進化せよ。ここがガラパゴス島だ!

2011年9月21日
posted by 鎌田博樹

GALAPAGOSタブレット(10.8型と5.5型)の自社販売を9月で終了するというシャープの発表は、メディアによって「撤退」と報じられ、同社は急遽、それが「誤報」であるとする記者会見を開かねばならなかった。

この夏に7型タブレットの新製品を出したばかり(イーアクセスが販売)のことで、通常ならこんな「誤報」は生まれない。ところが、世間(を反映するメディア)はGALAPAGOSが終わる、と短絡・直感した。その意味は軽くはない。これほどデリケートなことに関してシャープが鈍感であったはずはないので、ただ苦しい説明を避けたのだと思う。では何が言いにくかったのか? なぜ人々は「誤解」したのか?

シャープは昨年末に発売した2機種の販売終了を発表。

出版における「プラットフォーム」の重み

GALAPAGOSのオリジナル製品は「日本的」美意識にこだわった商品だ。極端にワイド(縦長?)なスタイル、PPラミネートの印刷物を思わせる重厚・美麗な画面、「縦組み、ルビ付き、マンガ対応」を保証するXMDFブラウザ、出版界に祝福された専用ストア…。販売目標100万台を掲げたGALAPAGOSは、まさにiPadとKindleという黒船を迎え撃つわが連合艦隊の旗艦として持ち上げられた。このオリジナル機種に対して、7型のほうはGoogle純正Android 3.2搭載の、現在ではありふれた非日本的タブレットだ。だからシャープも大きな声では宣伝しなかったのだと思う。そして二隻の旗艦をひっそりと「退役」させ、グローバル・スタンダードな7型を残した。しかし、戦艦大和がただの戦艦でなかったように、オリジナルGALAPAGOSも大きな象徴的意味を持っていた。それは一商品で負うには重すぎるメッセージで、行き場を失えば発信者に帰ってくる。加速度をつけて。

出版におけるプラットフォームは軽いものではない。とくに画面サイズとアスペクト比は、デザイナー、編集者を拘束し。読者のユーザー体験を制約する。簡単に変えられては堪らない。市場からiPad7インチ版を求められたアップルが、それを拒否し、画面を将来にわたって固定したのは、それが「唯一」のものでなければならないと考えているからだ。シャープは、オリジナルGALAPAGOSをどう進化させるのか、廃棄するのかについて説明を求められている。判型が決まらなければ活字出版は成り立たないように、電子出版も「仮想ページ」が安定しないと成り立たない。製作者と読者を大事にしないとプラットフォームは務まらない。

企業として「電子書籍のプラットフォーム」という看板が重荷になってきたのなら、それは返上してもかまわない。そもそもタブレットと「電子書籍端末」とは必ずしも相性がよくないのだから。シャープにとってタブレットは、PC事業を継承すべき戦略的なものだ。そもそもタブレット市場は、日本でも海外でも、これから離陸期を迎えるものだし、シャープのような会社が、この重要な市場から撤退してよい理由は見当たらない。それに、ガラパゴスは「環境」に適応し、進化できなければガラパゴスではない。もちろん適応は1年や2年でできるものではないのだ。いま必要なことは、失敗をきちんと評価し、教訓を汲んで前進することだと思われる。もちろん、それはシャープだけの問題ではない。ソニー、パナソニック、東芝など日本を代表する企業に共通する問題であり、いまだに21世紀の出版のプラットフォームを見出せていない出版界にとっての問題でもある。そして「電子書籍元年」を総括することでもあるだろう。

GALAPAGOS7つの教訓

GALAPAGOSタブレットについて、現時点で筆者が言いうることは以下である。

第1に、タブレットは専用読書デバイスを代替するものではない。在来書籍を読むには重すぎ、高すぎる。雑誌やマンガ、ムック、拡張型のE-Bookなどには向いているが、現在のところタブレット向きのコンテンツはデータ的に重く、価格は高く、供給も多くない。GALAPAGOSはコンテンツ市場とのミスマッチと戦わねばならなかった。iPadもこの分野ではまだ成功していない。コンテンツで儲かっていないのは同じだ。

第2に、以上の背景がありながら「電子書籍」端末としては準備不足のまま出発したことがGALAPAGOSの躓きだった。出版業界の全面支援を期待したと思われるが、それができる業界ならソニーやパナソニックも苦労はしなかった。あるいは「官民」あげて国産プラットフォームを支援する環境ができることに期待したのかもしれないが、それを期待できる状況ではないし、仮にできたとしても、かえって「毒饅頭」になりかねなかったと思う。国産プラットフォームは、最初から「おててつないで」では生まれない。

第3に、タブレット自体は静的プラットフォームではなく、「クラウド+デバイス」で成立する半分オープンな生態系の一部であるべきものだ。シャープはGALAPAGOSを完成品としてデビューさせたが、クラウドのほうは漠然としたままであった。ユーザーにとっての価値が見えなければ生態系も育たない。放っておいてもモノから生態系が育つ時代ではない。GALAPAGOSがAndroid Marketに依存しない判断をしたのは別に間違いでないが、GALAPAGOSクラウドはまだ詰め切れていなかった。

第4に、タブレット・ビジネスは、企業の戦略的事業として成立する。GALAPAGOSは、シャープ自身の事業エコシステムにおける位置づけが(少なくとも外からは)不明な孤島として登場した。例えばシャープには電子辞書がある。これは特定コンテンツ/専用フォーマット/専用デバイスという閉鎖系環境で成立させた日本的E-Bookだが、これを統合するビジョンを持つならGALAPAGOS生態系にも説得力が生まれるだろう。ソニーや他の家電メーカーにも共通することだが、事業部の壁を壊せない限り、タブレットで成功する確率は限りなく低くなる。

