図書館をめぐる二冊の本〜新年に考える

2014年1月9日
posted by 仲俣暁生

明けましておめでとうございます。今年も「マガジン航」をよろしくお願いします。年明け早々に、図書館に関する面白い本が二冊出ました。鎌倉幸子さんの『走れ!移動図書館〜本でよりそう復興支援』(ちくまプリマー新書)と、猪谷千香さんの『つながる図書館〜コミュニティの核をめざす試み』(ちくま新書)です。今年はこの話題からはじめたいと思います。

いちばん右は1970年に最初の版が刊行された『市民の図書館』の増補版。

鎌倉さんは公益社団法人シャンティ国際ボランティア会のメンバー(現在は広報課長)で、東日本大震災後に岩手県で被災地の仮設住宅をまわる移動図書館プロジェクト(岩手県からはじまり、いまでは福島・宮城を合わせた被災三県をカバーする「走れ東北!移動図書館プロジェクト」に成長しています)を立ち上げた方。そして猪谷さんは昨年創刊されたハフィントンポスト日本版で、公共図書館や地方自治をめぐる取材を継続的に続けてきた記者です。

鎌倉さんにはカンボジアで図書館事業を行ってきた経験があるとはいえ、お二人とも日本においては図書館職員でもなければ司書でもありません。いわば、図書館業界にとって外部の人間です。しかし、だからこそお二人は、それぞれの視点から社会と図書館の関係を冷静に見据えることができているように思えます。

「移動図書館」という原点

鎌倉さんたちが事業として立ち上げた「いわてを走る移動図書館プロジェクト」の存在を私が知ったのは、たしか2012年のことでした。ソーシャルメディア上でこのプロジェクトの存在を教えられ、同じ年の図書館総合展で、会場に展示されていた移動図書館車の実物を見ることができました。

親しみやすいイエローで美しくカラーリングされた移動図書館車の中にはいると、しっかりした木製の書棚が据え付けられており、ちょっと驚きました。きわめて小さな空間ながらも、これはまぎれもなく「図書館」である、という印象を受けたのです。その佇まいにすっかり魅了され、被災地のためのプロジェクトであることも忘れて、こんな車が自分の街でもコミュニティを巡回してくれたらどんなにいいことかと思ったほどです。

2012年の図書館総合展に出展された移動図書館車。

移動図書館プロジェクトは、岩手から始まり、現在は福島・宮城にも広がる。

日本の公共図書館(ことに市町村立図書館)で、住民に対し積極的に本を貸出す運動が始まったのは、東京都日野市の日野市立図書館からだといわれます(この経緯については猪谷さんの『つながる図書館』でも簡潔に触れられています)。

日野市で1965年にはじまったこの運動は、一台の「ひまわり号」という移動図書館車がその担い手でした。いまも日野市で、そして日本中の多くの市町村立図書館でも、移動図書館車は活躍しています。岩手で鎌倉さんたちがはじめた「移動図書館プロジェクト」の目的も、東日本大震災によって市町村立図書館の多くが機能を喪失した(その中には、移動図書館車も含まれます)被災地で、失われた「本と人」の出会いのチャンスを再生することでした。

『走れ!移動図書館』という本には、このプロジェクトが迅速に立ち上げられていく過程が、きわめてプラクティカルに綴られています。プロジェクトとはこのように立案・事業化していくのかと、そのみごとな手腕にはほれぼれするほどです。同時にこの本を読むと、避難所や仮設住宅での不自由な生活を余儀なくされている人々にとって、本へのアクセスや、自由に本を選択できる機会が、いかに重要であったかが分かります。私はこの本を、震災によって「原点」に戻らざるを得なくなった図書館の社会的意義をめぐる貴重なドキュメントとして読みました。

新しい時代にふさわしい「公共図書館」のあり方

猪谷さんの本は、多様かつ高度なサービスを求める社会の声に応えようとしている図書館の最前線レポートです。

東京都千代田区の千代田図書館日比谷図書文化館、東京都武蔵野市の武蔵野プレイス、佐賀県の武雄市図書館伊万里市民図書館、長野県の小布施町立図書館まちとしょテラソ、鳥取県の鳥取県立図書館、そして島根県海士町での「島まるごと図書館構想」など、日本中のさまざまな地域社会で、それぞれのコミュニティの課題に応じようとする図書館の取組みが報告されており、きわめて刺激的です。

公共図書館の新たなミッションとしての「ビジネス支援」(2003年に刊行された菅谷明子さんの『未来をつくる図書館――ニューヨークからの報告』という本が、この問題の古典としてよく読まれています)、公立図書館の運営を民間に委ねる「指定管理者制度」の広がり、書店やカフェを併設し、ポイントカードまで導入した武雄市図書館が与えた衝撃、そして各地で広がる「公立」ではない「公共図書館/私設図書館」など、図書館をめぐる昨今のさまざまな動きや議論が網羅されており、理解が深まります。

鎌倉さん、猪谷さんの本に共通するのは、本や図書館を社会やコミュニティとのつながりで見る視点です。図書館という「場」がもたらす「本」と「人」との出会いは、「人」と「人」の出会いを産み、それは社会を動かす力になる。この二つの本は読者一人ひとりに、自分の住む地域コミュニティにおける「図書館」をよりよきものに変えていく動機づけを与えてくれる気がします。

今年も「マガジン航」では、電子書籍や書店、出版をめぐる話題とともに、(広義の)「図書館」についても重点的に記事を発信していきます。図書館の問題に関心をもつ多くの方のご寄稿、ご意見をお待ちしています。

【イベントのお知らせ】
猪谷千香さんの『つながる図書館』の刊行にあわせて、以下のトークイベントが予定されています。前者には「マガジン航」編集人も登壇の予定です。

■1月15日(水)
20:00~22:00
猪谷千香×仲俣暁生×内沼晋太郎
「図書館はコミュニティの核になるか」
会場:本屋B&B(東京・下北沢)

■2月16日(日)
19:00 – 21:00
猪谷千香×岡本真
「これからの図書館を考えてみよう」
会場:ゲンロンカフェ (東京・五反田)

 

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。