそこにあればもうこのミッションは解決するじゃないですか。行きの電車から読み始められるならそれにこしたことはないのですから。ところが、残念ながら『ペナンブラ氏の24時間書店』の店頭在庫はナシ。しかも、気がつけば別の本を買っていたのです! 書店行きは衝動買いがあるから危険なので、できることならば避けたかったのですが、これはもう事故です事故。悪いことは重なるもので、夕方の新宿に行く前の仕事がずれ込んで、なんとこの日は結局、紀伊国屋には行けなかったのです。

明けて水曜日。朝イチで浜松町に行き、ひと仕事終えてから事務所に戻ったのですが、ここで選択肢が。

①神田で降りて駅前の書店へ
②秋葉原で降りて有隣堂か書泉へ

秋葉原からの方が事務所まで少し遠いので、神田を選択しました。駅を出て、横断歩道を渡ると、確か書店があったはずのところに釣具屋の看板が。はて? 角を間違えたかなともう1本先まで行きますが、書店はありません。どうやら気がつかないうちに無くなってしまったようです。あとで調べたら半年も前に閉店になったそうで。何度か通りかかっていたはずなのですが、まるで気付きませんでした。諸行無常であります。

それでも書泉か有隣堂に行ければ在庫があるだろうとタカをくくって事務所で仕事にとりかかっていたら、同僚がクルマで帰るというので便乗することになり、この日は秋葉原には行けなくなりました。同僚に無理を言って通りがかりにある書店に寄ってもらいましたが、案の定店頭在庫はありません。こんなことなら、さっさと通販で注文しておけばよかったのです。かといってここまできたら、いまさら電子で買うという決断もできません。この2日間が完全に無駄になってしまうからです。

最終決戦、今日こそ『ペナンブラ氏』を奪取せよ!

とうとう木曜日になってしまいました。実はこの日はクルマで役所をハシゴすることになっていて、その用が済むまではどこにも行けません。私は忸怩たる思いで憮然としながら淡々と事務処理を済ませていきました。なんで月曜日のうちに電子で買うなり、通販で注文するなりしなかったのだろうかと、自責の念に苛まれていました。読みたいものを読みたいときに読めない。これほどの苦痛が他にあるでしょうか。

すると、ここで幸運の女神が舞い降りてきました。なんとタイミングよく処理が進み、予定よりもかなり早く所用を片付けることができたのです。そして区役所の食堂で遅めのランチを取りながら、ふと思いつきました。今日のこの機動力(クルマ)をもってすれば、本の1冊や2冊簡単に手に入れられるのではないか、と。

さっそくiPad miniで近隣の書店を検索してみました。条件としてはクルマで立ち寄れるところ。空振りは避けたいので先に在庫を確認してから突入することに決めました。ただし、電話での確認はしないことにしました。今回は在庫が無かった場合、その店で買う予定がないからです。普通であれば電話に出る手間をかけさせても、在庫を調べてもらった上で無かった場合「取り寄せますか」となるのですが、今回は絶対に今日中に手に入れると決意している以上、そこで取り寄せを依頼するわけにはいきません。買わないのに電話応対を強要するのは、あまりに心苦しいではないですか。

よって、今回の候補はネットでの在庫検索が可能なお店に限られることになります。現在地から行けそうな範囲にはいくつかのチェーン書店がありました。まず1つめのWebサイトをのぞいてみますが、店頭在庫を調べる仕組みはないようでした。2つめの書店には一応在庫の検索システムはあるのですが、どうもうまく探し当てることができません。似たようなシステムでも随分使い勝手が違うものです。

そして3つめのチェーンでは、ついに確実な店頭在庫を探し当てることができました。クルマで10km程度。駐車場もあります。さっそくクルマを走らせました。ぐずぐずしていると、他の人に買われてしまうかもしれないからです。こうして三日間にわたる激闘の末に、ついに私は『ペナンブラ氏の24時間書店』を手に入れることができたのです。完。

「これもたった2ドルで印刷できるのか?」「もちろん」

ネタバレしない程度に感想を書いてみる、と意気込んでみたもののこれが意外に難しいもので、この時点ですでに3回書き直してついにはすべて破棄しました。ムダに感想を述べるのはやめておきましょう。内容について何をどう書いても、これから読む人のためにはならないと思うのです。だからもう手元の本を閉じてしまいました。この先は、この本の後味の良さだけを伝えたいと思います。

読み終えて、まず思ったことはといえば、息子や娘たちにも薦めたいということでした。こんな楽しいエンターテインメントは、感受性豊かなティーンエイジャーにこそ味わっていただきたいと思うわけです。もちろん、本に関するさまざまな経験をしたおじさんおばさんにもオススメです。ところどころで自分の経験とリンクし、主人公や仲間たちの若々しさを疑似体験することができるでしょう。もしもあなたに少しのギーク属性があるのなら、なおオススメします。1990年代半ばからインターネットに触れて、「ワイアード」なんかをたまに読んだりしたような方なら、相当に楽しめるはずです。

そしてこの本は、今こそ読むべきです。1年後はともかく、5年後では今ほどには楽しめないかもしれません。ましてや10年後ではもうなんの保証もできません。早めに読まれることを特にオススメいたします。

ペナンブラ氏は主人公を「おまえさん」と呼びます。英語版ではただ ”You” なのでしょうが、実に上手に雰囲気よく翻訳されていると思います。グッジョブ島村さん。そうです。若者は先達に「おまえさん」と呼ばれるべきです。自分にもそんな上司がいたらどんなに楽しかったでしょうか。いつか年頃の部下ができたら、私も「おまえさん」と呼びたいと思いました。あとペナンブラ氏の5番目のタブレットが欲しいです。

