番外編1「失われた20年」と佐藤真

2016年4月29日
posted by 清田麻衣子

2016年3月に、ドキュメンタリー映画作家、佐藤真の本を出した。タイトルを『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学』という。この遅々として進まない連載ではまだ1冊目も出ていない里山社だが、この本は4冊目にあたる。今回と次回は、番外編ということで里山社にとって現時点での最新刊のテーマである、佐藤真にまつわることについて書いてみたい。

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なぜ、いま佐藤真なのか

佐藤真は2007年に亡くなった。まだ若く、49歳だった。前にも少し触れたが、この監督の作品とその著作に出会ったことは、その後の私の人生にとても大きな意味を持った。中学校から続いたモノクロの世界が突然カラーになったような、自分の核心に久しぶりに触れた気がした。

佐藤真は、映画作家としても文章家としても才のある人だった。理性的で論理的だが、社会問題をテーマにしながら問題そのものを糾弾するのではなく、その問題が遍在する一見平穏な日常をじっくり見つめることで、問題の闇の深さをあぶり出すように撮るという困難な方法論をとっていた。そのようにして撮られた『阿賀に生きる』『まひるのほし』『SELF AND OTHERS』ほか……の作品は、映画を「実体験」していると思わせるような、未知の世界に自ら分け入って、その世界についてじっくり考えた後のような充足感と重みを残した。

「穏やかな人だったけど、目が笑ってない」

佐藤に接した人が、その人柄を評するときによく使っていた言葉だ。普段は穏やかなのに、映画のことになると舌鋒鋭く他人の作品を批判することもあったそうだが、それは自分自身に対しても厳しい目を持っていたがゆえだと思う。だがそれ以上に、「自分にとって何がリアルか」ということについて、とても厳しい人だったのではないかと思う。

佐藤真が作品を世に出した90年代から00年代。日本は、バブル後の倦怠感と不穏な空気が蔓延しているような感じがした。子供時代は80年代のバブル真っ盛りで、その頃の記憶は明るいのだが、中学に入り物心ついた頃からの日本には、そんなくすんだイメージがある。ただ私はそれしか知らなかったので、日本はそういう国なのだと思っていた。それはのちに「失われた10年」とも「20年」とも言われた。

「昭和ヒト桁生まれ」「団塊の世代」「バブル世代」など、それぞれの時代をひと括りにしてしまうことに問題があるとは思う。ただ多くの人は、青春期の時代の空気を、その時代が終わった後も背中に漂わせて生きていくような気がする。「世代」とは、知らず知らずのうちに染み付いて匂ってしまうもの――そんなことを思ったのは、いまの日本は自分の青春期とは明らかに違う、次の段階に入ったと感じたからだ。そして、私にとっての青春期のど真ん中に、佐藤真はいた。

震災と原発事故を経て、私はYahoo!ニュースのトップやSNSに吸い寄せられる癖がついてしまった。と同時に、常に目の前の表面化してきた問題について自分の判断を急き立てられているような気がして、よく取り乱した。それが落ち着くと、「佐藤さんだったらいまの日本をどう見るんだろう」と、いつも思った。

だから、いま佐藤真の本を出そうと思った。きっと私のように思っている人はほかにもいるはずだという祈りとともに……。

そして敢えてこの文章を、佐藤真が嫌うであろう「失われた20年」というキーワードで括ってみようと思う。

「匂い」のある世界は映画の中にあった

成り行きで入った中高一貫の私立の女子校は中1から大学受験を照準に入れたカリキュラムが組まれ、授業に興味が持てず中1から落ちこぼれた。唯一、高校の「現代社会」という授業だけは興味を惹かれたものの、部活に精を出すこともなく、渋谷原宿代官山に行っては、お金がないのでひたすらウインドウショッピングして、本でも音楽でも見聞きするものは「オシャレかどうか」を基準に峻別していた。

同世代に「援助交際」とか「ブルセラ」などといったことをやっている子たちがいるらしいというのはよくニュースで見ていたが、一度見たドラマを夕方の再放送で再度見ていたような怠惰な私の放課後は、そんな過激な世界とはかけ離れていて、現実には何のドラマも起こさないままあっという間に高3になった。

そんな無味無臭で平和な学生時代の中で、唯一生臭いにおいを嗅いだような体験は主に、サラリーマンにしては映画館に足繁く通っていた父の部屋に必ずドサリと置いてあった映画のチラシからもたらされていた。そのチラシは「なんだかマニアック」どころか、時に異様な「気」を放っているものが多く、父には内緒でコッソリ観に行った。

