北海道の読書環境を支えるためのネットワーク、「ぶっくらぼ」スタート

2017年3月21日
posted by 荒井宏明

幸福から遠い北海道で

2017年の1月末のこと。北海道の函館市について「魅力度が第1位」と「幸福度が最下位」という正反対の結果が相次いで公表され、全国ニュースでも取り上げられた。魅力度は、民間コンサルタント会社が調査。全国の主要な1000市区町村を対象にインターネット上で「観光に行きたいか」「特産品を買いたいか」など77項目を質問し、3万人からの回答を点数化したもので、函館市がトップとなった。ほかにも札幌市や小樽市、富良野市と、トップ10に道内から4自治体がランクインしている。

一方、民間シンクタンクが人口20万人以上の中核市のうち一部を除く42市で、人口増加率や財政の健全度などの基本指標に加え、健康・仕事・生活・文化・教育の5分野で、全39項目を調査。「幸福度」として集計分析したところ、函館市が最下位となった。さらに悲しむべきことに同市は「健康」分野の評価がとりわけ低く、自殺者数・生活保護受給率・大学進学率などの項目がワーストだった。都道府県別でみると、北海道は、魅力度「第1位」、幸福度「ワースト7位」であり、函館の置かれている状況とさして変わらない。

ずっとワースト圏をうろうろしていたので、いまさら驚かないが、やはりワースト1位は情けない。

北海道は「文教」分野においても、ワーストにランクされることが多い。昨年秋、文科省は公立小中学校の学校図書館図書標準の蔵書率を発表し、北海道の小学校がワースト1位になった。蔵書指針の達成割合でトップの岐阜県は98.1%、対してワーストの北海道は35.2%だ。

公立学校の「図書館の質」がこれほどまでに異なる理由は、学校図書の購入費が地方交付税として一括で市町村に渡されているからだ。国が「学校図書費」として予算を措置しても、実際の予算編成は市町村に任されているため、往々にして教育分野の優先度が下がり、大幅に削られてしまう。「教育予算が橋や道路に化けてしまう」のは国家予算の編成においてではなく、交付税として市町村に下りてからだ。北海道は除雪費という優先度の高い事業費用があり、文教予算の優先度がさらに下がる。結果、北海道の学校図書費は「国の予算措置の半分以下」で毎年、執行されている。

学校図書館で人気の本はこうなるが、廃棄するレベルになっても予算不足で買い換えられない。

「最優先課題を三つ挙げろと聞いてほしい。私はこう答える。教育、教育、教育だ」

これはイギリスのトニー・ブレア元首相が1996年10月の労働党大会で演説したものだ。イギリスもかつては日本と同じく教育予算を地方交付税扱いにしていた。そして日本と同様に、地方自治体が「学校図書整備費」を削りに削っていたため、堪えかねたブレア氏は、学校図書整備費の編成権と執行権を地方自治体から取り上げ、国庫補助金に戻した。

日本、特に北海道でこのケースに注目する政治家がいてもいいようなものだが、これまで「地方の学校図書館における不平等」を課題として唱えた政治家は田中康夫氏と石原慎太郎氏以外に知らない。かつて民主党が政権をとったとき、所属議員は「文教施策の向上」を盛んに匂わせていたが、マニフェストの「読書環境の整備施策」は驚くほど内容が乏しく、北海道の読書環境の悪化はなにひとつ止まらなかった。

現在、学校図書館のワーストレベルに加え、公共図書館の設置率はワースト4位で、書店がある自治体の割合はワースト6位。これに「町村の平均面積が全国1位で全国平均の2.5倍にも及ぶ」という地理的状況を加味すると、「住民が図書にアクセスできる環境」は、間違いなくワースト1位といえる。

ネットワーク形成事業「ぶっくらぼ」

かかる状況において、北海道の読書環境のドラスティックな向上は、一朝一夕には成らない。そこでわたしが代表理事を務める一般社団法人北海道ブックシェアリングは「広く賛同を募り」「手数を増やし」「長期戦」で仕掛ける事業として、北海道の読書環境ネットワーク形成事業「ぶっくらぼ」を起案。すでに北海道、北海道新聞社などの後援を得て、2018年度から事業を開始する。

北海道ブックシェアリングは「格差のない読書機会の実現」を進めるために2008年、札幌の教育関係者と図書関係者が集まって設立。読み終えた本の再活用や、読書環境に関する調査、レクチャー、ワークショップなどを実施し、東日本大震災被災地ではさまざまな図書施設の復旧・再開を手がけた。昨年から北海道で広がっている「無書店自治体問題」について実地検証しようと、「社会実験:北海道の無書店自治体を走る本屋さん」を実施している。移動図書館車を改造した移動書店車で道内各地を回って、一日書店&図書イベントを開くという試みだ。

このように当会は、直接的支援である「ボランティア活動」と、調査・分析・提言を進める「シンクタンク事業」を平行して進めてきた。「ぶっくらぼ」では、これまでの蓄積を最大限に活用しながら展開していく。

昨年の走る本屋さん事業で道内5カ所を巡回。2018年度は10カ所程度に増やしていく。

まず次年度は「広く賛同を募る」事業として、道内の読書環境問題に対して、課題意識を持つ団体や積極的に課題解決を進めている団体に呼びかけ、ネットワークを形成していく。北海道の面積は8万3000平方キロにも及ぶ。小さなものから入れていけば21の都府県が収まるほどだ。ネットワークのメッシュをきめ細かくするためにも、オール北海道体制で臨む必要がある。情報誌の発行やウェブサイトの設置、定期会合・勉強会の開催、講師の派遣、読書環境に関する調査などによって、読書環境整備への意識を醸成していきたい。

賛同のタイプはシンプルに二つにまとめた。A「情報の共有化(情報誌の受け取りと配布、勉強会の参加、アンケートへの回答など)」と、B「情報を共有しながら、ヒト・モノ・カネ・チエのいずれかを拠出」である。AからBへの移行や、その逆もありだ。自治体、図書館、書店、企業、NPO、そして個人の「意思と情熱」の明示よるネットワークの形成。この実務を当会の若手職員がどう捌くかも楽しみだ。