私の好きな登場人物は1位がマーカス・コルヴィナです。ペナンブラ氏のボスである彼を好きになる人はあまりいないと思いますが、自分にとってはとても印象的な人物でした。2位はオリヴァー・グローン。主人公の同僚で地味な人物ですが、とても重要な役割を担っています。3位はニール・シャー。主人公の幼なじみで金ヅルの男です。彼もまた物語の進行に欠かせない役目を負った人物です。あまり普通ではないランキングで恐縮ですが、読めばなるほどとわかっていただけるかもしれません。

そしてヴェニス。そう。ヴェニス。

もしも、『24時間書店』のペナンブラ氏が日本人だったら

正直、悔しいと思いましたね。なんだよ、と。アメリカ人ばかり面白い本書いてるんじゃないよ、と。何がヴェニスだ、と。こんちくしょうです。こちとら江戸出版文化があるんでぃ、てやんでぃ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁと思うわけです。

と、ここでひらめいた。ピンときた。

めくるめく江戸の出版文化を主題にしたこんな小説を書いてみたらどうでしょうか。つまり、基本骨格は『ペナンブラ氏〜』のままで、外装と内装をすっかり和製にすげ替えてしまうというのはいかがでしょうか、と。若い主人公が、中年の導き手によって、時代を超えた出版事情に触れて、新たな世界への扉を開く。しかも最新テクノロジーを交えて。そこには美女の恋人や、優秀なルームメイトや友人、同僚が登場し、強力な敵も登場してくるわけです。そういう基本構造の物語を、舞台は東京で。あと江戸で。

タイムスリップは安易すぎるので今回はやめておきましょう。過去と現在の物語が平行して進行した方が面白そうです。江戸の出版がテーマとなると面白いのは黄表紙や洒落本でしょう。そうなると吉原遊郭の存在は避けて通れません。それから、幕府の禁書も重要なファクターになるでしょう。蔦屋重三郎、山東京伝を中心にしましょうか。いや、時代は少し遡りますが、平賀源内も大きな役目を持ってくれそうです。同時期の絵師に鈴木春信がいますから、二人を絡めても面白いでしょう。

江戸の出版となると、寛政の改革、享保の改革による弾圧について述べるのも不可避であります。貸本屋などの当時の商売もぜひ紹介したいところです。世界最高峰とまで言われる木版技術についても濃厚に解説したいですね。他にも盛り込みたい要素がわんさとあります。幸い私は以前仕事で春画に関する本を手掛けたことがあり、多少の予備知識がありました。江戸期の歴史については、人並みの知識しか持ち合わせていませんが、文献は山ほどあるので気合いでなんとかなりそうです。これはなんだか面白そうだ、ということでしばらく本気で取組んでみることにしました。

前フリが長くて申し訳ありませんでした。実はこの企画は、『ペナンブラ氏の24時間書店』を紹介する企画ではありません。同書にインスパイアされた私が、江戸出版文化をテーマにした「和製ペナンブラ」小説を書き、それを電子書籍でリリースするという壮大な実験企画なのであります。これから本編を執筆して実際に電子書籍で発売するまで、ほぼリアルタイムで毎月進行状況を報告して参ります。全3回予定。ご期待ください。

追補:タイトルは決まりました。

「ストラタジェム;ニードレスリーフ」

今からでも遅くはない 

2014年8月26日
posted by ケヴィン・ケリー

1985年、ほぼ何でも好きなドットコムのドメイン名を手に入れることができた時代に、あなたが起業家だったとしたら、どんなにすごいか想像できるだろうか? あらゆる名前が使えるのだ。短い名前でも、カッコイイ名前でも。希望するドメイン名を申請するだけで良い。料金を払う必要もない。このすばらしい状況が何年も続いた。1994年に雑誌ワイアードの記者は、mcdonalds.comが未登録であることに気づいた。そこで、私たちの勧めに従って、その記者が自分でドメイン名を登録して、マクドナルドに譲ろうとした。しかし、同社のインターネットに対する無知ぶりは滑稽なほどで、その話がワイアードの記事になった。その少し前に、私はabc.comが未登録であることを発見したので、ABCの最上階の役員室にいる経営陣に向けて、デジタルの未来に関する講演をしたとき、ここの地下室にこもっている頭の良い計算機オタクに自社のドメイン名を申請させるべきだという話をした。でも、彼らはそうしなかった。

当時のインターネットは、制限のない未開拓の地であった。X分野での世界初を容易に達成することができた。消費者はあまり期待していないし、障壁もきわめて低かった。検索エンジンを始めよう! オンラインストアだ! 素人動画を提供しよう! もちろん当時と今では事情が違う。今振り返ってみると、入植者が波のように次々とやってきて、すべての開発可能な土地を重機で切り開いていったようなものだ。今の新参者には、扱いに困るような狭い場所しか残されていない。当時から30年経過したインターネットは、膨張して飽和してアプリやプラットフォームやデバイスで満杯になり、今後数百年にわたって人間の注目を集めてもまだ余るほどのコンテンツが存在している。あなたが苦労してちっぽけな技術革新を生み出したとしても、誰が気づいてくれるのか?