中でも印象に残ったのは原一男の『全身小説家』だった。小説とは何かなどと考えたこともなかった女子高生には理解できない部分が多かった。だが、井上光晴という小説家の嘘と、複雑な井上の内面と意外と地味だった事実が次々と暴かれていくこの映画は、興に乗ると女装していた井上の厚化粧の印象とセットで、車酔いのような気持ち悪さが残った。

80〜90年代、横浜市郊外の新興住宅地であるたまプラーザで育ち、世田谷区の女子校に通いながら、自分の周りを包む世界の整備された環境は「明るくまっとうな世界」なのに、自分の中にモヤモヤと芽生えてきた「いやな感じ」はそれに見合わないようで、鬱々としたものは否定して生きていかなくてはならないと思っていたフシがあった。だが同時に、内面を晒して他人と繋がりたいような相反する欲求を持っていたのだと思う。

自分自身についても自分の今後についても確かなものが掴めないまま進路を決める段階になり、少しだけ気持ちの針が振れた「現代社会」の授業と映画の中にかすかな手がかりがあるような気がして、社会学部と映画を扱う芸術学科を受け、結果、明治学院大学文学部芸術学科の映像専攻に通うことになった。

昨年あたりからSEALDsの奥田愛基さんの姿をテレビで見るにつけ、世間の驚きや興奮とは違うところで、いつも噛みしめるように思っていた。

「メイガクなんだ……」

明治学院大学――偏差値的には中の上の私大で、マンモス校というより中規模。全国というより首都圏近郊出身の生徒が多い。東京都港区にある白金キャンパスは明治期に建てられた瀟洒なチャペルがシンボルで、クリスチャンというよりは、ミッション系の雰囲気に憧れる小綺麗な服装の男女が集い、政治的思想や哲学的問いを追い求めるよりも、明るい恋愛をカジュアルに楽しみたい若者がうごめいている――ように、当時の私には見えた。

ただそれは表面的にはぼんやりしていただけだったが、内面は鬱々としていた私の歪んだ目に映った学生の姿だったのかもしれない。ただとにかく私にとっては、デモを率い、国会で政治家相手に真っ当な意見を述べる学生の姿とは遥か遠い記憶の場所だった。

自分を見失っていた頃

私が明治学院大学に入ったのは、阪神大震災と地下鉄サリン事件の起きた翌年、佐藤可士和が学校のあらゆるデザインを一新するより少し前の、1996年のこと。でも明学に限らず、当時の学生全般のムードとして、「学生運動の時代とか想像できないよね」という感覚はあったと思う。

入学してすぐ、私よりずっと映画も本も音楽も詳しい友人ができ、4人で打ち解けて仲良くなった。「この学校は面白い人いないよね」などと調子に乗って毒を吐いて息巻き、雑誌を作ろう、8ミリ映画を撮ろうなどと盛り上がったのもつかの間、一緒に毒を吐くことを楽しんでいるだけだと思っていた友人のうち2人が、それぞれ本当に学校に来なくなり、やがて別々に留学し、退学してしまった。2年生に上がる頃にはノンビリ屋の2人が残った。のほほんと高校時代を送ってきた私には留学なんて進んだ発想はまったくなかった。あーだこーだ言ってるだけで良かったのだ。取り残された自分を相変わらずダサいと思った。

情けなくて心細い気持ちでいっぱいの頃、「別に映画撮らなくたって、映画が好きなだけでいいじゃない」と優しい声をかけてくれた映画サークルがあった。その声は尖り切った後に凍えていた私には無性に暖かく、毛布に飛び込むような心地で入部し、もちろん映画を撮っている人も中にはいたが、私は、飲み会だ合宿だとそれなりに大学生っぽい生活を追いかけるようになった。

一方で、受験の終わり頃から、夜通し起きていたりすると翌日動悸が止まらなくなったり、突然「あ、なんかいやな感じ」と思うと、急に自分と周囲のものとの境界が曖昧になって、周りのものすべてに飲み込まれるような、得体の知れない不安が襲ってくることがあった。それは底がないような恐怖感で、いろんな行動のブレーキになることも多く、慢性的に胃が痛かった。

しかしあるとき、やることが詰まった極限状態に陥ると、その不安が消えていることに気づいた。自分が甘く、自分自身のことも他人のこともちゃんと掴みきれないからにちがいない。だから自信がついたらこの不安は消えるはずだ。そう頑なに思い定めて就職し、猛烈に忙しい編プロでショック療法のように朝まで仕事をするうちに、その不安症状はとてもゆっくりと、でも徐々に顔を出す機会が減り、10年以上するとほとんど感じないようになった。

