アマゾン主導のEブック革命は何をもたらすか

2012年6月26日
posted by 大原ケイ

今週のニューヨーカー誌にケン・オーレッタが書いていたビッグ5&アップルEブック価格談合裁判についての記事を読んで、私は米出版業界でアマゾンに牽引されて粛々と進行しているEブック革命が、根本的に何をもたらすのかという漠然とした考えに、かなりハッキリした輪郭が加えられ、戦慄した。それはちょうど今日本でも、取りざたされている出版社の著作隣接権や出版物原版権にも絡む話だと思うので、ない頭をひねって記してみる。

オーレッタの最近の著作。

少し最初に説明すると、ケン・オーレッタは日本ではおそらく『グーグル秘録〜完全なる破壊』(文藝春秋)や『巨大メディアの攻防—アメリカTV界に何が起きているか』(新潮社)の著者として知られているノンフィクションライター/ジャーナリストで、日本で言えば、『誰が「本」を殺すのか』を書いた佐野眞一にきわめて近い立ち位置の人物だと理解してもらっていいだろう。

彼はニューヨーカー誌にたびたび出版業界をめぐるテーマで寄稿しており、業界の人間から見ると、印税とか、ディスカウント率とか、基本的なところで時々間違えてるよね、という批評はあるものの、業界の外からの視点を提供してくれる貴重なオブザーバーである。

ケン・オーレッタの記事は何を伝えたか

書籍出版ビジネスが他の商品を売るのとは違うという点ではアメリカも日本も同じだ。それはつまり、本は1冊1冊が他の本とは全く違う「新製品」で、高額の新聞広告などで広く浅くその存在を知らしめるのは非常に効率が悪い、ということだ。なんだかんだ言っても、手堅く書店員さんに丁寧に売ってもらって、クチコミで話題になって、マスコミに取り上げられて…という売れ方が望ましいのだが、これが難しい。

アメリカではこんな風に基本的にお金をかけないマーケティングと、お金を払って広告を打ったり、書店チェーンの平台に並べてもらうコアップ(co-up)などのマーケティングを区別して、前者を「パブリシティ」、後者を「マーケティング」あるいは「アドバタイジング」と呼んでいる(日本では一緒くただけど)。

しかも本というのは読者に何を読みたいかを調査して回答が得られるものではない。読者はたいていの場合、今まで知らなかったこと、期待を裏切る新鮮さなど、知的好奇心を刺激される本との出会いを求めて本屋に足を運ぶからだ。

これがアマゾンなどのオンライン書店では、アルゴリズムに従って類書を羅列し、顧客の過去の購入履歴から興味のありそうなタイトルを推薦することはできる。読者が調べ物などのために最初から欲しい本がある場合には有効だが、楽しみとしての読書はパソコンでポチ買いは難しい。この辺のところをオーレッタは、著者協会のスコット・トゥロウ理事長や、アシェットやペンギンなどの社長にインタビューして、本との出会いの場がなければ、新しい著者を世の中に送り出すのがいかに難しいかという証言を引き出している。

一方で、日本にはないシステムに「アドバンス」がある。これは印税の前払い金で、企画が通ったり、原稿にゴーサインが出た時点で一部が支払われるシステムだ。前払い金と言っても、もしその本が出版社が見込んだほど売れなくても、著者は返さなくていいお金だ。

そしてほとんどのタイトルについて、アーンアウト(earn out)、つまり増刷がかかったりして支払うべき印税がアドバンスの額を上回るケースがないと言っている。これは本当。今までにも繰り返し書いてきたことだと思うが、本なんて1冊1冊丁寧に作って、一生懸命売って、それでもほとんどは売れて欲しいほど売れなくて、でも、たまに予想外に売れるのがあって、そしてごくごくたまーにベストセラーがあって、出版社全体が何とか潤って、そしてまた本を作っていく、というビジネスモデルなんだよね。それを理解しない業界にM&Aなんぞで買収されるとすぐダメになる理由がこれです(最近では会社更生法を申請したばかりのホートン・ミフリン・ハーコートとかね)。

言い換えれば、アメリカの出版社に原稿が受け入れられる、あるいは企画書にゴーサインが出ると言うことは、これからその出版社が著者のコンテンツに、編集、装丁、製本、販売、マーケティングという各方面で「投資をする」ということにほかならない。そこには大勢の人のコミットメントがある。だから著者もアドバンスで食いつないで原稿を書き上げることができるし、出版社をあちこち移らずに、売れるようになるまでいっしょにがんばれる。

出版は「プロの物書きを育てるための投資システム」

でもこれはアマゾンにとっては、効率が悪いし、出版社から本を出してもらえない大勢の著者をないがしろにしていることにほかならない、ということになる。確かに、最近アマゾンで売れている本を見ると、その約2割が自費出版の格安本と、アマゾンが出しているEブックのみの本となっていて、個人的には質が落ちたと感じていた。

