電子書籍に前向きな出版社が考えてること

2011年7月1日
posted by 沢辺 均

未来なんてわからない

「本の未来はどうなるのか?」ということを2011年に問われたら、その質問の意味は、「本は電子書籍になるのか? 紙の本は電子書籍に取って代わられるのか?」だと考えていいと思う。

もちろん、「出版不況で人はどんどん本離れてる」とか、「ウェブで情報や知識は足りるんだから本なんか必要ないんじゃないか」とか、「本は残るかもしれないけど出版社は要らないでしょ、インターネットでだれでも発信できるんだから」とかいう質問も考えられるけど、ね。

で、紙の本は残るのか、電子書籍に置き換わるのか? といった未来予想についてボクは「わからない」としか答えられないんだ。ホントにわからないし、積極的に「わからない」という態度を維持するのがいいとも思っている。

未来は「わからない」んだけど、でも今起こっていることは全部「正しい」(勝間和代さんの本のタイトルのパクリですけど)とも思っていて、このふたつは両方とも自分にとって大切なポイントなんだ。

たとえば携帯電話。携帯電話は、電話をどこでも持ち歩けて、一人一台なものにしたんだよね。これは、やっぱり必然なんじゃないだろうか? 言い換えれば「正しい」。いくら技術的に、持ち歩ける無線の電話が可能になっても、人がそれを求めなければこれだけ普及したりしない。

一人一台が不必要なら、相変わらず電話は家族(みたいな複数の人間のあつまり)に一台だったと思う。人がそれを求めて、一人一人が持つようになったんだから「正しい」(というか、やっぱり必然かな?)としか言いようがない。

これに立ち向かって、「携帯は家族を解体してしまうので間違っている」といって「携帯禁止法」をつくろうとしてみても、現実は変えられないでしょ。立ち向かいたいんだったら、携帯がなくて、多くの人がマネしたくなるような、携帯に替わるモデルを生み出さなきゃ無理だ。

それでもいろいろ変化は起きている

では、本のありようのさまざまなモデルを考える上で、見ておくべき今起こっていることはなんだろう。

まずはじめに、情報がモノからはなれてデジタル(0と1でいいんだよね)に置き換わったということ。次に、その0と1を使ったりコントロールしたりして人間に、デジタルへの置き換えとアナログへの置き戻しをしてくれるコンピュータが発達して、ついにだれもが持てるものにまで費用を下げたこと(パーソナル化、ですね)。「そして、0と1という特性を利用して、それを線を使って届けあうインターネットというシステムを生み出したこと

これが僕らの周りに起こっていることだ。コンピュータやネットは「多くの人に利用されている」というカタチで支持されているし、支持されたから多くの人が利用できるほどにその費用を下げることができた。

デジタルはとっても便利。0と1によって、音でも映像でも、もちろん文字でも表現できるようになった。おかげで、ボクはiPhoneやiPadやPCで動画を他の人に送り届けることができるし、映画を何本も持ち運べる(もちろん、届けられるってことと、届けて欲しがっている人がいるのか?ってのは別の問題です)。馬車の時代に自動車が生み出されたように、絵筆しかない時代に写真が生み出されたように、もうこの便利さからは後戻りできないと思っている。

馬車の最高スピードの何倍ものスピードが出せる自動車は事故を大きなものにし、多くもしたんだろう。でも、ボクらはそこから後戻りできなかった。どうやって交通事故を減らすか、という方向に進んだし、多分それは間違えていない道だった。

文字情報が0と1に置き換えられる便利さからは、もう後戻りできない。画面の読み辛さとか、装置の重たさを解消して行く方向で、今ある0と1の良くない点を減らして行くってことが、多分正解なんだ。それから、馬や馬車が完全になくならずに残っているように、紙の本がゼロになってすべてが電子書籍になることもない。