しかし、過去30年間に私たちがネットから得たものを考えると、その豊富さは、ほとんど奇跡のようにも思える。たとえば、どこにいても友人や家族と即座につながる連絡手段、いつでも必要なときに流れてくる好みに応じたニュース、世界中の大部分の都市の拡大縮小可能な3D地図、話した音声で検索できる百科事典、ポケットサイズの装置で見られる映画、何でも翌日配達可能な仮想ストアなど、考えられる数千例の中からわずか6個を示してみても、すごいものばかりだ。

でも、でも……問題がある。インターネットに関しては、まだ何も起こっていない。インターネットは、今もなお、始まりの始まりの状態にすぎない。もしもタイムマシンに乗り込んで30年後の未来に行ったとして、その眺望のきく地点から現在を振り返って見れば、2044年の市民生活を支える重要な製品の大部分は、2014年を過ぎるまで発明されていなかったことに気づくだろう。未来の人たちは、ホロデッキや、ウェアラブルコンタクトレンズや、ダウンロード可能なアバター、人工知能インタフェースが2014年以降に出現したことを知る。そして、「本当は、インターネット(またはどんな名前でも)というものは、あの時代にはなかったのですね」と言うだろう。

未来の人は正しい。現代の視点から未来を見れば、今世紀前半のネット上の重要な発明は、すべて私たちの前方に存在している。これらの奇跡的な発明品は、途方もなく向こう見ずな夢想家が現れて、そこにころがっている成果をつかみ取るのを待っている。1984年のドットコムドメイン名と同じ状況なのだ。

2044年の老人は、きっとこんなことを言うだろう。「2014年にあなたが起業家だったとしたら、どんなにすごいか想像できるだろうか? その当時は、制限のない未開拓の地であった。何でも好きなX分野を選んで、多少の人工知能を付加してクラウドに置けば良いのだ。当時の装置は、せいぜい1個か2個のセンサを使うだけだった。今のように何百個も使わない。期待も障壁も低かった。容易に世界初を達成することができた。」そして、嘆く。「あのとき、すでに何でも可能になっていたことに気づいていたら!」

つまり、これが真実だ。今、すなわち2014年の現在は、インターネットで何かを始めるのに最良の時期である。世界の歴史において、何かを発明するのにこれほど最適な時代はなかった。現在ほど良い状況、多くの機会、低い障壁、高いベネフィット・リスク比、良い利益率、多くの利点に恵まれた時期はなかった。たった今、この瞬間だ。未来の人たちは、現在を振り返って言うだろう。「ああ、あの時代に生きていたら良かったのに!」

過去30年間に、すばらしい開始点、すなわち、本当に偉大なものを作るためのプラットフォームが生まれた。しかし、最高のものはまだ発明されていない。この新しくて偉大な発明品は、今日存在するものとは比べものにならない。単に「秀逸」というだけでなく、異質、超越、その他の性質を持つ。しかし、それは、すでにわかっていることだ。

気づいていなかったかもしれないが、今の時代は、制限のない未開拓の地である。人類の歴史上、かつてないほど何かを始めるのに最適な時期である。

今からでも遅くはない。

(日本語訳:堺屋七左衛門)


Creative Commons License


※この記事は2014年8月21日に「七左衛門のメモ帳」に投稿された同名の記事を、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 4.0 国際ライセンスの下で転載したものです。

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読書のためのスターター・キット

2014年8月24日
posted by 仲俣暁生

お盆も過ぎ、そろそろ暑さも和らいでほしい今日このごろ、電子書籍をめぐる話題も、7月のブックフェアが終わって一段落なのか、あまり大きな動きがありません。そこで今回は、雑談めいた話題で書いてみようと思います。

毎年夏になると、書店ではさまざまな出版社による「文庫フェア」が行われます。比較的小さな書店でも、店内の一角にそのためのスペースをとり、「新潮文庫の100冊」や「カドフェス2014(角川文庫)」や「ナツイチ2014(集英社文庫)」などが展開されている光景は、夏の風物詩としてすっかり定着しました。むしろ、いまやルーチン化しているのではないか、とさえ感じるほどです。

こうした「文庫フェア」は、現在はネット上でも同時に展開されています。それぞれの特設サイトにはラインナップされた本の紹介文があり、本の一部が立ち読みでき、気に入った本はネット経由で購入できるのですが、残念なことに、フェアに選ばれる作品の多くが、いまだに電子書籍化されていません。

文庫化作品ならば、親本が出てからすでに3年程度(あるいはそれ以上が)経っているはずですし、売上の実績もある。つまり電子書籍化へのハードルは相対的に低いはず。選書の際には紙と電子の双方で売れるタイトルを吟味し、電子化されていないものは、フェアの実施にあわせて戦略的に電子化を行ってほしいものです。

読書専用端末を「読書への入り口」にする

こうした夏の「文庫フェア」は、書店の店舗での販売を支援するという側面が大きいでしょうから、電子書籍と100パーセント連携するのは――人気作家の電子書籍化が進まないこともあり――なかなか難しいのかもしれません。

しかし読者の側からみれば、「文庫フェア」は格好の「読書への入り口」です。電子書籍とうまく組み合わせることで、より機能する「読書への入り口」をつくれないでしょうか。それを仮に、「読書スターター・キット」と呼ぶことにしましょう。

電子書籍の市場が順調に拡大するにつれて、汎用タブレットやスマートフォンでも電子書籍が読めることが認知されつつあります。そのためか、ブームの当初は大いに取り上げられた「読書専用端末」(Kindle PaperwhiteやKobo Glo/AuraやBook Live! Reader LideoやSony Readerなど)は次第に話題にならなくなり、新製品が出るペースも落ちています。

ちなみに、鷹野凌さんが「東京国際ブックフェアを見て歩いた4日間」という記事で紹介してくださったとおり、今年のブックフェアでDNPが参考出品した小型の読書専用端末「honto pocket」は、人気ミステリ作家などのシリーズ全巻を収録して販売することが検討されているようです。

しかし「シリーズ全巻」のまとめ買いは、電子書籍化により本の単価が多少は安くなろうとも、マニア以外にはハードルが高すぎます。とくに「honto pocket」の場合はネットにつながらず、外部端子がなくコンテンツの入れ替えが不可なようなので、「無料のサンプルを入れておいて、気に入ったら購入」というわけにもいきません。

ならば、もう少し現実的な方向で「読書スターター・キット」を実現できないものでしょうか。

たとえばミステリやSF、あるいはその他のジャンル小説でも、毎年の「ベスト10」とか「オールタイム・ベスト」といった選書の企画がしばしば行われます。新書や人文書、ビジネス書等でも、「新入生に読ませたい」「新社会人に薦める」といったフェアや雑誌上での企画は年中行事といってもいいでしょう。