私は仕事上、売れ筋の本は気になるし、アメリカで売れている本の傾向を掴むためにもなるべくチャートはチェックしているが、自分が自分のお金とヒマをかけて読みたい本はアマゾンで探さなくなった。業界仲間がソーシャルネットワークで紹介している本にはすぐ飛びつくくせに。

アマゾンに言わせれば、新聞社などが発表しているベストセラーの上位を占めるのは大手出版が鳴り物入りで出している本ばかり。だが、アマゾンでは零細出版のニッチな本や、自費出版のものがたくさん入っているよと、CEOのジェフ・ベソスは言っており、アマゾン以外はエスタブリッシュメントのスノッブだということになるのだろう。でも私は、出版社が推している本からは、その本を作った人たちの思い入れが感じられる(この点、バイアスがかかっていることは認めざるを得ないが)。

オーレッタはこれを「プロの物書きを育てるための投資システム」と位置づけている。今回私が彼のコラムで開眼させられた部分だ。もし、効率よく利益だけを上げていけばいいビジネスならば、売れることがわかっている著者だけにベストセラーをどんどん書かせればいいだけのことである。

そして反対に、出版社を見つけられない、あるいはなくてもいいと思っているアマチュアな著者の作品が安い値段で読めるようになるのがEブックだ。一握りの成功物語の裏側で、自費出版をしている著者の約半分は印税収入が500ドルに満たないという統計もある。

アメリカの出版社は、今のところ紙で売れてもEブックで売れても同じと考えて、その全体の見込み部数に応じてアドバンスを払っている。だが、Eブックだけではアドバンスはゼロ。作品が世に出ないうちは何の収入にもつながらないし、自分で出したところで、いくら印税率が90%だといえども1年に数万円の収入にしかならない。そしてマーケティングは全て持ち出し。これは今すでにブログの世界で起こっていることと同じである。つまりアクセス数を稼げるごく一部のブロガーが有料メルマガという形で利益を上げる一方、タダで読めるものは玉石混交、塵の数ほどあるという状態だ。

私も今まではアメリカのアドバンスというシステムを不効率だよなぁ、と感じることがあったが、オーレッタの指摘によって何が守られているのかがわかった。それはdiversity over profit、つまり出版社の人間が目利きとなって、少しぐらい赤字になって世の中に存在すべき書籍を推していく、そして売れる作家の上がりからその費用を補うというやり方で、売らんかなの商売では日の目を見ない部分に光をあてていくのが出版社の使命なのだ。

本は「高速道路わきではねられて死んだ小動物」になる?

オーレッタの記事の後半部分は、米司法省とビッグ5の対応をつぶさに洗い出した内容となっているが、いちばん最後の部分にまた私は震撼させられた。彼が言うには、今はアマゾンと出版社の小競り合いだが、これからは顧客のクレジットカード番号を集め、クラウドコンピューティングにより、検索機能をつけたデバイスからどんどん欲しいモノを買わせるという究極のバトルは、いずれ、アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトで争われる、と。そしてその頃には、本なんてただの「ロードキル」(roadkill、高速道路わきではねられて死んだ小動物)となるだろう、と。

日本ではどうか? アドバンスがない分、すでにアメリカでこの先アドバンス制度が崩壊した場合と同様のカオス的状況に近づいている気もする。それは、出たとこ勝負で著者がないがしろにされている部分だ。とりあえず出してみて、ギャラを支払うのは後回し。どういう副次権をどちらが管理するのかも明確にしてこなかったから、電子化の必要が出てきてからガタガタ騒ぎ出す。宣伝や販売方法なども後付けなので、〆切りもなければ、著者と協力してマーケティングで売ろうという努力もない。どの本屋で売ってもらうかは取次に丸投げ。すでに売れる著者のスカスカな本が大量生産されている。この文化の何を守れと言うのか。

それでも私はアメリカでEブックがどんどん浸透していくのは避けられないことだし、これを阻止することが正しいとは思わない。人が全てをEブックで読むような時代が来たとしても、広く深くプロの作家にコミットしていくことは可能だろうと思うし、新しい発見のために書店が必要だと思われているのなら、一定数の書店は残っていくだろう。

日本でのEブックについても同じで、全てをこのまま守りきることはできない。もちろんそれで職をなくす人も出てくるだろうし、本というものの質も値段も売り方も変わっていくだろう。そのことに気がついて、何を残し、何を切り捨てるべきかを早急に判断できる出版社だけが残っていくべきだろう。

※大原ケイさんの個人ブログ、「マンハッタン Book and City」の「そのうち本はただのroadkillというオーレッタの予言にgkbr」(2012年6月23日)を改題して転載したものです。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。