マクミラン対アマゾン、バトルの顛末

2010年2月3日
posted by 大原ケイ

1月29日の週末、何の予告もなしに米アマゾンのサイトから大手出版社の一つ、マクミランの本が急に買えなくなった(マクミランはドイツのホルツブリンクを親会社とし、傘下のインプリントには、一般書のセント・マーティンス、SF/ファンタジーのTor、文芸のファラー・ストラウス&ジルー、ノンフィクションのヘンリー・ホルトなどを持つ)。断片的な事実関係が明らかになるにつれ、キンドル版Eブックの価格を巡る争いが発端になっていたことがわかった。

アメリカで約2年前から発売になったキンドルは、パソコン画面よりも目に優しいEインク、パソコンにつながなくても1分以内に買ったタイトルをダウンロードできるG3ネットワーク、通信費はアマゾン持ち、などの理由で着実に浸透していった。読書好きの人にとって何よりも魅力的なのが、ハードカバーならどう安くても20ドルはする売れ筋の新刊の多くが、キンドル版なら本屋に足を運ぶこともなく即座に9.99ドルという値段で読めることだ。

ただしこれは、アマゾンがハードカバーを1冊売ったときと同じ売上げを版元に渡す条件だったので、キンドル普及のため、しばらく赤字大出血を覚悟でアマゾンが一方的に設定した値段だったことも確かだ。出版社側にとっては、ハードカバーが売れようが、キンドル版がダウンロードされようが、同じ売上げが懐に入ってくるのだから、アマゾンがどちらを売っても構わないように思えるかもしれない。しかしその一方で、自社のキンドル版Eブックの値段設定に対し、何の発言権もないこと、Eブックの値段に比べて、書店に並ぶハードカバーの新刊が割高に見えてくることを懸念していた。

「エージェンシー・モデル」は定着するか

今回マクミランがアマゾンに提示した新たな条件とは「エージェンシー・モデル」と呼ばれ、Eブックの価格はマクミラン側が決め、アマゾンがエージェントとして売上げから30%を受け取るというものだ。マクミラン側にとっても事実上ハードカバーを1冊売るより粗利が減るが、アマゾンも赤字が解消されるのだから、悪い話ではない。今話題のiPadでも、アップルと主な出版社との間で、同じエージェンシー・モデルでの話がまとまりつつある。

この2年間Eブック市場はキンドルの独占状態(一説には70%)だったが、バーンズ&ノーブルのNookやアップルのiPadを始め、徐々に他社のデバイスも出揃い始め、アマゾンが好き勝手できなくなりつつある。赤字覚悟で他のどこよりも安い9.99ドルでEブックを売る傍ら、ハードウェアのキンドルを売って儲ける方法もこれからは通用しない。となると、マクミランがキンドル版の値上げを要求してきたのはアマゾンにとっても好都合だったとも思える。傾向として著者団体はマクミランを支持し、読者はアマゾンに肩入れする声が大きいが、これも自然の摂理だろう。

マクミラン支持を表明した全米作家協会のサイト

米国作家協会(the Authors Guild)はマクミラン支持を表明した。

今回の騒動がマクミランの本だけで収まるとは思えず、他の大手出版社がこれに加わる可能性も十分に考えられる。両社とも内々にコメントを発表しているが、この先どんな形になろうともマクミランがアマゾンと取引停止することは双方とも考えておらず、アマゾンのサイトからマクミランのEブックだけでなく、紙の本までほとんど取引停止という措置をとったのはアマゾンの判断だが、今回はひとまずアマゾン側が折れるしかないと表明している

アマゾンは最終的にマクミランの出した条件を受け入れた。

アマゾンは最終的に、マクミランの出した条件を受け入れた。

ガチのバトルのように見えて、実際はネゴシエーション

グーグル・プリントの和解案の件についても言えるが、アメリカでは訴訟や今回の全面対決もネゴシエーションの方法のひとつに過ぎず、相手をとことんつぶそうとケンカをしているのではなく、お互いの立場でバトルをした後は、双方にとっていいところに落ち着けるように、取っ組み合っているだけなのだ。アマゾンとマクミランはこうしてEブックの適正価格を模索しているとも言える。

何事においても「和」を優先する日本人は、こういう「バトルごっこ」がうまくできなくて話し合いが感情的になりやすいし、意見の対立が即、人格否定になりがちだし、ガチンコで本音を出さないで解決しようとする分、後でストレスが溜まったりするのではないだろうか? アメリカで繰り返される訴訟合戦が恐ろしいものに見えるかもしれない。だがこれはケンカ好きのアメリカ企業の常套手段で、自由市場主義に則った公平なルールでバトルをした後は、またビジネスパートナーとしていっしょに仕事をしていくのである。

マクミランCEO、ジョン・サージェントの言葉が頭を離れない。「我々の話し合いが決裂したのは、目先の儲けの話ではなく、電子本の長期的展望の違いからである」。未来を見据えた、これがまだ第1ラウンドなのだということだろう。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。