省人化と小売――ふうせんかずら探訪と考察

2019年1月16日
posted by 湯浅 創

Paypayの100億円キャンペーンが10日で終わったという12月。「キャッシュレス」が経済産業省の施策として本格的に導入され始めている。オリンピック対応としてそれが正しいのか否かは歴史が判断するよりほかにないが、「イマココ」にいる存在としては、入り口でシャットアウトするのではなく、それをどのように「利活用する」かを考えておくことは重要である。

言うまでもなく、書店の粗利が低いことから、キャッシュレスにともなう決済手数料の負担は重荷である。第一のハードルは、「キャッシュレスにすることのメリットは何か」が提示できるかどうかであろう。

「フルキャッシュレス」書店としてのふうせんかずら

(写真提供:ふうせんかずら)

近鉄奈良駅から歩いて10分ほど。奈良町という観光スポットからは外れた、いわば鄙びた場所にある「ふうせんかずら」。その入居している古民家はリノベーション物件である。その在庫のセレクト性は他で紹介されているゆえにここでは述べないが、ポイントの一つは「事前登録制(会員制)キャッシュレス」という点である。楽天payを中心とするキャッシュレスな決済手段が提供されており、むしろ逆に現金は使用できない。これは店舗が無人店舗であり、入店を希望するのであれば、事前に登録しておくことで、入口ドアのロック解除の暗証番号が送られてくる仕組みだ。

(写真提供:ふうせんかずら)

特徴のある選書と棚(撮影は取材時、筆者による)。

小売のポイントの一つとして「接客」がある。相対することによってこそ、「イマココ」での触発があり、そこから売買が生まれる、という考えである。「ふうせんかずら」はそうではなく、商品が収められている「棚」と来店客が「会話」することによって売買が生まれるというスタイルということができよう。あるいはSNSを中心としたPRによって呼び込むことで、「目的買い」の場所として考えてもいいのかもしれない。

あらためて述べるまでもなく、書店の粗利は低く、なおかつ売れなくなってきている現在、家賃か人件費切り下げを余儀なくされている。同時に最低賃金の上昇から、新たな人手を確保することも難しく、首都圏・地方の区別なく、「通し」などと言われるような労働法的にはかなり「グレー」な働き方をしている書店員も多い。この人手不足の解消をそのような「サービス残業」「善意の搾取」の形で吸収しようとしているが、とある地方店は「人手不足閉店」を余儀なくされたという。

そこで注目されているのが、セルフレジ、キャッシュレス、そして無人店舗であるが、それぞれ経営者の皮算用ほどには簡単ではない。

1)セルフレジ
セルフレジの日本での導入は2008年頃から行われているので、すでに10年が経過している。それゆえに、スーパーなどにおいてはある程度定着してきていると言うこともできよう。だが、セルフレジの問題点の一つは店内動線上、「出口」に近いところに設置しない限り、「万引き」との区別がしにくいところにある。もちろん、他の防犯装置によってカバーすることも可能ではあるが、その分のコストが生じる。

決済は無人レジでキャッシュレス(写真提供:ふうせんかずら)

無人レジの決済画面(撮影は取材時、筆者による)。

書店の店舗設計は、クラシカルなものは出入口付近にキャッシャーが設置されているが、端末設置の影響その他から、そうとも限らない店舗も多い。また、「レジ袋」に入れることが中心の他の小売と違って、書皮(カバー)をかけることが多く(そしてそちらのほうがコストが安い)、それを望む購入者も多いために、その点からのホスピタリティーの低減が懸念される。

第二に、書店での購入点数は平均すれば2アイテムに満たないので、セルフレジによる処理の迅速化(=レジ待ち解消)にはそれほど貢献しない。

しかしながら、店舗立地によっては大きく貢献するところもある。たとえば、ターミナル駅に直結している店舗である。これは、列車に乗る寸前での購入がありうるので、そこを狙っての需要は考えられる。そしてこのことは、都会だけでなく、地方都市のように列車の本数が少ないところでも役に立つ。いわば「すぐ買いたい」という需要に応える余地の大きい店舗では検討しても良いだろう。

2)キャッシュレス
Paypayの「騒動」以来、ある程度の浸透が始まったといえるキャッシュレスであるが、その支払手段の多さがネックとなるだろう。すなわち、QR決済ひとつとっても5種類以上のものがあり、その他に交通系ICがあり、伝統的になクレジットカード、デビットカード、その他WAONやnanacoなどもある。それゆえ、レジスターが一括で対応できるものを導入できるところはよいが、そうでもないところは子機端末の嵐となり、結果、電源等においての圧迫が考えられる。

もちろん、Android端末などにおいて、ソフトウェアベースでかなりの種類のキャッシュレス手段を処理できるものも出てきている。ただ、その浸透にはもう少し時間がかかるだろう。

