「ブクログ」は本との新しい出会いの場をめざす

2012年9月4日
posted by まつもとあつし

2012年6月1日、GMOグループのpaperboy&co.(以下、ペパボと略)から、ユーザー数55万人以上(2012年8月30日現在)を擁するweb本棚サービス「ブクログ」と電子書籍作成・販売プラットフォーム「パブー」が独立事業となり、株式会社ブクログが設立された。

Webサービスを出自とするブクログは、出版社や電子書店、取次とも異なる展開を見せてきたが、分社化によってその動きを加速させようとしている。ブクログが運営する「パブー」はタイトルラインナップに苦慮する楽天koboへ、ユーザー投稿作品の提供も開始した。ヴァーチャル本棚サービスとユーザー投稿に加え、BookLiveのような外部サービスとの連携も積極化。電子出版において注目すべき存在になっている。

株式会社ブクログの代表取締役社長に就任した吉田健吾氏に、今後の戦略や展望を聞いた。

「パプー」と「ブクログ」を独立事業とし、株式会社ブクログが設立された。

「ブクログ」独立事業化の理由

――まず、今回の分社化・独立事業化の目的を聞かせてください。

吉田 これまでペパボのサービスは、レンタルサーバーなどいわゆるホスティング領域のものが大半で、徐々にECが伸びてきているという状況でした。ようするにストック型の部分に主な事業領域があり、継続率が非常に高いため、社内にもとくに営業担当を置いていないんですね。

一方、ブクログの売上は広告の占める割合が大きく、出版社さんに本をプロモーションする場所として使ってもらうために、営業的な活動が必然的に生じていました。ペパボもブクログも企業理念は共通なのですが、そういった役割の違いもあり、今年3月の株主総会のあたりから、佐藤健太郎(paperboy&co.代表取締役社長)との間で、「分社化したほうがいいいんじゃないか」という話になっていきました。

「ブクログ」に広告を出稿してくださる出版社から見たときに、もっと分かりやすい存在にしたかったのと、意思決定を早くしたいという理由から、「ブクログ」および「パブー」の事業を株式会社ブクログとして分社化しました。

株式会社ブクログの代表取締役社長、吉田健吾氏

――専任の従業員は何人ですか?

吉田 インフラ部分のスタッフや、経理や人事は親会社であるペパボと共有していますが、専任でブクログ所属になっている者は12人ですね。

――専任スタッフを抱えて別会社化した以上、本気で収益化を図るということでしょうか。

吉田 収益面でいうと、正直なところまだまだですが、「パブー」と「ブクログ」を比べると、「ブクログ」のほうが収益は出ています。「パブー」のほうは、電子書籍を書く人がそれほど増えていないので、まだ市場もできていないという状況です。こちらは先行投資の意味合いがより強いですね。

――「ブクログ」の場合、新刊キャンペーンなどの出版社から広告出稿が順調ということでしょうか。

吉田 そうですね。もともと「ブクログ」は、ペパボの創業者である家入(一真氏)が個人サービスとしてはじめたものです。そのときはアフィリエイト収入のみでやっていたのですが、現在ではその割合は下がっており、いわゆる純広告や、キャンペーン・タイアップのような広告が増えてきています。

――一方で、「パブー」は電子書籍のパブリッシャー的な役目も果たしています。出版社と向き合う中で、競合のように見られたりはしませんか。

吉田 「パブー」で電子書籍を出しているユーザーのほとんどはアマチュア領域の方ですので、出版社の方から、「自社と競合するので広告は出せません」といった話が出ることはありません。

――電子書籍はネットでの検索対象になりづらい、ということはありませんか。

吉田 「パブー」の場合、非公開や有料の電子書籍を除くと、PDF、ePub が生成されるのと同時に、Webのページも生成されて検索用にインデックスされるので、その問題はありません。また「ブクログ」では6月にBookLive、7月にはGALAPAGOS STORE との連携も実現しました。いまのところ、すでに紙で出版されている本が電子書籍化されることが多いので、紙の本のISBNコードを紐付けのキーにしています。具体的には、「ブクログ」の本棚に並べられている本のうち、これらの電子書籍ストアで取り扱いされている電子書籍には購入可能なリンクが付きます。honto や富士山マガジンサービスとも、同様の取り組みを進めているところです。

