私設雑誌アーカイブ「大宅文庫」の危機【前編】

2015年8月27日
posted by ツカダ マスヒロ

「知らなかった、大宅文庫が経営の危機にあることを」――。

8月8日、このような一文から始まる書き込みをFacebookにアップした。すると瞬く間に「拡散」され、5日後には「いいね!」が497人、「シェア」が276件。Facebookと連動させているTwitterのほうは、「リツイート」が674件、「お気に入り」が272件……。正直、驚いた。こんなに話題になるとは思ってもいなかった。その一方で、「みんな本当に大宅文庫に関心があるの?」と訝る気持ちも生まれてきた。

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公益財団法人・大宅壮一文庫(以下、大宅文庫)は、東京都世田谷八幡山にある雑誌専門の私設図書館だ。その名の通り、ノンフィクション作家で評論家の大宅壮一(1900〜1970年)が蒐集した膨大な雑誌資料が元になっている。大宅壮一といえば「一億総白痴化 」や「駅弁大学」「男の顔は履歴書である」といった名言・語録でも知られているが、「本は読むものではなく引くものだ」という言葉も残している。事実、大宅の文筆活動は大量の資料に支えられており、終戦後まもなく意識的に本や雑誌を蒐集するようになったという。それらの資料は同業者や門下生にも開放され、没後の1971年、雑誌専門の私設図書館としてオープンした。

現在、大宅文庫が収蔵する雑誌は、約1万種類、約76万冊。これほど大量の雑誌をアーカイブし、一般公開している私設図書館は、国内では例がない。これに匹敵するのは、国立国会図書館と東京都立多摩図書館くらいだろう。

このような専門性を持った図書館なので、利用者はもっぱら放送・出版などのマスコミ関係者か、論文を執筆する大学生や研究者である。出版業界で20年近く糊口を凌いできた筆者も、これまでに何度も大宅文庫に出向き、資料を検索しては閲覧を申し込み、山積みにした雑誌のページを繰っては記事をコピーしてきた。○○さんのあの単行本も、△△さんのあの単行本も、「大宅文庫でコピーした記事から生まれた」と言っても過言ではない。

市区町村の公立図書館、あるいは大学図書館でも、雑誌のバックナンバーを保管しているところは少ない。長くても2〜3年、早いものでは1年も経たずに廃棄されてしまう。収蔵スペースに限りがあることもさることながら、古くなった雑誌を閲覧したいという需要があまりないからだろう。そのため、大宅文庫の利用者は、先に記したような特殊な雑誌資料を探す人々ばかりで、さしたる目的を持たずにふらっと訪れるような人はいない。筆者が訝しく思った理由はそこにある。「いいね!」が497人、「シェア」が276人、「リツイート」が674人、「お気に入り」が272人。このなかで実際に利用したことがある人は何人いるのだろう……。

バックヤード・ツアーを体験して

冒頭に記した大宅文庫の「経営危機」であるが、それを知ったのは、毎月第2土曜日に開催されているバックヤード・ツアーに参加したことがきっかけだった。

その日の参加者は5名。まずは2階の閲覧室で大宅文庫の概要や大宅壮一についての説明を受け、続いて館内に併設された書庫を案内してもらった。ガイド役は資料課の黒沢岳さん。書庫の中は、まさに溢れんばかりの雑誌が並んでいた。「週刊現代」や「週刊新潮」など最も利用頻度が高いという週刊誌の創刊号から最新号、すでに休刊・廃刊となったものの、それぞれの時代を彩った大衆誌や専門誌、さらには、書店ではなかなか目にすることがない総会屋雑誌や企業PR誌……。珍しいものでは、まだ雑誌名すら決まっていなかった「an・an」の創刊準備号や、終戦後、大宅自身が古書市で競り落とし、発行元の中央公論新社にも残っていないのではないかと噂される創刊初期「婦人公論」なども見せていただいた。

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そんなビブロフィリア垂涎のお宝を前に欣喜雀躍しながらも、黒沢さんの説明の節々に混ざる「予算がなくて……」という言葉が気になった。

