ゼネラリストばかりで「プロ」がいない出版界

2016年1月26日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

おくればせながら、明けましておめでとうございます。

久しぶりに日本で過ごした正月は、門松や国旗を見かける代わりにスターバックスやアップルまで福袋を売り出してて、グローバルでシュールなジャパンをお雑煮といっしょに味わいました。次はスペクテータースポーツとして恵方巻きとバレンタインが楽しみですが、メイロマさんはいかがお過ごしですか。

昨年暮れにもれ聞いた出版業界の裏事情とやらで、頭がクラクラするぐらいショックを受けて絶望した話がありました。

せっかくのThe New Yorkerからの執筆依頼を拒絶

とある若手の人気作家さん――彼は軽妙な文体でどんなジャンルもクロスオーバーできる書き手なのですが――の、たまたま英訳された本を目にしたThe New Yorker誌の編集者から「一挙掲載できるぐらい、なにか短いものを書いてみてよ」と打診があったのだそうです。にも関わらず、担当編集者が「その作家はうちの締め切りを目前にしていて忙しいので」と断ってしまった。そんなオファーがあったこと自体も作家は後で知ったという、おそまつな話です。

ご存知のとおり、The New Yorkerはアメリカの老舗文芸誌で、こちらで仕事をしている純文学やルポルタージュ系ノンフィクションの編集者なら、この雑誌を毎号端から端まで読んでなければモグリだといわれます。村上春樹があれだけ世界中に読まれるようになったのも、The New Yorkerの編集者が興味を持ってサポートしてくれたことが一因、と本人が『職業としての小説家』に書いています。

なにしろ、マンガをひとコマ掲載するのにも何百という候補作から選び(そしてどんな有名な人の作品でも容赦なく落とし)、ルポルタージュ部門には専門のファクトチェッカーがいて、ライターが取材した人全員に連絡して文中に言及されている事実のひとつひとつに間違いがないか確認をとることで知られています。ようするに、The New Yorkerに掲載されれば物書きとして成功を約束されたも同然、という権威ある雑誌なのです。

件の担当編集者としては、時間を割いてThe New Yorker向けに書かせたとしても、掲載が保証されたわけではないという気持ちもあったかもしれません。The New Yorkerたるもの、一定のクオリティーに達していなかったり、雑誌のカラーに合っていない作品を掲載するわけにはいかんのです。でもこの厳しさが、信頼度という得難い財産になるわけですね。しかもフィクションの場合は締め切りなどというケチなものは付けません。満足の行く仕上がりになるまで、編集者が作家に何回も書き直させるからです。

それを「忙しい」という理由で断るなんて…(ここに罵詈雑言を並べていもいいのですが、ぐっと堪えます)…なんといいますか、日本人的というほかありません。

多忙とゼネラリスト志向が「プロ意識」を失わせる

そもそも日本の編集者は忙しすぎるのかもしれません。編集者の仕事とは、「作品がよりよくなるよう、原稿に赤を入れる」「自分の抱えている作家を育てる」ということに尽きます。それなのに、編集者のエッセンスとは関係ない仕事をあれもこれも抱え込んだ結果、自分も作家も忙しくなって、The New Yorkerで世界デビュー!という絶好のチャンスを蹴るなどという、信じられない決断をしてしまうわけです。

日本には、欧米と違って「作家の立場になって執筆スケジュールを管理する文芸エージェント」が不在ということもあるかもしれません。出版社側に雇われている以上、編集者は究極的には作家の味方ではありえません。自分が不当に扱われていると感じた作家にできることといえば、その出版社から版権を引き上げるぐらいですが、最近それをやった某作家は「プレッシャーをかけられた編集者が体調を崩した」なんて言われてしまうわけです。そりゃね、クリエイターですもの、扱いが難しいのは当然です。

編集者が作家のキャリアを第一に考えてくれるわけではないとなると、作家のほうで自主的に版権管理をするしかない。版権管理だけでなく、海外市場向けの本の作り方まで、その道の「プロ」として面倒見てくれるのでなければ、10%にもならない印税で出版社に全部お任せ、という時代も終わるでしょう。

なにしろ日本の出版社には、ゼネラリストばかりが多くて、「プロ」がいないのです。電子書籍の黎明期にも、昨日まで文芸書編集部にいたような人が、「今日から電子書籍担当です」と会いに来ました。私はEブックの専門家でもなんでもないですよ? そもそもアメリカでは雑誌と書籍は完全に別の産業なので、私には雑誌のことはわかりません、と何度言っても「とにかくお話を聞かせてください」というリクエストばかりでした。

Eブックで先行しているアメリカの出版社を見学に行って話を聞きたい、というのですが、実際にランダムハウスやペンギンといった出版社(当時はまだ合併前で別の会社でした)に行っても、「ああ、DTPはもうかなり前から取り入れてますし、Eブックやオーディオブックは別に新しい部門を作って、ITに明るいプロの人たちを新しく雇い入れて終わりです」という、当たり前の話しか出てこない。文芸専門の編集者からも「(紙とデジタルとで)査読の手間が増えただけかなぁ」ぐらいのことしか聞けませんでした。

この「プロ不在」「プロ軽視」でゼネラリストばかりの集団という構造こそが、私は長引く出版不況の一因ではないかと思っています。もちろんこれは出版業界に限ったことではないですが。

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この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。