ならば、できるだけ電子書籍を運転してみて、そのいいところも弱点も早く気がつきたい。だから、電子書籍に前向きになる出版社でありたいと思っているのです。ボク自身は、かなりの紙フェチなんだけどね。いまだに電子書籍で読み終えた文字物は1冊だけだし、毎晩読むのは紙の本。

でも、こんな想定すら間違っているかもしれないよね。そんなときは、極力素直に、ゴメンナサイと言ってすまそうと思っている。実は未来の問題を語るときにイチバン大切なのは、間違ってたらゴメンナサイというってことなんだ。

間違ってたらゴメンナサイを封印してしまうと、東電みたいに、どう見ても想定を間違えたにも関わらず、「想定外だった」って言いワケばかりをでっち上げて、ゴマカさなきゃならなくなる。それってつらいでしょ。

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印刷屋アメリカへ行く

2011年6月24日
posted by 古田アダム有

VIZ Media社訪問

4月14日、晴れ。同室の後輩からインスタント味噌汁を分けてもらう。味噌汁など、数日だからいらないやと軽んじていたのだが、二日酔い気味の身体にこれが沁みる。3日目になってちょっと疲れが溜まってきたので、この日は朝の散歩を中止。

すでに「いつもの店」になったダイナーで朝食をとり、またしても満腹状態でホテル発。タクシーに分乗し10時前にVIZ Mediaに到着した。同社はこの数日で訪問した企業の中で唯一、サンフランシスコ市内に存在していて移動が大変に楽だ。レンガ造りの倉庫か古い工場を思わせる外見の建物に、映画館の上映案内を模した看板で社の広告が記されていてPOPだ。

VIZ Media社の外観。映画館のような看板に注目。

VIZ Mediaは日本のマンガの翻訳・出版と、ジャパニメーションの映像販売を行う企業だ。今回取材した中で、唯一の出版社である。小学館集英社プロダクションの関連会社でもあり、同社が版権を管理する人気マンガを中心に、幅広く日本のマンガをアメリカに紹介してきた。扱うのは単行本だけでなく、『少年ジャンプ』の英語版、月刊 “Shonen Jump”(そのままだ)などの雑誌や、小説やライトノベルなども手がけてきた。最近は日本SFの翻訳レーベル “Haikasoru” も立ち上げ、ジャンルの幅を広げつつある。ちなみに “Haikasoru” は、P.K.ディックの『高い城の男』(原題 “The Man in the High Castle”)からとったらしい。なんでディックなんだろう。ブレードランナー繋がりか?

受付には日系の女性(あるいは日本人だったのかもしれない)がいて、日本語で対応していただいた。サンフランシスコは日本人街もあり、もともと日本人は多い街だが、VIZ Mediaの場合はそれ以上に日本の出版社と取引することもあり、日本語の能力を求められているのだろう。

なんとなくホッとしつつ、会議室に通される。チラリと見えたオフィススペースは、これまでに訪れた会社のオフィスほど個性的でなく、日本的には「普通」。どんなオフィスだろうかと期待していたのだが、ちょっと残念。今回対応してくださったのは制作部門の責任者の方たちで、東南アジア系の部門責任者と、日系(というより多分日本人)の方。向こうも、こちらが何を聞きに来たのか戸惑っている様子で、事前の打ち合わせが緩いことを確認。またも西海岸流か。

制作の過程や悩みをメインにうかがったが、WebNativeの使い方は極めて一般的で、メディア交換のゲートウェイとして、また、その後のファイル管理用として使用しているといい、それ以上踏み込んだ話は伺えなかった。ちなみにWebNativeとは、写真やレイアウト済みのデータ等を扱う印刷・出版に特化したデジタル資産管理システムだ。パンフレットや書籍のレイアウトデータから自動的にPDFを作成、出力できるなど、アメリカの出版業界でのデファクト・スタンダードになっている。