たとえば、収蔵する約1万種類もの雑誌の中には、創刊号から全ての号がコンプリートされていないものもあるという。筆者が「欠落したバックナンバーは、古本で買い集めたりするんですか?」と問うと、「できればそろえたいのですが、なかなか予算がなくて……」と黒沢さん。さらには、大宅文庫が所蔵する雑誌のうち誌面の欄外に「誌名・号数・ページ数」が記されていないものは、すべて手作業でそれを記していくルールになっている。誌面をコピーした際、それが何という雑誌の何月号の何ページに掲載されたものか、一目でわかるようになっているのだ。「この作業、結構、時間がかかりますよね?」と問うと、またもや黒沢さんは「この作業も人手と予算が足りなくて、いつまで続けられるか……」と言うのだった。

バックヤード・ツアーの最後に質疑応答の時間が設けられた。いくつかの質問をした最後に大宅文庫の経営状態についてあらためて訊いてみると、「担当ではないので、きちんとご説明できない部分はありますが、昨年度は4000万円近い赤字を計上しました。それについてはホームページでも公開しています」とのこと。あとで知ったのだが、大宅文庫は今年4月、入館料の実質的な値上げを行っていた。そして、平成26年度の貸借対照表を見ると、負債合計は38,540,950円……。

大宅文庫は、経営の危機に瀕していた。

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利用者減少の背景

今回、バックヤード・ツアーに参加した動機は、大宅文庫がこれまでに蒐集した貴重な蔵書を見てみたい、その運営システムを知りたい、という好奇心もあったが、ここ数年、大宅文庫から足が遠のいていたこともあり、「久しぶりに行ってみようか」という思いも少なからずあった。

大宅文庫から足が遠のいていたのには、いくつかの理由がある。

第一の理由は、やはりインターネットの影響だろう。これについては説明するまでもない。検索サイトにキーワードを入力すれば、わざわざ本・新聞・雑誌といった印刷物を漁らなくても、だいたいの情報が、しかも無料で入手できる時代だ。インターネットが普及する前、どうやって調べものをしていたのか、もはや思い出すことすら難しい。

とはいえ、玉石混交のインターネットでは調べきれないことも多い。本・新聞・雑誌などの印刷物に掲載された記事も、ネットで閲覧できるものはまだ限られているので、現物を入手するしかない。

本へのアプローチは、2000年に「bk1」や「Amazon.co.jp」などのネット書店が登場したことで一変した。筆者の場合、仕事(本や雑誌の編集)で必要な資料は、以前は主に公立図書館で借り、買ったほうがいいと思われる本は、都内の大型書店に電話をして在庫を確認して入手していた。しかし、ネット書店の登場以降、本の検索も購入も、ほぼそれらで済ませるようになった。新聞記事に関しては、「G-Search」が提供する「新聞・雑誌記事横断検索」を利用していた。利用料は安くはないが、図書館で新聞の縮刷版を閲覧するよりも圧倒的に便利だ。このサービスでは雑誌の記事検索も可能だが、登録されている雑誌が少ないので、調べものには物足りない。

では、雑誌の場合はどうしていたか? 大宅文庫、国立国会図書館、都立図書館(かつては日比谷、中央、多摩の3館があった)、このうちのどこかで探すしかない。

筆者の場合、5年ほど前までは、大宅文庫をメインで使い、必要に応じて国立国会図書館と都立図書館を使い分けていた。大宅文庫のほうが、見たい雑誌を請求し、閉架の書庫から出してきてもらい、閲覧するまでの時間が圧倒的に短かったように思う。資料のコピーも同様だ(ただし、実際に時間を計って比べたわけではないので、個人的な印象かもしれない)。

加えて、大宅文庫が独自で構築している雑誌記事のデータベース「Web OYA-bunko」がとにかく素晴らしかった。同じキーワードで検索をしても、国立国会図書館のデータベースではヒットしない記事が、大宅文庫のデータベースではヒットするのだ。国立国会図書館では目次に記されているキーワードしかヒットしないが、大宅文庫は目次だけでなく、記事の内容までも吟味して検索キーワードのタグ(分類分け)が付けられているのだ(これについては「後編」で詳述したい)。

このような理由から、雑誌の閲覧については大宅文庫をメインで使っていたのだが、そのうち、都立図書館を利用する機会が減っていった。2009年7月、日比谷公園内にあった都立日比谷図書館が東京都から千代田区へ移管され、それと同時に、都立中央図書館(港区南麻布)の多くの雑誌のバックナンバーも、都立多摩図書館(立川市)にまとめて収蔵されるようになった。Wikipediaによると、2009年5月、都立多摩図書館に〈新装開館した「東京マガジンバンク」は、「公立図書館では最大規模の雑誌の専門サービス」を標榜〉しているのだという。

