ライター・イン・レジデンスで地方を発信する

2015年12月2日
posted by 磯木淳寛
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ライター・イン・レジデンス『地方で書いて暮らす4日間』の様子。撮影:笹倉奈津美

出かけるときに傘を持っていくかどうかを天気予報で判断するように、人は誰でも日々当たり前に、なんらかの情報を行動の指針にしています。

人が情報によって行動を変化させる生き物である以上、それらを形作る言葉そのものの重要性は、ぼくがここであらためて説明するまでもありません。

では、言葉によって紡がれた文章の可能性は、いまどこまで広がっているのでしょうか。

ぼくは千葉県の外房に位置するいすみ市で、食や地域といった分野で文章を書いたり、地域資源を編集することを生業としている磯木淳寛(いそき あつひろ)といいます。はじめて寄稿の機会をいただいたので、2015年2月から始めた、言葉・文章・地域にフォーカスしたライター・イン・レジデンスについて紹介したいと思います。

ライター・イン・レジデンスを始めた理由

ライター・イン・レジデンスとは「一定期間ライターに滞在場所を提供し、その創作活動を支援する制度」のこと。聞いたことのない人がほとんどだと思いますが、各地の芸術祭などで行われるようになったアーティスト・イン・レジデンスのライター版と言うとわかりやすいかもしれません。

海外では自治体などが主催者となることが多く、小説家やプロのライターを対象にその地域を題材に書いてもらうことで、地域の魅力を外部に発信するということを目的としているようですが、ぼくはこれを自分なりに解釈して、プログラムに『地方で書いて暮らす4日間』と名前を付けて、ライター志望者や発信力を身につけたい人を対象とした合宿スタイルの実践講座を行ってきました。

ライター・イン・レジデンスを始めた大きな動機のひとつはごく単純で、インタビューをして文章を書くという経験を多くの人にしてもらいたかったからです。

経験者なら心当たりがあるかと思いますが。実際にあらゆる人に話を聞く機会を持つと、インタビュー相手の活動の土台となっている、社会に対する前向きな態度と愛すべき人間的魅力に触れることはとても多いものです。

インタビュアーでなくても、人の話を聞いてわくわくしたり、興奮したり、うれしい気持ちになった経験は誰しもあるのではないでしょうか。

そういった出会いを繰り返していくと、触れる情報によって世の中の見え方が変わるということにも気付き、自らの思考も深まり、やがて自分自身の可能性にも信頼を置けるようになってきます。言葉にするとちょっと大げさかもしれませんが、これは概ね事実じゃないかとぼくは思います。

ライター・イン・レジデンスの参加者を選考する際になるべく若年層を選んでいるのも、若い人にこうした前向きさを感じられる機会をもっと作っていけたらと考えているからでもあります。

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京都の里山で開催したときには、川のせせらぎをすぐ隣に感じながら取材を行った。

ライター・イン・レジデンスを始めたもうひとつの理由は、以前、とある人の口から「文筆業は虚業」という言葉を聞いたことです。

「ずいぶん乱暴な物言いをするなあ」とそのときは感じたものですが、あとから考えると、webなどで誰もが書き手となった結果、玉石混交の文章が氾濫するようになり、丁寧に編まれた文章を目にする機会が減ってしまったことを嘆く言葉だったのではないでしょうか。

この体験によって、自分自身が書く文章に対する責任の重さをあらためて感じたのとともに、よい文章を書くことに対してより自覚的な書き手が増えていく必要があると感じさせられたのです。

寝台列車で執筆? 財政破綻の町を執筆で再生?

