クール・ジャパンはどこがイケ(て)ないのか?

2015年11月16日
posted by 大原ケイ

cool-japan

私はどうやらSNS上では、「日本の悪口を書きまくっている人」のように見られているようです。でもニューヨークにいるときだって、その大雑把すぎるサービスや、大きくて甘すぎるスイーツや、地下鉄ホームに溢れるゴミや、お行儀の悪いニューヨーカーの文句を言いまくってます。日本の悪口ばかりを言っているわけではありません。

またその一方で、ニューヨークの編集者たちと打ち合わせをするときも、気の利いた日本製のノートやペンなどの文房具を褒められたり(そもそも「シャープペンシル」というものを彼らは知らない)、日本製「猫グッズ」の猫が可愛いと羨ましがられたり(どうしてアメリカ人は可愛くない猫を商品化するのか不思議)、ネイルアートをしげしげと見ては「アンビリーバボー!」と言われたりする機会も多く、そういうなかで「日本」という国を誇らしいと感じることも多いのです。

それなのに、日本政府が推し進める「クール・ジャパン」政策がここまでコケ続ける原因はなんでしょう? いったいどこがイケ(て)ないせいで、上手くいかないのでしょうか?

アドバタイジングからマーケティングへ

その理由の一つは、「マーケティングがきちんとできていない」ことだと私は思います。経済産業省から丸投げされた広告代理店がやっているのは、マーケティングではなく、たんなる「アドバタイジング(広告)」です。大枚はたいて立派なキャンペーンを張り、一方的に日本が海外に「売りたい」と思っているモノを宣伝しているに過ぎません。

国際的に「クール」だとされている日本のモノやコンテンツの中に、成熟した文化ならではのエッジの効いた素晴らしいものがあることには、私もまったく異論はありません。日本のマンガはたしかに面白いし、和食も美味しい。でも、「自分がいいと思うもの」をあれこれ並べ、「試してもらえばわかる」といっているだけではダメです。

ところで、「マーケティング」は、取り引き相手となる諸外国の人たちが、何を求めていて、何をクールだと感じ、何にならお金を出して手に入れたいと思うのか、といったことを調べるところから始まります。もちろん、それが「何」かは各国で違うでしょうし、こちらが「クール」だと思うものの全てを受け入れる土壌があるべくもなく、いくら日本が一方的に押し付けても、「ありがた迷惑」にしかならない場合もあるでしょう。

それなのに経済産業省の役人は、国民の税金を湯水のごとく使ってカンヌの映画祭に遊びに行って「くまモン」を踊らせたり、「コップのフチ子」を飾ってみたり、ミラノの万博に出かけて行っては「サンプルという名のタダ飯」を配って、「ふだんは並ばないミラノっ子たちが、行列を作った。わーい」などと喜んでいるわけです。

出版物で言えば、以前の記事でも少し触れた村上春樹の小説が世界中でもてはやされていることを鼻にかけ、なんだかんだと分析本を出し、あげくの果てにはノーベル賞をとってもらって更にあやかろうと毎年喧しい騒ぎになりますが、彼に続くべき作家を送り出せずにいます。そして村上春樹は政府の後押しなしで、世界中で読まれる小説家になりました。

もちろん彼に匹敵する、あるいは全く似ても似つかない素晴らしいストーリーは生まれているのです。小説だけではありません。ノンフィクションでも、ビジネス書でも、ハウツーものでも、SFでも、専門書でも、日本のコンテンツが求められていないわけではないのです。副次権利用を怠るのは、著者に対しても、読者に対しても申し訳ない残念なことです。

「相手にも分かる言葉」でもっと説明を

日本に帰国してしばらくすると、TVコマーシャルから「日本の〜」「日本は〜」というフレーズばかりが聞こえてきます。つまり、それらの商品を海外でも売っていこうという気なんて、端っからないことが伺えるのです。TV番組をみても、「世界の人も、日本はこんなにスゴイと言っている」といった内容ばかり。この国は、いつからこんなに自画自賛が大好きになっちゃんたんでしょう?

「これはどういう風に作られていて、作った人のどんな思いが込められているか。どこが斬新で、なにが日本の伝統に基づくものなのか。どうすれば、海外の人でも同じようにそれを楽しめるのか。その国に既にあるものと、どこがどう違っているから、こちらに価値があるのか」……。こうしたことを、きちんと相手に説明するのが、本来の「マーケティング」です。

その場合も、相手が日本語を解さない限り、こちらの側が「相手にも分かる言葉」で説明しないとなにも伝わりません。現代においてその「言葉」とは、useful intermediaryと言われる英語です。アメリカやイギリスといった国が現在もっている政治的優位性とこのことは、直接の関係はありません、世界中の人がビジネスをするようになったとき、使われたのはエスペラントではなく、英語だったというだけのことです。

World Book Sales Share

ここしばらくは日本で過ごす時間が増え、この機会にぜひ多くの出版社の人とお会いして、そうすれば少しでも「翻訳版権を売る」ことによって、せっかく作りあげた本をひとりでも多くの人の元へ届けられるか、いっしょに考えたいと思うようになりました。

その一環としてはじめるコンサルティング・サービスの立ち上げを兼ねて、今週の11月19日(木)に「その本の版権、海外でも売りませんか?」というイベントを行うことになりました。

その本の版権、海外でも売りませんか?

この場でお会いして、まず最初のステップにしていただければ幸いです。

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。