本から本へ直接つながる「読書空間」への一歩

2015年5月23日
posted by 鷹野 凌

5月20日から22日まで東京ビッグサイトで行われていた「第6回 教育ITソリューションEXPO(EDIX)」の初日に取材へ行ってきました。全体をざっと見て回ったのですが、今年はあちこちのブースで「アクティブ・ラーニング」という言葉を見かけました。これは、下村文部科学大臣が昨年11月に行った中央教育審議会へ学習指導要領の全面改訂を求める諮問の中で、何度も出てくる言葉だからでしょう。

edix

諮問によると、アクティブ・ラーニングとは「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」のことです。それをIT技術によって実現するという意味で、EDIXの出展企業がアピールポイントに使うのは当然のことだと思います。ただ正直なところ、どこかで見たような既存の仕組みを、アクティブ・ラーニングという言葉で飾っている感が否めませんでした。じっくり見たらもう少し印象は違うのかもしれませんが。

次世代ハイブリッド図書館の実現に向けた実証実験

今回の取材の主目的は、5月13日に東京大学附属図書館と京セラコミュニケーションシステムから発表された、「次世代ハイブリッド図書館の実現に向けた実証実験を開始」というリリースの詳細を確認することでした。東京大学の新図書館計画では、学内の学術資源と世界のデジタル資料を統合的に活用する、「東大版ヨーロピアナ」を目指す動きがあります。この実証実験は、そこへ向けての第一歩ということになるのでしょう。

edix1

この実証実験は、東京大学付属図書館が独自に電子化した書籍や、国立国会図書館デジタルコレクション青空文庫Internet ArchiveWikipediaEuropeana DPLA(Digital Public Library of America)、新刊学術書の電子版などを連携させ、コンテンツのネットワーク、すなわち「読書空間」を構築するというものです。

まずプロトタイプとして、夏目漱石の『三四郎』を軸に、作品中の言葉から古今東西の関連書籍やウェブページへのリンクを張る作業が現在行われているそうです。実証実験なので、Wikipediaのように誰でも編集できるわけではなく、まずは専門の研究者の手でリンクされているとのこと。システムは、京セラ丸善システムインテグレーションの「BookLooper」がベースになっています。

例えば、『三四郎』には「カントの超絶唯心論」という言葉が出てきます。

edix2

実証実験用に用いられるシステムで、本文に張られたリンク(最終行の傍線部)をタップすると……

edix3

「関連する書籍『Critique of pure reason』に遷移します」というダイアログが表示され、「はい」をタップすると……

edix4

カントの『Critique of pure reason(純粋理性批判)』が開きます。

ウェブページのハイパーリンクに慣れていると、なんだこんな当たり前のこと、と思ってしまうかもしれませんが、実は本の中から別の本へ直接リンクが張られるのは、現時点の「電子書籍」では画期的なことです。これまでは、本が販売されている場所(ウェブページ)へリンクを張ることは可能でも、本の中から別の本を直接開くことはできませんでした。つまり、紙の本の延長上で殻に閉じこもったような状態だった「電子書籍」の世界が、これでようやくウェブに一歩近づいた、と言っていいのではないでしょうか。

コンシューマー向けの電子書籍にも広がる?

実際のところ、私は合計すると約1000点くらいの「ストアで購入した電子書籍」を持っていますが、本棚は複数のストアに分断されています。そして、同じストアで購入した本でさえ、本から本へ直接ジャンプしたり、本棚内を串刺しで検索したりといったことが、ほとんどできません。読み終わったときにすぐ続刊が開けるとか、専用端末内限定で串刺し検索できる程度です。いまの「電子書籍」って、なぜこんなに不便なんだろう!

例えば拙書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。』では、和月伸宏氏『るろうに剣心』や西尾維新氏『偽物語』の話題をパロディ風にとりあげています。本当なら、「元ネタってどういう感じなんだろう?」と思った読者が該当箇所をタップしたら、対象の本を所有している状態であれば元ネタのページが直接開く、所有していなければストアの販売ページが開く、くらいのことができてもいいはずです。

そういう意味で、この実証実験には大きな可能性を感じます。ただ、対象の本がパブリックドメインでない場合は、恐らくリンクできるのは「BookLooper」で取り扱っている本に限られてしまう点がネックになるでしょう。大学図書館向けの学術書が中心ですから、仮に拙書がラインアップされたとしても、『るろうに剣心』や『偽物語』へ直接リンクが張れる日は、当分来ないだろうなあ。

■関連記事
図書館向け電子書籍貸出サービス普及への課題
Book as a Service, サービスとしての電子書籍
孤立した電子書籍から、本のネットワークへ
ブリュースター・ケール氏に聞く本の未来
インターネット電子図書館の夢