――ブクログがめざすのは、「(紙と電子の)蔵書を一元的に管理できるサービス」という理解でよいでしょうか。

吉田 そうしたユーザー向けサービスという面ももちろんありますし、電子書籍ストアなど事業者側にとっても、そういった場は必要です。とくに電子書籍にもレビュー(書評)が必要だ、というニーズが多いんですよ。ところがストア単位でレビューを集めようとすると、なかなか集まらない。それだけでなく、作品へのレビューではなくて、ストアやアプリに対する苦情が投稿されてしまうケースも多い。ようするに、「本」の中味にまで話がいかないんですね。「ブクログ」自身はストアでも書店でもないので、ここには作品に対する感想やメモが蓄積されていきます。それらを各電子書籍ストアと連携させていくほうが、レビューを目にする人にとっても、ストア側にとっても、いいんじゃないかなと判断しました。

――私自身の経験でも、「ブクログ」には、ちゃんと読んで頂いているな、と感じられるポジティブなレビューが多いです。Amazonの読者レビューのように炎上しないのは、ユーザーがそこを「自分の本棚」だと捉えているからだと思います。

吉田 そうですね。ユーザーにとっても、「自分の場所」感があるんだと思います。本屋さんに行って感想メモを残して帰ってくるのではなく、自分の部屋の本棚にメモを残しておく、という感覚ですね。ネガティブなレビューも皆無ではありませんが、それも「自分の本棚にあえて書いておきたい」という強い意図があるわけですから。

本との新しい「出会いの場」

――今後の「ブクログ」の方向性について教えて下さい。

吉田 いまAmazonで売れている本の何割かは、おそらく紙の本を書店で見て、あとからネットで買う、というパターンが多い。書店は本に出会ったり、本を見せたりする場として重要な機能を果たしているものの、厳しい環境にあることもまた事実です。しかし、仮に書店がすべてなくなったら、ネットでの本の売上も落ちてしまうでしょう。長期的に見た場合、「ブクログ」は、いま書店が果たしている「本と出会う場」という役割を、とくに電子書籍において、やっていかねばならないと考えています。

紙の本が電子化された電子書籍ならば、既存のレビューが利用できるけれど、ボーンデジタルの電子書籍の世界では、新しく作品を手に取る人やレビューを書く人を含めて、「オンラインで本と人を出会わせていくこと」を追求していきたい。その流れのなかで、いろんな電子書籍ストアとの連携を進めていくのが、今後の「ブクログ」の方向性ですね。

受賞作や候補作など芥川賞に関連した本や雑誌をあつめた「ブクログ」の棚

――具体的にはどのように「本との出会い」が演出されていくのでしょう?

吉田 リアルの書店に比べると、パソコンの画面は視覚的な面積で相当に劣ります。同じ情報量をモニター内でやろうと思うと大変だし、再現するだけでは、ただの劣化コピーになってしまい、たぶん意味がない。そうではない本の見つけ方や出会い方、たとえば「セレンディピティ」と言ったりしますが、その部分を追求していきたいと思っています。

いま「ブクログ」のなかで実装ができていて、この方向性をさらに進めていきたいと思っているのは、「興味グラフ(interest graph)」といわれるようなものです。現在「ブクログ」では、自分が本棚に入れている本に、他の人がレビューを書くと、タイムラインにそのレビューが出てきます。つまり「読みたいな」とか、「興味があるな」という本を、先に本棚に登録しておいてもらうと、先にその本を読んだ人のレビューや感想が流れてくる。それを見て、「あ、やっぱりいいんだ、この本」と思って、買っていただけるといった行動パターンに繋がっていくと良いなと思っています。

――Amazonの「欲しいものリスト」に本や商品を入れておくと、機会あるごとにそれらがリマインド・リコメンドされるのに似ています。それが「ブクログ」では本棚で他の読者の動向も反映しながら再現されるわけですね。

吉田 まだ十分にユーザーに認知されていないこともあり、そこまでの活用に至っていないのですが、いちばんやりたいのは、「自分が知らないけど、読んだらたぶん面白いだろうなと思える本」を、どうプッシュしていくかなんです。

普通の本屋さんだと、自分に関係なさそうな本棚は、本棚ごとスルーしてしまう。でも、たとえば松丸本舗のようなところでは、背表紙を全部目で追ってしまったりするわけです。そういう「文脈」の作り方を、モニターの中でどう実現するのか、ということが大事だと思っています。

いまのところ、自分が登録した本がトリガーになっていますが、その隣接分野の本や、Amazonの協調フィルタリングのようなものを何割か混ぜたりすることで、自分の視界に入っていなかった本を「よぎらせる」みたいなことをめざしています。