2019年度からは、ネットワークを軸に「手数を増やす」事業をスタートする。トライアンドエラーの繰り返しのなかから、実効的な手法を構築していきたい。例えば、図書館や公民館図書室での書籍の販売、自治体が経営する町営・村営書店の新設、小・中・高の学校横断による図書委員・図書局ネットワークの構築、商店街や町内会主催による図書イベントの開催、公民館図書室と連携したマイクロライブラリーの設置など、既存のインフラやリソースを活用しながら、視点と枠組みを変えることによって、よりきめ細やかに読書ニーズに応えられるメソッドを組み上げていく。

大麻銀座商店街で実験的に始めた古書市「大麻銀座ブックストリート」は、いまでは毎月最終土曜にレギュラーでの開催になった。

北海道ブックシェアリングが江別市大麻銀座商店街との共催で毎月開いている古書まつり「大麻銀座ブックストリート」は、ことし3月で15回目を迎える。イベントにあわせ、いくつかの商店がオリジナルの飲食メニューを考案し、フードコートを設置するなど、地域連動型の賑わいを生み出している。もともとは実験的に「大麻銀座商店街ブックフェス」を仕掛けたのが始まりだ。

めげることなくトライアンドエラーを繰り返すためにも、楽しみながら課題解決する、という姿勢が必要だ。ヒステリックに課題解決を叫ぶのではなく、思いつく限りのバラ色の未来を掲げるのでもなく、地味に楽しく前向きに手数を繰り出す。いまのところ、それが最も効果的だと思われる。

例えば現在、書店も図書館もないまちで、小学校の図書委員や担当教諭が、よく分からないまま学校図書館図書を選定する、というケースが少なくない。これは、札幌などで開かれる「図書見本市」に図書委員や教諭を招待するための基金やシステムをつくるか、あるいはNPOなどが見本図書・見計らい図書をバスに積んで巡回することで解決できるはずだ。招待するなら、書店員や司書との昼食会や交流会を開き、巡回するなら滞在先での懇親会や意見交換会を開く、というように人と人が楽しくつながる仕組みをつくり上げていきたい。

商店街にパイプイスを並べて書評合戦「ビブリオバトル」を開催。買い物客や通行人もオーディエンスで参加するなど、地域に根付いたイベントになっている。

人口3000人で、本屋はもちろんスーパーもなければ、薬屋も花屋も電気屋もない。喫茶店もなければ居酒屋もなく甘味屋もない。コンビニの「セイコーマート」と生協の宅配システム「トドック」によって、日常の生活がかろうじてつなぎとめられている。そのようなまちでの「図書に関する問題」は、ツタヤ図書館問題やアマゾン・取次問題、電子書籍の普及問題などとは次元が異なる。しかし、読書の果たす役割が娯楽や趣味・教養にとどまらず、予防医学であったり、人生哲学であったり、自殺や詐欺被害を未遂に防ぐものであったり、就労・起業の支援にまで及ぶことを考えると、なおざりにしておくわけにはいかない。

「ぶっくらぼ」が何年で、どのくらいの効果を生み出すか、まだその予測もつかないが、「悪化を食い止め、その先へ」を合言葉に、北海道の力を引き出していきたい。


【クラウドファンディングご協力のお願い】
現在、『北海道のこどもたちがいつでも本を読める環境を創りたい!』とのタイトルでクラウドファンディングを実施しています。読書環境ワースト1位の北海道で、課題解決・格差解消に向けたネットワークづくりのための情報誌「ぶっくらぼ」を隔月で発行するための資金調達です。なにとぞご協力をお願いいたします。

『北海道のこどもたちがいつでも本を読める環境を創りたい!』(2017年4月25日まで)https://readyfor.jp/projects/booklabo

IoT×BookShopハッカソンに散った、書店を地域コミュニティにするアプリの話

2017年3月8日
posted by スガタカシ

2009年にiPhoneのARアプリ「セカイカメラ」が流行った頃、書店で働いていたぼくが夢想したことがある。書店に置かれる手書きのPOPが将来、書店員はもちろん、客も書き込むことができるARのタグに置き換われば、書店で本と出会う体験は、もっとワクワクする体験になるかもしれない――。

意気込んでプレゼンテーションに臨んだ筆者。

去る1月28日、日本出版販売(日販)とデジタルハリウッドの主催で開催された「IoT×BookShopハッカソン」に参加してきた。2日間のあいだ、チームに分かれ書店体験を変えるIoTプロダクトを開発し、優勝を競い合うハッカソンだ。

書店勤務、フリー編集者を経て、いまは2016年4月に「すごい旅人求人サイト SAGOJO」というWebサービスを提供するスタートアップをやっている。書店を離れて久しいにもかかわらず、参加を決めたのは、「セカイカメラ」流行時に抱いた妄想がどこかに残っていたせいかもしれない。紙の本も書店も好きだけど、テクノロジーの可能性も信じてる。縮みゆく書店よりも、テクノロジーで変わる書店の新しい姿を見たい。書店を退職して5年が経ついまに至るまで、そんな思いを抱いてからだ。どうせなら、狙うは賞金10万円が出る優勝。そう意気込んで、同じ会社で働くエンジニア2人を誘って申し込んだ。

最優秀賞の賞金10万円を狙ったが……。

結論は、惨敗だった。あとには泊まり込みで開発したプロダクトが残っただけだ。しかし機会をいただいたので、2日間熱中して開発したプロダクトについて、書いてみたい。もしかしたら僕たちが考え、作ったものが、どこかのだれかの参考になるかもしれない。そう願って。

書店を「地域コミュニティ」として再定義する

ハッカソンではチームに分かれて、制限時間内にプロダクトを企画、開発して競い合う。ぼくたちが作ったのは「本とつながる、街とつながる」と銘打った、書店を街のコミュニティにするアプリ。Honyan(ほんやん)と名付けた。

プロダクトを作りはじめる前に行ったブレインストーミングで。模造紙に、付箋に書いたアイデアを貼り付けていき、近いアイデアをグルーピングしていった。

ご存じのとおり、書店は街によって、その性格を大きく異にする。立地によって、客層も売れる本も違うからだ。荻窪の文禄堂と郊外の国道沿いのTSUTAYAとでは、ベストセラーもまったく違う。その書店の品揃えと客層には、「その街らしさ」があらわれる。書店は地域の文化をうつすもの。であれば地域文化のハブとして機能させてもいいんじゃないか。そうして考えたのが、書店を「地域の人やお店のコミュニティ」として再定義するというアイデアだった。

書店は本を売ることで商売をしてきた。でも娯楽が多様化すれば本に費やす時間は減り、本が売れなくなる。本の購入がインターネットでも可能になれば、その分、書店に足を運ぶ人は減り、売れなくなる。書店が困るのは当然の流れだ。