たしかに雑誌資料は充実しているし、近所にあったらすごく便利だ。筆者と知己がある編集者やノンフィクション作家の何人かは、ここをメインで使っているという。しかし、練馬区在住の筆者には、そこに行くまでが一苦労だった。JR立川駅の南口から徒歩で20分、バスで10分+徒歩で5分(公式HPより)という立地の多摩図書館を利用するときは、一日仕事になる覚悟をしなくてはならない。

高まる国立国会図書館の使い勝手

その一方で、国立国会図書館の使い勝手が、年を追うごとに良くなっていった。2012年1月には、これまで館内でしか利用できなかった「国立国会図書館サーチ」が一般公開され、インターネットを通じて自宅やオフィスでも蔵書検索ができるようになった。事前に利用登録をしておけば、記事をコピーして郵送してくれるサービスも始まった。しかも、費用は実費のみ。コピー代はA4とB4のモノクロが1枚24円+消費税、発送事務手数料は国内が150円+消費税、国外が300円、送料は実費である。

一方、「私設図書館」の大宅文庫は、先にも記したように入館料がかかる。現在、一般の入館料は300円(税込)で、閲覧できる冊数は10冊まで(今年4月の値上げ前までは20冊まで閲覧できた)。再入館料100円(税込)を払えば追加で10冊まで閲覧ができ、1日の閲覧冊数の上限は100冊。コピー代はサイズに関係なくモノクロが1枚52円(税込)だ。学割のサービスもあり、入館料は100円(税込)、コピー代はモノクロが1枚25円である(年間会員になれば、さらに割引になる)。

つまり、国会図書館よりも大宅文庫のほうが割高なのだ。たとえば、ある作家の雑誌連載をまとめて単行本にしたいと思い、すべての連載記事をコピーしようとしたら、その枚数が100枚以上になることも珍しくない。国会図書館であれば24円✕100枚=2400円+消費税、大宅文庫だとコピー代が52円✕100枚=5200円、それに入館料と再入館料も加わる。大宅文庫に行くときは、財布に最低1万円は入っていないと心細かった。

結局、大宅文庫から足が遠のいたのは、この入館料とコピー代の問題が大きかった。以前、頻繁に大宅文庫を利用していた頃も、1階に設置された「Web OYA-bunko」の端末で検索結果をリストアップし、近所の図書館にもありそうな雑誌は、そこで閲覧とコピーをする、なんてこともしていた。

現在では、国会図書館や都立図書館でも「Web OYA-bunko」が利用できるという。となると、わざわざ大宅文庫まで出かける理由がなくなってしまう。筆者のFacebookやTwitterを「シェア」や「リツイート」した人のなかには、「以前はあれほど利用していた大宅文庫なのに、最近はまったく行っていない」という人が何人かいた。筆者だけではなかったのだ。そりゃあ経営危機にもなるさ……。

*  *  *

筆者のFacebookの「書き込み」に、真っ先に反応したのは、本誌「マガジン航」の編集・発行人である仲俣暁生さんだった。「『マガジン航』でもなんらかのかたちで取り上げたいと思っています」という書き込みに、思わず「私にやらせていただけませんでしょうか」と返答してしまった。私以上に大宅文庫を使いこなしている適任者が、いまでもいることはわかっていたが……。そして意外なことが発覚する。なんと、仲俣さんが、これまで一度も大宅文庫を利用したことがなかったとは!

次回の「後編」では、「マガジン航」編集長の大宅文庫初体験の様子とともに、あらためて大宅文庫を取材し、経営状況の実態や今後の展望について、さらには、国内最強の雑誌記事目録といってもいい「Web OYA-bunko」が、どのようにして構築されているかについてレポートする。そして、大宅文庫は、雑誌不況や高度情報化社会の中で必然的に淘汰されてしまう過去の遺産ではない。その社会的意義についても考えてみたい。

執筆者紹介

ツカダ マスヒロ
フリー編集者(ときどき書店員)。時事画報社、アスペクト、河出書房新社などを経て独立。現在、アーリーバード・ブックスが刊行する「後藤明生・電子書籍コレクション」の編集・制作にも携わる。その他、武田徹『NHK問題 二〇一四年・増補改訂版』『デジタル日本語論』(武田徹アーカイブ)、烏賀陽弘道『スラップ訴訟とは何か:裁判制度の悪用から言論の自由を守る』(Ugaya Press Internationa)などセルフパブリッシングによる電子書籍の編集・制作も担当。