さて、そもそもぼくがライター・イン・レジデンスというものを初めて知ったきっかけは、全米鉄道旅客公社Amtrack(アムトラック)の取り組みを、たまたまwebで見つけたことでした。

Amtrackはアメリカ合衆国を東西に横断する長距離鉄道なのですが、航空便の価格が下がってきたこともあり、乗客の減少が顕著だったそうです。そこで、広く募って集めたライターを寝台列車に乗せ、2日間から5日間の乗車時間を鉄道旅行の魅力を発信するための執筆に充ててもらうというアイデアで集客を図ろうとしました。

その名も「Amtrak Residency」。数日間も列車に乗りながら執筆するというのは、新幹線の中での数十分の執筆さえままならないぼくにとっては目眩がしてしまいそうです。

次に目にしたライター・イン・レジデンスも同じくアメリカ、デトロイトで行われた「Write A House」。これは財政破綻したデトロイト市が、増えすぎてしまった空家に借り手を増やすために打った作戦で、内容はいたってシンプル。空家にライターをほぼ無料で住まわせ、町の情報を発信させることで地域を活性化させようというものでした。

このプログラムにさらに驚かされたのは、ライターが2年間そこで成果を出すと、住まいとなっていた空家そのものがプレゼントされるということ。その発想の奇抜さも秀逸ですが、地域外のライターによる当該地域の課題解決事例であることに感心しました。

Amtrak Residency」と「Write A House」は、どちらもライターを一定期間滞在させて執筆してもらうという、ライター・イン・レジデンスの枠組みに沿ったものです。通常の場合、ライターは物理的にも精神的にも客観的な立場から仕事することが多いものですが、ライター自身が現場に入り込み、自らも当事者となっていく構図にとても興味を引かれました。

宿泊と食事付き農作業支援プログラム『WWOOF(ウーフ)』

そんなふたつの事例を知り、ぼくがすぐにライター・イン・レジデンスを始めたかというとそうではなく、遠因となったのは、都内から2013年に引っ越した先の千葉県いすみ市で、カフェ兼農園「ブラウンズフィールド」の運営に携わったことでした。

カフェの前に田んぼが広がり、ヤギが昼寝し、子どもたちが走り回り、畑では旬の野菜が収穫されるこの農園には癒しを求めて足を運ぶお客さんも多く、都心での仕事や暮らしにひと呼吸置きたい人たちにとって格好の場所です。土と自然に触れる農園の仕事も魅力的に映るでしょう。

農園部門では以前よりWWOOF(ウーフ)と呼ばれる、宿泊と食事付き農作業支援の受け入れプログラムを取り入れていました。期間は2週間以上。作業の対価は農作物との交換であり、お金のやりとりはありません。来ていたのは主に海外からの長期滞在者や、転職の合間などの社会人、そして長期休み中の学生たちでした。

WWOOFでやってくる人々それぞれには人生のストーリーがあり、楽しい交流のおかげで気の合う友人も多くできました。しかし、いくつかの事情が絡み、WWOOFを継続するにはなかなか困難な状況もありました。

そこで、来てくれる人、受け入れるスタッフ、運営側の持続可能性の三方のバランスをどのように取ったらよいかと思案した挙句、WWOOFのシステムを「有償の1週間体験プログラム」へと変えてみたところ、受け入れ側に余裕ができたのと同時に、定職についている社会人の方にも多く参加してもらえるようになりました。

思わぬきっかけから始まったライター・イン・レジデンス

募集するごとに定員枠もすぐに埋まるようになり、ひとつの理想的な形ができたのですが、やがてぼくの中である思いが芽生えてきました。

外から来た人を施設内だけに留めてしまうのではなく、外から来てくれる人を媒介にして、施設と地域との境界線を曖昧にしていけないか。なにより、いすみ市には面白い人や場所がもっとたくさんあるのに、ほとんど何も紹介してあげられていないことがもったいないと感じていました。

