大学は《自由》だから息苦しい

2015年7月15日
posted by 荒木優太

university

なんとも溜息の出る本を読んでしまった。

近代日本文学を専門とする名古屋大学准教授の日比嘉高『いま、大学で何が起こっているのか』(ひつじ書房、2015・5)は、文部科学省を中心に大学改革の名で現在唱えられている、文学部の縮小・廃止政策や人文社会系不要論に対して、社会全体の自由と多様性の観点から危機感を表明する警世の書である。もとは日比のブログで発表されたものだ。

溜息の原因は、文系学問に対してほとんど敬意のない文科省やその主張を後押しする世の空気感を改めて確認したことも当然ある。ただ、それ以上にがっかりしてしまうのは、『いま、大学で何が起こっているのか』という本が、好意的に書けば正論すぎて、率直に書けばフツーすぎて、単純にツマラナイということにある。

急いで断っておかねばならない。私は在野(大学に所属しない)研究者である。それ故、「ツマラナイ」などと書くと、官学者のものなどポジショニング的に味噌も糞も一緒にして罵倒するに決まっている、と政治的に読まれてしまうかもしれない。

しかし、それは誤解だ(と私は私を信じている)。日比の代表作『〈自己表象〉の文学史――自分を書く小説の登場』(翰林書房、2002)は、今日〈私小説〉を論じるにさいし必読の文献であることを私は疑わない。あるいは、専門の有島武郎研究に即していえば、論文「洋上の渡米花嫁――有島武郎「或る女のグリンプス」と日系アメリカ移民」(『有島武郎研究』、2011・6)などは、『或る女のグリンプス』――『或る女』の原形である――の主人公・田鶴子を、1910年代から新たに登場した渡米する女性表象の類型から読み解くユニークな論考だと思う。

ようするに、研究者としての日比の仕事を私は決して否定するものではない。しかし、にもかかわらず、『いま、大学で何が起こっているのか』には不満がある。

〈大学の自由〉とは何か?

いちばん違和感をおぼえたのは、日比の「自由」に対する考え方である。日比は大学が創造的であるためには「自由と多様性」を帯びなければなければならないと主張し、その観点から役に立たない(と思われがちな)人文社会系学問の擁護論を様々な角度から展開している。

「本書を通して、つまるところ私が主張したいのは、大学の創造性を本当に発揮させるために必要なのは、効率化や「選択と集中」などといった経営的観点などではないということである。大学で行われる研究が創造的であり、大学で行われる教育が豊かなものであるために必要なのは、自由さと多様性である」(ⅴ-ⅵ)

日比のいう「自由」とは具体的にいえば「時間の自由、思考の自由、行動の自由、研究資金の使途の自由」を指す。本書後半部の言葉に従えば、それは隙間やゆとりをも意味する「アソビ」でもある。「多様性」とは「互いに異なった者が多数集まって交流しあう」ような状態のことだ。一見、この二つは相互補完的なものにみえる。つまり、自由であるから様々な他者に開かれ、また様々な他者が共存しているからこそ自由の理念が守られなければならない、と。

しかし、〈大学の自由〉という観念には、よほど注意が必要だ。

潮木守一『キャンパスの生態誌――大学とは何だろう』(第四章、中公新書、1986)をひもとこう。19世紀のドイツ、近代的大学は研究と教育の統一を説いたフンボルト理念を体現したとするベルリン大学から始まった、といわれている。しかし、その大学の事始めともいうべき場所での「自由」とは、現在の我々からみて決して称揚すべきものではなかった。

たとえばこうだ。1880年代、名物教授トライチュケは教室のなかで熱狂的なナショナリズムとともに、政府や皇帝を攻撃し、反ユダヤ主義の政治的アピールやアジテーションを繰り返した。それはユダヤ人排斥の学生運動にまで発展した。断っておけば、教授が政治的な扇動を行うことはドイツでは稀なことではなかった。

なぜこのようなことが許されたのか? 多くの教授は、政治的立場であれ個人的判断であれ、教室で何を主張しようと、それは「大学の自由」であると信じていたからだ。逆に、一歩でも教室の外に出てしまえば、彼らはただちに国家官吏としての振る舞いを期待され、それに違反すれば即座に罰せられた。

当時学生だったマックス・ヴェーバーはこのような教授らの態度を痛烈に批判した。

「大学は「国家に敵対的な」ものであれ、「国家に友好的な」ものであれ、あるいは他のどんなものであっても、世界観を教えてはならない」(「大学の教職の自由」(1909年)、『ウェーバーの大学論』収、上山安敏ほか訳、p.57、木鐸社、1979)。

教師は自身の価値観や政治観をカッコがけして、教育の内容を学生がある世界観を学ぶ一歩手前までで留めなければならない。あとのことは学生の自由を尊重し、彼らの責任で選択すべきだ。