でももともと、書店が扱っている本は情報の束。書店が提供するものを商品としての本に限定する必要は、どこまであるだろうか。書店が立地する地域に関する本や、その土地に縁のある作家の本はそうでない本に比べてよく売れる。では本だけでなく、その街の情報や、その地域の人とのつながりが、書店で得られるようになったらどうだろう。

書店に行くと、本だけでなく、その街や、人とつながることができる。その時、街に1軒しか残っていない本屋が、地域の未来を担うおもしろい人のコミュニティになるかもしれない。

書店を街のコミュニティにする。その世界観はここに書いたようなものだ。でもハッカソンなので、開発したプロダクトで勝負しなければいけない。

高級そうなお弁当が支給され、満足げなエンジニア。

LINE Beacon を利用した「待ち合わせ場所を書店にしたくなる」アプリ

「書店を街のコミュニティにする」というビジョンを現実に落とし込むため、プロダクトは「待ち合わせ場所を書店にしたくなるアプリ」というコンセプトで考えることにした。もともと書店は時間を潰すにはうってつけで、昔から「待ち合わせ場所」に利用されることはすくなくない(待ち合わせ場所を書店にすれば、相手の多少の遅れも気にならない)。書店を待ち合わせ場所としての書店利用を促進することで、書店に立ち寄る人を増やすことができる。

企画コンセプトと実装する機能が決まったら、デザイナーが画面構成のラフを描く。

今回のハッカソンのテーマであるIoT要素としては、会場で無償提供されたLINE Beaconを使う。Beaconというのは英語で信号灯やのろし、標識を意味するもので、既に普及している例としては高速道路にせり出していて、混雑状況などを知らせてくれるアレなんかがある。

会場で無料で支給されたLINE Beacon。今も手元にあります。

LINE Beaconでは、この端末から一定距離内に入った/出た時にBeaconと連携したアプリやLINEアカウントにイベントを発生させることができる。このLINE Beaconを使って、書店に近づいた時と離れた時に、イベントが発生するアプリを作る。

来店時イベント:書店利用者同士がつながるレコメンドを配信

まず、書店に訪れることでしか起きないイベントを用意することで「書店で待ち合わせ」したい人を増やすことを考える。あらゆる場面に「おすすめ」があふれるなかで、リアル書店だからできる、まだやっていない、利用者がうれしいおすすめのかたちとはなんだろうか。

考えたポイントは3点。

・本がおすすめされるのは、書店に近づいた時だけ
・本のおすすめとともに、おすすめしている人の人柄が見える
・おすすめされた本はお店のどこにあるかがわかって、すぐ手に取れる

もちろん書店内ではこれまでも、POPや陳列などで本がおすすめされてきた。そこに、同じ街の同じ書店を利用する、読書傾向の近い人の好きな本のおすすめが加わることで、本とつながるだけでなく、人とつながるという要素を加える。書店を核に、読者によるサロンが形成されるイメージだ。

実装するのはこんな機能。あらかじめアプリをダウンロードしておくと、LINE Beaconで、書店に近づいたユーザーを検知する。入店前にその書店を利用するユーザーのお気に入りの3冊(ユーザー登録後にプロフィールに入力してもらう)が、おすすめのコメントともにプッシュされる。おすすめされた本は、店内の棚番号が表示され、そのままお気に入りすることもできるし、入店後、すぐに手に取ることができる。

栄養ドリンクでドーピングしつつ、制限時間ギリギリまでコーディングするエンジニア陣と筆者(左端)。

書店内:リアル書店におけるブックマークのあり方

「書店で待ち合わせ」というシーンで来店する場合、荷物になるし、書店内にいられる時間も限られる。手に取った本を、必ずしもその日に買うとは限らない。

でも書店の品揃えや陳列は日々変わる。一度買い逃した本と再会するのには結構な手間がかかる。配達でもいいし、取り置きでもいいし、書店でもう一度手にとって吟味してから買いたい、と思うこともある。

その場で買えなくても、気になった本はとりあえずブックマークすれば、後でスムーズに買えるようになって欲しい。リアル書店がブックマーク機能をつけない間に、「あとで買おう」の少なくない割合が、かつて職場の同僚が「家庭用書籍検索機」と呼んだAmazonに流れているのが現実だろう。そこで実装するのはこんな機能だ。

・書店内で気に入った本はスマホをバーコードにかざすことで、一発でお気に入りに保存
・ブックマークした本は棚番号の表示に対応。できればレジでの取置や宅配購入も可能に

退店時イベント:書店を街の案内所に

「書店で待ち合わせ」した人は、いずれ街に戻っていく。そこで、書店から離れようとすると、ユーザーが購入したりブックマークした本の好みに合わせて、店の書店員が、街のお気に入りのお店やスポットをおすすめしてくれる機能を実装する。

本の好みにはその人の志向が強く反映される。本に紐付いた、街のスポットのおすすめ。書店が街の案内所になる、という発想だ。

ただ、お店のファンを増やすことを考えて書店員をここで登場させはしたものの、ただでさえ忙しい書店員が街のお店を紹介するのはハードルが高いかも、と悩むところではあった。もしかすると書店員ではなく、その書店に通う人が、本に紐付いた近隣のおすすめのスポットやお店を設定できるようにするのがいいかもしれない。

いま振り返ってみて

と、こんな機能を盛り込んだiPhoneアプリ「Honyan」、プレゼンやデモで興味を持ってくれる人は多かった。「地域に残った数少ない本屋に通うのが楽しくなりそう」「本屋だけじゃなく図書館にも使えそう」という声もあったのは、うれしかった。

ただ、お店に行った時・店内・お店を出る時。三つのシーンで機能を考えたが、いま振り返ってみると、アイデアを盛り込み過ぎて、散漫な印象は否めない。チームのエンジニアやデザイナーのみんなは頑張って、主要な機能をデモできるレベルに実装してくれた。でも2日間という限られた期間で実装するにはオーバースペックで、結果としてプロダクトの完成度がいまひとつになってしまったところはあるかもしれない。そしてIoTハッカソンとしては、VRなどもっと視覚的にわかりやすいプロダクトの方がよかったかも、とも思う。(優勝したプロダクトは、書店の手書きPOPをVR化する、というとても視覚的にわかりやすいものだった)