むしろ、マンガをローカライズするにあたり、「縦組文化」と「横組文化」の問題を解決するために、「逆版」にして見開きを製作するなどの苦労話のほうが面白い。日本のマンガは縦組準拠で頁は右開きとなり、コマ割(マンガのコマの流れ方)も右上から左下へ向けて構成することが普通だ。しかしセリフを横組に翻訳すると、コマの流れと文字の流れが相反するようになってしまう。これを解消するために、紙面を鏡像にして左右を入れ替えるというのだ。印刷の現場でポジの表裏を間違えて(逆版とは、版の表裏がひっくり返っていることを言う)刷ってしまったりすれば大事故だが、ここではあえて逆版にして利用するという工夫があった。

また、マンガはスクリーントーンを多用するので、これの製版的な再現方法が難しいなど、日本と変わらない話に急に現場に戻ったような気持ちになった(スクリーントーンを印刷用にスキャンすると、モアレが発生しやすい。ごまかしきれないことなどもあり、製版・印刷業者の腕の見せ所なのだ。スクリーントーンにかかる製版トラブルの話もちょくちょく聞くので生々しい)。日本から来るコンテンツも、印刷用にレイアウトした無加工のデータ(生データ、などと言う)だったり、同じく印刷用のポジのデュープ(デュプリケート、つまり複製)だったりと定まらないという。これも確かに、面倒な点であるなぁ。

VIZ Mediaは電子書籍にも積極的に挑戦しており、専用のアプリをApp Storeで配布している。それだけに周辺事情にも詳しいだろうと、いくつか質問をさせていただいた。気になっていたのは、「本当にアメリカでは電子書籍が流行っているのか?』ということ。たしかにサンフランシスコの街中でiPadを使っている人はたくさん見たけど、実際どうなのだろう? たずねてみると次のような答えが返ってきた。

「Kindleはそこそこ売れているが、iPadは高価なのでそれほど普及はしていない。現時点では電子書籍を読む人間はまだまだ限られており『スペシャルだ』」

2009年以来、煽りに煽られてきた日本の電子書籍ブームだが、その背後には「アメリカではKindleやiPadで電子書籍を読むことがメインストリームになりつつあり、一般書籍は衰退の一歩を辿っている」という伝聞があった。しかし、実際の現場の感想は少し異なるようだ。若干拍子抜けしたような気持ちでいると、さらに次のようなコメントをいただいた。

「これまでの流れを見ていると、紙の書籍は業績を落とし続け、電子書籍は成長を急角度で続けている。紙の書籍がこれからもシュリンクし続けていくのは間違いない。私たちとしては、今後も電子書籍に力を入れていく」

今のところ紙の書籍はそこそこの市場をもっているが、今後も減少の傾向が続くという分析は、出版社の方から聞くだけに重い。

その他、「日本のように携帯電話向けにコミック配信をする計画はあるか?」という問いもでたが、「アメリカでの携帯電話はあくまでも会話のためのツールであって、他のコンテンツを載せるプラットフォームとしてはまったく考えることができない」という返答で、市場自体に開拓の余地がなさそうな口調であった。

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次世代書誌情報の標準化に向けて

2011年6月15日
posted by 高島利行

出版業界では書籍の電子化に限らず様々な形でICT(IT)の利用が進められてきました。原稿のやりとりはメールなどを介して行われ、制作ではDTPが当たり前になり、商品や売上の管理などにはデータベースが広く用いられています。近年、コンピューターのダウンサイジング化や通信環境のブロードバンド化を前提に変化はさらに加速してきました。加えて、読者のICT(IT)利用により、読者が本の情報と出会う場(リアル・仮想空間問わず)の多様化も進んでいます。

書誌情報の標準化はいまだ道半ば

ICT(IT)の利用を加速したもうひとつの大きな理由は標準化の流れです。例えばDTPにおいてはソフトウェアやフォーマット、さらにはフォントなどの標準化が普及のための重要な要素となりました。同様に、出版物に対するユニークコードとして1980年代に導入されたISBNとJANコードは出版社と取次を結ぶEDI(いわゆる出版VAN=新出版ネットワーク)や書店・取次間のPOSデータ管理の礎となっています(出版VANについては、たとえばこの記事を参照)。