教師の思想信条や政治的立場を無条件に喧伝できることが〈大学の自由〉なのか、それとも、そのような偏差を排して公平中立な授業を学生に授けることを通じて学生個々人が自律的に選択していく条件を整えることが〈大学の自由〉なのか(この論点は第8章「東京大学「軍事研究解禁」騒動とデュアル・ユース」と関係していよう)。

ここでは答えは出さない、というよりも難しくて出せない。しかし、難問から学ぶべきことはある。何がいいたいかというと、〈学問の自由〉(アカデミック・フリーダム)は、どの主体のどんな観点に準拠するかによって、その内実が変幻自在となり、さらにいえば、ある主体の自由の行使は別の主体の自由を侵す不自由に直結してしまうということだ。自由と自由のコンフリクトがここにある。

自由に開かれていること=ノイズに開かれていること

このこと自体は、自由さと多様性の両立にさいして発生する一般的なパラドックスの変奏である。出版の自由は『絶歌』の販売や図書館による開架を認めるべきだろうか? ヘイトスピーチのような多様性を攻撃するような多様性も認めなければならないのだろうか? 快刀乱麻が困難な(と私には思える)問題を大学もまた抱えている。

そして、このような少し俯瞰した観点から見てみると、「自由さと多様性」を称揚する日比の態度はややナイーブに見える。大学に自由がないという主張は、ある偏った見解――偏りが即座に悪いと言っているのではないが――に由来しているように思える。

少しだけややこしいことを述べたい。自由のコンフリクト状態、あるいは、自由の奪い合いが生じるのは、逆説的なことだが、その場が《自由》に開かれているあかしではないか。《自由》に開かれているからこそ、多くの主体がそこに参加でき、相互に主張する「自由」が拮抗することになる。もし一種類の自由しかなければ、それは即ちひとつの主体の占領に等しい。そこでは自由を意識することさえないかもしれない。ある主体が自身の「自由」に制約を感じる、正にその瞬間にこそ、そこは様々な「自由」が入り乱れる多様な場所として評価することができる。

つまり、日比が「大学に「役立つ」ことだけを求める」「恐ろしくて、息苦しくて、貧しい社会」(p.8)を感じれば感じるほど、逆にそれは大学が《自由》に開かれている証拠なのではないか、と思えてしまうのだ。

現在の大学のステイクホルダー(利害関係者)は、教員や学生だけではない。学費を払う学生の父母、納税者、卒業生を受け入れる企業など、社会一般が大学に期待を寄せ、直接的・間接的に関与している。大学そのものが《自由》であるということは、同時に、様々なノイズと喧騒を学内に呼び込んでしまうということだ。

「学問の自由は、ただ学問の進歩のために在るのではない」(p.111)。正しい。しかし、それ故にこそ「学問の自由」に対して誰もが容喙できる状況が到来する。日比の訴えは逆説的にその《自由》を証明しているようにみえるのだ。

「このスットコドッコイ!」となぜ言えないのか?

もし日比がノイズなき自由を享受したいのならば、研究者仲間からなる専門家集団を造って、その中で隠遁生活でも送ればいいだろう。元々、ユニヴァーシティとは中世のウニヴェルシィタスに由来し、これは「学問の普遍性(ユニヴァーサリティ)や学知の宇宙(ユニヴァース)とは何ら関係のない」、利害関係を同じくする学生や教師の組合団体を指していた(吉見俊哉『大学とは何か』、p.28、岩波新書、2011)。日比は「「社会的要請の高い分野」だけからなる学校、それは大学universityとは言わない。大学universityの中には、宇宙・世界universeが入っていなければならない」(p.5)と述べるが、この大学理解は歴史的には間違っている。

といっても、日比はそれほどまでに大胆な自由を求めているわけではない。「教師のスキルとマインドをもったヒトの活躍の場は学校の中だけではない」(p.6)といった論述や、度重なる人文系の社会的意義の強調などからは、市民社会と地続きにある大学を、合意形成可能なかたちで維持したいという意志を感じる。

自由をめぐる闘争のなかで自分たちの領分(文学部の側、研究者の側)が極めて劣勢だからもうちょっと助けてくれてもいいじゃないですか、といったところだろうか。その嘆願自体は、少なくとも(建前上の)大学の理念からみて正統性がないわけではないと思う。

けれども、私がツマラナサを感じてしまうのは、正しくその折衷的態度である。

私は文学研究というのものが極めて崇高なものだと思っている。それは就職のための道具や自分を知的に飾るアクセサリーなどでは、断じてない。文学研究とは、それ自体で面白おかしいものであり、楽しくて楽しくて仕方ないものだ。たとえ充実した成果を残せなかったとしても、そのような営みを続けられるということは、一つの幸福である。