つい最近、精神科医と話をする機会があって当時の症状を説明すると、「それはパニック障害だね。自力で治しましたね」と、アッサリ言われた。近ごろよく耳にするこの病気にまさか、自分も当てはまっていたとは思いもしなかった。ただ大学時代は、「普通」の対岸にある「あっち側」に落っこちたら元に戻れなくなるような気がしてどっぷり引きこもることもできず、必死で不安定な状態を飼い馴らしていた。本当はそれぞれになにか抱えていたかもしれない同級生の内面は想像できなくて、彼らと自分には距離があるように内心感じていた。

だけど平静を装っていた私自身も、きっとハタから見たら同じように楽しげな学生に見えたかもしれない。モヤモヤと黒いものが心に広がっては、そのモヤモヤを全開にしてはいけない、と打ち消すことを繰り返していた。ひとりで自分と向き合うのはもっとも怖いことだった。だがそんな状態で他人と居ると、自分の本心と違うことが相手に伝わってしまうようなことがよくあり、心の底から楽しいと感じる瞬間がほとんどなく、文字通り「自分を見失って」いたのだと思う。

『まひるのほし』と出会う

学校の授業はというと、1、2年の一般教養を抜けると、映像専攻の授業は俄然面白くなった。そしていつしかフィクションでもリアリティのあるもの、つまりドキュメンタリー的要素の強い作品ばかり観るようになっていた。

大学3年になって、そろそろ卒論のテーマを提出する段階になったときに、以前、父の部屋にチラシがあった『阿賀に生きる』を撮った佐藤真監督の最新作が公開されていることを知り、シネ・ヴィヴァン六本木に観に行った。『まひるのほし』という障害者のアート活動を撮ったドキュメンタリー映画だった。

1997年に公開されたこの映画は、佐藤真の『阿賀に生きる』に続く2作目で、『阿賀に生きる』に比べると大きな賞を受賞した作品ではない。だが、「福祉」の枠組みの中の「かわいそうな、清く美しい障害者」に囲うのではなく、魅力的で、笑ってもいい存在として提示した作品として話題になった。

7人の障害者が登場するうち、もっとも強烈な個性を放っていたのはシゲちゃんという青年だった。女性に強い関心を示し、暴力的な衝動もある彼の作品は、「スクール水着」「ビキニ水着」などと、水着の名前を書いたカードを画面に向かって繰り出すビデオ映像やその文字が書かれた段ボールアート。映画館に笑いが起こる。これがアートなのかどうかはまったく理解ができなかった。しかし、シゲちゃんのほとばしる女性への想いと、それがうまく伝えられないもどかしさはよく理解できた。

ただただ淡々と、ほとんどナレーションも入らない映像を積み重ね、7人の日常と作品制作のシーンがパッチワークのように合わさっていく。その絶妙なパッチワークの過程で、私は初めて障害について向き合って考えている気がした。そして映画を観ながら徐々に、街で障害者に出会っても凝視していいのか、いけないのか、などと自分の感覚に迷いが起きるような、障害者と縁遠い生活を送りながら、そのこと自体に後ろめたさを感じていたことに気がついた。そして、自分とは違う、どこか「狂った」感覚の人たちだと思っていた彼らは、感覚に狂いなどなく、むしろ真っさらすぎることで、何かを伝える部分に障害を起こしているのではないかということを思った。

そんなことを考えていたら、ラスト近く、海に向かって「俺は、女の人が、好きだー!」と叫ぶシゲちゃんの姿も涙で曇って仕方がなかった。ずっと遠い存在だと思っていた彼らは、「私と一緒だ」と思ったのだ。気持ちがうまく伝わらないのは自分がおかしいせいではないのだ。ポロポロ涙がこぼれた。安堵のような涙だった。そんなに泣くような感動シーンは一切ない映画である。ただあの狭い映画館の中でこんなに号泣しているのは自分だけではないかと思うくらい泣いた。そして帰りの電車で、この佐藤真という人を卒論のテーマにしようと胸を熱くしていた。

番外編2につづく


【お知らせ】
4月末から6月にかけて、以下の上映会・イベントが全国各地で開催されます。

神戸
神戸映画資料館「佐藤真の不在を見つめて」上映会(4月29日〜5月3日)