第二の問題としては、決済手数料の問題がある。大雑把に言って3.5%程度の手数料が発生するので、キャッシュレスによってまとめ買いが発生するということが説明できない限り、これもまたハードルが高い話となる。

第三の問題としては、「レジ締め」にかかるコストがキャッシュレスによって削減されるのであれば、導入メリットはあるかもしれない。しかし、ちょっとでも現金を扱う限りにおいて、レジ締め、両替のコスト(人件費、違算確認)は生じるのであるから、「現金お断り」というフルキャッシュレスにまで持っていかないと厳しいこととなる。

ただし、これもまた立地によっては推進すべきものとなろうし、「出版物購入」というビッグデータがマーケティング上必要であれば、そのデータの販売代金によって、導入コストは賄えるかもしれない。

また、出版社側からすれば、決済ベンダーが提供する「ポイント」にアプローチすることによって、報奨金を含めた販売施策の幅が広がる部分があるので、販売戦略としては可能性がある。

3)無人店舗
特に小売にとってのAmazonの存在は恐怖でさえあるので、AmazonGo開始時はややもすれば異常な熱狂を持って迎えられた。筆者は現地を訪問したことがないので、とおり一遍の情報でしかないが、この無人店舗(デリ)は、「キャッシャーがない」のであって、「無人」というわけではない(調理する人などはいる)。商品と決済という部分ではたしかに無人であり、このモデルがどこまで使えるのかが議論となっている。なお、いうまでもなく、中国ではすでにこの無人店舗は存在する(Amazonとは無関係)。

このモデルは、購入者の「コミュニティー」がある程度均質である必要があろう。AmazonGoも、最近、NEC内でセブンイレブンが始めた実験店舗も、「とあるオフィスに働いている従業員」が対象である。そのように顧客の多様性がある程度制限されている店舗であれば、規範の設定が比較的容易になるため、このモデルは通用するであろう。

第二に、このモデルは、レジ待ち解消がメインの目的にあるので、「お昼時」など購入集中がわかりやすい立地であれば、導入価値がある。このことと連動するが、第三に、このモデルの場合、「目的買い」が中心となる(お昼に食べる、といった目的)ので、「ぶらぶら買い」が多い総合書店にはやや向かないと考えられる。

逆に言えば、「目的買い」が多い書店であれば、このモデルは成立しうる。在庫整理の時間の制約がない故に、新刊の初速勝負の店には向かないが、所属者の質がある程度担保されている、大学内書店やオフィス・官庁内書店などでは検討すべきものであろう。

まとめ――購入行為は娯楽か労働か

上記のように、省人化を目的として、セルフレジ、キャッシュレス、また無人店舗の導入を検討することは、一長一短であることが見えてくる。もちろん、その「短所」に目を瞑ってでも導入しなければならないという事態もありうるし、それを否定するものではない。しかしながら、少なくとも「名目」としては、これらの手段を使用することで、「買い物がより便利になる」という感覚を購入者の側に与えない限りは、その導入はなかなかうまくいかないだろう。

下記のモデルをそのまま書店に当てはめることは難しいが、ディスカウントスーパーのトライアルが福岡のアイランドシティの実験店で行なっていることは、「買い物の未来」の一つの姿を見せてくれている。支払いはプリペイドカード(スマホアプリもある)で行う。郊外スーパーであるがゆえに、大量購入を想定し、ショッピングカートを用いている。そのカートに、バーコードリーダーとタブレットが付属しており、カゴに入れるたびにバーコードを読ませれば、金額が加算され、戻す場合はタブレットで取り消し操作をすれば良い。最終的にはゲートを通過し、個数確認をされて終わりである。支払いはプリペイドから引き落とされている。

おそらくは手数料の関係かビッグデータの捕捉の関係からであろう、プリペイドへの入金は現金のみであり、アプリ上でのカード支払いなどのキャッシュレス操作はできていないが、ここの部分は技術的に解消が容易であり、それほど重要な問題ではない。

ポイントは、「買い物する」という行為そのものが「労働」と捉えられているところである。これが「好きなモノを買う」という「娯楽としての買い物」、いわゆる「コト消費」と混在して語られるが故に、書店を小売として語るところに混乱が生じる。「書店で購入するのは娯楽なのか必要に迫られてなのか」。この問いを考えていく先に、書店の「未来」のひとつの形がおぼろげながら浮かんでくるのかもしれない。

執筆者紹介

湯浅 創
1974年東京都生まれ。出版社勤務。商圏調査により、個々の書店の棚作りを提案する、足で稼ぐデータマニア。文化通信B.B.Bにて「書店再生への道」連載中。