いま、物語はウェブから生まれている。映画・アニメの原作としてネット投稿小説は「ラノベ」というカテゴリを超えて拡がりを見せている。文芸誌が作家・作品の育成装置としての存在感を薄くしていくなか、ネット投稿小説は従来とは異なる選考・育成の過程を育んで来た。
本連載では、ネット投稿小説プラットフォームを運営する各社に現状や今後に向けての課題について聞き、ネット投稿小説の現在と未来を解き明かしていく。
初回は株式会社エブリスタの代表取締役社長である芹川太郎氏にお話を伺った。エブリスタを運営するのは、戦略的経営で知られるDeNA。ソーシャルゲームの興隆と共に立ち上がった物語プラットフォームを、DeNAはどのように育て、どのような未来図を描いているのだろうか?
スマホシフトが招いたコンテンツホルダーへの転換
——エブリスタはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
芹川;前身となったのは、DeNAが運営していた「モバゲータウン(現:Mobage)」内の小説コーナーです。ゲームを楽しんでいる人が、日記や小説を書くようになっていったところからはじまっています。そこが非常に盛り上がってきたので、2010年に事業化しようというタイミングでNTTドコモさんにも資本参加いただき、今日に至っています。
「エブリスタ」にはその名の通り、「みんながスターになれる場所」という思いが込められています。「誰の中にも存在しているアイディアや想像力には価値がある」という信念のもと、従来の出版流通では発見できなかった才能・作品に光をあてるという大きなミッションを掲げてこのサービスを運営しています。
この約7年の間にも、環境は大きく変化しました。それに応じて事業構造を少しずつ変えてきています。
——環境の変化は、フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)からスマートフォンの普及が大きなところですか?
芹川:7年間の前半の大きな変化はたしかにスマホシフトでしたね。それに伴ってインターネット上のコンテンツのあり方も変わりました。市場全体としてもキャリア課金の有料サービスが減っていく中、一方コミックの電子書籍市場自体はほんの数年で巨大市場となりました。以前は、サービスからの収益——有料会員(月額200円〜300円)からの課金や広告収入が中心だったエブリスタも、現在ユーザーの85%がスマホ利用者であることもあり、よりコンテンツそのものからの収益を拡大しようという方向にシフトしています。
投稿作品が生まれる。それをいかに世の中に拡げることができるか? その取り組みを通じて事業が大きくなっていく、というイメージですね。この部分のポテンシャルは非常に大きいと考えています。デジタルコンテンツを自社で流通させていくだけでは、スケールさせていくこと、勝っていくことは難しいため、「コンテンツホルダー」として他の場所にも売りに、置きに行く(他のデジタル書店等にも大きく陳列されるよう働きかけて行く)ことの方がポテンシャルがあると現在は考えているところです。
——これまでにも、エブリスタ内で投稿作家が作品を有料販売し、その一部がエブリスタへの手数料となる、という仕組みは備わっていましたが、コンテンツホルダーになり、それを外にも売っていくというのは、これまでとは異なる取り組みですね。
芹川:そうですね。作品を買うことができる「書店」としてみたときに、それこそアマゾンのような大書店もあるわけで、エブリスタが「自社の商品しか扱いません」という前提で勝っていく、サービスをスケールさせていくことには限界があります。作家さんにとっても、できるだけ広く多くの読者に届けたいはずですから、「サイトありき」ではなく「コンテンツありき」に事業の軸足を置きたいのです。サイト内での有料販売も可能ですが、多くの作家さんは無料で作品をまずは読んでもらい、有料にする場合でも完結してから、ということが多いです。
——エブリスタでも「comic(コミック)」のコーナーでは、公式作家という扱いで、毎月一定の原稿料を支払って連載を続けてもらう、という仕組みが備わっていますが、同様の仕組みを小説でも取り入れるというお考えはありませんか?
芹川:エブリスタの作家さんは趣味・兼業の方がほとんどですね。映画化されるような作品を生みだした方もやはりそうです。実は一時期、小説についてもコミックと同じような仕組みを回しはじめたことはあったのですが、うまく行く感触が得られなかったので取りやめた経緯があります。マンガは「絵を描く」という非常に時間がかかる作業が伴いますから、生活を支えるという部分がどうしても必要となりますが、小説の場合はマンガよりは個人の趣味の範囲でも執筆しやすいので、金銭が主な動機にはなりにくいという面もあるのではないでしょうか。
——かつてはソーシャルゲームのポータル、SNSとして圧倒的だったモバゲータウンへのアクセスが、ソーシャルゲームのアプリシフトによって分散したことが、エブリスタの事業のあり方に影響を与えたという部分はありますか?
