ボブ・スタインから連絡が入り、急遽 “BookServer” プロジェクトの中心メンバー、ピーター・ブラントリー(Peter Brantley)と面談する機会ができた。さっそく渡米し、サンフランシスコの金門橋の近く、最近ニューチャイナタウンと呼ばれるようになった一角にある、インターネット・アーカイブを訪ねた。
彼らの本拠は、元教会だという大きな白亜の建物だった。もとから神殿風建物をデザインしたロゴをトレードマークとして使っていたのだが、偶然なのか意図したのか、まさに太い円柱を備えた建造物が彼らにもたらされていた。その週のはじめに引っ越したばかりだといい、すべてがまだ雑然とした状況だった。
出てきたのはピーター・ブラントリーではなく、ブルースター・ケール(Brewster Kahle)だった。「親方」自身の登場で少々ビックリした。「新しい仕事場でのはじめての取材だよ、まだ何も準備できていない」と、大きく腕を振ってとっちらかった周りの状況を示しながら、彼は歩きはじめた。そして私たちを二階にあるボードルームへ導いた。インタビューはそこで行なわれた。しばらくして ピーター・ブラントリーも到着、交通渋滞で時間がかかってしまったとのことだった。
「No Apple, No Amazon, No Google」
収録されたビデオは、すでに公開されている BookServer のプレゼンテーション資料をもとに、ブルースター・ケールが解説しているものである。公開資料だけでも目的を理解することはできると思うが、何よりもブルースター・ケールの生の表情、説得力ある声、態度や物腰は必見だろう。映像の素晴らしさとはこのことだと思っていただけるはずだ。
ブルースター・ケールに直接出会えたことに私は感激した。ずっとこの人に会ってみたいと思っていたからだ。季刊『本とコンピュータ』2003年冬号に「ブルースター・カール 百万冊の本を出前します」という特集記事が載った。室謙二とジム・バカーロが取材したものだった。これを目にしたときから、私は彼の虜になっていたのだ。論理明快、頭脳明晰、有言実行……こういう人にボクもなりたいと憧れるのは誰しも同じだと思う。
みなさんも収録ビデオをご覧になれば、その中にハッとする言葉が出てくることだろう。ブルースター・ケールは力強く「No Apple, No Amazon, No Google」と言うのだ。これが一体何を示しているのかについて私なりの見解を少しだけ述べておきたい。実はブルースター・ケールはこの言葉の後すぐに「directly to Publisher」と続けている。つまり電子本流通について、出版社の直接的な流通を可能に(しようと)しているのだ。これがいちばん大事なことだと付け加えている。大事なことを、出版社は今までどうしてきたのか? しばし考えてしまう。
つぎは出版社がアクションを起こす番
少なくともデジタルへ突入する時代を現認しながら、出版社は自分の身を誰かに預託しきっている。自分はコンテンツを豊富にもっているのだから、デジタルを操る野心的な輩にそれを任せ、いい取り分をせしめれば、それでいいと考えているように私には見える。たしかにデジタルがカバーする領域は半端ではない。今までキャリアとかハードとかビューアとかややこしい利権にまみれた世界が居座っていた。コンテンツがあるからといって、自分がすべてをクリアにするべきことでもなかっただろう。
しかし、そこにインターネットがあり、ワールドワイドウェブがあり、貸出や販売を組込んだ “BookServer” を構築する頭脳があり、これを出版社にこそ開放しようとする意思があり、読者が持つありとあらゆるデバイスに供給しようという理想があるのなら、遅まきながら自分の立場、責任を自覚できないことの問題を感じてもいい頃合いではないか。
出版社にとって、デジタルが自分のこれからの最も大事な生命線になるのだという自覚は一貫して少なかった。なぜ出版社は直接的な流通の手段を手にしようと発想しないのか。アップルやアマゾンやグーグルは、はたしてそのどれかがあなた達のホワイトナイトであるだろうか。流通に君臨しようという野望の系列ではないのか? 大事なことは、小さなことでも自分でできるのだということだ。それをデジタルは可能にする希望を持っている。
私が知る限り、出版社のデジタル対応を自覚的に取組んできたのは、版元ドットコムの活動ぐらいだった。その版元ドットコム主催のセミナーでこのビデオが最初に上映されたことは、むべなるかなという気持ちひとしおである。
ところで、直接会話して分かったことだが、どう発音を聞きとっても、ブルースター・カールの「カール」は「ケール」のようだ。「マガジン航」では、今後の日本語表記は「ブルースター・ケール」とします。
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