Internet ArchiveのTVニュース・アーカイブ

2012年9月26日
posted by yomoyomo

インターネット・アーカイブと言うと、一般的にはウェブページのアーカイブ Wayback Machineで知られているのかもしれませんが、それに留まらず現代のアレクサンドリア図書館というべきデジタル図書館の実現をミッションとしていることは、本誌の読者であればおそらくご存知でしょう。

創始者であるブリュースター・ケールは、昨年のインタビュー記事(「ブリュースター・ケール氏に聞く本の未来」)で「200万冊もの本を電子書籍化した」と語っていますが、昨年秋の時点でその数が300万冊を突破しており、現在もその数を増やしているでしょう。他にも例えば今年『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』が売れて日本でも認知が高まったロックバンド、グレイトフル・デッドの膨大なライブ音源や、ゾンビ映画の記念碑的作品『Night of the Living Dead』(ジョージ・A・ロメロ監督)などアーカイブ対象は活字情報に留まりません。

そのアーカイブは、最近でも例えば楽天Koboストアが取り扱う電子書籍の数値目標を達成するのに、青空文庫などともに有効活用されているようです。

大統領選挙の判断材料を与える

さて、そのインターネット・アーカイブが、先週 TV News Search & Borrowと いう新サービスを開始し、アーカイブ対象を(アメリカで放映された)テレビのニュース番組に広げました。三大ネットワークをはじめCNNやFOXなどを含む20ものチャンネル、1000を超える番組、合計35万6千もの動画という規模にまず驚かされます(対象にコメディ・セントラルの人気番組「ザ・デイリー・ショー」、「コルベア・リポート」が入っているところにユーモアセンスを感じます)。

Internet Archiveの新サービス、 TV News Search & Borrow。

サービスの利用方法は、検索窓から入力を行い、そのワードにクローズドキャプションがヒットした動画を30秒ずつストリーミングで見る形になりますが、研究者が番組全体を見たいと望めば、有料でDVDの貸し出しを行うようです。また検索対象を特定のテレビ局、番組に限定することも可能です。ちなみにクローズドキャプションとは、テレビ放送において(特に聴力障害者向けに)音声を字幕化する文字表示技術のこと。アメリカでは1990年に「障害を持つアメリカ人法」が制定され、テレビにこの表示機能を組み込むことが義務付けられました。

今回のニュース番組公開は、ただアーカイブ対象を拡大しましたというものではなく、明確な意図があります。それはサイトを見れば一目瞭然ですが、今年11月に行われるアメリカ合衆国大統領選挙です。インターネット・アーカイブ自身、サービスの目的について以下のように記しています

本サービスは、時間がない市民がクローズドキャプションを検索し、関連するテレビニュース番組を借りられるようにすることで、2012年の大統領選挙の争点や候補者をより良く理解するのを助けることを目的としている。

実際、このサービスを使うことで、例えば2008年に結婚は男女の間で行われるものだと語っていた民主党のオバマ大統領が、今年になって同性のカップルも結婚できるべきだと立場を変え、共和党のロムニー候補者が1994年には女性の妊娠中絶の権利を支持していたのに、今年になってそれを覆す発言をしているなど、候補者の政治的主張の変化を確認できるわけです。

先日、ロムニー候補者が非公開の資金集めイベントで、「米国民の47%は連邦所得税を払っておらず、政府に依存するのが当然だと思っている層だ」と語る動画が暴露され問題になりましたが、やはり(ニュース)動画の力は強いものがあります。

またこのサービスは、単に米国民が大統領選挙で支持する候補者を決めるのに役立つだけでなく、検索をうまく利用することで各局の報道姿勢、傾向を浮かび上がらせるような想定外の利用法の可能性も感じます。

壮大な野望と果敢さ、そして実利性

本サービスについて伝えるNew York Timesの記事においてケールは、「我々は人間がこれまでに生み出した本、音楽、そして動画を集めたいんだ」という壮大な野望を語っています。実際、インターネット・アーカイブは、その野望の実現をミッションとしてアーカイブ対象を広げてきました。

面白いのは、インターネット・アーカイブは単に粛々とデジタル化を進め、成果を公開するだけでなく、「攻めのアーカイブサービス」とでも言うべき積極性も持ち合わせているところです。Bookserver構想や今回のニュース番組公開が「攻め」に属するのは言うまでもありません。

そして、野望の壮大さにばかり目を奪われると見落としそうになるのが、ケールの実利的な一面です。今回のサービスについても、当初一部自己資金で賄ったものの、大部分はアメリカ議会図書館など外部からの助成金で実現したことをNew York Timesの記事で語っています。

さきに紹介した本誌のインタビューでも、失業中の子持ちの人を雇えば補助金を与える政府の政策を書籍のデジタル化を行う際にうまく利用した話がありますが、理想一辺倒で突っ走るのでなく、きちんと政府系の機関から助成金を獲得し、しかも大統領選挙が近まった時期にサービス開始をぶつけてくるなどマネージメントスキルも相当なものなのかもしれません。

ケールはNew York Timesの記事で、ニュース番組を放送から24時間はアーカイブ対象に含めないなど、既存のテレビ局(のネットサービス)と競合するつもりがないことを強調しています。このサービスを日本で実現することを想像すると、そんなレベルの配慮で済まない苦難が予想されため息が出ますが、アメリカではニュース番組の複製行為は1976年の著作権法改正時に盛り込まれた「フェアユース」に該当するとのことです。

実際、本サービスに対して賛辞を寄せた人たちの顔ぶれを見ると、クリエイティブ・コモンズやモジラといったフリーカルチャー/オープンソース系の団体の人たちは予想通りとして、ニュートン・ミノウ米連邦通信委員会元委員長やアンドリュー・ヘイワードCBSニュース元社長といった人たちも含まれます。

今のところ2009年以降のニュース番組を対象にしていますが、「現在の形は始まりに過ぎず、アーカイブ対象を過去に遡っていくつもりである」とケールは語っています。ニュース番組にクローズドキャプションが付くようになったのは2002年からなので、それより前のニュース番組のアーカイブには何かしらブレイクスルーが必要と思われますが、ケールは飽くまで楽観的に見ており、あらためてその野望の大きさに唸らされます。

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