「新・出版ネットワークあるいは出版VANの今とこれから」(「高島利行の出版営業の方法」第21回・ポット出版)

最近でも、出版VANの在庫ステータス(在庫の状態を表す数値コード)や共有書店マスター(書店に対するユニークコード)など、電子商取引や商品・売上管理をより円滑に実現するための標準化は業界挙げての課題となっています。

台頭著しい電子書籍についても、書誌・アイテム情報の標準化・共有化は出版社だけでなく読者からも望まれているはずです。ですが、いまだ一元化されたデータベースやコード体系は整備されていません。また、通常の出版物についても書誌情報の整備はその過程にあり、完成への道はまだまだ遠いものです。

特にこれから出す本の情報、いわゆる「近刊情報」については、読者からの関心も高く業界でもその必要性が強く認識されているにも関わらず、なかなか一元化・標準化は進んでいませんでした。予約販売にあまり積極的になれない、いくつかの理由を含んだ業界の慣習なども背景にあり、必然性だけでは動けないような状況にあったと言えます。

そうした状況に対して改善の機運は内部から少しずつ盛り上がり始めていました。例えば、出版社が運営する書店向けの受注サイトなどでは予約につながる近刊情報の提供が可能な状態も生まれつつありました。また、一部のオンライン書店では社を挙げて予約に取り組んでいるということもあり、その対応について真剣に取り組み始めた出版社も少なくありませんでした。

たまたま時を同じくして総務省による「新ICT利活用サービス創出支援事業」の募集があり、日本書籍出版協会内のJPO(日本出版インフラセンター)を中心として「次世代書誌情報の共通化に向けた環境整備」プロジェクトが提案されました。このプロジェクトが無事に採用され、書店・取次・電子書籍配信会社・出版社などから関係者が集まり、業界として書誌情報整備の事業に取り組むべく改めて知恵を絞ることとなったのです。

これが、「次世代書誌情報の共通化に向けた環境整備」の始まりでした。

国際標準規格ONIXを採用

プロジェクトの詳細や参加者などについては書協のWebサイトに用意された「概要」と「報告書」に詳しく掲載されているのでご参照ください。ここでは、大まかな概略と過程を示すとともに、プロジェクトの最大の成果物でもあり、私自身が直接関わったJPO近刊情報センターについて簡単にまとめたいと思います。

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新ICT利活用サービス創出支援事業「次世代書誌情報の共通化に向けた環境整備」プロジェクト(社団法人日本書籍出版協会)

電子書籍の書誌情報については、利用等に関する調査を進めるとともにISBNとは別の新たなコード体系によるデータベース構築の可能性について議論・実験が行われました。その結果、フォーマットやバージョンといった旧来のISBNコードでは考慮されていなかった情報についても多くニーズがあることがわかりました。ISBNではない新たなコード体系の必然性をより強く認識できたことは今回の調査及び実験の大きな成果の一つです。

現実には既に多種多様なフォーマット・バージョンの電子書籍が流通しており、単にコード体系に留まらない抜本的な変化も望まれるのかもしれません。「マガジン航」の読者の皆様にはこちらの話題への関心が高いように思います。が、残念ながらこちらの話題については、これ以上のものは今のところありません。もう少し先、もしくは、誰が関わっていくかも含めちょっと視点を変える必要性がある課題という認識が現状です。

紙の出版物の書誌情報については、ISBNとは別のコード体系で管理されている雑誌ではなく、現状の商品基本情報センターで扱われている「書籍」情報を対象とし、その中でも特に標準化が期待されている近刊情報(刊行前の情報)の整備について目標を定め、調査・実験が行われました。

まず、近刊情報を扱うフォーマットは、以前から一部のオンライン書店等によって採用されていた国際標準規格であるONIXを用いることになりました(詳しいデータ仕様はこちらを参照)