それでも、書店を地域のコミュニティとして再定義する、という発想は、我ながらアリなんじゃ、と思う。この記事が、どこかの誰かの参考になればうれしい。

深夜、疲れて眠るエンジニア。

今回の参加者40名程度のうち、ほとんどがエンジニアとデザイナーで、出版や書店に関わった経験のある人間はぼくを含め2、3人だった。イベントの参加者受付では「プランナー枠」として出版や書店に関わった経験のある人間が募集されていたにも関わらず。

書店の現場はとても忙しいので、きっとこのイベントを知ってはいても、参加できなかった人がいるかもしれない。でも、実際にこうした場に出るとたくさんのアイデアが出るし、他人のアイデアにも触れることができる。そしてなにより、自分が可能性を感じたアイデアを短期間で形にしていくのは、とても楽しく、夢中になって作った。もしかしたら将来、一緒に何かができるかもしれない人と、新たに出会えるのも魅力だ。書店×IoTハッカソン、またの開催と、次は書店や現場にいる人達がもっと参加するといい、と願っている。

いま本をどう売るか――ウェブ、イベント、書評

2017年3月1日
posted by 仲俣暁生

村上春樹の4年ぶりの長編(新潮社によれば「7年ぶりの本格長編」)『騎士団長殺し』が2月24日に発売された。当日は各地の書店で深夜零時からの発売に向けたカウントダウンや読書会など、さまざまなイベントが行われた。

私も都内の大型書店で行われた深夜零時からのカウントダウン&即売イベントに参加した。発売日夕方にこの本をめぐってラジオの生放送で話をする仕事があり、その前に確実に手に入れたかったのだ。

「まだ大丈夫かな?」と不安に思いつつ、発売数日前にこの大型書店に向かって手に入れた整理券の番号は39。案外と若い数字に驚いた。当日の集合時間ちょうどに会場に着いたときも、すでに集まっていた人の数は思ったよりも少なく、殺到という感じではなかった。カウントダウンの瞬間までには長い行列ができたが、その一部は、当日の呼び込みで並んだ人たちだった。

書店によってはタワー上に積み上げたところもあったようだが、この書店ではオーソドックスな面陳だった。

一つしかない特設レジで、あらかじめカバーがかけられ、手提げのビニール袋に入れられた上下巻セットが淡々と売られていく様子は、さほどドラマチックなものではない。かつての「Windows 95」や、人気のゲームソフトが発売されたときと比べれば、きわめて静かな風景だった。

しかし、こうしたイベントがテレビや新聞などのメディアで報じられ、本の存在が多くの人に知られることの意味は大きい。ニュース映像や新聞記事が伝えるイメージは、この夜の実際の雰囲気とはかなり異なるものだったとしても、同じ本を求めて人が集まるということ自体が、いまの時代には新たな意味をもっている。

アマゾンで予約すればそれほど待たずに家に送られてくる本を、わざわざ夜中に本屋まで買いに出かけるのは、一番乗りで読みたいというファン心理だけが理由ではないはずだ。自分と同じ本を読んでいる、他の読者がどんな人たちなのかを知りたい。そんな動機も働いていたのではないか。

報道陣の姿が目立った『騎士団長殺し』発売日の都内大型書店。

こうした即売イベントは、メディアがその本の読者を取材する絶好のチャンスでもある。私が並んだ書店でもカウントダウンの前から取材陣が待ち構えており、購入したばかりのお客さんからコメントをとるのに余念がなかった。メディアの取材陣がとりまくことで、地味だった即売会場も、心なしか華やかな雰囲気になっていた。

「風物詩」となったティーザー広告

今回の『騎士団長殺し』は初版が上下巻が各50万部、さらに発売前に上巻20万部、下巻10万部の増刷が決まった。メディアは大げさにこれを「130万部」と報じたが、通読する読者は最大で60万人(図書館や個人間の貸借、中古本での売買を考慮にいれなければ)である。この本より売れている本は、現代小説に限ってもいくらでもある。必ずしも村上春樹のこの作品が、飛び抜けた大ヒット作というわけではない。

にもかかわらず、新刊が出るたびにメディアは村上春樹の新作を取り上げ、社会でも大きな話題となる。それは書店側が仕掛けるイベントだけが理由ではない。なによりも出版社の側が、この作家の本を売ることに積極的に取り組む姿勢を見せていることが大きい。

村上春樹『騎士団長殺し』公式サイト。ティーザー広告が発売後は公式サイトになった。

今回も、本が出版される数ヶ月前から、内容には一切触れずにタイトルだけを開示するいわゆる「ティーザー広告」という手法がとり入れられた。この戦略が大成功を収めたのは、2002年の『海辺のカフカ』(やはり新潮社)のときだ。折しもインターネットが一般に普及し、マスメディアに替わる有効な告知媒体となりつつある時期だった。これが功を奏したことで、以後、版元がどこであれ、村上春樹の新作に関しては、つねにこの方法が採られるようになったのだろう。

今回の『騎士団長殺し』でも「村上春樹 7年ぶりの本格長編 2017年2月刊行決定!」と謳った新潮社の特設サイトが早くから立ち上げられ、店頭ポスターとも連動した大々的なプロモーションで読者や書店の期待を高めていた。こうした情景は、村上春樹の新作が出るごとの「風物詩」となった感がある。

もちろんすべての新刊書に対して、これだけの手間とコストをかけたプロモーションができるわけではない。それなりの売上が見込める村上春樹のような人気作家だからこそ、ということなのかもしれない。

しかし本来は、その反対であってしかるべきではないか? さほどプロモーションをしなくても、ある程度売れることが確実な人気作家でさえ、これだけの努力をしないと本が売れないのだとしたら、そうでない作家や本は、さらにきめ細かい新刊情報を事前に書店や読者に流し、本の魅力を伝える努力が必要なはずだ。

書店員と読者を招いた新刊ラインナップ説明会

新刊ラインナップ説明会に登壇したロビン・スローン氏。このあとで本誌の長い取材に応じてくれた。

この前日、2月23日に行われた東京創元社の新刊ラインナップ説明会にも参加した。このような場は初めてだったが、『ペナンブラ氏の24時間書店』の著者ロビン・スローン氏(メディアの未来を予言した動画「EPIC2014」の作者の一人でもある)がちょうどこの時期に来日しており、同書の文庫化にあわせて登壇の予定があるという。ぜひスローン氏を取材したいとオファーしたところ、説明会への参加とインタビュー取材を許可していただけた。