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いすみ市の開催地。つまり、ぼくの家です。

そんなことを知人に話したことがきっかけで、あるご縁から一軒家を借りることになりました。また、ちょうどその頃カフェ兼農園の運営からも離れることになりました。

借りた家は、我が家の夫婦ふたりの居住空間を考慮しても充分に余裕があります。

「外から人を招いて、ここの場所でできることはなんだろう…?」

カフェ兼農園を離れたことで、あらためて「一軒家を使った外の人と地域とを繋ぐ企画」をフラットに考えるうちに思い出したのが、ライター・イン・レジデンスでした。

ライター・イン・レジデンスをつくってしまおう

こうしてライター・イン・レジデンスの開催を探り始めたのですが、過去の事例を参考にしようとインターネットで調べてみても、日本国内で開催されたものは見つかりません。また、「ライター・イン・レジデンスはプロのライターが長期滞在した上で成果物を残すもの」という思い込みもあったため、具体的にどのような仕組みにしたらよいかと頭を悩ませました。

しかし、あるときふと「前例がないなら作ってしまえばいいのでは?」と思ってからは簡単でした。報酬や実績といった、プロが参加する動機づけができなければ、ライター志望者に来てもらえるプログラムを作ればいいし、長期間部屋を貸すのが難しければ、たとえば4日間程度の短期間にしてしまえばいい。

また、「なぜやるのか」という動機を自分に対して突き詰めていくうちに、「志ある未来の書き手を育む」という目的も明確になってきました。もちろん「外の人と地域とを繋ぐ」という目的もそのままです。

参加費は設定するのか? 設定するならいくらが適正なのか? というお金の部分も問題でしたが、これも「自分で決めかねるなら、最低0円からのドネーション制で参加者に決めてもらえばいい」ということで全体像を完成させました。

「これはほとんど道楽だな……」と、この頃になると、ライター・イン・レジデンスの計画を練ることにわくわくしてきていました。4日間だけ自分の時間を空けて部屋を提供し、どんな人が来てくれるかを楽しみにしながら、志ある未来の書き手を育むことができれば最高です。

仕事ではないライター・イン・レジデンスに時間と労力をかけることを不思議がられることもありますが、感覚としては、数日間の休日に小旅行にでも行くところを、自宅での友人らとの遊びに切り替えたようなものと考えています。

仕事と考えてしまうと収入はドネーションなのでバクチ的ですが、自分だけの贅沢な遊びと割り切ってしまえばどうということもなく、やってみると意外と成り立つものだなあという実感もあります。

しかし、遊びと思えるほどにわくわくしながらも、プログラム内容はじっくり時間をかけて真剣に練り、開催を重ねるごとにブラッシュアップをしています。参加者にわざわざ来ていただくのだから、ほかで得られるような体験では申し訳ないですし、せっかく機会を作るのなら徹底的に準備してやりきることで、充足感を持ち帰って欲しいと思っているからです。また、そこまでしなければ自分自身が充足感を得られないことも知っています。

実際にやってみていちばん楽しいのは、やはり参加者と顔を合わせて時間を一緒に過ごすこと。千葉県といっても、都内から約2時間かかるいすみ市のような片田舎での開催に、遠くからの応募があることには驚かされます。また、ぼくが考えた4日間のプログラム内容に参加者が一生懸命取り組むのにも大いに刺激されます。それぞれの土地の情報や彼ら自身の取り組みから多くを学べるのもうれしいことです。

京都での古民家レジデンスも開催

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田園風景の向こうにいくつかの古民家が立ち並ぶ環境。撮影:笹倉奈津美

こうやって始めたライター・イン・レジデンスですが、第1回目と第2回目をいすみ市の自宅で行い、第3回目をまだ夏の熱気の残る8月下旬に京都の古民家で開催しました。

関西で開催した理由は、第1回目と第2回目の募集をしたときに関西や中部地方からの申し込みも多かったことと、外から人を招き地域を発信するということは、地域課題が注目される時代にあって、どこの地域にとっても必要なのではないかという仮説を思いついたことでした。