そのような理想主義的(?)な人間から見ると、文科省の文系をナメ切った態度には、憤怒を通り越して呆れるほかない。「スーパーグローバル大学」などいうセンスの欠片もない文言を恥ずかしげもなく用いる文科省が実に下らないという点に於いて、私は日比と意見を同じくする。

問題は、そんな下らない連中に、どうしてもカネをせびらなければならないのか? ということだ。文学研究が社会にとって重要なのは自明のことである。ならば、武士は食わねど高楊枝。「そんな大学ならこっちから願い下げだよ、このスットコドッコイ!」と、絶縁状を叩きつけて、社会のため、人のため、なにより己のために勝手に働いてはいけないのだろうか。そんな気概溢れる連中を見捨てるほど、この社会の成員は薄情なのだろうか。

実のところ、世間知らずのせいか、私はそうは思わないのである。

官学と指導的学問

大槻憲二のことを思い出す。昭和初期にフロイト全集の翻訳を担当し、日本初の精神分析専門誌『精神分析』を創刊し(1933年~)、また同じく日本初となる精神分析学辞典(1961年)を完成させた、大学に属さない在野の研究者だ。

大槻は学問を「技術的学問」(いわゆる理系)と「指導的学問」(いわゆる文系)の二つに分け、「官学の畑には結局、技術的学問が最も適当してゐる」(「時評」、『精神分析』、p.79、1935・5&6)と主張した。しかし、この提言は文系が不必要なものだということを意味していたのではない。指導的学問は、政治家や権力を絶えず監視し、あるべき状態に指導するように「批評」しなければならない。そのような大事な機能は、大学に飼い馴らされてはいけない。余りに重要であるがためにこそ、文系は在野にあらねばならないのだ。

「古来(ソクラテス以来)最も偉大な学者や宗教教〔ママ〕や詩人は当代への叛逆者であり、時の権力に依つて犯罪者として処罰又は虐待されてゐるものであることを考へて御覧なさい。(叛逆のために叛逆せよと云ふのではない。)而も事実上、彼等こそは当代文化の促進者であつたのだ。かゝる叛逆者は官学の畑からは出てはならないし、また出もしないのだ」(p.80)

大槻は保守に分類される評論家でもあった。その多くの(しばしば極端でトンデモ感のある)論説に左翼的な私は共感しない。けれども、「官学徒よ、自由の天地に還れ!」(p.82)で締めくくられる、この指導的学問論には一定の説得力があると思う。

大学が学問研究を擁護してくれないからといって悲嘆に暮れる必要はないのではないか。あんなに魅力的で創造的な学知を抱えたくないというのなら、頭が悪いんだなと思って、ほっておくことにしよう。目指すべきは、この社会を大学以上に大学的な学び舎に変えていくことであり、そのとき、政府に申し立てるべきは過去の資料への自由なアクセス権であり、余暇を十分に獲得できる労働環境一般の改善である。

オレが文学部だ!

日比は次のように述べる。

「大学にはたとえば、教育大学に入ったけれど教員にならなくて/なれなくて卒業する学生や、百年も前に書かれた小説の解釈――たとえば夏目漱石の「坊つちやん」に出てくるうらなり君の再評価に血道を上げる院生や、ブラジルに住むドイツ系移民の子孫がどれくらいどのようにして祖国の文化を引き継いでいるのかということについて熱弁をふるう教員が、いてもいい。いなければ、ならない」(p.6)

正しい。しかし、その生存と価値を認める審級は決して大学であってはならない。少なくとも大学が専有してはならない。大学に所属しようがしなかろうが、彼らは社会によって認められなければならない。そして、そのような目指すべき社会のありようは、大学の外でさえ活動する彼らの行為そのものによって生まれるのではないか。

社会の設計図は社会的な行為そのものである。

たとえ文学部が滅ぼうとも、文学研究は続く。いや、続けていく。不遜を承知のうえでいうなら、「オレが文学部だ」とさえ言ってもいい。カネや建物やカリキュラムがなくなっても、何かを知りたいという欲望はなくならない。それが枯渇しない限り、大学は人として生きていく。

ならば、また小さな団体から始めたっていいじゃないか。もしかしたら、できないことは増えるかもしれない。それでも、息(生き)苦しさからは少しだけ解放されるだろう。

執筆者紹介

荒木優太
1987年、東京都生まれ。在野研究者。専門は有島武郎。En-Sophパブーなど、ネットを中心に日本近代文学の関連の文章を発表している。著書『小林多喜二と埴谷雄高』(ブイツーソリューション、2013)、『これからのエリック・ホッファーのために――在野研究者の生と心得』(東京書籍)。Twitterアカウントは@arishima_takeo