日本独立作家同盟がNPO法人化へ

2015年2月22日
posted by 仲俣暁生

日本独立作家同盟は、2月20日に東京のアーツ千代田3331にて行われた記者会見で、これまでの任意団体から特定非営利活動法人(NPO法人)への改組を発表しました。この会見には30名以上の記者、メディア関係者、インディペンデント作家が参加し、活発な質疑応答が行われました。

会場はハフィントン・ポスト日本版の編集部などもある3331アーツ千代田の一階。

第一部はNPO法人の理事長となる鷹野さんによるプレゼンテーション。

インディペンデント作家の創作と出版活動を支援

日本独立作家同盟は、「マガジン航」でも寄稿者として活躍するフリーライターの鷹野凌さんが2013年9月1日に設立した、インディペンデント作家の創作と出版活動を支援するための団体です。

「マガジン航」では鷹野さんに、これまでに何度か日本独立作家同盟と「群雛」について記事を書いていただきました。これらの記事をお読みいただくと、その結成から現在までの経緯がよくわかると思います。

インディーズ作家よ、集え!(2013年10月31日公開)
同人雑誌「月刊群雛 (GunSu)」が目指すこと(2014年1月28日公開)
同人雑誌「月刊群雛 (GunSu)」の作り方
(2014年3月31日公開)

上の記事でも紹介されているとおり、日本独立作家同盟では雑誌「月刊群雛」を電子版とオンデマンド印刷版の両方で毎月刊行するほか、Google+でのコミュニティ「群雛ポータル」を運営し、自己出版作家同士の交流や作品発表の場をつくってきました。今回のNPO法人化は、その活動を持続可能にし、さらに広げていくためのものです。

会場受付には過去1年分の「群雛」のバックナンバー(オンデマンド版)が勢揃い。

特定非営利活動法人となった後の日本独立作家同盟では、鷹野さんが理事長をつとめます。また『Gene Mapper』の自己出版がきっかけで商業作家としてデビューしたSF作家の藤井太洋さん、「マガジン航」でもおなじみの文芸エージェントの大原ケイさんや、ジャーナリストのまつもとあつしさん、そして私自身も理事としてこの同盟に参加することになりました(全理事の名簿はプレスリリースを参照)。

NPO法人化の意図については、鷹野さんご自身が独立作家同盟のサイトでお書きになっているので、こちらもご覧ください。

日本独立作家同盟がNPO法人へ! 何が変わるの? 何が目的なの?

「新人賞」以外の新人登用の道をひろげる

以下では、私が理事として日本独立作家同盟に参加した動機と、今後への期待を述べることにします(第二部でのトークセッションの内容と若干重複します)。

日本の文芸の世界には「同人誌」の長い伝統があります。「同人誌」とは、編集・制作・印刷のコストを寄稿者(=同人)が出しあうことで成り立つ雑誌のこと。いわば紙による「自己出版」ですが、そこから多くの著名作家が巣立って職業作家になりました。近年ではむしろマンガの自主出版流通の方法としてよく知られていますが、「文学フリマ」のような文芸同人誌中心の即売会も続いています。

しかし、アマチュアバンドにライブハウスがあり、アマチュア劇団に小劇場があるようには、同人誌をはじめとするアマチュア作家の活動が人の目に触れる場が、日常的かつ多様に存在するわけでありません。商業出版物におけるそうした場は「書店」ですが、アマチュア作家に門戸が開かれているのはごく一部です。「文学フリマ」のような即売会も、年に数回かぎりの「特設ステージ」でしかありません。

本や雑誌の制作まではともかく、創作者自身がその流通を管理し、在庫まで抱えるのは、おのずと限界があります。創作者が社会人であれば本業とのかねあいもあり、なおさらです。いわゆる「自費出版」(自己出版とは異なり、多額の制作コストを創作者が負担し、編集から流通までを業者に丸投げする)という方法もありますが、その場合も配本される書店には限りがあります。

したがってアマチュア作家が多くの読者を獲得するには、「新人賞」というきわめて狭い関門を通り抜け、商業出版のルートに乗る必要がありました(なかには新人賞の受賞歴なしでいきなりデビューの作家もいますが、ごく例外です)。

