復刊はもうひとつの出版の「本道」である

2012年6月6日
posted by 左田野渉

書籍の復刊は新聞書評に載らない仕事です。書評に取り上げられるのは、あくまで新刊書だけです。海外文芸作品の「新訳」なら取りあげられる可能性もなくはありませんが、復刊ではまず無理でしょう。また復刊書がベストセラーになることも滅多にありません。表舞台に背を向けた、決して「主役」にはなれない仕事です。しかし、だからこそ読者の願いを本当に叶えることのできる仕事でもあるのです。

「復刊ドットコム」のトップページ。

「復刊ドットコム」の活動は今年で12年目を迎えます。これまで5000点以上の復刊を実現させてきました。「復刊ドットコム」で復刊を実現する方法は、二つあります。一つは私たちが出版社交渉によって「ネット書店」として実現する方法。もう一つは私たちが「出版社」として実現する方法です(下図を参照)。

全体では前者が八割、後者が二割の占有率です。前者は投票数というマーケティングデータから、すべて私たちがリスクを負う買切仕入れです。復刊では発行部数が小ロットであることを補うために、価格を1.5~2.5倍にアップします。後者は交渉先の出版社が復刊できない場合です。発行出版社が倒産していたり、そのジャンルから撤退していたり、担当編集者が退職していたり、などの理由があります。この中間的なソリューションとして、出版社に発行権を残して、小社が編集・印刷製本の進行をすべて引き受けて発売元となるケースも好評で最近は増えています(下図を参照)。

「復刊」はブルーオーシャン

このようにして生まれた復刊書籍のうち、すでに出版社がなくなっており、「復刊ドットコム」自体が発行元となった案件のなかから、定評ある物理の学習参考書である渡辺久夫『親切な物理(上・下巻)』、森永乳業ヒ素ミルク中毒事件を扱った長谷川集平の絵本『はせがわくんきらいや』、球体関節人形のさきがけである『ハンス・ベルメール写真集』などのロングセラーが生まれています。

また出版社からの仕入書籍でも、『METHODS~押井守「パトレイバー2」演出ノート』(角川書店)、宮崎駿のアニメ作品「未来少年コナン」の原作である アレグザンダー・ケイの『残された人びと』(岩崎書店)、沢渡朔の写真集『完全版アリス』(河出書房新社)、仕掛絵本『ガマ王子対ザリガニ魔人』(主婦と 生活社)などのスマッシュヒットが生まれました。

わずか数百という発行部数ですが、ヤマハミュージックメディアと作った谷山浩子のSFミステリー『悲しみの時計少女』や、70年代に活躍した人気フォークグ ループNSPのリーダー、故・天野滋の『見上げれば雲か』などを、それぞれのファンの方々が大喜びしてくれたり、目黒区美術館の秋岡芳夫展をきっかけに復刊された秋岡芳夫『竹とんぼからの発想〜手が考えてつくる』を、国際竹とんぼ協会の皆さんが大歓迎してくれたことは、何より得がたい経験でした。

「復刊ドットコム」から生まれた復刊書籍たち。

さらに、投票者の方々との共同作業によって、フランスの歴史大河小説『ダルタニャン物語』『アンジェリク』は世に放たれました。また 編集者が北海道まで行き、著者がご他界になっても追い続けて執念で実現した、『夢館』をはじめとする「佐々木丸美コレクション」。忘れ去られていた「トラウマ童話」作家である大海赫先生が、『ビビを見た!』で日本児童文学家協会の「児童文学功労賞」を受賞なさったこと。最高裁まで争われた漫画『キャンディ・キャンディ』原作の復刊を、著者の名木田恵子さんと心の崖を一緒に飛び下りて実現したこと。そして何より藤子不二雄A先生の『怪物くん』を始めとする「藤子不二雄Aランド」(全149巻)の完結を成し遂げたこと。

いずれにしても大手出版社では絶対に取り組まないであろう企画の多くを実現することができました。これもブルーオーシャンである「復刊」という畑を黙々と耕し続けてきたからこそ収穫できた果実です。

「作る側」の出版から、「読む側」による出版へ

近年の電子書籍ブームに関しても、ひとこと触れさせていただきます。2010年のiPadの発売以来、出版業界では「すわ、新しいメディアの台頭だ」とばかり、多くの出版社や家電メーカーが電子書籍コンテンツやデバイスの投入に踏み出しました。しかしながら電子書籍市場はいまだ鳴かず飛ばずで、時期尚早論や外資企業待望論にトーンダウンしました。

今年に入って国家支援によるコンテンツ緊急電子化事業(略して「緊デジ」)の発表や出版デジタル機構の発足など、再び電子書籍市場が脚光を浴びています。電子書籍の刊行点数が揃っていないから市場が形成されないのか、電子書籍の流通経路が紙の流通のように整備されていないから売上が振るわないのか、それとも日本人が電子書籍に馴染まない国民性なのか。理由は判りませんが、これらも「作る側」の動きでしかなく、「読む側」の機運が盛り上がったとは言い難いです。

最近、講談社が電子書籍による復刊リクエストをtwitterとFacebookで募集し話題を呼んでいます。私たちも将来を見据えて復刊書籍の電子化を開始しました。あくまで「紙で復刊した書籍」の電子化です。莫大な利益はあげられないとしても、電子書籍を「デジタルコンテンツ事業」と位置づけ、紙と電子書籍のマルチプロダクツという方向性を打ち出したものです。

編集費をかけてつくった本を、商業出版物として採算を取ろうとすれば、オフセット印刷の場合、最低でも2000部程度の刷り部数が必要です。これに対して、私たちへの「復刊リクエスト」を見ると、500~1500部くらいの中間的なマーケットが存在していることがわかります。しかし、このくらいの市場規模では出版社は商業出版として手がけることが難しいのが実情です。私たちは、このゾーンにいる書籍を電子書籍データを作って、デジタルプリントでショートラン印刷によって復刊に努めています。

デジタルプリントといっても、いわゆるオンデマンド出版ではなかなか投資が回収できないため、需要を小ロット化するショートラン印刷による復刊で、一定以上のボリュームがある売上を確保しています。技術的には電子書籍データをttxのような中間ファイルで持つことで、デジタルコンテンツのマルチプロダクツが実現します。遠い将来はともかく、近い未来では電子書籍オンリーよりも、デジタルプリントという中間的な出力形態のほうが、電子書籍事業の収益性の極端な低さを緩和できると考えて、トライアルを実際に始めました。

復刊リクエストデータも出版社に公表

最後に、私たちは昨年度から復刊リクエストデータを出版社の皆さんに公開する「復刊オープンマーケティング」サービスを無料で開始しています。これまで百社ほどの出版社に、自社の復刊リクエストデータの詳細を閲覧いただいています。今年からは、他社分の「オープンマーケティング」のデータも公開する第二次サービス(有料提供)を開始しています。

これらは、私たちが働きかけなくても、世の中で復刊という行為が自動的に生まれることを願って始めたサービスです。私たち「復刊ドットコム」の願いは、「編集者が読者に本を与える」という、生産者主導による従来の出版から、「読者の願う本の出版を出版業界が引き受ける」という、生活協同組合的な生産=読書スタイルへの社会転換なのです。

■関連記事
印刷屋が三省堂書店オンデマンドを試してみた
スウェーデン作家協会のオンデマンド出版サービス

執筆者紹介

左田野渉
復刊ドットコム代表取締役社長)