日本語電子書籍リーダーの進む道

2010年12月7日
posted by 徳永 修

11月25日、ソニーは、電子書籍専用リーダー「Reader」の日本市場での発売と、電子書籍販売サービス「Reader Store」の日本でのサービス開始を発表した。製品とサービスのリリースは12月10日で、この日は、9月27日に発表されたシャープの電子書籍リーダー「GALAPAGOS」の発売日でもある。そのため「ソニーVSシャープ」だとか「電子書籍6陣営激突」といった類の報道も多いが、Readerの記者発表を見る限り、ソニーが、これまでの端末ベンダーがお座なりにしていたいくつかの点にこだわっていることに気がつく。

文具としての電子書籍リーダー

今回発売されるReaderは、5インチのE-Ink電子ペーパー・ディスプレイを搭載した「Pocket Edition(PRS-350)」と、6インチの「Touch Edition(PRS-650)」の2機種である。アルミボディを採用し、背面にラバー風塗装を施すなど、実際に触れた印象は「高級文具」。事実、ソニーも、Readerを「IT機器」ではなく、紙の本とテイストの共通する「ステーショナリー」として訴求している。ソニーマーケティング社長の栗田伸樹によるプレゼンテーションでも、「持つ喜び」「読書好きのお客様」「文庫本サイズ」といった、およそITとはかけ離れた言葉が目立った。

今回発売されるReaderは画面サイズが5インチと6インチの2機種。

今回発売されるReaderは画面サイズが5インチと6インチの2機種。

日本版Readerのファームウェアは、米国等で9月に発売された同機種のソフトを日本語にローカライズしたものだ。電子ペーパーの描画速度は旧機種(PRS-300/PRS-600。日本未発売)に比べてかなり向上しており、ページを送る際のストレスは少ない。日本語のメニュー構成は階層構造も浅くシンプルで、通常利用する分には、操作していることをほとんど意識せずにすむだろう。トップ画面にはアプリケーションのメニュータブもあるが、搭載されているのは辞書とテキストメモ、オーディオ(PRS-650のみ)と少なく、ほぼ文字を読むことだけに機能が絞り込まれている。

ディスプレイは、両機種ともタッチパネル方式を採用している。スタイラスが付属しており、文章へのマーキングや簡単な書き込みができる。タッチパネルは、旧機種がディスプレイ上に貼られたスクリーン・センサーによって位置検出を行っていたのに対し、四方のフレームに内蔵された赤外線センサーによって実現。そのため、書き込みの反応速度は若干犠牲になったが、コントラストが改善されて可読性は向上した。解像度はいずれも600×800ピクセルで、16諧調のグレースケールである。

重量はPRS-350が約155グラム、PRS-650が約215グラムと非常に軽く、厚さも10ミリに満たない。ちょうど手帳を手に持っているような感じである。記者発表の翌日に銀座ソニービルのショールームで聞いた説明員の話だと、客のほとんどが画面の大きなPRS-650を目的に来店するが、両方を触って比べているうちに、より軽いPRS-350の方に興味を示すのだそうだ。

コンテンツ供給とオープン化

Reader発売と同時にサービスインするReader Storeはソニーの販社であるソニーマーケティングの直営で、スタート時点で約20,000点の書籍が用意される。プレスリリースには吉田修一『悪人』、林真理子『Anego』、村山由佳『キスまでの距離 おいしいコーヒーのいれ方』などの人気タイトルが並ぶが、すでに電子書籍化されているものが多い印象だ。それ以外のラインナップは現時点では不明だが、日本語電子書籍フォーマットが、当初、XMDF形式しかサポートされていないので、各出版社が現状保有しているXMDF資産を中心としたものになるのではと予想される。関係者によると、ラインナップの新規追加は、11月4日に事業会社化された株式会社ブックリスタが、出版社に対する窓口となってアグリゲーションを進めるようだ。しかし記者発表では詳しい説明はなく、名前が紹介されたにとどまった。