――もしも精度が高ければ、いつのまにか自分の本棚に、その本が増えていてくれてもいいわけですね(笑)。匙加減が難しいところではありますが。

吉田 そうですね、精度がいちばんのポイントになってくると思います。いままでの「ブクログ」の使われ方は、「すでに読んだ本」が登録されるので、「読むこと」が先にあった。その順番を逆にしたいというか、前に持っていきたいんです。ここはユーザーの行動パターンの転換でもあり、けっこう大きな変化ではあるんです。読む前に「ブクログ」に登録し、「あ、これ面白そう」と気がついて、あとで買ってみるということがあってもいい。実際に、いまでも本好きの人たちは、とくに買うものが決まっていなくても本屋さんに行くわけじゃないですか。

――たしかにそうですね。

吉田 「ブクログ」のなかで、紙・電子の分け隔てなく新しい本に出会っていただいて、その場で電子書籍が買えるなら、ぱっと買っていただいてもいい。でも、いまの「ブクログ」のユーザーさんは、「本は書店で買う」という人が非常に多いんですよ。「ブクログ」のアプリ版を出した時も、ユーザーからは「これで本屋さんで使えるようになりました」という感想がかなり多かった。先にブクログで「読みたい・買いたい」のカテゴリーで登録しておいた本を思い出して、本屋さんでチェックして、「ああ、これだ」って手にとって目を通して、「あ、やっぱり買おう」と。

――本屋さんへ行って、Amazonのアプリを立ち上げて買ってしまう、というのと逆ですね(笑)。

吉田 そう、「ブクログ」のユーザーさんには紙の本に愛着がある人が多いんです。我々にとっては、そこが乗り越えなくてはいけない壁のひとつでもあり、なかなか電子書籍に馴染んでいただけない、というジレンマではあるのですが。

――実際、「ブクログ」と「パブー」とでは客層やコミュニティがかなり異なりますか?

吉田 そうですね。「ブクログ」のユーザーはもともと本好きの人なので、「パブー」の電子書籍も読んでくれるだろうという認識でいたんですけれど、現状はまだまだ隔たりがある状態ですね。

「ブクログ」と「パブー」とが重なる部分ももちろんあるのですが、外部の電子書籍ストアとの連携を進める上でも、本と読者が出会う部分、できあがった作品を本棚に並べたり、評価や感想を書いたりという部分は「ブクログ」のほうに寄せていきたいと思っています。それに対して「パブー」は本や作品を投稿してもらい、それを直接的に応援するような場に切り替えていき、両者の間であいまいになっている部分を、はっきりさせていきたいと考えています。

「書き手」と「読み手」の新しい関係

――「パブー」の今後の展開はいかがでしょうか?

吉田 なるべく多様な電子書籍の楽しみ方を提供したいと考えています。フォーマットに関しても、いまはDRMをかけず、ePub と PDF が両方生成されるかたちをとっていますが、今後どういう電子書籍リーダーがデファクトになっていくのかも睨みながら、なるべくオープンな方向でやっていきたいと思っています。

株式会社ブクログ設立の記者発表の際にも発表した、投げ銭「的」な機能も、「多様さ」のひとつです。「投げ銭」と言い切ってしまうと、日本の法律では「寄附行為に相当するのかどうか」といった問題が色々あるので投げ銭「的」と言っているのですが、ようするに「買う側」が、本の値段を決められるような機能追加をいま進めています。プロの方、インディーズ、アマチュアの方も含めて、「パブー」のなかで、ちゃんと対価が渡るようにしたいと考えています。本を書くこと、作品を生み出すことに対価を得ることができて、上手く行けば、ちゃんとそれで生活ができる、というところまでもっていきたい。

現状を見ていると、本の値段をつけ慣れていない人が多いんですよ。実際、プロの方でも苦労されています。「パブー」に作品を出しているプロのマンガ家さんも多いのですが、なかには10円、30円みたいな値付けをしていたりする。たぶん、マンガ週刊誌の200~300円といった値段設定がベースにあって、そこから割り算してこのぐらいなのかな、といった値段設定になっているのだと想像するのですが、紙のマンガ雑誌は単体では赤字のものがほとんどですから、そこから単純に割り算して適正な値段なのかと言えば、そうではない。

読む側からすると、「いや、これすごく面白いから、応援の意味も込めて、もうちょっと払いたいんだけど」ということもあったりする。そこで、値付けを作者だけに委ねるのではなく、ユーザーが決めたらもっとうまく行くのではないかな、と考えました。

