「マガジン航」の立ち上げにここ数日かかりきりだったけれど、編集者一人、入稿・制作作業もWordPressを使って自分一人、という完全な「一人マガジン」にもかかわらず、翻訳や取材、記事転載、情報提供に力を貸してくださった皆さんのおかげで、短期間にしっかりしたコンテンツを集められた。ありがとうございます。
さて、「マガジン航」でもボイジャーにキンドルが届いた日の様子を紹介したが、我が家にも同じ日、キンドルが到着した。ふだんのアマゾンから届く本のパッケージより小さく、しかも軽い。電子書籍のマシンが届いたのではなくて、「本が届いた」のかと思ったくらいである。
箱を開けると、「航」の記事でも書いたとおり、ラルフ・エリソンの肖像画が表示されたキンドルと対面することになる。これはキンドルのスリープ画面のひとつで、他にもジェーン・オースティンなど英語圏の作家の肖像画がいくつも入っており、ランダムで表示されるしくみ。
電子ペーパーは電源オフという状態がなく、オンかスリープのどちらかなのだ。この「スリープしている状態」の持続性が、電子ペーパーの「紙」たる所以である。なるほど、植物性の紙は、インクをスリープ(非活性)状態にすることで、安定した紙面を提供してきたのだな、と気づく。
さて、キンドルを購入したのはいいものの、それで何を読むのか、という問題がある。実際、ペーパーバック風の小説を読むとか、英語の専門書や研究書を読むのに、どこまで電子書籍という形態や端末がふさわしいのか、という疑問は、もっと掘り下げられていい。
今朝の更新で、「マガジン航」に、セバスチャン・メアリーという女性の「いまこそ本当の読書用iPodを」というエッセイの翻訳記事を追加した。 彼女はアメリカの書店の棚に、水増しされた「自己啓発書」や「ビジネス書」が氾濫していることを指摘し、本という形態に、無理にそこまでの文章量を必要としないコンテンツを盛り込むことの矛盾を指摘している。
これは前日に転載した、ポット出版の沢辺さんとライターの永江朗さんの対談、「紙の本の値段、電子書籍の値段」で言われていることと、根は同じだと思う。 適切なサイズのテキストを、適切な手段で売るための方法があるはずなのに、いまの書籍というメディアは、その多様性に対応しきれていない、ということだ。
たとえば芥川賞の選考対象作は約200枚を上限とする「短篇」とされているのに、受賞作を商品化するときには、1冊の本にするために、作品のレベルを問わずにあと1本を追加するか(まるでシングル盤のB面の曲のように)、組み版を工夫して1本でおさめ、「長篇」と謳わざるをえない、ということなどは、その典型だろう。
でもたとえば、まだ文芸誌にしか掲載されていない芥川賞の受賞作が、いちはやくキンドルだけで配信されたら、読者はその作品に、どういうイメージを抱くだろう。少なくとも文芸誌で読むよりは、ずっと清新な印象をもつのではないか。
かつては、文芸誌に載った芥川賞受賞作が、より部数の大きな『文藝春秋』に転載されることによって、それと似た意味でのスピード感や時事性が達成されていたのだろう。でもいまでは、『文藝春秋』に受賞作が載ることのイメージは、若い世代の作家にとってはむしろマイナスでしかない。
キンドルで読むために、いろんな本のサンプル(ポーからマルクスまで)をダウンロードして読んでみた結果、最終的に落ち着いたのは、「キンドルで英文ブログを読む」という利用法だ。何しろ、いくらつかっても通信料はタダだし、電子ペーパーなので電池も長時間もつ。家で読みはじめたブログ記事を、そのままスリープ画面にしてキンドルをもって出かけ、読みかけの続きを町中のカフェや公園のベンチで読む、なんてことが自然にできるのだ。
ようするに、有料で新聞や雑誌をサブスクリプションするのと同様のことが、キンドル+ブログ(あるいは新聞社のウェブサイト)をつかえば、無料でできてしまう。長期的に見れば、キンドルは出版界や新聞界よりも、ネット上の作家やブログのジャーナリストにとって、より強い味方になるような気がする。
アマゾンはもっと、こちらに向けたサービスを増強していくべきだろう。一刻もはやく、キンドルの日本語対応版が出てほしい。
(【海難記】Wrecked on the Sea 2009.10.23からの転載)
執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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