芹川:たしかに、ガラケー全盛期と同じ規模のアクセスを1サービスで持ち続けるのが難しくなっている側面はあります。ただ、コンテンツが生まれ、作家と読者とのコミュニケーションが生まれる濃いコミュニティという面は今でもしっかりとあると思います。いわばコンテンツの源泉ですね。そこから生まれた作品をより広い読者のもとに届けたいということです。
その際、パッケージを紙の本にしたり、電子書籍としてKindleストアで発売したり、もっと気軽にマンガで読めるようにしたり、都度検討して決めています。その他にも実写・アニメなど、最もコンテンツが「刺さる」オーディエンスに合わせたフォーマットにしていくことに注力をしてきたいと考えています。
ホラー・サスペンスからキャラクターミステリーまで
——そのような変化があるなか、作品の傾向はどのようになっていますか?
芹川:当初は『王様ゲーム』(金沢伸明)や『奴隷区〜僕と23人の奴隷』(岡田伸一)に代表されるようなホラー、そしてティーン向けの恋愛小説が中心でした。とくに『王様ゲーム』はデスゲームというジャンルを確立し、いまでも他の作品にも大きな影響を与えていると思います。コミックとの相性が非常によかった面もありますし、小中学生に読まれる小説人気作品のランキングでも必ずといっていいほど上位に入っています。
一方、ティーン向けの恋愛小説は市場全体を見ても、以前ほどの勢いがありません。ここはスマホの影響が大きいところで、このジャンルのかつての読者は、いまはInstagramやMixChannelのようなサービスを熱心に使っているのではないかと思います。
——Instagramなどに携帯恋愛小説は市場を奪われた?
芹川:小説というのは、書く側も読む側も時間の掛かる「まどろっこしい」コンテンツです。もっと気軽にライトに消費できるものにシフトしていくというのは世の中のトレンドとしてあると思います。スマホサービスは可処分時間の奪い合いですから。
——一方で「王様ゲーム」のようなホラーが引き続き人気なのは、他のサービスに置き換えられないものがそこにあるということなのでしょうか? 恋愛はシェアして楽しめるけれども、ホラーはなかなかそうはいきませんしね(笑)。
芹川:そうですね(笑)。このジャンルでも、よりライトなコミックのほうが小説よりも読まれる傾向にはあると思いますが、他のサービスでは得られない刺激があるのだと思います。展開が早く、次々と刺激的なシーンが登場しますから、すきま時間にも合っているのではないかと。
——その展開の速さを生むのは、1回あたりの投稿文字数などに制限があることも影響していますか?(注:「小説家になろう」は比較的長いエピソードが投稿される傾向にある)
芹川:かつては1エピソードあたり1000字という上限を設けていたのですが、現在は撤廃しています。ただ、やはり1エピソードが短く、毎回刺激的な内容が含まれている作品が支持される傾向にはあります。
恋愛からホラー、という傾向にまた一石を投じたのが、2012年に「E★エブリスタ電子書籍対象ミステリー部門」で優秀賞を受賞し、KADOKAWAから書籍化された『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』です。シリーズ累計100万部を突破し、2017年4月からはテレビドラマも放送されています。
エブリスタではこの作品のヒットをきっかけに、「キャラクターミステリー」と呼ばれる作品が投稿されるようになりました。『王様ゲーム』がそうであったように、一つヒットが生まれるとそこから連鎖的に作品が次々と生まれていくのです。
また、そうした連鎖はエブリスタ内から生まれるものだけではなく、世の中のトレンドとも連携していると感じます。ご当地×ミステリー、いまだと『君の名は。』のようなSF×恋愛といった作品が世の中でヒットすれば、同様のジャンルの作品がエブリスタにも投稿されるといった具合ですね。
——ジャンルから見えて来る傾向は、他の投稿サイトとはまた異なっていますね。例えば「小説家になろう」では異世界ファンタジーが多くを占めるわけです。エブリスタがこのようになっている背景というのは何かあるのでしょうか。
芹川:女性ユーザーが比較的多いというのはあると思います。サイト内で読まれる作品は女性向けの恋愛ロマンス小説が人気です。代表的な書き手として『優しい嘘』などで人気の白石さよさんの場合、日次の読者数(DAU)が2万人もおられます。
また、できるだけ幅広い方に作品を投稿していただき、読んでいただけるような場所となるよう、特定のジャンルをフィーチャーしないようにはしています。逆にいえば、異世界ファンタジーでは「小説家になろう」さんには敵わないわけですが(笑)。
エージェントとして作品に積極的に関わる
——先ほどコンテンツホルダーとして、というお話もありました。たとえば白石さよさんの作品は「エブリスタWOMAN」というレーベルでアマゾンでも販売されています。
芹川:そういう展開も行っていますが、端的にいえばコルクさんのような存在になっていこうということですね。作家側に立ってのエージェントとして、作品を広め、出版社さんに本を出していただく。電子コミックは市場が急速に拡大し、電子だけでもビジネスが成立する例も出てきています。グループ会社のマンガボックスとの取り組みも行っています。しかし小説に関して言えば、今後はまたコミックのように成長するかもしれませんが、電子書籍の市場規模は紙の10分の1程度と言われていますから、それだけで成立させるのは難しいのです。
ジャンルによっては自分たちで、という場合もありますが、基本的には、出版社さんとしっかりタッグを組んでの展開が重要になります。いずれにしても市場の変化は激しいですから、その変化を正しく理解し、対応していかなければいけません。映像化に際しては、製作委員会に出資もさせていただき、作家さんの意思が作品に反映されるよう働きかけていくことも行っています。
——そういった展開を行っていくに際し、投稿作品の著作権を預かるといったようなことはされているのでしょうか?