第5に、流通の問題だ。量販店に頼らず、消費者とのコンタクトを重視して直販を採用したこと自体は正しい。B2Cの関係を創らなければ、家電メーカーとしての将来はないかもしれない。とはいえ、直販とサービス体制の構築は企業全体として取組むべき歴史的大事業で、GALAPAGOSだけで機能させるのは無理がある。たとえばアマゾンのビジネスは、物理的・仮想的なロジスティクスを中心とした「サービス」とそれを最適化する「ソフト」を軸に成立している。タブレット事業には不可欠なものだ。

第6に、ユーザーが期待するコンテンツの問題。これは出版社自身の進化に期待しても1ミリも前進しない。彼らはまだE-Bookの作り方、売り方を修得していないし、未知の世界を前に躊躇している。もともと本の多くはマーケティングで生まれたものではないし、読者とそのニーズが知られているわけでもない。シャープが成功体験を持っている電子辞書は、高価な辞書・事典類をパッケージにして手が出る値段で出したから成立した。コンテンツのない「電子辞書」デバイスでは売れない。紙版の8割の値段で売られる広辞苑電子版を買うために、誰が空の電子辞書を買うだろうか。

最後に、GALAPAGOSがユーザーに約束する価値の問題がある。それが他にない読書体験の提供であるなら、徹底してユーザーの立場に立たなければならない。出版業界に遠慮し、配慮していては画期的な「企画」は生まれない。電子辞書のように、ユーザーが期待するものを実現するために出版社を(もちろん理屈よりはお金で)説得する剛腕がなければ価値は提供できないのだ。ユーザーの信頼、ユーザーとの永続的関係はそこから生まれる。足らないのはコンテンツではなく、旧弊を乗り越える知恵である。

XMDFの不幸:バザールでもカテドラルでもなく

ちょうど1年前、筆者は「XMDFの不幸:さびしい標準」という記事を書いた。累計PVが2万を超え、現在もアクセスが絶えない不思議な記事だが、結局XMDFはGALAPAGOSの推進力となるどころか、むしろ足枷になっている。XMDFは悪い標準ではないが、利用に制約があっては発展できないからだ。XMDFツールはいまだに自由に誰でもダウンロードして使えるようにはなっていない。やろうと思えばできるのだが、「どんどん作って下さい」という姿勢ではないから、たとえばフリーのデザイナーや編集者などが手を出しにくいのが問題だ。標準もひとつのエコシステムを創るが、主体はあくまで市場と対話している開発者である。プラットフォームとしての標準は、選択可能なツール、多種多様なユーティリティ、テンプレート、ユーザー・フォーラムがあって成立する。バザール方式のEPUBはそれが自然に育っているが、XMDFはバザールでもカテドラルでもない。無償であっても「一見さんお断り」のような印象を与えては、意欲ある人はEPUBになびくだろう。

市場ではフォーマット自体に価値はなく、ただそれがサポートするコンテンツの質と量、変換可能性と拡張性だけに意味がある。XMDFは既存の商用コンテンツを超えて、GALAPAGOSに多くのコンテンツをもたらさなかった。事実上、高めの値付けをする出版社の「有償コンテンツ専用フォーマット」となってしまったからだ。しかし、E-Bookは多数の無償コンテンツをその生態系に含む環境であって、XMDFは閉鎖系では発展せず、インターネット上のXHTML+CSS(つまりEPUB)に包囲されてしまう。アマゾンは、PDFやEPUBを直接呑み込める自社フォーマットを維持することで、開放性と閉鎖性のバランスをとっている。XMDFに将来があるとすれば、同様の方向しかないだろうが、閉鎖性の罠に自ら陥るようでは危うい。XMDFとGALAPAGOSが心中するようではユーザーも困る。

これからEPUBとPDFというオープン・フォーマットのコンテンツが大量に出てくる。GALAPAGOSはそれらを吸収してその生態系の一部として取り入れるようでないと、島は食糧不足で飢餓状態が続く。今後のタブレット・アプリの主流は、iOSでもAndroidでもなく、HTML5とその他のマークアップ言語 (たとえばMathML)を標準とし、様々な「エンジン」がそのダイナミックな機能をドライブする形になる可能性が強い。その意味で、シャープはGALAPAGOS用のWebブラウザの開発に力を入れる必要があるし、そこでXMDFをサポートするのも悪くないだろう。あるいは(重くはなるが)Wolfram AlphaやCDF (Computable Document Format)をサポートする強力なダイナミック・タブレットに発展させるのも面白い。

ともかく、タブレットはこれからのものだ。撤退などあり得ない。イソップ(「ここが、ロードス島だ、さあここで飛べ」)ではないが、筆者はこう言いたい。

「進化せよ。ここがガラパゴス島だ!」

※この記事はEbook2.o Forum に2011年9月19日に掲載された同題の記事を、著者による加筆をくわえ転載したものです。

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執筆者紹介

鎌田博樹
ITアナリスト、コンサルタントとして30年以上の経験を持つ。1985年以降、デジタル技術による経営情報システムや社会・経済の変容を複合的に考察してきた。ソフトウェア技術の標準化団体OMGの日本代表などを経て、2009年、デジタルメディアを多面的に考察するE-Book 2.0 プロジェクトに着手。2010年より週刊ニューズレターE-Book2.0 Magazineを発行している。著書に『電子出版』(オーム社)、『イントラネット』(JMA)、『米国デジタル奇人伝』(NHK出版)など。情報技術関係の訳書、論文多数。2013年、フランクフルト・ブックフェアで開催されたDigital Publishing Creative Ideas Contest (DPIC)で「グーテンベルク以前の書物のための仮想読書環境の創造」が優秀作として表彰された。