そうしたテーマごとの「選書」をそのまま収録した読書専用端末の実現は、さほど難しくないはずです。プリインストールするのは、さしあたり「サンプル」だけでかまいません。その分野やテーマ、ジャンルごとの「お薦め本」のサンプルが、10冊なり100冊なりプリインストールされた読書専用端末を、現実の書店の店頭にならべて売る、というアイデアは無謀でしょうか。

実際、電子書籍のサンプルのプリインストールは、すでに行われています。しかし、理想的な「読書スターター・キット」となるためには、プリインストールされる本が顧客のために、言葉の本来の意味で「カスタマイズ」されていなければ意味がありません。たんなる売れ筋本の宣伝や、誰がどういう理由で選んだのかわからない「お薦め本」では、かえって逆効果です。

となると、ジャンルや読者のバリエーションに対応するため、なるべく多種多様なプリインストール端末が必要になります。そのためにはプリインストールする本を簡単にカスタマイズできる仕組みが不可欠です。たとえば、読書専用端末をプレゼントする際に、贈る側がプリインストールする本まで指定できる仕組みはどうでしょう(もちろん、最後まで読める製品版を同梱してプレゼントすれば、もっと喜ばれるはずですが)。

「本棚」ごと基本図書をプレゼントできたら

電子書籍が巷の話題になりはじめたとき、「小さな端末に1000冊の本が入る」「大量の本を持ち運べる』などとよく言われました。しかし省スペース化や持ち運びの便宜といったメリットが喧伝される一方で、肝心の「1000冊」は、あくまで読者自身が自力で選ぶことが前提となっていました。趣味嗜好、興味関心は人それぞれですから、基本的にはそれでいいのですが、現実問題として、人は自力だけでは1000冊もの本を選べません。

なかには、プリインストールなんてとんでもない、スッピンの電子書籍を手に入れて、自分で「本棚」を育てていくのがいい、という人もいるかもしれません。でも、それなりにコンセプトのある「本棚」をまるごとプレゼントされたら――たとえそれがサンプルばかりでも――楽しいものです。本はコンテンツだけでなく、どの本とどの本が並んでいるのか、というコンテキストにも価値があるもの。それに、サンプルを読んで気に入ったタイトルがあれば、紙の本で買ってもいいのです。

わが身を振り返ってみると、本の世界を自分なりに知りはじめたのは中学生の頃でした。当時もっとも重宝したのは、SFやミステリといったジャンル小説の「ガイドブック」です。いわばこれが私にとっての「読書スターター・キット」でした。

こうしたガイドでジャンルの概略と歴史を知り、そのなかに自分なりに興味をもてる本が何冊かできればしめたもの。自分のなかにジャンルの地図ができれば、読書ははかどります。好きな作家はコンプリートしたくなります。うまくいけば十年、数十年もそのジャンルの本を買い続けてくれる、忠実な読者のできあがりです。

夏の「文庫フェア」は、あるいはまもなくはじまる「読書の秋」関連フェアは、本来はそうしたビギナー読者のためであったはずです。またあらゆる分野において、「どの本から読んだらいいのかわからない」という初心者が、いつの時代もつねに存在します。逆にベテラン読者のなかには、「国産ミステリならまずはこの100冊から」といった選書をしてみたい、という人もやまほどいることでしょう。いわば、在野の「ブックディレクター」です。

現状の電子書籍サービスでは、読書専用端末のユーザー・アカウントがクレジットカードの情報とひもづいているため、サンプルのプリインストールにはプラットフォーム側の協力が欠かせません。誰もが思いつきそうなわりに、多様なプリインストール・モデルが実現しないのは、その仕組みづくりが思ったより大変だからでしょうか。

あらかじめ本をインストールして読書端末をプレゼントするには、いまのところ手動でせっせと「お薦め本」のサンプルをダウンロードするくらいしか、うまい方法が思いつきません。親が子どもに読書専用端末を買い与える際なら、どうせお財布(クレジットカード)は親と一緒なので、それでもいいでしょうが、友だちに本をプレゼントするなら、いまはまだ紙の本のほうがよさそうです。

というわけで、これはあくまでも理想的な「読書のスターター・キット」をめぐる夏の夜の儚い夢にすぎません。でも、この程度のサービスは、近い将来に実現できないものでしょうか?

電子書籍による「電子書籍のブックガイド」

……と、ここまで書いたところで、ハッと気づきました。100冊程度の本のセレクションをするだけなら、「読書スターター・キット」として役に立つブックガイド自体を電子書籍にすればいいのでした。そして悔しいことに、そのような電子書籍はすでにあるのです!

アマゾン文藝春秋が、いずれも「電子書籍で読める本」の「ベスト100」を電子書籍として無償頒布しています。ただしこれは、どちらもストアにおける売上の上位作品を選んだもので、「売れ筋」という以外のコンテキストがありません。

また新潮社も、「新潮文庫の100冊」とは別に選んだ2014年版の『高校生に読んでほしい50冊』『中学生に読んでほしい30冊』という電子書籍を各ストアでやはり無償頒布しています。しかしこれは紙の本から選んだ「50冊」と「30冊」が紹介されているだけで、この電子書籍から電子化されている作品そのものをダイレクトに買うことはできません。

一方には売れ筋を反映しただけの「ベスト100」、もう一方には青少年向けの啓蒙的でオーソドックスな選書。いずれも現代の「読書スターター・キット」としては、少々もの足りません。これだけ多種多様な本が出ているいま、個別のジャンルや読者層にもっとカスタマイズされないかぎり、本当の意味での「読書への入り口」にはなりえない気がします。