この新刊ラインナップ説明会は、東京創元社が今年発売する本について、招待された書店人や読者に対してプレゼンテーションを行う場だ。入場時に配られた封筒には、今年刊行予定の書目とその概要が記された書類やチラシのほかに、「SECRET」とシールが貼られた小袋が入っていた。案内に従って開封すると、なかには文庫サイズの小冊子が。同社イチ推しの新刊の冒頭部分が読めるプロモーション用サンプルだった。

「SECRET」と書かれた小袋を開封すると小冊子が入っていた。

ラインナップを記した資料を見ると、久生十蘭の『魔都』が創元推理文庫から4月に復刊されるとあった。私の知るかぎり、社会思想社の現代教養文庫、朝日文庫に次いで三度目の文庫化となる。これはとてもうれしい。おそらく会場を埋めた他の書店人や読者も、自分の好きな作家や作品との出会いに、同じように胸をときめかせたことだろう。

配布された資料の情報はソーシャルメディア上でのシェアも許可されており、この説明会に参加するような書店人や読者が、ネット上でのインフルエンサーとしても期待されていることがわかる。

会場の廊下には関連する既刊書や特製グッズ、特製のガチャポンまでが運び込まれ、物販も行われていた。登壇する著名作家の姿も自然に会場に溶け込んでおり、書店や読者への感謝イベントのような風情も感じられ、取材であることを忘れるほど楽しかった。

こうした試みは一版元だけでやるだけでなく、同ジャンルの複数版元でやれば、なおのこと効果的だろう。すっかり既刊書の(下手をすれば「不良在庫」の)安売りイベントと化した東京国際ブックフェアは、今年の開催が中止になったと本日付けの「文化通信」が伝えている。その代わりに、このような「新刊案内」の場がもっと機能すべきではないか。エンターテインメント系の本だけでなく、人文書などでもぜひ、こうした場をつくってほしい。

新作が事前に読めるNet Galleyが日本でもサービス開始

本を売るための古典的な仕組みとして書評(ブックレビュー)がある。もちろん書評は「批評」の一種であり、ダイレクトな意味での販売促進の施策ではないが、現実には多くの書評家や作家に対し、書評を期待した献本が行われている。

最近では「プルーフ」と呼ばれる簡易製本の書評用冊子が刊行前につくられることも増えた。しかしこれは、あくまでも書評家など限られた人が対象であり、一般の読者――ウェブで熱心に本のレビューを書いているような人も含め――が本の刊行に先立って新作の内容を目にする機会はない。

アメリカのNetGalleyでは過去に村上春樹の作品も。

ところで、アメリカにはNetGalley(galleyはゲラ、つまり校正紙)というサービスがあり、本をプロモーションしたい側の出版社と、事前にプルーフを読んでレビューしたい書評家(登録制)とをマッチングさせる仕組みになっている。このサイトでためしにHaruki Murakamiで検索すると、6点がヒットした。もちろん、現在はプルーフを読めないようになっているが、新刊のときはこのサービスをつかってプロモーションを行ったようだ。

NetGalleyには日本人もレビュアー登録ができるようなので、試しに入会していくつかの本をリクエストしてみた。しばらく待つと、リクエストした本は自分の「本棚」に登録され、DRM付きのPDFかKindleへの配信として読める。もちろん単なる「タダ読み」は許されず、感想やレビューなどのフィードバックを促される。そのフィードバックの品質や頻度によって、レビュアー自身も評価される仕組みのようだ。

アメリカ版Net Galleyのトップページ。登録したレビュアーは、ここに掲載されたなかから希望する新刊のゲラをリクエストできる。

リクエストした本のプルーフが読める状態になったところ。DRM付きのPDFまたはKindleで読める。

このNetGalleyが日本でも今春、サービスを開始する。2月10日に行われた印刷業界向け展示会「PAGE2017」のカンファレンス「デジタルメディア時代の出版ビジネス最前線」でも、出版デジタル機構の新名新社長が、この春からNet Galleyの事業を展開することを告げていた(なお、出版デジタル機構はメディアドゥの子会社となることが2月28日付で明らかになった)。

当日のプレゼン資料によると、現在はα版をテスト中とのこと。レビュアーとしては「プロフェッショナルリーダー」が想定されているが、その資格はプロの書評家など従来の書き手に限らず、図書館員や書店員、ウェブ上のインフルエンサー(影響力のある書き手)なども含まれるという。

プロモーション支援ソリューションNetGalley(ネットギャリー)の仕組みを伝える図(出版デジタル機構の公式ページより)。

このように本の情報や話題、意見のあつまる場はいま、多様化している。リアルイベントにしても書評やレビューにしても、これまでのように書店の店頭や印刷媒体のなかだけで閉じるのではなく、それをきっかけにネット上で話題が広がり、さらに多くの人々の目に触れるようになりつつある。

日本でのNetGalleyのサービス開始は、出版デジタル機構の公式サイトでもすでにアナウンスされている。会員(レビュアー)側の申し込みも始まっていたので、私もさっそく登録した。思いがけないほどスピーディに日本での展開が決まったのは、本の話題や評判がウェブで広まっていくことへの、出版社の側の大きな期待があってのことだろう。この仕組みが定着すれば、日本でも本の売り方が大きく変わっていくに違いない。

日販の『出版物販売額の実態2016』に感じた時代の変化

2017年2月22日
posted by 鷹野 凌

日本出版販売株式会社(以下、日販)は昨年9月30日、『出版物販売額の実態2016』を発行した。今回の同誌には、大きな変更点がいくつもある。私はこれに、時代の変化に対応しようと日販が努力している様子を感じ取ることができ、少し明るい気分になった。

まずプレスリリースを読んだら、今回から日販が運営するオンライン書店「Honya Club.com」での取り扱いが始まったという記述に気づいた。ついにネット通販で、誰でも入手可能になったのだ。

さっそく購入しようと思い「Honya Club.com」のページを開いたら、PDFデータ版の取り扱いも始まっていてさらに驚いた。私は紙の資料だとすぐどこかへ埋もれてしまうため、紙版と電子版が選べるなら迷わず電子版を選ぶようにしている。大量のファイルがあろうと、検索すればすぐに見つけられる。埋もれた資料を探して、時間を無駄にしたくないのだ。

ところが、このPDFデータ販売は少し残念なことに、購入したその場ですぐダウンロードできるわけではない。パスワードがかかっているPDFファイルが後日メールで送られてくるという、いささか古いやりかただ。

