Editor’s note

2015年7月10日
posted by 仲俣暁生

「マガジン航」のリニューアル後、最初のエディターズ・ノートです。昨日の記事で、今年2月に東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターで行われたシンポジウム「公共図書館はほんとうに本の敵?〜公共図書館・書店・作家・出版社が共生する「活字文化」の未来を考える」の記録を、公益社団法人日本文藝家協会が発行する「文藝家協会ニュース」特別号から全文転載しました(「公共図書館はほんとうに本の敵?」マガジン航、7月9日)。

開催後、このシンポジウムについてはウェブ上にいくつもレポートが掲載されました。たとえば産経ニュースは5月16日の【日本の議論】という欄で、『悪い図書館「究極の寄贈図書館は東京拘置所」…市民にとって“気持ちいい図書館”が本当に良いのか』という記事を掲載しています。ちなみにこの記事では以下のようなリード文が掲げられています。

話題の新刊が並び、新聞も主要各紙を読むことができ、市区内に複数の館が開設されるなど近年、公共図書館の充実が著しい。しかしそれは読者にとって万々歳 なのだろうか-と疑問を投げかける集会が都内で開かれた。こうした図書館には住民の要望が反映されているものだが、それが行き過ぎると大変なことになって しまうというのだ。一体どういうことなのだろうか。

開催後に発売された 『文學界』(2015年4月号)にも、このシンポジウムの抄録を含む特集が組まれました。ただしそのタイトルは、「本の敵?」という問いに対するネガティブな回答であるのように、なぜか「図書館に異議あり!」となっていました。

さらに、この開催に先立って発売された『新潮45』(2015年2月号)でも、シンポジウムと連動したと思われる特集『「出版文化」こそ国の根幹である』が組まれており、登壇者でもある作家の林真理子氏(「本はタダではありません!」)、新潮社常務取締役の石井昂氏(「図書館の“錦の御旗”が出版社を潰す」)が講演内容に則した寄稿をしています。いずれも、公共図書館に対して、否定的と受け取れる題名です。

いずれも、図書館は「敵」であるといわんばかりのキャンペーンとしか受け取れません。しかも、これらの報道や雑誌特集で紹介されていたのはいずれも抄録や抜粋であり、シンポジウムが開催された趣旨や文脈がいまひとつ不明瞭でした。そのため、きわめて重要なテーマであるにもかかわらず、これらの記事を読んで消化不良の感を抱いた方も多かったのではないでしょうか。このシンポジウムに参加しなかった私もその一人です。

もっとフェアな議論を!

そんな折、このシンポジウムの記録を時系列でまとめた「文藝家協会ニュース」特別号が届きました。「マガジン航」編集発行人である私は日本文藝家協会会員でもあるため、たまたま送られてきたのです。

ウェブや雑誌で展開されている一方的なキャンペーンにまどわされず、公共図書館の問題を冷静に議論するうえで、シンポジウム当日の話の流れに忠実に構成されたこの内容をウェブで公開することが不可欠だと私は考えました。そこで同協会の承諾を得て、このたび本誌に全文転載させていただいた次第です。

この「文藝家協会ニュース」特別号の巻末には、日本文藝家協会常務理事でもある作家の関川夏央氏による「公共図書館への提言」という文章が掲載されています(「マガジン航」にもそのまま転載しました)。

ここで関川氏は次のように語っています。

公共図書館は、民主主義社会には絶対不可欠の存在です。しかし、作家の表現活動の継続を支え、新たな作家の登場を促し、出版物の品質を高度な校閲などによって保証しているのは出版社と出版産業です。公共図書館は作家・出版社・出版産業を苦境に追い込むことなく、むしろこれらと協力しなければならない存在、ともに戦う友軍だと考えます。

図書館人には、出版界の声に真摯に耳を傾けていただきたい、また予算削減のみを要求する運営自治体に、自らの理想とする図書館サービスのあり方と意義を説いていただきたい。そういう痛切な願いを、私はこのシンポジウムを通じて抱きました。

公共図書館が果たすべき役割は大きいのです。出版界と協調しつつ次世代の読者と作家を育て、日本の出版文化、日本語文化の未来に貢献されることを期待します。

こうしたフェアな視点から、この議論はなされるべきでしょう。しかし2月に行われたこのシンポジウム後、出版界と図書館界の対話が大きく進んだ印象はありません。それどころか、作家と出版社、出版社と図書館、あるいは作家と図書館や地域コミュニティの関係はどうあるべきかという議論は、まだ対話の端緒にも立っていないと私は考えます。

断片的にしか伝わってこなかったこのシンポジウムでの各登壇者の発言内容を、ネット上で誰もが参照できるようにすることで、関係者相互の対話や議論がフェアで生産的なものになることを期待しています。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。