切り口が斬新で信頼に足る「読書スターター・キット」が、多くのジャンルや分野に向けて生まれてきてほしい。そしてそれらの本は、電子書籍として読書専用端末などから簡単にアクセスできるようになっていてほしい。でもいまはまだ、多くのジャンルにおいて基本図書となる本さえ、十分に電子化されていないのが実情です。

夏の「文庫フェア」にラインナップされる主要な作品だけでも、すべて電子化される日が早く来ることを願ってやみません。

AiRがマルチ配信をやめてKDPに絞ったわけ

2014年8月8日
posted by 堀田純司

私たちは『AiR(エア)』という電子書籍を刊行しています。これは、文芸や学芸、さらには漫画や現代美術、デジタルメディアや企業家など、いろんな分野の書き手と、デザイナー、校閲などつくり手が横断的に集まって、作品集をつくるプロジェクトです。マネタイズについてはシンプルで、基本的にページ単位で売上を分配しています。

電子書籍「AiR エア」公式サイト http://electricbook.co.jp/

1作目の刊行は2010年。そうiPadの発売の年でした。iOS向けアプリとして製作したこの号では、瀬名秀明さんが100枚規模の力の入った中編『魔法』を執筆。慶應大学SDM研究科教授の前野隆司さんが文理融合領域の論考を、また『All You Need Is Kill』の桜坂洋さんが『デビルマン』を新たに小説化するなど、出版社でも実現できないような企画を個人集団でやった(ちゃんとダイナミックプロダクションに許諾をいただいてやったんです。現在はライセンス期間の終了にともない公開を終えています)。

ありがたいことに、こうした私たちの試みに多くの人が興味を持ってくださり、紙でいうとほぼ1万部近い成績をあげました。また個人集団のこの企画が、他の商業作品を措いて、Apple、iPadのテレビCMの映像にも使われるという意外な展開もありました。

ちなみに故スティーブ・ジョブズさん本人が、いくつかの候補の中から「This one」と選んでくれたそうです。

「おもしろい」を求めて続刊を決定

もっとも当時の成績は、あの時期だからこそ獲得できたもの。商業作家である我々としても、最初からそれは狙いでもあり、本来『AiR(エア)』はこの1冊で終わる予定でした。率直にいうと「勝ち逃げ」を狙っていました。しかし実際に電子書籍をやってみると、正直、利益以上に「おもしろかった」。

紙というのはリスクが大きい。紙の本の原価率はだいたい30%から40%くらいになる(企画によっては原価率よりも採算分岐が重視されますが)。残りを各プレーヤーが分け合うわけで、紙の書籍はもともと薄利多売の商売です。そうすると1500円の本であればだいたい450円は原価であり、これを5000部刷ると本の製作原価「だけ」で200万円以上かかってしまうことになる。

もろもろの経費を考えると1000万円に迫ったり越えたりするプロジェクトになるわけで、そう考えると紙の書籍の企画決定にさまざまなハードルがあることは、今のような時代では仕方のないことかもしれません。

ただ、その傾向が行き過ぎて「今って企画の採用基準が類書や著者の過去の実績ばかりで、“おもしろいかどうか”をまず問うことが少なくなってきたね」という声もいろんなところで聞くようになりました。

もちろんプロである以上、そうしたハードルがあることは仕方のないことなのですが、中間はないのか。数字ばかりではなく、とりあえず「おもしろい」と思ったことを実現できるような場はないのか。そうした領域を目指して、覚悟さえすれば、自分たちで本をつくることができる電子書籍は、やってみるととてもおもしろいメディアでした。

そこで2号で吉田戦車さん(『ニュー吉田自転車』)、3号で福井晴敏さん(『「あしたはどっちだ?」って言っていられるうちが花なのよ党宣言』)、カラスヤサトシさん(『愛について語ってみよう』)ら、新たな書き手を迎えつつ、このプロジェクトは書き手の「おもしろいことをやる」という熱意によって今も続いています。

結構、出版社の編集者も応援してくれて、作家を紹介してくれたり、講談社BOX編集部にいたっては、この個人集団誌とコラボレーションして電子雑誌『BOX-AiR』を刊行。「電子でデビュー、紙の単行本化、そしてアニメ化」という試みを今も続けています。余談ですがこの『BOX-AiR』では、新人賞選考会の模様を公式ニコ生で中継し、毎回1万人以上の人が見てくれる人気番組になっています。

取次をKDPに一本化することに

1号当時以来、電子書籍のサービスも大きく広がりました。さまざまな電子書店も誕生しています。そこで私たちは、電子書籍取次と契約し、取次を委託。ひとつのコンテンツを多数のチャンネルで販売してもらうという、いわゆるマルチ販売をはじめてみました。こうした実験を実践するのも、この電子書籍の役割かなと考えていたためです。

もうひとつ。多数の書店でコンテンツを展開し、50、100と細かい売上を積み重ねる方法は、2000年代、特に中盤から後半に拡大して行ったケータイコミックの分野では、有効なモデルでした。電子書籍でもまた、有効かもしれないと考えていたこともあります。

ですが、この度発売した4号で、取次販売を円満に終了。今後は逆に販売チャンネルを1本化することにしました。エアの4号。その名も『AiR 4 KDP』(エア フォー ケーディーピー)です。

なぜ1本化するのか。経済学者ミルトン・フリードマンが「選択の自由」を訴えたのは1980年代でしたが、選択肢が多いことはすべての局面において「善」なのか。少なくとも電子書籍の現状では最善とはいえないかもしれない。

ケータイコミックにおいて「マルチ販売」モデルが機能したのは、あの分野ではすでにケータイという画面が行き渡っていて、ユーザーはもし読みたいコンテンツがあれば、あとは「買うか、買わないか」の決断をするだけですんだからでした。