電子書籍作成・販売プラットフォームの「パブー」には「連載機能」も登場。

――結果的に、その方が作者により多く還元されるようになるかもしれませんね。

吉田 その通りです。僕は最終的には、読者は「パトロン」に戻ると思っています。じつは、いま用意しているのは連載=定期課金の機能です(この機能は8月2日にリリースされた。プレスリリースはこちら)。平たく言えば、有料メルマガのようなことが電子書籍でできるという機能です。今月買ってくれた人は、基本的に来月も買ってくれる可能性がある。定期課金がされることで、それが日々あるいは月々の生活を支えるベースになっていく。300円で売っている本のお客さんが、いまは10人しかいないとしても、少しずつ積み上げていけばいい。そういった計画や展望が立てられるのが、これまでとの大きな違いです。「パトロン」のようなファンや読者が、作者の生計を支えていく。両者のあいだをつなげて支える仕組みのところに「パブー」が存在している、というかたちになればと考えています。

――「パブー」において、オンデマンド印刷はどういう位置づけなのでしょうか?

吉田 オンデマンド印刷機能は、読者ではなく作り手向けのサービスですね。8ページから「中綴じ」の出力ができ、ある程度ページ数が増えると「くるみ製本」になります。いまいちばん使ってもらいたいなと思っているのは、たとえば文学フリマだとか、コミティアなどに参加されているような同人誌の人たちですね。我々もコミティアには、出展したり、お話しを伺いに足を運んでいます。米光(一成)さんの電書フリマにも参加したことがありますが、楽しかったです。

そういう場では、リアルなコミュニケーションが大事なので、「電子にして終わり」というわけにはいきません。とはいえ、電子書籍のバックナンバーを新たに紙でも刷り直すのは大変なので、オンデマンド印刷はそうしたときに小ロットで刷る、という場面で活用頂ければと思います。イベントが終わったら、バックナンバーは「パブー」の電子書籍で楽しんで頂ければと(笑)。

――そのほかに、「パブー」として何か新しい試みがあれば教えてください。

吉田 電子書籍ならではの面白いリリースの仕方として、本をβ版の段階で出して、あとでどんどんアップデートしていく、というものがあります。その例の一つが、『CodaでつくるWebサイト制作入門(Coda 2対応) – ともすたBOOKS』という本です。最初はまだ途中段階の状態で、500円で「パブー」に公開されました。最終的に完成したら900円ぐらいになります、という告知を作者の方がなさっていて、いまはまだ500円で売られていますが、週1回くらいのペースで追記、アップデートがされています。「パブー」の場合、1回買ってしまえば、何回でもダウンロードしなおせるので、このやり方はとてもいいな、と思っています。

IT系の技術書は2年も経つと全く売れなくなってしまいますが、本の骨格は活かしつつ、随時アップデートしていくことで、断続的に改善をしていく。そうすることで、作って販売して終わりではなく、継続的に利益を生むことが可能になる。作者は紙の本も数多く出版されている方ですが、そういった感度やアンテナがとても優れていらっしゃるなと思います。完成形ではない本が成長して行く姿は、非常にインターネット的で、最近はあまり言われなくなりましたけど、Web2.0=「永遠のβ版」みたいなかたちに、これからは本もなっていくのかもしれません。

本が制作される工程においては、企画、執筆・編集・校正といったプロセスがあって、やっとコンテンツが完成します。そのあとにもデザイン、装丁、印刷、製本という過程があって、最後に物体として完成し、流通に乗り、販売されていく。こうした一連の流れは、プログラムの開発手法に例えると「ウォーター フォール」であり、一直線なんですよね。それに対して「パブー」では、より「アジャイル」になっていくわけです。

そのための機能はすでに実装していて、「この本を持っている人は割引で買えます」といった具合に、セット販売の機能も備えています。また本のアップデート、アップグレード版の販売を行うことも可能です。我々自身が「出版社」になるつもりはありませんが、出版社がいま果たしている機能のどこの部分を、電子書籍において担うのかということについては、自覚的ではあるつもりです。

 


Webを出自とするブクログは、電子出版におけるしがらみに縛られず、それでいてビジネスモデルにおいては出版業界との整合性を追い求めている。バランス感覚とスピード感が求められる事業であるということが今回の取材でも再確認できたが、分社化によってそれがどう推移していくのか、引き続き注目していきたい。

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執筆者紹介

まつもとあつし
ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp