ニコニコ動画を知らない人はもういないはずだ。動画の上にユーザーがコメントを付与して楽しめるこのサービスは、2006年に開始、YouTubeから接続を遮断されたり、テレビ局などから投稿の削除を求められたり、という長い困難の時期を経て、2010年に黒字化を果たしている。先日(4月28日-29日)に9万2384人が幕張メッセを訪れたイベント「ニコニコ超会議」も注目を集めた。
そのニコニコ動画を運営するドワンゴ社がいま力を入れているものの1つが電子書籍だ。「ニコニコ静画」(動画ではないことにご注意いただきたい)と銘打って、イラスト投稿を起点に、漫画、ライトノベルなどへとその守備範囲を広げつつある。
動画と同じく、ユーザー投稿だけでなく、角川書店との提携により商業作品の充実を図っているのも注目すべき動きだ。Kindle日本版の開始もまもなくと言われるなか、商業作品の品揃えを競う国内電子書店とどう戦略が異なるのか、出版社とはどのように向き合って行くのかなど、「ニコニコ静画」を統括する伴龍一郎氏に話を聞いた。
※この取材はニコニコ超会議前に行ったが、その後ドワンゴからの情報提供により内容はアップデートしている。また「ニコニコ静画」の基本的な内容については、私が連載を持つ「ダ・ヴィンチ電子ナビ」でインタビューを行っている。本稿の導入として合わせてご一読頂ければ幸いだ。
「ニコニコ静画」と電子書籍の関係
――「ニコニコ静画」について概要を教えてください。
伴 もともと、ユーザーからのイラスト投稿や、そこから発展したニコニコ漫画というサービスがあり、それがベースになっています。ニコニコ漫画は、ニコニコ動画と同様のインターフェイスを備え、イラストが順にスライドショーとして流れ、BGMもついています。その上にユーザーが投稿したコメントが流れる、というスタイルも同じですね。
このニコニコ漫画は、「ブラウザ上で楽しまれることを前提として作られたコンテンツ」が、そこで読まれることを想定したものです。そして、もう一つの方向性が、昨年11月にスタートした「ニコニコ静画(電子書籍)」です。こちらは、「すでに出版されていたり、紙面に載せることを前提として作られた作品」をニコニコ動画的に楽しむことをめざしています。
――電子書籍としてオリジナルなものをつくるというよりも、紙の出版物をデジタルでもっと楽しむことをめざしているということですね?
伴 そうです。動画サービスとしてはおかげさまで国内屈指の規模に成長したニコニコ動画ですが、このプラットフォームを使ってできるだけ多くの方にビジネスの機会を提供できればと考えています。動画では映画やアニメの公式配信や、有料配信の場を提供していますが、それを書籍でも、ということですね。
とくにアニメは、書籍やマンガが原作となっているものが多いと思います。ニコニコ動画で映像を楽しんだユーザーがその原作も「ニコニコ静画」で知る機会になればと。
――原作書籍やマンガすべてを「ニコニコ静画(電子書籍)」で読めるようにする、というわけではない?
伴 そうですね。現在、角川書店さんとは『角川ニコニコエース』という電子雑誌を展開していますが、基本的には無料の試し読み版として、作品の一部を「ニコニコ静画(電子書籍)」で読んでもらい、気に入ったらそれぞれの電子書店に誘導してそこで有料版を買ってもらったり、アマゾンさんなどで紙の本を買ってもらうという形です。
「ニコニコ静画(電子書籍)」がめざすのは「ソーシャルリーディング」ではない
――「ニコニコ静画(電子書籍)」の大きな特徴が、書籍や漫画の上にニコニコ動画と同様にコメントが流れる点ですね。Kindleでユーザーが入力したコメントが共有されたりするのを想起させます。いわゆるソーシャルリーディング的な環境をめざしているのでしょうか?
伴 そこは、ちょっと違うかもしれません。個人的にはソーシャルリーディングというとちょっと賢いイメージをもってしまうのですが、「ニコニコ静画(電子書籍)」がめざしているのは、もっと揮発的な感情の共有なんですね。
――ニコニコ動画で見られるコメントの「弾幕」のようなイメージですね。
伴 そうですね。サービス開始から最近までは、ボタンを押したときにしかコメントが流れない(注:3/7以降にページが開いたタイミングでコメントが表示されるようになった)ということもあって、コメントに気がつかない方も多かったため、まだそれほど投稿はそれほど多くないというのが実情です。
当初、このコメントをどう表示させるかについては議論がありましたが、まずは作品そのものを楽しんでもらうことからスタートし、現在も作品、コメント双方を楽しんでいただけるように改良をつづけています。
余談にはなってしまいますが、僕は「紙というのはイケすぎている」と感じています。絵が中心のマンガも、文字中心の小説も、どちらも存在する新聞や 雑誌のようなものも、「本」というフォーマットで吸収できています。まず超高解像度で表現力が高い。好きなところに書き込めたり、パラパラめくっての一覧 性も高く、折り目を付ければ二度目以降その場所をすぐに見つけられる。なにより電源が不要です。
解像度のことだけを考えても、単純にPCの画面に紙面を出すだけだとかなり読みにくいものになってしまいます。やはりマンガ、小説、雑誌といったコンテンツの種別毎に特化したビューワが必要なのかもしれません。
紙にない利点を付与するという意味では、 現在でも書籍に対してつけたコメントをTwitterに投稿し、共有するという仕組みは備わっていますが、もう少しユーザーがつけるコメントが増え れば次の展開も考えたいと思います。そこでも、いわゆるソーシャルリーディングというよりも、「ニコニコ的」なものを考えて行きたいかなと。
「ソー シャルグラフ」(SNSなどにおける人と人とのつながり)が、ニコニコにはないんです。どちらかというとパブリックビューイングに近いものがあると思って います。「誰がどう言った」ということよりは「みんなこう思っている」という感情の共有がニコニコには向いているんじゃないでしょうか。
文字中心の書籍への取り組み
――ここまではマンガを想定したお話しが中心でしたが、文字ベースの書籍についてはどんな取り組みを行っていますか? オープン直後(2011年11月)にascii.jpで行った取材では、組版にもかなり凝ったということでした。
伴 そうですね。そこは会長の川上(ドワンゴ創業者の川上量生氏)も非常にこだわった部分です。EPUB3をベースにした独自フォーマットを採用しており、正直、当初想定していたよりもカロリー(開発にかかる手間とコスト)が掛かりました。私たちはそもそもノウハウもありませんでしたので。
角川書店さんと提携することで、「ニコニコ静画(電子書籍)」より前にサービスを開始していたBOOK☆WALKERで蓄積された知見も共有していただき、開発を進めていくことができました。その際、グループ内の出版編集部の方々から「これじゃダメだ」と指摘されたポイントを把握しながら開発することができた、というわけです。
――縦組みという日本の特殊性もありますが、いわゆる本のプロからすると、満足がいくビューワばかりではない状況のなか、Web専業のドワンゴが紙の本の組版の再現をめざした開発を行ったというのはユニークですね。
伴 開発陣にも普段からよく本を読むスタッフを充てて、どうせやるならきちんとしたものを、というマインドで取り組みました。その開発チームも「電子書籍開発」と「イラスト・マンガ・サイト開発」の2チーム体制です。あとは出版社さんと折衝を行う営業チームがあり、営業が持ってきた出版社さんとの案件を、ニコニコ静画内でユーザーの話を聞きながら盛り上げていく運営チームがあるのも我々の特徴だと思います。
――組版が必要なものと、そうでないものという分け方で開発チームを編成したということですね?
伴 そうです。
――ニコニコ動画のときも、映像を扱う会社(権利元)からは「作品の上にコメントが流れるなんて」といった拒絶反応がありましたが、出版社によってはそういったことが起こりうるのではないでしょうか?
伴 ニコニコ動画での公式配信同様、作品単位でNGワードを設定できたり、また目視で罵詈雑言やスパム的なコメントを発見しだい削除するという取り組みは行っています。また、これはニコニコ全体の取り組みではありますが、ユーザーがNG設定したコメントをクラウド上で共有し、他のユーザーからも見えないようにする仕組みがあるので、静画でも対応したいと考えています。
とは言え、作者さんが気にされる場合もありますので、コメント投稿と親和性が高い作品が展開されているのが現状です。つまり、「ニコニコ静画」のユーザーにとってはコメント投稿して作品を盛り上げたくなるような、また作者の方もそこに親近感を持って頂けるような作品が中心であるということですね。
出版社とどう向き合うか?
――作品を調達する場合の具体的な条件について教えてください。
伴 とくに定められた条件があるわけではありません。ただ現在、大量の連動企画が立ち上がっており、こちらの処理能力が足らなくなってきているのが実情です。現在、毎週何らかのキャンペーンやイベントを行っています。出版社さんによっては、作品がまだデジタル化されていないところから、私たちがお手伝いをすることもあります。 『角川ニコニコエース』のように長期的かつ定期的な取り組みでは順次自動化を進めています。
「ニコニコ静画」には、イラストやマンガを投稿する作家志望のユーザーもたくさん集まってきています。ニコニコ動画同様、ここからデビューするクリエイターが育っていって欲しいですし、出版社の方々にとっても、商業作品の認知を高める場としてだけではなく、新しい才能を発見する場としても活用頂ければと思います。
取材を通じて、動画、とくにアニメに強く、ID登録者数2600万人を超えるニコニコ動画ならではの電子書籍への取り組みの一端が垣間見えた。その動きは、書籍そのもので集客やマネタイズを図るのではなく、メディア展開の起点としての書籍を「ニコニコ的」に最大活用しようというものにも見える。この春以降再び電子書籍への関心が高まることが予想される中、ニコニコ動画を擁するドワンゴの動向にも注目しておく必要があるだろう。
書籍にユーザーコメントが付くことについては、熱心な読書家ほど「読書は一人で行うもの」として、その必要性や意義を認めない傾向にあるようだ。しかし、ニコニコ動画がそうであるように、コンテンツに対してコメントという新しい楽しみ方=付加価値が与えられることによって、従来では考えられなかったアクセスが生まれるのみならず、創作意欲を刺激し、新たな作品=n次創作コンテンツが生まれている。今回の取材を通じて、私自身も一人の書き手・読み手として、「ニコニコ静画」から本の新しい姿が生み出されることに期待している。
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執筆者紹介
- ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp
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