システムを構築するにはコストがかかるので、人の手でやっているのだろうか? それでも従来に比べたら、大きな変化である。注文翌日にはメールが届いたし、PDFからテキストデータをコピーすることも可能なので、満足度はそれなりに高い。

「出版社直販ルート」の追加が重要な理由

同誌を手に入れページをめくり、「はじめに」を読んでさらに驚いた。従来は、取次を経由する販売経路だけが掲載されていたのだが、なんと今回から「出版社直販ルート」が追加されたのだ。思わず「マジか」と声が出た。なぜこのような重要なアピールポイントが、プレスリリースには書かれていないのだろう? もったいない。

なぜこれが重要な変化なのか。例えば、日経BP社の「日経ビジネス」は毎週20万部を発行しているが、大半が読者へ直送する定期購読である。アマゾンは「e託販売サービス」で、出版社との直接取引を拡大している。

紀伊國屋書店も、大日本印刷と合弁で出版流通イノベーションジャパンを設立し、村上春樹氏の『職業としての小説家』をスイッチパブリッシングから買い切りで仕入れるなど、出版社との直接取引を拡大している。

石橋毅史氏の『まっ直ぐに本を売る』(苦楽堂)で詳しく紹介された、トランスビューのような事例もある。

実は筆者が以前勤めていた会社でも、取次を経由しない出版物で年間数億円の売上があった。つまり、取次を経由しない一般消費者向けの出版流通はいろいろあるはずなのに、従来は取次を経由した販売ルートの数字しか勘案されていなかったのだ。

こういった「実態」に、私はつねづね疑問を感じていた。今回の同誌は、その疑問にひとつの答えを出してくれたのである。もちろん、取次を経由しない流通は推計値ではあるが、アンケートなどそれなりの根拠に基づいた数字であり、無いものとして扱われていた従来に比べたら雲泥の差だ。過去10年分のデータを再計算しているので、推移を見ることもできる。

ただ、同誌の注釈を読んでも、アマゾンの「e託販売サービス」のようなケースが「インターネットルート」なのか「出版社直販ルート」なのかは不明だった。そこで私は、この定義について日販に問い合わせてみた。担当者の回答によると、要するに「エンドユーザーがどこから購入したのか?」によってルートを分類しているそうだ。

つまり、アマゾンで販売された紙の出版物はすべて「インターネットルート」に含まれ、取次経由なのか「e託販売サービス」なのかは関係ない数字ということになる。ただし、『出版物販売額の実態2015』における2014年の「インターネットルート」と、『出版物販売額の実態2016』における2014年の「インターネットルート」は、同じ数字であることは指摘しておこう。「前年までの資料とは接続しない」と注記されているものの、疑問は残る。

電子媒体の推定販売額はインターネットルートを抜いた

これを前提として、データを見てみよう。期間は2015年4月~2016年3月だ。「電子媒体(電子書籍、電子コミック、電子雑誌の合算で、学術ジャーナルは含まれない)」の推定販売額は、既に「インターネットルート」を追い抜いている。

「インターネットルート」も前年比では106.2%と伸びているが、「電子媒体」は135.2%と急成長している。この伸び率からすると、2016年度には間違いなく「CVSルート」や「出版社直販ルート」を追い抜くだろう。電子出版の市場規模は、既にそういうレベルにまで達しているのだ。

なお、「電子媒体」と「インターネットルート」を合計すると3591億円で、出版物販売額全体(紙+電子)の18.2%を占める。また「書店ルート」が占める割合は、電子出版物を除くと64.6%、全体(紙+電子)に対しては58.5%となる。販売ルート別の推定販売額と、「電子媒体」の推定販売額は、なぜか離れたページに記載されているためわかりづらいのだが、「エンドユーザーがどこから購入したのか?」という観点で現実を直視するためには、並べて記載したほうがいいように思う。

日販の『出版物販売額の実態2016』がこれまで述べたような変化を遂げたいっぽうで、出版科学研究所の『出版指標年報』は2016年版でもまだ取次ルートが主体の数字だ。

1995年に公正取引委員会が発表したアンケートに基づき「書籍の7割近く、雑誌の9割強」が取次ルートであるとしているが、アマゾンが日本でサービスを開始したのは2000年のこと。その後の変化をまったく踏まえていない「実態」を発表し続けてきたことになる。とはいえこちらも、2016年版からようやく電子出版市場の推計を出すようになったので、次回からは変わるのかもしれない。期待しておこう。

読み放題サービスの「dマガジン」や「楽天マガジン」は好調であると伝えられており、講談社などが苦情を申し立てているアマゾン「Kindle Unlimited」の騒動も、ユーザーが人気作品に殺到してしまったがゆえに起きている事件という見方もできる。デジタル・ネットワーク化という時代の変化はもちろん止めることなどできず、むしろ今後ますます進展していくことだろう。

ダーウィンの進化論は「弱肉強食」ではなく「適者生存」である。強者が生き残るのではなく、環境の変化に対応できた者が結果として生き残るのだ。生物は、自分の意思で体を作り替えることはできない。しかし企業は、人の意思によって変化できる。『出版販売額の実態2016』には、時代の変化とともに、日販の「変わろう」という意思も感じられる。変化に対応できなければ、淘汰されるだけ。それはもちろん、出版社や書店にも同じことが言えるのだ。


*本記事は『出版ニュース』2016年11月上旬号)に掲載された「『出版物販売額の実態2016』に感じた日販と時代の変化」を改題し、再編集のうえ転載したものです。

セルパブ作家の東京〈特殊書店〉見聞録

2017年2月20日
posted by 波野發作

書店が減った書店がなくなったというニュースが日々飛び交うこのご時世でも、新たに開店したり、しぶとく生き残ったりする書店もある。近年は一念発起して脱サラしたり、趣味が高じて開店したりというカフェ併設のおしゃれな書店が増えてきているが、そうした個性派書店ではない。まったく異なる方向性を持ったスペシャルな書店があるのだ。今回はぼくが小説執筆の資料を集めるために利用している、そんな「特殊書店」を三つ紹介してみたい。

色街風俗専門書店――カストリ書房(台東区千束)

カストリ書房
東京都台東区千束4-11-12
https://kastoripub.stores.jp
(定休日:年中無休)