芹川:投稿作品については、作家さんから著作権を預かるということはしていません。他のサイトに投稿していただくことについても、何ら制約を設けていません。あくまで作品を一般向けにより広く流通させていく際に、作家さんと個別にご相談させて頂いています。。
——「エージェント」となった瞬間に、「プラットフォーム」におけるコンテンツとの向き合い方とはまた異なってくると思います。作品を育てて行く、作家の意向が翻案に対しても正しく反映されるよう働きかけて行く、というのは「場を提供している」という姿勢とは全く異なります。またそこに掛ける人的コストも変わってくると思いますが。
芹川:まさにプロデュースができる人の数が一定のボトルネックになるという面はあります。作品が投稿されるところまでは、「作家と読者をマッチングすることによって作品が書き進められる」という世界ですから、プラットフォーム的なスタンスです。ただそこで生まれた作品は、あらゆる媒体に対して最適化されているわけではありません。そこで私たちがプロデュースをする役回りを担うことは必要だと考えています。ネット上の読者と紙の本の読者で、属性や楽しみ方が異なる場合もありますので。
——出版社が紙の本にします、というときに出版社の編集者が著者と直接やりとりをして、そういった作業(編集)を行うというのが、従来は一般的だったと思います。エブリスタがそこで「エージェント」としてどう貢献できるのかというのが、問われるポイントではありませんか。
芹川:まずは、その作品に合った出版社、編集者にその作品を届ける、というところが私たちが果たす第一の役割となります。従来その機能は新人賞が担っていたわけですが、率直に言えば、マッチングの場としては非効率なものだと思うんです。
——それがネットであればランキングや完読率といった様々なデータで精度と効率を上げることができる?
芹川:まず読者の側が作品を見つけてくれるというプラットフォームとしての機能の側面もあります。この点はデータの分析や最適化により今度もまだまだ改善余地があります。加えて、コンテンツや出版市場のトレンドや動向を見据えた上での、作品のプロデュースノウハウというものがあります。出版であれば出版社の編集者の方々、映画であればプロデューサーの方々も新しくて面白おいコンテンツは常に探していらっしゃるので、そういったニーズをくみ取って作品提案をしていく部分は、システム化が難しい点が多いです。
そういった貢献がとくにうまく行った例としては、『京都寺町三条のホームズ』ですね。双葉社の編集さんとエブリスタのプロデューサーが、「京都本大賞を取りたい!」と一体になって、京都での営業をしっかりと行いました。結果、受賞となったわけですが、その後の展開を拡げる取り組みは続いています。
エブリスタのプロデューサーは、作品の中身のチューニングを図るというよりも、作品を発掘し「この作品はこういうメディア展開を行うのがよいのではないか」、といったところを考える機能を持っているという認識です。また発掘だけでなく、「世の中のトレンドからすれば、こういう投稿がもっとあっていいはずだ」と考えれば、賞の開催など、サイト内での仕掛けを施すといったことも行います。本になる場合も、出版社にご紹介して終わりではなく、こちらから主体的に「この作品はこのレーベルに合うのでは」というところまで考えて進めています。
——プロデュースを行う方は社内に何人くらいいるのですか?
芹川:4人います。エブリスタ全体としては開発なども含めて20数名です。
——年間に約150作品を書籍化されているわけですが、その人数だと手が回らなくはないですか。たとえば作品発掘のための仕組みを整えていたりしますか?
芹川:従来の「編集」という仕事で捉えるとそうですね。編集は出版社にお願いをしていて、これまでお話ししてきたその他のプロデュースにまつわる部分を我々は行っているということです。
ジャンルによって異なるのですが、サイト内の一定の数字を見て作品のポテンシャルを判断できるという面もあります。紙の本で出版した際の読者とサイトでの読者の属性があまり変わらない場合は、サイト内の人気を示すデータがそのまま世の中一般にも適用できることが多いようにも思えます。
一方で、全く新しい展開を作ろうとしているときや、ネットでそこまで読まれていないけれども、紙の本で世に出したら面白いはず、というものについては、エブリスタ上で独自・出版社とのタイアップで様々なアワードを展開しています。そこでは紙の本のプロである編集者と、ネットのプロである我々が応募作品をとにかく読んでいき、発掘していくということも行っています。
[後編につづく]
執筆者紹介
- ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp
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