しかし現状の電子書籍では、インターフェイスが多様にある。もし私たちの電子書籍に興味を持ってくれた人がいたとして、その人がまっさらの状態であった場合、ユーザーは「なにで読むか」⇒「どこで読むか」という選択肢に直面することになります。そして自分も経験があることですが、多くの場合、この「なにで」「どこで」での選択肢の中で迷宮に陥り、堂々巡りを演じることになるでしょう。

であるならば。もし読みたいと思ってくださったなら「これで読んで」「ここで読んで」と、RPGで言うところの1本道ルートを提示したほうがいい。そのほうが市場と読者の開拓につながるだろう。

さまざまな電子書籍小売り業が出てきてほしい

実はこれは僕の知見ではなく、Kindle書籍情報サイト「きんどるどうでしょう(きんどう)」を運営するzonさんが指摘していることでした。

「きんどう」さんでは毎日Kindle書籍の情報を公開し、中規模の書店に匹敵する数の書籍を売っていらっしゃいます。収入はAmazonから入る数%のアフィリエイトとなります。「なんだ、アフィリエイトか」と思われる人もいるかもしれません。ですが、上で指摘した通り、出版とはもともと薄利多売のビジネスです。

紙の本を売って20%の収益あげるのも魅力的ですが、電子書籍であれば物理流通のコストとリスクを負わなくてすむわけで、zonさんのビジネスは、事実上の「電子書籍小売り業」となる。こうしたモデルが成立するようであれば、電子の世界はとてもエキサイティングになると感じます。

たとえば昔、神楽坂にミステリを専門とする書店がありましたが、こうした形で、たとえば面白いゾンビ小説を専門とするサイトなど、さまざまな電子書籍小売り業が出てくる世の中になると面白くなるのではないでしょうか。

こうしたビジネスの先駆者であるzonさんは「なるべくユーザーがどこで読んだらいいのか迷わなくてすむようにしてあげたほうがいい。選択肢は買うか、買わないかのひとつだけが望ましい」と、『AiR 4 KDP』の巻頭特集「電子書籍で食うなら、売る力を身に付けろ」でおっしゃっていました。

なるほどさすがに現場ならではの意見だ、と僕も思います。実は人間は選択肢が多いほど迷うし、後から自分の選択を後悔する率も高くなる生き物。このことはマーケティングの世界でも、行動心理学でも指摘されています。ちなみに将棋の羽生善治名人も、同じことを著書『大局観』(角川oneテーマ21, 2011)で語っていらっしゃいます。

ケータイのようには、まだ画面が普及していない電子書籍。この分野は、まだまだユーザーを開拓していかなければならない。そして市場もユーザーとともに育っていかなければならない。

こうした状況では、自分たちのような少数タイトルのコンテンツ運用者が、取次を経由してマルチ販売を行うことは「継続的に行う手法ではなかったかな」と感じます。

「つくった人間が売るのが一番いい」

もちろん、「多数のコンテンツを公開し、そこから広く薄く運用益をあげる」というプレイヤー、たとえば大手出版社のような場合は、取次を経由することは大きな意味があるでしょう。あるいは少数でも非常に強力なタイトルを持つプレイヤーにも有効でしょう。

実はこうしたプレイヤーにとって重要なのは、取次の持つ「保険機能」だといわれます。新たに登場するこも多い電子書籍書店ですが、であれば当然、つぶれるところも出てくる。そうすると販売代金を「取りっぱぐれる」こともあるわけですが、取次を経由していると、そこは保証されます。そしてこれは、よく考えると紙と同じモデルです。

モノと情報があふれる現代で、供給力、サプライパワーよりも販売力が重視されるようになってひさしい。こうした流れで顕在化してきた潮流が「つくった人間が売るのが一番いい」でした。

よくも悪くも、もっとも顕著な例が、自分たちでつくって自分たちで売る業態、製造小売業(SPA)のユニクロですが、実は若者向け衣料では他にもSPAの躍進が目立ちます。またセブンイレブンのプライベートブランド商品の開発にも、僕などは「つくった人間が売る」の流れを感じます。

このことはコンテンツ産業でもよく言われます。実際問題、たとえば販売専門の担当者であれば、抱える案件はたくさんある。中でも特にヒットタイトルにどうしてもリソースは割かれるでしょう。

そうすると一番熱心にモノを売るのはやっぱりつくった人々。だからこそ現代の編集者は企画を立てる際に「どう売るか」まで含めて考えるようになっているわけです。

そんなに化石みたいな人は今では滅多にいませんが「売る方策は特にないが、その分、いいものをつくるように心を込めて赤を入れます」などという編集者がもしいたら、正直、著者にとってはちょっと迷惑なことでしょう。

こうした時代、私たちも自分で熱心に売っていく必要がある。状況に応じて商品説明の文面を変えたり、価格割引のキャンペーンを行うこともしなければならない。こうしたオペレーションは、取次を通してしまうとどうしてもラグが出てきます。先方も熱心に取り組んでくれるのですが、どうしても自由度が下がります。

であれば自分で売って行きたい。アメリカ映画では、売れない作家が車に自分の本を積んで、地方の本屋さんを回って営業している様子が出てきますが、今回はむしろ販路を絞って、丁寧に売って行きたいと思っています。

「本を出すための最小ユニット」がつくる電子雑誌

毎回、テンションの高い原稿が集まる「AiR(エア)」ですが、4作目では初参加の河合莞爾さんは中編小説をご執筆。「もし女性殺人犯が小町みたいな掲示板で相談していたら」というブラックユーモアあふれる作品で、編集係の僕は100枚あるのに一気に読んでしました。河合さんは本当にリーダビリティの高い文章をお書きになります。かつて校閲の人に面と向かって「この人文章ヘタねえ」と言われた悪文家の僕からすると、本当にうらやましい。