日時:4月29日(金)〜5月3日(火)
会場:神戸映画資料館(兵庫県神戸市長田区腕塚町5丁目5番1)
http://kobe-eiga.net/
料金:一般:1400円/学生:1200円/会員:1200円/学生会員:1100円(入れ替え、1プログラムあたり。※当日に限り2プログラム目から200円割引)

上映スケジュール
◯4月29日(金・祝) 13:00 『阿賀に生きる』/15:15 トーク:山根貞男/16:30 『SELF AND OTHERS』/17:30 座談会:山根貞男、秦岳志、清田麻衣子

◯4月30日(土) 13:00 『まひるのほし』/14:50 『花子』/16:10 『おてんとうさまがほしい』+『星の文人 野尻抱影』/18:05 『テレビに挑戦した男 牛山純一』

◯5月1日(日) 13:00 『阿賀の記憶』/14:15 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』/16:50 カフェトーク

◯5月2日(月) 13:30 『まひるのほし』/15:20 『花子』/16:40 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』

◯5月3日(火) 13:30 『SELF AND OTHERS」/14:40 『阿賀に生きる』/16:55『阿賀の記憶』/

イベント
◯4月29日(金・祝)参加無料(要当日の映画チケット半券)
15:15~ トーク:山根貞男(映画評論家)/17:30~ 座談会:山根貞男、秦岳志(映画編集)、清田麻衣子(書籍編集)、司会:吉野大地(ラジオ関西「シネマキネマ」ディレクター)

◯5月1日(日)16:50〜 カフェトーク(ドリンクをご注文ください)

※会期中盤、全プログラムの1回目の上映が一周するこの日、観客/作り手/関係者等の垣根を越えて佐藤真作品について語り合いましょう(モデレーター:秦岳志 出席予定:木村光、和田泰典、家久智宏ほか)

《ご予約受付中》
info@kobe-eiga.net まで、イベント名、日時、参加者様のお名前・ご連絡先(メールアドレスまたはお電話番号)をお知らせください。
※上映会の詳細はこちら
http://kobe-eiga.net/program/


■富山
『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学』刊行記念、『まひるのほし』上映会&トークショー(5月5日)

日時:5月5日(木)17:30開場 / 18:00開演
会場:富山県・古本ブックエンド2号店(富山県富山市総曲輪4−5−15)
料金:800円
トーク:里山社 清田麻衣子
予約:電話:076-461-3960
メール huruhonbookends@gmail.com

(当日の流れ)
17:30~ 開場/18:00~ 『まひるのほし』上映/19:50~ トーク  聞き手:松岡等/~21:00 終了

上映会の詳細はこちら
http://www.bookends.jp/?p=51778


■京都 

『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学』刊行記念特集上映会「佐藤真の不在を見つめて」(5月28日〜6月3日)

日時:5月28日(土)〜6月3日(金)
会場:立誠シネマプロジェクト(京都市中京区備前島町310-2[木屋町蛸薬師下ル]元・立誠小学校 南校舎3階)
http://risseicinema.com/
料金:(当日1プロ)一般:1300円/学生・シニア:1200円/立誠シネマ会員:1000円(割引)※当日に限り2プログラム目は200円割引

上映スケジュール
◯5月28日(土)10:30~12:25 『阿賀に生きる』(115分)/13:00~13:55 『阿賀の記憶』(55分)
・トーク 清田麻衣子、旗野秀人

◯5月29日(日)
11:00~12:35 『おてんとうさまがほしい』(47分)+『星の文人 野尻抱影』(48分)/13:00~14:00 『花子』(60分)
トーク 清田麻衣子、村川拓也、今野裕一郎@立誠シネマ 14:10〜15:10(予定) *参加無料

◯5月30日(月)
10:30~12:03 『まひるのほし』(93分)/12:30~13:52 『テレビに挑戦した男 牛山純一』(82分)/

◯5月31日(火)
10:30~11:23 『SELF AND OTHERS』(53分)/11:50~14:07 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(137分)

◯6月1日(水)
11:00~12:00 『花子』(60分)/12:20~13:53 『まひるのほし』(93分)

◯6月2日(木)
10:30~12:47 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(137分)/13:10~14:03 『SELF AND OTHERS』(53分)

◯6月3日(金)
10:30~12:25 『阿賀に生きる』(115分)/13:00~13:55 『阿賀の記憶』(55分)/14:10~15:10(予定)トーク 北小路隆志、八角聡仁@立誠シネマ
*参加無料

上映会の詳細はこちら
http://risseicinema.com/movies/16039