千束四丁目と聞いてピンと来る人は十中八九スケベオヤジである。その一帯はかつて吉原遊里があったところで、まるっきり「おはぐろどぶ」の内側にあたる。今でも無数の特殊浴場(ソープランド)が立ち並び、日中でも店員さんが案内のために店頭に立って商売に励んでいるという、そんな危険地帯である。ただし、カストリ書房はギリギリそのエリアの外側にあるので、東側からアプローチすれば客引きの類には会わずに済むので安心だ。

ぼくがセルフパブリッシングで勝手に書き続けている『ストラタジェム;ニードレスリーフ』は、吉原に深い関わりのある物語だ。なので、吉原関係の文献や資料、赤線や各種風俗史に関する本はチェックしておかねばならない。「吉原に書店ができる」と聞いたとき、行かねばと思うのは当然の帰結である。

カストリ書房は電車で行くには駅から遠い。入谷か三ノ輪からバスまたはタクシーを使うか、ヒマなら徒歩で街並みを楽しみながら徒歩で行こう。クルマで行く場合は吉原大門の交差点から侵入し、近隣のコインパーキングに駐車するといいだろう。仲之町通りから江戸町通り(ソープ街東端)のさらに一本東側の路地を入れば、すぐにカストリ書房の暖簾が見えるはずだ(ぼくが訪問したときは雨なので暖簾はしまわれていた)。

店内は大半を小上がりがしめていて、座りながら平積みにしてある本をじっくり品定めすることができる。まだ若い店主は傍にデスクを構え、ライティングの仕事などをしながら店番をするのだということである。そういえば、この店舗スタイルはどこかで見覚えがあるなと思ったら、江戸期の書肆の販売スタイルではないか! 両国の江戸東京博物館あたりで見た雰囲気そのものだ。店主、なかなか奥が深いですな。

※花輪を出している「片品村蕃登(カタシナムラ ホト)」さんは秘宝館などにグッズや土産物などを卸している方だそうだが、詳細な素性は不明。


開店当初のラインナップはカストリ書房で復刻した赤線時代のガイドブックなどが中心であったが、再訪した際は新刊も小上がりいっぱいにまで増え、壁際の書架には赤線、売春関連の古書がみっちりと並んでいた(ちなみに、小上がりにはもう座れない)。公安委員会復刻ステッカー、キーホルダーなどのオリジナルグッズも気が利いている。オープンにあたってはクラウドファンディングで資金調達をしたようで、今後このような方式の特殊書店は増えて行くのかもしれないと期待が膨らむ。こんなご時世ではあるが、末長く商売を続けていただきたい。

小説執筆の資料として
・松川二郎『全国花街めぐり』上巻&下巻(復刻編集:渡辺豪、カストリ出版)
・橋本慎一『昭和エロ本 書き文字コレクション』(カストリ出版)
を購入した。

気象庁内にある個人書店――津村書店(千代田区大手町)

津村書店
東京都千代田区大手町1-3-4(気象庁内1階)
http://www.tsumura-shoten.com/
(定休日:日・祝祭日)

人間でもない台風を「上陸」と表現したのは誰なんだろう。「その言い出しっぺが知りたい!」という課題が本誌編集長から出されたのは、異常なまでの台風の当たり年となった平成28年の夏から秋にかけてのこと。ぐるぐる回ってくる台風だのが到来した年だ。

「上陸」について、いろいろな資料を漁ってみたところ、明確な回答は得られなかったものの、調査の中で「岡田武松」なる人物が捜査線上に浮かんだ。Wikipediaによると、武松は第四代中央気象台長を務めたのだが、彼が打った「天気晴朗ナルモ浪高カルベシ」という天気予報は、日本海海戦の際に連合艦隊から大本営宛に打たれた電報の元となったとも言われているらしい。

武松は後進の育成にも熱心であったようで、数多くの指導書を残している。その中の『氣象學』に「颱風上陸」の記述があったというのが、ぼくの調査の限界だった。しかし、この岡田武松という人物はぼくの脳裏にしっかりと刻まれてはいたのである。

それからしばらくして、いつものように我が心の友『タモリ倶楽部』を見ていたところ、世にも特殊な書店が紹介されていた。その名も津村書店。気象庁内部にある、気象関連書籍&資料専門の書店である。番組ではなにやら楽しそうに気象クイズだの気象図の読み方だのをプロの気象予報士らと遊んでいた。世の中にはすごい書店があるものだと感心していたところ、ふと岡田武松のことが想起されたわけである。そうか。ここに行けば何かあるかもしれない。

さっそく次の営業日に現地を訪ねてみた。津村書店は前述の通り気象庁にある。最寄駅は竹橋だが、大手町からもすぐだし、神保町・駿河台下交差点からも徒歩10分程度だから、古書漁りのついでに足を伸ばしてもいいだろう。

気象庁はエントランスまでは自由に出入りできるが、津村書店は一階の奥のほうなので、受付で手続きをしなければならない。書類に必要事項を書き込むと、入館証がもらえる。ゲートを通って少し先を左に曲がれば数歩でたどり着く。入口脇には知育玩具的な気象ホビーのようなものが展示されている。無機質なビルの中に突然現れる商業区画ということでは、病院の売店に近い風情だ。

津村書店は狭い。二人までならいいが、三人以上同時に客がいると、店員さん二人とあわせて五人。そんなコンパクトな空間にところ狭しと気象関連書籍が詰め込まれている。限りなく自費出版に近いものや、官公庁から発刊されたと思しきものまである。おそらくその多くはここでしか入手できないものだろう。

少しだけ一般書籍もあるが、最新刊以外は日焼けして(ビルの中央部で日差しなどないのに!)変色したものが店晒しになっていた。レジにいる店主の奥さんによると、先代の頃からずっと返本はしていないとのこと。かなり年代物の大型書籍もたくさんあるが、これらはすべて新品なのである。

岡田武松の文献はないかと物色してみたが、それらしいものは見当たらない。岡田武松本人の伝記というものは存在してないか、すでに絶版となっているということだろう。そこで少し捜索範囲を広げて、中央気象台なり気象庁なりのルーツがわかる本を探してみた。これは簡単に見つかった。古川武彦『気象庁物語』(中公新書)である。軽くめくってみると、日本海海戦のことも詳しく書いてある。Wikipediaの元ネタはおそらく本書であると思われる。戦果あり。

岡田武松は第二次大戦前夜、陸軍とバチバチやりあって中央気象台長を退任に追い込まれるなど、相当に信念の固い人物だったようだ。裏付け調査が必要ではあるが、おそらく今使われている気象用語や慣用表現は、彼が起稿した指導書や教科書が元になっているのではないかとぼくは考えている。いつの日か、岡田武松の物語を書くときのために、また津村書店に足を向けたいと思う。