募集を開始してみると「京都」や「古民家」という響きに魅せられたのか、定員の6倍の申し込みがありました。その中から、茨城県で地域情報を発信するwebライターをしている大学生、東京都で寺院を開かれたコワーキングスペースにしようと取り組むフリーランス、静岡県のある町役場商工観光課のエコツーリズム推進員、大阪府で絵や文章や翻訳などを生業とする傍らでシェアハウス作りもしている人、沖縄県の商店街に作ったコミュニティスペースの運営者という5名を選考しました。

4日間の3日目には実際に取材を行い、参加者たちはそれまでに身につけた学びを実践の中で発揮していきます。このときの取材対象者は、開催場所となった古民家を提供してくれた水口貴之さんにあらかじめお願いしておきました。水口さんは「COMINCA TIMES(コミンカタイムズ)」という、古民家保全を目的として有効利用のヒントを発信するwebマガジンを立ち上げ、編集長をしている方です。

水口さんはライター・イン・レジデンスの取り組みに賛同してくれて古民家を提供してくれたほか、彼の京都仲間である気鋭のプロジェクトのメンバーらも招いてくれ、バーベキューをつつきながら彼らの地域での取り組みや課題についても伺ったりと、有意義な時間を共にさせていただきました。

そんな思いがけない交流を通じて、地方に赴き、地方を発信していくライター・イン・レジデンスの可能性の広がりも新たに感じることができました。地域で活動するプレイヤーと全国から集まった個性的な参加者らが交わり繋がることでなにかの化学反応が起きることもあるでしょうし、自分自身がそこにいられるというのもとても刺激的です。

ぎゅうぎゅうに詰め込んだプログラムとインプットの多い交流とで、自分も参加者も若干寝不足気味の4日間でしたが、ライター・イン・レジデンス『地方で書いて暮らす4日間』は、実は4日間では終わりません。

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取材の仕方も、フォーカスする箇所も参加者それぞれ。撮影:荒川慎一

参加者による取材原稿はwebマガジン「greenz.jp」や「reallocal」のご協力もあり、コンペ形式で掲載(どちらの媒体の原稿を書くかは参加者が選ぶ)できるようにしているため、原稿はぼくを通して各媒体に送られ、それぞれの編集者に掲載可能なレベルを満たしている原稿を選んでいただくのです。

選ばれた各媒体ごと1本の原稿は、ぼくからのチェックと媒体の担当編集者からのチェックが入り、参加者は原稿を再度磨いていきます。つまり、“通常の原稿掲載の実践フロー”をそのまま行うという仕組みです。

濃密な時間の中で最終的に選ばれweb上に公開された原稿は、その熱量を反映してか、これまでのところ多くの方に読まれているようです。

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greenz.jpに掲載された、参加者の記事。

今後の計画と妄想

次回の開催は現時点ではまだ未定ですが、今後も千葉県いすみ市を拠点にしながらも他の地域での開催も行っていきたいと考えています。理想は、参加者と地域と自分自身という三者のあいだで、以下のようなスパイラルをうまく回していくことです。

・参加者→スキルを得て、発信することをライターとして活動する機会にできる。
・地域→発信したいヒト、モノ、コトを広報できる。
・ぼく→まだ見ぬ地域や参加者と出会い、未来の書き手を育むことができる。

もしも「ぜひウチの地域で」という方がいらっしゃいましたら、一緒にその場所にぴったりのライター・イン・レジデンスを考えてみたいです。

また、これまでのものと並行してプロのライターを集めたライター・イン・レジデンスの可能性も考えてみたいと思っていて、こちらではライターの職能の拡張を探るものにできればと計画中です。

そんな妄想を膨らませつつ、まだ見ぬ方々や地域とどこかで出会える機会を今から楽しみにしています。

執筆者紹介

磯木淳寛
食と地域を耕す編集者・プランニングディレクター。東京・高円寺から海と山を求めて千葉県いすみ市へ移住。自然と共生する価値感と地域暮らしの可能性をテーマに取材・執筆・企画などをおこなっています。ライターインレジデンス『“地方で書いて暮らす”を学ぶ4日間』主宰。
http://isokiatsuhiro.com/