私はこれまで、いくつかの小説新人賞で選考委員や「下読み」(一次審査)をしたことがあります。そのときの経験から述べると、「読者より書き手のほうが多い」としばしば揶揄されるとおり、小説新人賞にはいまもなお、若い人から現役引退後のシニア層まで、きわめて多種多様な人たちによる旺盛な応募があります。応募者の数は、ワープロやパソコンの登場により、それ以前より増えているかもしれません。

裾野が広がることは、どんな創作ジャンルにおいても、基本的に好ましいことです。ただし問題は、そうした玉石混交の広い裾野から、「玉」=「作家」を見つけ出すためにかかるコストです(ちなみに「作家」とは、たんにすぐれた作品を書く人ということではなく、よい作品を長期にわたり安定して生み出せる人のことです)。どんな世界でも「玉」は全体のごく一部(「スタージョンの法則」を想起せよ)ですが、新人賞応募作となれば、その比率はますます減ります。

公募の新人賞とは、腕に覚えのある書き手にとっての腕試しであり、かつ「賞金稼ぎ」の場でもあります。ただし、それは悪く言えば「宝くじ」のようなものにもなります。なまじ賞金というインセンティブがあるがゆえに、玉のみならず石をも引き寄せてしまうのです。母数が増えるほど非効率になるわけで、入社試験のエントリーシートのような感覚で応募されては、コストを負担する出版社としては、正直たまったものではありません。

ところで、「新人賞」という選考システムは、大学受験や入社試験におけるそれとは根本的に違います。採用すべき人員数に対して、応募者の上位から相対評価で決めていくわけにはいきません。存在しているかどうかわからない才能ある書き手との、偶然の出会いを待つしかない、そのような出会いがなければ「該当作なし」が続いても仕方ない、絶対評価の世界なのです(コルク新人賞が3回続けて「受賞作なし」だったのは、その意味では健全でしょう)。

フィルタリングか、ヘッドハンティングか

たった一人の書き手との「出会い」のために、数千から万に及ぶ対象に対して、人力でフィルターをかけるのが、これまでの「新人賞」でした。それと比べるなら、自己出版等によってネット上にすでに公開されている作品のなかから、有望な書き手をみつけるやり方は「ヘッドハンティング」に近いでしょうか。

ますます膨れあがっていく作家予備軍のなかから、優れた書き手(「作家」の卵)を発掘する仕組みとして、「新人賞」というフィルタリング以外の方法が、そろそろ出てきてよいはずです。いまはまだ過渡期ですが、ウェブを介した作品のディスカバラビリティー(被発見性)が、フィルタリングによるそれを凌駕するとき、「自己出版」>「新人賞」という不等式が成り立つようになるのかもしれません。

実際、今回の記者発表で鷹野さんが例として挙げた「小説家になろう」「Eエブリスタ」といった創作系の投稿プラットフォームでは、すでに十万〜百万単位の作品が「出版」されています。これほどの数の作品を、従来型の「新人賞」というフィルタリングで処理することはできません。逆にこれらの投稿プラットフォームからは、既成の新人賞を経由することなく、現実に多くの作家がすでに商業作家として「デビュー」しているのです。

もちろん、伝統ある文芸誌や小説誌の「新人賞」は、今後も登竜門として一定の機能を果たし続けるでしょう。「新人賞」という建前が崩れつつある芥川賞も、登竜門のさらに先にある究極の目標として当面は存在しつづけるでしょう。しかしそうした「登竜門」とは別に、才能ある書き手が適切に見出され、作品が少しでも多くの読者を獲得できる仕組みが、ウェブと電子書籍を組み合わせることで可能になるはず――私が日本独立作家同盟に期待するのは、そのための仕組みづくりです。

日本独立作家同盟のNPO法人化が発表された直後、藤井太洋さんの長編『オービタル・クラウド』(早川書房)が日本SF大賞を受賞したニュースが舞い込んできたのは、なにかのめぐりあわせに思えます(いしたにまさきさんのブログもお読みください)。藤井さんの稀有な才能が可能にしたことではありますが、彼に続こうとする多くのインディペンデント作家にとって、とても心強い出来事でした。

* * *

というわけで、この先は当日の記者会見の様子を映像と資料でご覧ください。まず、こちらは第一部の鷹野凌さんによるプレゼンテーションと質疑応答です。

第二部ではゲストにマンガ家の鈴木みそさんを迎え、まつもとあつしさんと私の三人によるトークセッションを行いました(鈴木みそさんのブログでも報告がされています)。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。