吉田戦車さんは「吉田旅客車」でエッセイの名手ぶりを発揮。「ひとり旅のようなタッチで家族旅行を書く」という手法は「吉田さんでないとできないな」と感じます。

カラスヤサトシさんは「男らしさとはなにか」という、心にジーンとくる漫画をお描きになっていました。カレー沢薫さんは「最近仕事の都合でチンコのことばかり考えている。」という衝撃的なエッセイを発表していますが、口惜しいほど下ネタとの距離感の使い方が上手です。

慶應大学SDM研究学科教授の前野隆司さんは「幸せとか何か/悟りとはなにか」を執筆。これはよくある「文系的な概念を科学で読み解きました」といった内容ではなく、哲学、宗教、文学、そしてご自身の「受動意識仮説」を踏まえて、文理融合領域から幸福と悟りを分析したもの。校閲の西村さんが「原稿をつい読んでしまって校閲にならないので、一度、普通に読み終えました」というほどの、おもしろい論考になっています(校閲は、普通に読んでしまうと、文脈で誤植など脳内補正してしまうのでNGなんです)。

ちなみに僕自身は「せっかく電子書籍なんだから、読んだ人から“あいつ頭がおかしいんじゃないか”と思われるものをやろう」と思っていました。

よく「それは著者の自慰にすぎない」などと言う人がいますが、そういう人は本当に「自慰小説」というものを読んだことがあるのか。「日本よこれがオナニー小説だ」というものを書いています。他の著者はまだこのことを知りませんが、バレたら引かれるのではないかと心配しています。

パッケージや本文については、いつもながら豪腕デザイナーのナカノケンさんが、腕を振るってくれました。この試みは、書き手、編集係、アートディレクター、校閲が集まった「本を出すための最小ユニット」という感じもします。

漫画雑誌『モーニング』の創刊編集長として知られる栗原良幸さんが、かつてデジタルメディアについて「紙以上の熱気を込めてつくらないといけない」とおっしゃっていました。確かにそうかもしれない。冷たいデバイスで読まれるテキスト。しかしこれが最短距離で書き手と読者をつなぐ。「そこで伝わる熱」という、ある意味矛盾した可能性があるならば、この世界もおもしろくなると思っています。ぜひまたこの結果について、ご報告させてください。

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東京国際ブックフェアを見て歩いた4日間

2014年8月2日
posted by 鷹野 凌

2014年7月2日から5日まで、東京ビッグサイトで「第21回 東京国際ブックフェア」が行われました。私は、昨年は国際電子出版EXPOを中心に見ていたため3日間しか行かなかったのですが、今年は4日間とも足を運びました。既に寄稿している記事は以下の通り。セミナーレポートばかりです。

紙と電子の相互補完──三省堂書店が電子書籍を販売するわけ -INTERNET Watch(2014年7月7日)
世界ナンバーワン電子図書館システム「OverDrive」の実力 -INTERNET Watch  (2014年7月8日)
ネット時代におけるリアル書店の活路は「地域性」 -INTERNET Watch(2014年7月10日)

4日間で9回の記者発表とセミナー各1時間を見て、空いた時間にブックフェアと電子出版EXPOの展示内容をチェックして、自分自身も1度登壇し……と、会議棟と西ホールを見て歩いたというより「駆けまわった」ような状態でした。ちょっと予定を詰め込み過ぎて、併催のクリエイターEXPO東京、プロダクションEXPO東京、コンテンツ制作・配信ソリューション展、キャラクター&ブランド ライセンス展には、一度も足を運ぶことができなかったのが残念です。

電子書籍との接触機会を増やす試み

初日、オープニング・セレモニーが終わって、展示会場へ足を踏み入れすぐにKADOKAWAの方から「いまからここで記者発表あるから見ていって下さいよ」と言われたのが、角川アスキー総合研究所が開発した、Twitterのタイムライン上でEPUBが読めるサービス「tw-epub.com」でした。

試し読みがタイムライン上でできるため電子書籍との接触機会が増え、購入サイトにもワンクリックで遷移し、読者をスムーズに誘導できるというわけです。記者会見にはKADOKAWAの角川歴彦会長や井上伸一郎専務、角川アスキー総合研究所の福田正専務、Twitter Japanの牧野友衛執行役員が登壇し、記者会見場が人で溢れかえっていたのが印象的でした。

後でびっくりしたのが、この記者発表を見てその日のうちにBiB/i と Dropbox を使い、簡単にTwitterのタイムライン上でEPUBが読める仕組みを実現した方が現れたことです。さっそく私も『月刊群雛』のサンプルEPUBを作成し、投稿へ埋め込み宣伝に活用しています。

こうなると、角川アスキー総合研究所の立場は……と感じる方もいると思いますが、実は近日実装予定の機能として、任意のページを自由にソーシャルメディア上などでシェアできる仕組みが提供されるそうです。前後数ページのEPUBが自動抽出されるようで、さすがにこれは簡単には真似できないでしょう。一歩先を進んでいます。

読者によって本の断片がウェブ上に拡散され、その断片から新たな読者が生まれる循環。ほんの数年前には「一部関係者の理解を得られない」という理由で電子ペーパー端末から引用投稿機能が削除された痛ましい事例もあるわけですが、同じような機能を出版社が自ら主導して行う時代になったかと思うと感慨深いものがあります。

編集・校正工程をクラウドで

凸版印刷のクラウド型書籍制作システム「トッパン・クラウド・ファクトリー」は、個人的に興味深い展示内容でした。参考出品ですが、編集・校正機能をクラウド上で行う仕組みです。そして、実はこれは私がいま『月刊群雛』の制作で利用している「BCCKS」の、次世代型エディタのプロトタイプなのです(写真下。クリックで拡大)。