2010年12月には、ONIXに関する調査、日本の書籍流通に合わせた項目の選定とローカライズ、近刊情報を出版社から集め書店や取次に渡すためのテスト環境の作成とフィードバック、それと並行して出版社・書店・取次に対しての普及促進活動が行われました。(2010年12月7日東京説明会 2010年12月9日大阪説明会の様子)

実験が終了する2011年3月31日までには、情報提供側の出版社だけでなく情報利用者となる書店・取次も多数参加。かつ、従来から運用されていたデータベースなどとのリンクの可能性も具体化してきました。しかも、総務省の後押しのおかげで、情報提供者・利用者、さらにはその先に存在する読者についても、費用負担の増加なく近刊情報を利用できる状態が準備され、将来的な運用についても大きな問題なく進められる展望が開けました。

そして、2011年4月1日、JPO近刊情報センターは本稼動しました。

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「プロジェクト(D.I.W.O.的)編集」の時代に

2011年6月8日
posted by 津田広志

さる5月20日、東京、恵比寿のクリエイティブスペースamuで、これからのパブリシングを考える集まり「Open Publishing@amu」のプレオープン会議が開かれた。呼びかけ人は、この「マガジン航」の編集人である仲俣暁生さん、出版社ビー・エヌ・エヌ新社編集長の吉田知哉さん、副編集長の村田純一さん、出版社フィルムアート社編集部の私、の計4人。会場の参加者とともに輪になって話し合った。

編集とは発見である

私たちはまず、こう考えた。これからの世界を「設計」、「デザイン」、「編集」の力で作れないだろうか。
たとえば、デザイナー、編集者、ライター、プログラマー、キュレーター、さらには建築家、庭師、花屋、料理人なども含めたこうした職能の人は、このテーマに近い場所にいるはず。それぞれの立場を超えて、広領域な「未知のメディア」を作る。1人で悩んでいるのではなく、D.I.W.O.(Do it With Others=みんなでつくろう)の精神で作る場が今、必要なのではないか、と。

「私」ではなく、「私たち」になって、これからのメディアを考えるということ。プロセス、ファシリテーション、成果物までを、「共に考え、話し、作り、メディアにする」、こういうストーリーを作ってみた。目標として、クオリティの高い企画は、企業案件として現実的にすすめていく。特に、
人と人をKnot(つなぎ)し、意外性のあるつながりにして、パブリシングのKnotworking をしたい。そんな願いだった。

プレセミナーの会場風景。

5月20日のプレオープン会議の会場風景。

会場からは、SNSのあり方、ZINEのあり方、異なる業界の編集、具体的には製造業で働いている人が他の業種とどう連動するか、図書館でメディアをもつにはどうしたらいいのかなどさまざまな面白い意見が飛び交った。期待したとおり、「次世代パブリシング」のモデルを見たいという想いの表れだと思う。

こうした流れは、昨今の〈FREE〉〈SHARE〉という考えと結びつきながら、どこまでも、限りなく低料金で、小さなメディアを作るという動きになっていくと思う。マスコミュニケーションとは反対のこの方向も、私たちは支持したい。と同時に私は、そこから「仕事としての編集」、「プロでしかできない編集」という道も考えたいと思った。

どういうわけか編集をいまだ多くの人は、「情報を集めること」、つまり分類整理と思っている人が多いような気がする。違う。編集とは、「発見」である。一見、結びつきそうにない物と物の間に、関係性を見いだし、「切り口」と「動線」を引き、今まで見えなかったものを「発見する」行為だ。たとえば、「チョコレート」と「アフリカの子供」は一見、ぜんぜん関係しない。しかしカカオの実を搾取されながら働くアフリカの子供たちを「発見」すれば、両者は関係してくる。さらにそれをフェアな交易の実現=「フェアトレード」という切り口と動線に落とした時、「問題解決に向けたアクション」にまで編集は進む。

「プロジェクト編集」とは?