Reader用コンテンツに関して、開拓・制作・卸し=ブックリスタ、流通・販売=Reader Storeというのが当面のフォーメーションであることは間違いない。ブックリスタは、7月1日にソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社の4社が均等出資して設立した電子書籍配信事業準備株式会社(いわゆる4社JV)を改組したものだ。この会社は、登記上の本社を凸版印刷本社所在地に置き、オフィスを朝日新聞社屋内に構えている。2人いる代表取締役のうちひとりはソニー・ミュージック出身、もうひとりは凸版印刷出身だ(ほかにKDDIと朝日新聞社から取締役がひとりずつ出ている)。

同社が、Readerの日本市場参入を前提として設立されたのは確かであるし、設立記者会見で代表挨拶を行ったのが、ソニーの電子書籍事業を統括する米国ソニー・エレクトロニクス シニア・バイス・プレジデントの野口不二夫であったことから、ソニーはかつての「LIBRIe」のときと同じように、ハードとコンテンツの統合的供給を行うのではないかと見る向きもあった。

登壇した野口上級副社長は「オープン化」を強調。

登壇した野口不二夫シニア・バイス・プレジデントは「オープンな戦略」を強調。

しかし記者発表で、ソニーはReaderのオープン化を強調しており、それはコンテンツ供給でも例外ではないと思われる。ブックリスタは他の読書端末にもコンテンツを供給するだろうし、Reader Storeの仕入れ先もブックリスタだけにはならないだろう。これまでの動きを見ていると、ソニーは、ブックリスタとReaderのプロジェクトを、注意深く切り分けている。ブックリスタの役員構成と出資比率こそ結果的に4社均等だが、(実際のイニシアチブはともかく)あまり前面に立ちたくないのではと思わせるふしがある。前述のように、Readerの記者発表でも、ほとんどブックリスタに触れられることはなかった。

こうした配慮は、すべてReaderのオープン化を担保するものだと私は考えている。この点だけとっても、コンテンツ供給会社を「TSUTAYA GALAPAGOS」と命名し、設立のプレスリリースに「メディアタブレット「GALAPAGOS」やシャープ製スマートフォン向け」と明記したシャープとは、真逆の戦術が見える。

確信犯的見切り発車

今回の製品リリースでは、米国等ですでに発売されているWi-Fi/3G搭載の「Daily Edition(PRS-950)」はラインナップされていない。したがって、電子書籍コンテンツはPC経由で購入して、USBケーブルあるいはSDカード/メモリースティックを介して本体に格納することになる(PRS-350はカードスロットがないためUSB接続のみ)。端末から直接Reader Storeサイトにアクセスできる環境を用意できなかったのは営業上、痛手だと思われるが、Daily Editionの国内発売予定については「検討中」とのコメントしかなかった。通信キャリアとの調整等が間に合わなかったのだろうと推測される。

対応する日本語電子書籍フォーマットは、前述したようにXMDFのみでのスタートだ。ドットブック、EPUB3.0は将来サポートするとアナウンスされた(これ以外にPDF、Text、JPEGやGIF等の画像フォーマット、PRS-650のみMP3とAAC音声フォーマットをサポート)。XMDFはシャープが開発したフォーマットだが、制作用のビルダーは限られたベンダーからしか入手できず、ビューワの配布にはシャープへのロイヤリティ支払いが発生する。これはソニーの強調するオープン化とは距離のあるものだと言わざるをえない。また、現時点での電子書籍用システム書体は明朝系1書体のみで、本文テキストは見出しも含めて、すべて明朝体でしか表示できない(新ゴ系をサポートという報道が一部見られたが、新ゴが使用されているプレインストール版「ユーザーガイド」はPDFで、システム書体ではない)。

記者発表の質疑応答では、「電子書籍の価格帯は?」「(米国等では実施している)定期購読の予定は?」「Reader Storeで購入した本のバックアップ・ダウンロード回数は?」といった具体的な質問が出た。しかし、プロジェクトを統括する野口の口からは、いずれも「検討中」というコメントしか出なかった。ただし、「iPhoneやAndroidとの相互運用の予定は?」という質問が出たときだけは、本音が垣間見えた気がする。相互運用とは、同じアカウントで購入した電子書籍を、専用リーダーだけでなく、PCやスマートフォンでも読めるように、それらに対応したリーダー・アプリケーションを提供する仕組みだ。