同人雑誌「月刊群雛 (GunSu)」の作り方”でも書きましたが、現在『月刊群雛』の編集・校正工程はGoogleドキュメントの共有機能を使っています。すべての作業をクラウド上でできるため、編集協力者とも作者とも一度も顔を合わせぬまま、毎月雑誌ができています。ただ残念ながら、Googleドキュメントは縦書き表示に非対応ですし、校正が終わったあとGoogleドキュメントからBCCKSへ流し込む工程でどうしても手作業が必要になります。

この次世代型エディタでは、いまGoogleドキュメントでやっている工程をすべてBCCKSエディタに統合した上で、外字チェックや修正箇所のマーキングなど、プラスアルファの便利機能が盛り込まれるようで、正式リリースが待ち遠しいような内容でした。こういうツールが普及していくと、出版社の編集者でもバーチャルオフィスで自宅から仕事というスタイルが一般的になっていくのではないかと思われます。

電子図書館でオーディオブック、全巻セットの電子ペーパー端末

大日本印刷で気になったのは、公共図書館向けの電子図書館システム「TRC-DL」に、オトバンクがオーディオブックの貸し出し事業を提供するというデモ展示です(写真下、クリックで拡大)。今秋から導入開始とのこと。目の不自由な方が本を楽しめるという意味で、オーディオブックと公共図書館は非常に良い組み合わせだと思います。

「DRC-DL」は4月にボイジャーのブラウザビューワー「BinB」を導入してリニューアルし、利用時のアプリインストールを不要にするなど使い勝手を徐々に向上させています。米電子図書館システム「OverDrive」がもうすぐやってきますが、地味に頑張っている国内勢にも目を向けておきたいところです。

また、各メディアが注目していた「honto pocket」(写真下、クリックで拡大)は、ドイツのtxtrが開発した単三電池2本で動く安価な電子ペーパー端末「txtr Beagle」をベースに、大日本印刷が独自開発したものだそうです。EPUBへの対応や、文字の大きさ変更、しおり機能などが追加され、使い勝手はかな り良くなっていました。

今年も昨年に引き続き参考出品だったのですが、「シリーズ全巻まるごと入ってます」という販売手法は固まっているそうで、今秋にも発売予定とのこと。ただし、この端末は通信機能や外部端子が省かれているので、故障時にコンテンツをどうサルベージするかが気になるところです。

トーク・イベントは今年も大盛況

今年もボイジャーブースのトーク・イベントは、登壇者の顔ぶれが非常に豪華でした。予定を事前にチェックしたら、興味を引かれる回がことごとく他の取材予定と重なっていて、泣きそうになりました。ただ、ボイジャーはトーク・イベントを全て撮影しており、後日映像をYouTubeチャンネルで公開してくれるのです。なんて素晴らしい!

こういった各社がブースで独自に行っているトーク・イベントは、困ったことに主催者の公式ガイドに載っていないため、よほど細かくチェックをしない限り見落としてしまいがちです。今年も大日本印刷、凸版印刷、楽天、パピレスなどが独自にトーク・イベントをやっていたようですが、事前に予定を詰め込んでしまったため、ほとんど見ることができませんでした。

トーク・イベントは集客できるので、今後もっと増えてくるのではないかと思われます。それはそれでいいのですが、スケジュールをあらかじめ簡単に調べられる方法や、ボイジャーのように映像を後から見られる手段を提供して欲しいところです。毎年のことですから、ボイジャーが後日ウェブで映像を公開しているのをご存知の方も多いでしょう。それにも関わらず、このトーク・イベントは毎回大盛況なのです。もちろんライブで見られるに越したことはありません。でも、見たくてもブックフェアに来場できない人もいます。他のトーク・イベントでもこうした代替手段を用意すれば、喜ばれることでしょう。

Offline to Onlineの試み

こちらは既に “リアル書店で電子書籍を売るO2O事業が続々登場” で紹介させて頂いたので、詳細は省きます。電子書籍をもっと身近に感じてもらうため、各社さまざまな試みを行っています。Wi-FiやBeaconを使いエリア限定で電子書籍・電子雑誌を読めるサービスや、リアル店舗で電子書籍・電子雑誌を購入できる仕掛けなどが続々登場しています。

セルフパブリッシングの支援システム

こちらも既に “いま改めて考える、出版社のレゾンデートル” で紹介させて頂いたので、詳細は省きます。作家自身が出版「者」になれる時代ですが、出版「社」の機能が不要になったわけではなく、その一部は姿や形を変え別のプレイヤーから提供されるようになっていくのでしょう。

まったく印象が異なる土曜日のブックフェア

最後に、土曜日のブックフェアについて。これまでいつも平日だけ行って、ブックフェアには来場者が少ない印象を持っていたのですが、今回は土曜日に足を運び認識を改めました。平日の昼間に展示会へ行ける人は限られている、という当たり前のことを忘れかけていたのです。

バーゲンコーナーはもちろん、ブースにも人だかり。誇張ではなく、歩くのが大変でした。特に小学館を中心とした児童書などを展示しているゾーンは混雑がひどく、通り抜けるのを諦めたほどです。逆に、展示内容が電子出版寄りの大日本印刷や凸版印刷のゾーンは、平日より人が少ないくらいでした。

ブックフェアはあくまでも「業界関係者のための商談展」であり、一般の方や18歳未満の方の入場はお断り、ということになっています。しかしそんなのは建て前で、一般の方が「少し本を安く買えるから」と大勢来場していることを業界関係者の誰もが知っています。そもそも、場内を子供がゾロゾロ歩いているのです。

こういう光景を見ると、いつまでこんな建て前を続けるのだろう? という疑問が湧いてきます。建て前と業界の活性化と、どちらが大切なんでしょうか。ブックフェアは業界関係者向けの内容と切り離し、名実ともに一般向けとして土日をメインに開催した方がいいのではないでしょうか? 「活字離れ」を嘆いている暇があったら、少しでも読者を増やす努力をすべきだと私は思います。

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