問題解決に向けたアクションにまで落とし込まれた発見行為こそ、これからの「編集」だと思う。そう考えれば、もはや編集は、紙や電子書籍といった2次元編集にとどまらず、もっとダイナミックな「3次元編集」に移る時代に入るのではないか。それは1人の編集者が行える領域を越え、多くの人が力を分かち合い編集する「集合知の結集」であり、私たちはそれを「プロジェクト編集」と呼んでいる。

私の事例を出して恐縮だが、たとえば今、東京工業大学のサイエンス&アートLab が主催する「CreativeFlow」というプロジェクトがある。これは「プロジェクト編集」の一例である。サイエンスとアート。この一見、結びつけにくい関係を発見的に編集していき、プロジェクト化していくことがミッションである。

Creative Flowの会場風景 Copyright All rights reserved by CreativeFlowJP

サイエンスとアートは本来、別ものである。対象を客観的に一定の条件下で法則化するサイエンスはどこまでも「対象とは何か」を問う「認識論」である。他方、アートはその対象が「存在するとはどういうことか」を問う「存在論」である。「認識論」と「存在論」はうまく噛み合ない。

しかし、先端科学の世界にはいると、科学も「存在論」の問いをしなくてはならなくなる。今問題になっている未知のダークマター(暗黒物質)などはそのよい例だ。目に見えない物質が、私たちの体をもすり抜けながら、しかも世界の大きな秩序を作っているとするダークマターの存在。まさに「あるということは何か」という「存在への問い」がサイエンスの側から発せられているのだ。

サイエンスとアートは、今「目に見えない存在」への旅を始めている。科学者たちとアーティストたちの発想は、かつてのニューサイエンスとは違う次元で、限りなく近づき始めている。「目に見えない存在」=「存在論」をキィに私は、この両者の関係を発見ができないかと考えている。また市民や学生もこのプロジェクトに参加する点が重要だ。話し合いの場であるサイエンスカフェ、カフェのファシリ/映像ドキュメント化、研究分析の成果物など、多くの編集が複数の分野の人たちを巻き込んで必要になってくる。

こうした試みは、たんに対象を分析し支配していく、これまでの「ハードサイエンス」に対して、存在論からものを考え、共生の思想へと結びつく「ソフトサイエンス」の構築に繋がると確信している。近未来の科学問題(たとえば福島の原発事故問題解決などもふくめ)を解決していくことを含め、その意味で、D.I.W.O.的「プロジェクト編集」だと思う。

次回、「Open Publishing @amu」は6月17日に開かれる。こうした具体的モデルを参照しながら、「プロジェクト編集」をめぐって、小グループに分けて、課題を考え、前進させていく。ご関心のある方は、月1回第3金曜日にやっていますので、いつでもお気軽に参加ください。

■参加申し込みは下記サイトにて。

OpenPublishing@amu
第2回 これからのメディアをD.I.W.O.でつくろう。

6月17日(金) 19:30~21:00 (開場 19:00)
会場:amu‎ (東京都渋谷区 恵比寿西1-17-2)

米国ブックエキスポ2011で見えた新しい動き

2011年6月7日
posted by 大原ケイ

ブックフェアと言えば、世界中から編集者と版権担当者が集まり、30分ごとに区切られたミーティングをやって、久しぶり、と挨拶を交わし、その国の出版事情をやりとりした後、業界のウワサ話にしばし興じ、そしてタイトルカタログを見ながらお薦めは何か、なんてことを繰り返す恒例行事だ。

つまりそれが春のロンドンでも、秋のフランクフルトでも、どこかは同じことの繰り返しで、そのことで「本を作ることの基本は今までも、そしてこれからも同じ」という安心感があって、それをみんなで確かめるために顔を合わせ、握手をし(これはアメリカ勢)、ほほを寄せ合ってチュッチュとダブルキス(これはヨーロッパ勢)をして別れる。夜は夜で、著者パーティーと称して編集者たちが他の出版社の編集者と情報を交わす。