小説執筆の資料として
・古川武彦『気象庁物語』(中央公論新社)
・酒井茂之『江戸・東京 橋ものがたり』(明治書院)
を購入した。

教科書を手にとって選べる――小川書店(港区南麻布)

小川書店本店
東京都港区南麻布2−13−15
http://www.ogawashoten.co.jp/
(定休日:日・祝祭日)

世の中には小説投稿サイトというものがある。たくさんある。有名なものは「小説家になろう」で、数十万人単位のアマチュア作家やセミプロ作家、あるいはプロ作家が覆面で昼夜を問わず創作物を無料で披露するというウェブサイトだ。他にカドカワ直営の「カクヨム」もある。カクヨムは以前「マガジン航」でレポートしたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。ちなみにその時に書いた小説『我輩は本である』は各電子書籍ストアから鋭意発売中である。

閑話休題。そんな小説投稿サイトのひとつに「comico」というものがある。こちらは投稿して人気が上がっていくといずれは「公式」という立場になり、収益から分け前がもらえるシステムになっている。すでに書籍化やアニメ化された作品も登場しており、なかなかに盛り上がっている。

以前、日本独立作家同盟のセミナーで高松侑輝さん(comicoの中の人)が登壇したのをきっかけに、ぼくもいっちょ試しにcomico小説を書いてみることにした。高校の国語科を題材にした学園ものである。

タイトルは今風に文章系の長いものにして『次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。』とした。キャラのアイコンは「星宝転生ジュエルセイバー」から拝借。余談だが、このカードゲームのメーカーはキャラクターイラストなど百点以上を、無料で二次使用させてくれる。申請は事後承諾でもよく、セルフパブリッシングの書影に使われるケースが増えている。ぼくもありがたく使わせてもらった。

さて、ちょこちょこと書き始めたところで、いまどきの高校国語の教科書はどんなものだろうかという素朴な疑問が立ちはだかった。ぼくは当年とって46歳。アラフォーどころかそろそろアラフィフの仲間入りである。手元に高校の教科書などが残っているはずもない。残っていたところで最近の指導要領とは合うはずもない。時代設定を昭和にしてもいいが、ケータイやらスマホやらは登場させられない。

Amazonで検索してみたら、教科書の扱いは一応ある。あるのだが、何種類もあり、中身がわからない。学校によって採用している教科書が違うようだ。進学校かどうかでも違ったりするのだろうか。舞台が進学校の設定なのに、そこではあまり使われないほうの教科書をチョイスしたのでは、若者のハートを鷲掴みにはできない。無残にもオッサンキモイの烙印を押されてしまうに違いない。

さらに調べてみると教科書が取り寄せできる書店は多かった。しかし、それはもう買うものが決まっている場合に限られる。3点も取り寄せてもらいながら、目の前で選んで1点だけ買うなんてことはできない。現物を店頭で見比べて、選んで、良さそうなほうだけを買いたいのである。

前振りが長くなったが、じつは店頭で各教科各社の教科書をずらり取り揃えていて、いつでも誰でも買える書店が都内にある。南麻布の小川書店である。白金高輪駅から北へ数分。古川橋交差点から西へすぐのところにある路面店だ。クルマで行った場合は首都高の下あたりにコインパーキングがあるので、そちらを利用しよう。

店の外には雑誌が陳列されている。教科書が常備されているという以外は極めてスタンダードな日本の書店の姿である。ほっとする。中に入ると左にはレジがあり、実用書、児童書、コミック、単行本、文庫本が標準的な配置で平積み、面陳、棚差しされている。中央付近は専門誌があり、そして店舗右方面三分の一ほどにずらりと教科書が並んでいた。

学習参考書もあるので、一瞬わからないが、目が慣れてくると教科書が大量にあることが見えてくる。小学校から中学校、高校までを、各学年各教科各社を一堂に取り揃えているのでそれぞれ一、二冊しかなくてもそれなりの売り場面積を占有する。これは一般書店ではできない相談だろう。

自分が高校生だった当時選択しなかった日本史や、いつかリベンジしたい物理、微分積分の教科書なども気にはなったのだが、今回はあくまで国語科の資料探しが目的である。駐車料金も気になるので、手短にチョイスせねばならない。

一言で国語の教科書といっても、「国語総合」「国語表現」「現代文A/B」「古典A/B」がある。これらは新課程用というものだそうだ。ああやはりいろいろと改定されているようだ。詳しいことは現役の高校教師に取材しないとわからないが、今日のところはそれっぽいのが一冊手にはいればそれでいい。

ぼくは筑摩書房の『精選 国語総合 現代文編』を選んだ。決め手は夏目漱石の「夢十夜」が扱われていることだが、隈研吾の「コンクリートの時代」も気になるし、遠藤周作「カプリンスキー氏」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」あたりも扱われていたからだ。読み物としても結構面白いのではなかろうかと思い、レジに出した。25年ぶりの教科書か。定価が書いてないので不安である。お高いかもしれない。レジのお姉さんは、一般のレジとは違うPOSの管理機のようなもので価格を調べてくれている。

「616円になります」

安い! 日本の教育に栄えあれ! 文科省のお役人さんありがとう。ぼくは小銭を支払って品物を受け取った。そんなにお安いなら国語科各社一式を一通り買ってもよかったなとも思ったのだが、他のものを引っ張り出してまたPOSで一つ一つ調べてもらうのも迷惑のようだったので、今回は控えておいた。いざというときに生の資料を入手できるルートが確保できただけでもよしとしようではないか。

小説執筆の資料として
・『精選 国語総合 現代文編』(筑摩書房)
を購入した。

ちなみに小川書店にはすぐ近くに古書部もある。ちょっとのぞいてみると白金のお屋敷から流出したであろう、程度の良い古書が数多く積まれていた。値付けは若干相場と違うようなので、じっくり探せば掘り出し物があるかもしれない。

* * *

この三書店とも、おそらくは顧客のニーズ(あるいは店主のワガママ)に応じていくうちにこのような業態に落ち着いたのだろうが、世の中には奇妙な書店があったものである。まだまだ世間には見たこともない風変わりな書店が数多く埋もれているだろう。またこのような特殊書店を発見した暁には、みなさまにご報告申し上げることをお約束して、本稿を終わりたいと思う。