自己出版という選択

2013年11月8日
posted by ケヴィン・ケリー

いにしえの『ホールアースカタログ』と同様に、私の新刊『Cool Tools(クールツールズ)』は、自己出版した本である。この本の採算面について、そして既存の出版社を使わなかった三つの理由について説明しようと思う。

第一の利点は、速さである。9月(訳注:2013年)に執筆と編集が終わると、10月にはアマゾンで事前予約が始まった。12月第1週にはアマゾンで(書店でも!)入手可能になる。もしもこの本をニューヨークの出版社から出版していたら、今ごろはまだ契約交渉中で、本が出るのは来年の夏あたりになっていただろう。

第二には、管理。この本は型破りである。正統的な書籍の枠に収まらない。どちらかと言えばカタログみたいなものだ。本の大きさも、プロの目から見れば反発を感じる。大きくて折れ曲がりやすい本は、運搬が面倒だし、書店の棚にも収容しにくい。出版社としては、大きさを変更してくれないかと要請したくなる。さらに商売上の問題がある。この本は、品物をどこで買えばよいかを教えてくれる買物ガイドなのだ。購入先としてアマゾンが多く登場する。出版社や書店は、それをひどく嫌う。彼らはアマゾンを敵だと思っていて、あるチェーン店は、それが理由でこの本の取扱を拒否した。解決策として、他の経路を使うことにした。

第三に、最近の大手出版社との仕事では、私は大部分の作業を自分でする羽目になっている。前回バイキング/ペンギン社から出版した本では、本の編集のために自分で編集者を雇った。イラストはイラストレーターに自分で依頼した。表紙のデザインコンセプトをいくつか自分で作って、その一部を出版社が使用した。効果的なマーケティングと広告を(ソーシャルメディアを使って)自分で実施した。私がしなかったことと言えば、それが重要な部分だが、資金調達と販売流通くらいである。今回の本では、それも私が自分で取り組むことにした。どうせそれ以外も全部自分でするのだから。

Cool Toolsの本の制作作業中の私。立っても座っても作業できる仕事場。外には鶏小屋。

自己出版とは、私が自分で全てを管理すると同時に、全ての責任を負うということだ。私が紙やインクの代金を自分で支払うのだから、ページを無駄にしないようにした。この本には、白紙のページや空白のスペースはない。表紙の裏側にも、目次が印刷してある! 全ての場所に役割がある。この本は、ぎっしりと中身が詰まっている。

電子書籍の自己出版と比べると、重さ4.5ポンド(約2キログラム)もある巨大な本の自己出版は、全く別のものである。海外の印刷業者から電話で「おたくの倉庫には貨物積卸場があるか?」と質問されたときには、困ってしまった。倉庫だって? うちにはガレージしかないけど。「えーっと、どれくらいの大きさの倉庫が必要ですか?」と尋ねたら、「輸送用コンテナ1個半」と言う。なんとも大量だ。そこで、小規模出版社向けの書籍取次業者、パブリッシャーズグループウエスト社と契約して、大部分の本をテネシー州にある同社の倉庫に送るように手配した。

この本は、香港で印刷した。米国で見積を取ろうとしたところ、本が大きすぎるので、米国の印刷業者は、どこも見積すらしてくれなかった。取次業者に紹介してもらったある大手印刷会社が「申し上げにくいのですが、このような本を印刷するには中国に行かれたほうが」と言うので、その言葉に従った。香港の業者は、良い値段で迅速にすばらしい仕事をした。香港の印刷工場は、高度に自動化されている。クーリー(苦力)労働者ではなくて、ロボットが働いていると思えばよい。印刷した本は、今頃はコンテナ船に積み込まれて、パナマ運河を通過し、ミシシッピー川を遡上して、テネシーに向かっている。そのうちパレット3個分が西海岸向けで、私の家に配送されてくるのを待っている。うちのガレージにうまく収まることを祈るばかりだ。

自己出版の採算が、この本の運命を決める。アマゾンと他の書店をあわせて、合計8千5百冊を販売する予定である。印刷費の単価は6ドル。1冊当たりの輸送費は約1ドル。本の定価は39ドル99セントである。アマゾンは、すぐに25ドルに値下げした(私は、アマゾンの値下げを見越して定価を設定した)。アマゾンは売上の40%程度を取る。取次業者が手数料を取る。私が受け取るのは、1冊当たり約10ドルだ。もちろん、そこから本の制作にかかった費用を控除しなければならない。編集者、デザイナー、校正者など、この472ページを制作するために働いてもらった人たちの費用である(私自身が注ぎ込んだ年月は、計算から除外する)。さらに、多数の本を評論家や寄稿者たちに送ろうとしている。私が驚いたことは、この本を英国またはカナダに送るのに最も安価な方法は(遅いのは気にしないとして)、それぞれ60ドル、38ドルなのだ! 他に選択の余地はない!

商業出版社がこの不安定な出版のしくみをうまく動かしていることに、今では多大な敬意を持っている。紙の本を出版して金もうけをすることは、容易ではない。芸術の制作によく似ている。実際のところ、この大きくて美しい本は、芸術作品だと思う。『Cool Tools』は、本当に優れた芸術だ。

この芸術作品を入手したい方は、こちらで事前注文をどうぞ。

(日本語訳:堺屋七左衛門)


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※この記事は2013年10月26日に「七左衛門のメモ帳」に投稿された同名の記事を、クリエイティブ・コモンズの「表示-非営利-継承」ライセンスの下で転載したものです。

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執筆者紹介

ケヴィン・ケリー
(Kevin Kelly)
ジャーナリスト。米「WIRED」創刊編集長。著書『テクニウム〜テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房)、『ケヴィン・ケリー著作選集1』『同2』(達人出版会、1はポット出版からも)ほか。
公式サイト:http://kk.org/