ブックエキスポ・アメリカ2011の会場風景(BEA2011 Digital Press Room提供)。

ブックエキスポ・アメリカ2011の会場風景(BEA2011 Digital Press Room提供)。

今年のBook Expo America 2011もそうなるのだと思っていた。それで終わって夏休みを迎えてその後はフランクフルトでのブックフェアの準備をして…と。アメリカの出版業界も、リーマンショックで売上げが落ち込んだ2009年からだいぶ立ち直って何もかも元通り…でも、何かが違うという感触があった。

アマゾンが「出版社」に

それは初日を席捲したウワサで始まった。アマゾンが元グランド・セントラル出版でエージェントをやっていたラリー・カーシュバウムを編集長に抜擢、ニューヨークに出版社を作る、というニュースだった。

それまでもアマゾンは既に、自費出版した本の中から評判のいいものをピックアップするAmazon Encore、 海外のアマゾンサイトで売れているものから作品を翻訳するAmazon Crossing、セス・ゴーディンと組んで展開するドミノ・プロジェクト、そしてここ最近つづけさまにロマンスとスリラーのインプリントを立ち上げると発表したばかりだ。

ニューヨークでオフィスを立ち上げ、業界でならしたベテラン編集者を雇い入れる、ということはアマゾンが本気で出版社になったということだ。これにはブックエキスポに集まった知り合いの編集者たちも大騒ぎ。アマゾンから声がかかったら果たして自分はそこに転職するだろうか、そんなことをしたらどこかで裏切り者と思われないか、カーシュバウムは誰をリクルートするのだろうか、と喧しい会話が交わされた。

もちろん、アマゾン1社が本を出し始めたところで、業界全体が揺らぐと感じたわけではない。それまでも、エージェントがつかず、出版社から紙の本を出すのをあきらめたような著者が細々と出していた自費出版のEブックの中からちらほらとヒットが出始め、それがきっかけとなってどこかの出版社との契約にこぎ着け、紙の本が出る、というエピソードはあった。だが、これは宝くじを引き当てるような確率で起こる偶然でしかなかったものが、それなりに著者の力でソーシャルメディアを通して売れ始める本が出始めた。

ベストセラーになるような確率としては相変わらず低いものの、紙の本でデビューしても同じ運命を辿るあまたの著者のことを考えれば、Eブックでの自費出版も“それなりの”オプションとして定着してきた感があるのだ。

クラウド式出版にも大物作家が登場

それだけではない。著者が直接(未来の)読者にプロジェクトを披露して実現に必要な資金の寄付を募るクラウド式出版とも言えるKickstarter(米)やUnbound(英、下はそのプロモーションビデオ)などにかなり大物(「モンティー・パイソン」のライター、テリー・ジョーンズなど)の名が出るようになった。

誰もが、いずれ出版社の存在意義そのものを問い直す時期がくるのを覚悟していなかったわけではないけれど、経営陣やIT部門の人間だけでなく、編集の現場にいる人にまで、時代の変化がハッキリ感じられたのはこのブック・エキスポが初めてではないだろうか。

表向きには、やれ新型Nookだ、次世代キンドルだ、ヨーロッパ版Koboだというニュースが飛び交っていたが、編集者にはもうあまり関心はない。まぁ、とりあえずePubで済むならいいんじゃないの?ぐらいのリアクションか。

リーマン・ショックの後、出版社から解雇された知り合いのエディターたちの話を聞いても同じ答えが返ってくる。「今までだったら、とにかく他の出版社を探せばいい、と心のどこかで思っていた。でも今回は今まで聞いたこともないようなEブックやウェブサイトのベンチャーとも面接をして、自分が今まで積み上げたスキルだけじゃダメかも知れない、と思わされた」と言う友人がいる。

もちろん、そこには不安だけがあるのではない。どんな形であれ、本は読まれていくという確信はある。それがどんな風に変化していくのか、見守るだけだ。

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