友人たちと4人で住んでいた三階建ての一軒家から、木造二階建てのボロアパートへ、2000冊近くの蔵書を移したところ、床が完全に本で埋まってしまった。その様子を写真に撮り、ネット上に公開したところ、まったく違う意見を同時に寄せられた。「床が抜ける」というものと「それぐらいじゃ抜けない」というものだ。
いったいどちらが正しいのだろうか。「本で床が抜ける」という話はときどき噂話として聞くことがあるが、都市伝説ではなく、ほんとうに抜けたりするのだろうか。三面記事を探ったり、専門家に話を聞いたりして、真相を探ってみた――というのが、前回の記事(「本で床は抜けるのか」)のあらすじである。続編の今回は床抜け問題について、さらなる実例や、床が抜けないようにする方法について考えてみたい。
恐ろしい話
軍事ジャーナリスト加藤健二郎さんが話してくれた「本で床が抜けた」知り合いの連絡先を見つけ出した。加藤さんと僕が共通して仕事をしている雑誌編集部、そのルートをたどったのだ。
加藤さんの知り合いとはマスコミ出演が数多い軍事評論家、小山優(仮名)さんであった。突然の電話であるにもかかわらず、小山さんは快く取材に応じてくれた。
床が崩れたのは1997年です。練馬区の中村橋近くの木造アパートに住んで6年がたっていました。ふた間と台所がそれぞれ6畳の2DKという間取りで風呂とトイレ付きです。一つの部屋には机を置き、もう一つの部屋は本だけの部屋としていました。一人で暮らすには十分すぎる広さでしたが、蔵書を5000−6000冊所有しておりまして、本の隙間にやっと暮らしているような、そんな感じでした。利用している本棚はどこにでもある普通のものです。大家の許可を得て、大工さんに作り付けの本棚を壁に固定してもらい、そこに資料を収めていました。洋書や写真集など重い書籍がかなりを占めていました。本の置き方ですが、基本は壁際、一部は床置きという状態でした。
床が抜けたきっかけは地震でした。小さく揺れた後、その5分後にミシミシと音がして、床置きしているところがみるみる崩れていきました…。大型の洋書を重ねてたんです。2冊膝の上に置けば、昔の刑罰になるというぐらいの重い本です。1冊2キロぐらいはあったでしょうか。本棚のある壁際から離しておいていました。崩れたところの床下は木材が弱っていました。ネズミがかじって穴を空けて、一階と二階を行ったり来たりしていたのです。部屋からは見えなかったんですが、あとで一階から見ると、ネズミがおしっこをかけたシミがあったそうです。崩れた後、二人で手分けして本を取り出しました。すぐに出ていかなくてはなりません。引っ越し先は練馬区内に適当なところが見つからなかったので、中野区に引っ越しました。
前回にお伝えした「明日中に全てもって出て行くか、損害賠償を払え」という大家とのやりとりは床が崩れた後の修羅場の中で交わされたのだろうか。
借りていた家に大変な迷惑をかけました。全てが私の原因ではないにせよ。弁護士を通して、交渉し、弁済金を支払いました。建て直すのである程度のまとまった額は払わなくちゃならなかった。おかげでものすごく貧乏になりました。貯金は全てはたきました。だって何百万という大金ですよ。その後、蔵書は実家の物置に置くことができたんですが、背表紙を一望できないじゃないですか。使いづらくなりました。そのころ親の介護も重なっていましたし、大変でした――。
数百万という弁済金を支払わねばならなかったのは、アパートが崩壊し、建て直しを余儀なくされたからなのだろうか。本を持ち出せたのだから、一気に崩れたりはせず、時間をかけてゆっくりと崩壊していったのではないか。部屋は二階だったのか。建物は全壊したのか。自身は怪我をしなかったのか。本は全て取り出せたのか。本を取り出すのを手伝ってくれたのはいったい誰なのか。また、弁済金は立て直しの費用の全額なのか。どうやってすぐにアパートを見つけたのか――。
話を聞いて、様々な疑問がわいてきた。
「お聞きして疑問に思ったことがあります。例えば弁済金の具体的な額ですが、結局のところいくらだったんですか。それは修繕費用の全額だったのですか」
「……」
「もしもし」
「……この話そろそろやめてもいいですか。名前? 匿名にしてくれれば何を書いてもいいです。……ガチャ」
立板に水の如く、しゃべり続けた小山さんだったが、この一件については今も引きずっているようだった。僕が追加で質問しようとすると、途端に口ごもり、電話が途切れてしまった。お目にかかった上で、ゆっくりと話をお聞きするつもりだったのだが、これ以上の話は難しそうだ。
弁護士が入ったというから、この記事が明るみになることで、余計な問題が起こることを恐れているのかもしれない。自分から話すのはまだしも、他人から質問を受け、思い出して詳しく語るほどに、この体験をご自身の中で消化されていないのだろう。
それにしても人の噂はいい加減なものである。結局、小山さんは賠償額を払ったのだ。
正反対のアドバイス
1万冊強の蔵書を持つ東京大学大学院の教授、松原隆一郎さんからいただいたアドバイスは前回話を伺った一級建築士とは正反対であった。
松原さんの活動範囲は実に広い。専門分野である社会経済学、相関社会科学の研究、学生の指導といった本業以外に新聞での書評の仕事、論壇での提言などに加え、フリージャズコンサートの製作に関わったり、格闘家としての顔を持っていたりもする。先生には拙著が文庫化されたときに解説を書いていただいたこともあり、以前から懇意にしていただいている。
床抜けの話を書いてあったけど、抜ける理由は壁に置いているからですよ。壁の回りに本棚を置くと部屋の真ん中がゆがむ。床が上がるんです。そうしたケースがいちばん床が抜けやすいし危険です。そうならないためには真ん中に重いものを置かなくてはならない。全体の重さで床が抜けないのであれば、真ん中にも置いた方がいい。よっぽど強い造りじゃない限り、真ん中を外すのは危険です。木造だったら床の真ん中がボーンとあがる可能性がある。実際、僕の家(書庫にしている木造の一軒家)は真ん中が上がってきている。今は父親の遺品である1000枚以上のCDコレクションを置いているから平気なんだけど、その前はなんとなく、真ん中が上がってきていた。
現に、僕の友達で床が抜けた人がいる。本の重さというものはだいたい分かっていたつもりだけど、自分の家も床が上がってきてたからね。これやばいなあって危機感を持ちました。
前回の一級建築士が話してくれた、梁の上に載せた方がいいという話と食い違う。建築士のアドバイスに従い、強度のありそうな部屋の端に本棚を並べたというのに、その方法こそが問題で、いちばん危険だなんて。いったいどれが本当なのだろうか。
しかし、小山さんのケースも壁に沿って本棚を並べていたという点では、松原さんの説に従うと危険だった、ということになる。反りかえった床にネズミが悪さしたところを小さな地震がとどめを刺した、ということであれば、確かにその通りなのかもしれない。
なお、松原さんには三つの拠点がある。駒場にある東大大学院の研究室、阿佐ヶ谷にある自宅、そして書庫専用に借りている築50年の木造の一軒家である。
書庫にしている一軒家は日の当たらないじめじめしたところなんです。風呂なし、家賃4万5000円、9畳半。そこには学生が使うような普通の本棚が17箱置いてあります。
彼が危惧している、床が上がっている家とは書庫にしている古い木造家屋のことである。
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