「出版者」たちの時代がやってきた

2014年4月2日
posted by 仲俣暁生

エリプリル・フールの日があけるのをまって、連載記事を二つ更新しました。一つは2月末から短期集中連載としてお願いしていた、結城浩さんの「私と有料メルマガ」の「第三回 継続編」。これにて連載は完結となります。メールマガジンを発刊しようと思い立ったときから現在にいたるまでの、結城さんの思考と実践の変遷を振り返ったエッセイですので、ぜひ「第一回 皮算用編」「第二回 転換編」とあわせてお読みください。

結城さんのこの連載は、私が有料メルマガについて、Facebook上でどなたかの「有料メルマガは著者と読者を不幸にしている」との発言を受けて、次のような否定的な考えを述べたのがきっかけです。

「メルマガはとっていても読む暇がないし、読んでも購読してない人とは話題を共有しにくい。あくまでもファンクラブの会報みたいなものだと思ってます。もうちょっとよいプラットフォームができないかな」

これに対して結城さんから、実際に有料メルマガを配信してきた経験から、自分はちょっと違った考えを持っているというコメントをいただき、ではそれをぜひ書いてもらえないだろうかということで、執筆のお願いをしたものです。三回分の連載を読むことを通して、私は結城さんの「メルマガ観」に得心しました。

同じインターネットを介した「出版」でも、ウェブ(「マガジン航」もそうです)と電子書籍、有料・無料のメルマガとでは、送り手にとっても受け手にも、メディアとしての手触りがずいぶん異なる。この連載をつうじて、そんな当然のことが、あらためてよくわかった気がします。

ひとりでも本は出せるし、雑誌も創刊できる

もう一つの更新記事は、清田麻衣子さんによる「本を出すまで」の第4回「「出版者」は今すぐやれる。──編集室 屋上──」です。今回は「屋上」の林さやかさんを取材。これまでと同様、個人が出版社を立ち上げ、本が生まれるまでのメイキング・オブ・ストーリーでもあります。

今回のタイトルの「出版者」は、「しゅっぱんもの」と読みます。林さんが「屋上」を立ち上げたきっかけは、南陀楼綾繁さんが主宰した「出版者(しゅっぱんもの)ワークショップ」だったとのこと。たしかに、英語のpublisherは、出版社と出版者(発行人)を区別していません。

本を企画し、つくることは一人でもできる。どんな出版社でも、単行本はふつう、一人の編集者がつくります。本は、コンテンツもデザインも制作・製造もアウトソースできるからです。問題は、本ができたあとのプロモーションやマーケティングです。その面において「出版社」という「企業体」にはこれまで、たしかに優位性があったといえるでしょう。

しかし、本の販売ルートはいまや、リアル書店からネット通販、そしてその是非はともかく、各種の電子的な「プラットフォーム」へと移行しつつあります。また今回の記事中でも触れられているように、twitterやFacebookといったソーシャルメディアは「個人としての声」を伝えるのに向いています。ネット上では大きな企業や団体が「声」を発しにくいのに対し、個人や小さな集団にとっては社会的活動がしやすくなりました。

もちろん、そのことだけをもって「出版者」は「出版社」と互角に太刀打ちできる、とまではいえません。しかし、いまやまったく比べ物にならない、という状況でもなくなりました。デジタルメディアは紙の本の世界でも、新たな「出版者」の登場や起業を促進しているのです。

問題は紙か電子か、ではなく「志」の有無である

「マガジン航」を継続的に読んでくださっている方はお気づきのとおり、今年の3月以降、やや意識的に個人や「出版社以外」の人たちによる出版活動をとりあげてきました。具体的には、以下の記事です。

自費出版本をAmazonで69冊売ってみた」は、紙の自費出版サービスをつかって、国文学の研究書を文庫で自己出版した荒木優太さんによる、刊行後一年間の販売分析レポートです。「わが「キンドル作家」デビュー実践記」は、作家でミステリ評論家でもある野崎六助さんによる、アマゾンのKindle Direct Publishingをつかった自著の出版をめぐるノウハウ開示です。「せんだい発の文化批評誌『S-meme』」は、大学院生と社会人が半年をかけて企画・編集した雑誌「S-meme」の記録。そして「同人雑誌「月刊群雛 (GunSu)」の作り方」は、今年1月に創刊したばかりの電子雑誌の編集制作裏話です。つまりこれらはみな、個人あるいは「非出版社」による活動記録という共通項をもっているのです。

結城さん、清田さんの連載とこれらの記事をあわせて読めば、「電子書籍」と紙の本、「電子雑誌」と紙の雑誌を対立的に論じることが、いかに無意味であるかがわかるはずです。電子雑誌としてスタートした「月刊群雛 (GunSu)」は、オンデマンド印刷による「紙の雑誌」も販売しています。逆にプロの作家で、紙の本の著作もやまほどある野崎さんや結城さんが、あえて自身でも「キンドル本」や「有料メルマガ」を出し、電子メディアの「出版者」になろうとしています。

荒木さんの文学研究書『小林多喜二と埴谷雄高』は紙の本ですが、アマゾンでしか買えません。「S-meme」は紙の雑誌ですが、やはりネット経由でしか頒布の申し込みができません。里山社や「屋上」が出す紙の本が読者に届くのも、ネットやソーシャルメディアがあってこそでしょう。ここでも紙とデジタルを画然と切り離すことはできません。

ひとことでいえば、これらの「出版者」に共通しているのは、出版への「志」であり、そのために使えるならば、紙だろうが電子だろうが、あらゆる方法を使おうという貪欲さです。出版とはビジネスである前に、そうした「志」の活動だったはず。「マガジン航」では今後も、「出版者」の活動に注目してまいります。そして魅力的な「出版者」とのあらたな出会いを待望しています。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。