Kindleではすでに実現され、ソニーも米国等でサービスの開始を発表している。「ビジネス上のユーセイジ(取り扱い)については検討している。技術上の問題はないが、米国とは事情が違うので出版社と協議していく」と野口は回答したが、相互運用に関し、利便性と露出機会が向上してプロモーション効果が上がると捉える米国の出版業界と、複製による機会損失が発生すると捉える日本の出版業界の感受性の違いを浮き彫りにした。

以上のように、今回の製品リリースは、スペック上も制度上も積み残し感が否めない。積み残した課題は、サービス追加やファームウェアのバージョンアップなどで徐々に解決されていくだろうが、コンシューマは一般に、製品に「いま不足しているもの」の方を話題にしがちである。リリース日以降、厳しい評価にさらされる可能性だってあるのではないか。いや、そのことをいちばんわかっているのはソニー自身であるに違いない。ではなぜソニーは、こうした確信犯的な見切り発車を決断したのだろう?

電子書籍と電子書籍リーダーの幸せな関係

ひとくちに「電子書籍」といっても、小説やエッセイといった文字が主体のものと、雑誌やムック、実用書などのように図版が多くレイアウトの入り組んだものは、求められるインターフェイス(=グラフィック・デザイン+ギミック)が大きく異なる。私は前者を「テキスト系電子書籍」、後者を「ビジュアル系電子書籍」と呼んでいる。電子書籍をインターフェイスという視点で分類すると、これらに「コミック系電子書籍」を加えた3つに分けることができる。そして、読書が感受する電子書籍の完成度は、本の内容だけでなく、“インターフェイスと読書端末との不可分な組み合わせ”に大きく左右される。

日本の電子書籍市場で、こうした組み合わせがもっともうまくいったのは、言うまでもなく、コミック系電子書籍とフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)のケースである。だが、昨今の電子書籍ブームは、今のところテキスト系電子書籍を中心に牽引されており、読書端末との組み合わせの最適解は、今まさにつくられつつある最中だ。電子書籍リーダーとして先行するiPadには、すでにテキスト系電子書籍のアプリケーションが多数存在する。本文描画に関しては、文字サイズや書体の可変性、テキストのリフロー(=文字サイズを変更したときに、行数と文字数を調整して本文を版面内に自動的に納める機能)といった、可読性を担保する仕掛けが概ね共通した仕様となっている。

しかしながら、iPadのような汎用端末での電子書籍の完成度は、ハードウェアそのものの限界を超えることはできない。これは、専用リーダーでのみ追求できるものだ。Readerの主要スペックは上述した通りだが、“とにかく文章が快適に読めれば、あとは捨ててもいい”とでも言える割り切りが感じられる。

Readerの設定メニューでは、たとえば、ディスプレイに表示される版面の外の余白を調整することができ、フレーム幅も込みでプレートのどの位置に文字を表示するかを読者の手にゆだねている。こうしたフェティッシュとでもいうべきこだわりは、タブレットPCのハイテク武装とはベクトルの異なるものであり、本の質感や工芸性にこだわる本好きが、装丁を愛でるような感覚と通底するところがあるように思える。Readerはこうした感覚を共有できる者を主要ターゲットだと捕捉しており、記者発表でも、本を月3冊以上購読する「2000万人の”読書好き”のお客様」のための「読書専用機」だということを強調している。

最後にもういちど問いたい。ソニーはなぜ、確信犯的な見切り発車を決断したのだろうか? その理由は、ソニーが、ソニー流のテキスト系電子書籍の完成イメージを想定し、インターフェイスと読書端末との不可分な組み合わせのプロトタイプを、いち早く本好きに提示しようとした、ということだと私は思う。今まで市場に存在しなかったもののデビュー戦では、“いち早く”というのは、重要な意味を持つ。2007年11月発売のKindleに先んずる2006年9月に米国市場にReaderを投入し、電子書籍が日常風景となる市場を切り開いた先駆者としての自負なのかもしれない。

今回の製品リリースは、日本の読書好きにアピールするための必要条件を何とか揃えたという宣言だと理解するのがいいだろう。テキスト系電子書籍を最適解に導くための十分条件は、これから段階的に提示されるはずだ。かつて先駆者の名をほしいままにした、ソニーのお家芸に期待したい。

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執筆者紹介

徳永 修
(電子出版ラボ代表)
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