国際電子出版EXPO2011レポート

2011年7月19日
posted by 松永英明

昨年に引き続き、今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOに行ってきた。要するに紙の本と電子本の一大見本市である。

「国際電子出版EXPO」は去年までは「デジタルパブリッシングフェア」という名称だった。この改称は、「電子書籍」「電子出版」という用語が市民権を得つつあることが反映されているようにも思われる。「電子書籍元年」とされた去年と比べれば話題性には欠けるように思われたが、それでも実際に会場を訪れて去年との変化に気づいたところがいろいろとあった。

キーワードは「電子化」から「販売」へ

去年の東京国際ブックフェア&デジタルパブリッシングフェアについてのレポートは、「マガジン航」のバックナンバーで「電子書籍は波紋を生む「一石」となる」などを参照していただきたい。今年は開催3日目の7月9日土曜日に回ってきた。

なお、このレポートはあくまでも個人的な興味の範囲でのレポートであることを最初にお断りしておく。

今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOが同時開催。

今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOが同時開催。

今年の国際電子出版EXPOを全体的に見渡して、全体的な傾向がちょっと変わったように感じた。去年は「ePub化して電子書籍を作れますよ」というツールが非常に目立っていた印象がある。今年もそういう出展はあるものの、そこから一歩進んで「電子書籍をこういう径路/こういうポータルサイトで売ることができますよ」という「販売ルート」の売り込みが目立つようになったように思われる。

つまり、電子書籍を「作れます」の段階にとどまっていたものが、「作って、販売できます」の段階に進んだわけだ。「ePubで電子書籍が実現できるんですよ(作れたらあとはAppleストアとかで売れるし)」という段階から、「こういう販売ルートに載せることができます(そのために、こういうフォーマットで作れます)」というステージに一歩進んだのだ。これは電子書籍の世界における現実的な一歩前進だと思う。

電子書籍制作・販売サイトの躍進

今回、わたしが最も興味を惹かれたのが、ブログサービスで有名なSeesaaが最近開設した「forkN(フォークン)」の出展だった。開発者の方からもいろいろ説明を受け、非常に興味深いと思った。

Seesaaのオンライン電子出版サービスForkNのサイト。

Seesaaのオンライン電子出版サービスForkNのサイト。

forkN の担当者の方も明確に意識していたが、これはpaperboy&co.の先行サイト「ブクログのパブー」と競合するシステムである。どちらもオンライン上でブログを書くような感覚でePub・PDFファイルを作成することができる。そして、それをそのまま販売できる。売れた場合のみ手数料がかかって、それもどちらも同じく販売価格の3割(つまり、発行者側が7割)というところも同じである。素人でも簡単に電子書籍を無料で作り、売れれば利益になる、というシステムとして、この二つはともに完成度が高い。

パブーはすでにわたしも利用して、震災後のチャリティ本を発行したりしている。では、forkN はパブーとどこが違うのか。開発担当者は「機能的にはそれほど違いは出せないと思います」と言った。「新着情報のタイムライン表示はforkNが先に始めたんですけど、パブーさんも意識されてるようで、すぐに向こうにも搭載されました」という。このあたりは技術的には実装が難しくないことであり、そこで差別化は難しいだろうという。逆にいえば、双方ともに機能的には完成度が高いということの裏返しでもあるだろう。両社ともブログサービスを提供してきた実績があり、それをePub制作ツールに転用するのはさほど難しいことではない。

では何が違うのか。それはサイトで販売される作品の「雰囲気」ということになりそうである。パブーでは最近、有名な著者による作品が増えてきたため、素人が入りにくい印象があるのではないか、というような指摘があった。また、パブーでは「アダルト」は「その他」というカテゴリー内に押し込められているが、forkNでは「R-18」枠が明記されており、サイト全体としても身近で軟らかい作品が多くなるようである。また、ソーシャルリーディングや検索機能の充実で差別化を図りたいということらしい。

この棲み分けは非常に健全なものだと思う。本格的にレンタルブログブームが始まってから7~8年、基本的な機能はさほど変わらないがサービスごとにユーザーの「カラー」がある程度出てそれぞれに共存しているように、この種の「電子書籍を無料で制作して、販売もできるサイト」はこれからも次々と出てくるだろうが、それぞれのカラーを打ち出せれば共存は決して不可能ではないと思う。

「電子書籍ストア」を開設するシステムも登場

forkN の向かいのブースには「wook」が出展していた。こちらも「電子書籍をウェブ上で作って販売できる」という意味では同じようなサイトといえるが、少し違うのはwookは「電子書籍ストア」を開設するシステムであることだ。パブーや forkN と基本は同じだが、制作者/出版者にフォーカスを当てているということになる。電子同人誌や小規模出版者のようにブランド勝負で発行したい人にとっては使いやすいだろう。また、wookではPC閲覧時はストリーミング、スマートフォンでは専用アプリを使うという点で「作品の保護」が強化されている。

これらのサイトではいずれも作品の独占をしない。他で販売している作品も(そこで独占契約がない限り)自由に販売できる。わたしも3サイトで共通タイトルを販売してみようと思っている。

wookは「電子書籍ストア」を開設するシステムをデモ。

wookは「電子書籍ストア」を開設するシステムをデモ。

現時点での限界としては、いずれのサイトも自分で InDesign などで制作したPDFファイルをアップロードすることはできないところだ。違法著作物アップを防ぐためという理由も聞かれるが、多少審査があったとしても自作PDFが公開可能になれば、同人誌として制作した書籍データをレイアウトそのまま電子版公開もできるので、ぜひ期待したいところである。

一方で、情報商材&アフィリエイトの大手サイト「インフォトップ」が運営する電子出版サイトも出展していたが、情報商材の抱える数々の問題点(高すぎる定価設定、アフィリエイト報酬率の高さ、正確な内容を伏せての販売、spam行為を煽る内容の商材の存在など)をどのように解消するかについての説明が特にみられず、ただその情報商材の販売成果だけを電子書籍販売スタンドとして宣伝していたのが残念だった。

電子書籍ツールも手頃に

パブー、forkN、wookといったサイトを利用すれば、素人であってもほとんど無料で電子書籍を制作し、売れたときには収入を手にすることができる。このようなシステムが出ている以上、「ePubに変換するソフト」や「電子書籍を制作できるツール」を何十万円で販売するというのはやや不利なように思われる。

去年出展していた中では電子書籍制作ツールが数百万円のオーダーで提案されていたが、今年はそのあたりの相場も下がってきたようだ。

もし自分が大手出版社ならずとも小規模出版社か編集プロダクションをやっているのなら導入を検討しただろうと思われたのが「Digit@Link ActiBook」(スターティアラボ)である。PC/iPhone/iPad/Android対応の「Actibook Custom3」で初期費用10万円、月額費用7万2500円という価格は「手の届く」範囲と言えるだろう。

「SMART BX」(ヴイワン)はiPhone/iPad/Android対応のアプリが作れるサービスで、1アプリごとに月額31500円。それなりに販売力を持っている制作者が雑誌的に多くのコンテンツを盛り込む場合なら魅力的だろうと思われる。ただ、アプリ内課金やマップ連携などはオプション扱いだ。

「moviliboSTUDIO」(ポルタルト/Impress Touch)もiOS/Android/PC向け電子書籍を「月額10500円より」制作できるとうたっている。ただし、配信にはアプリごと(OSごとに別)のチケット購入が必要になるので、総額としてはそれなりに大きくなる。

いずれにしても中小規模の事業者であれば手の届く価格帯に下りてきたわけで、今後はさらに個人でも手の出せるサービスが出てくることが期待される。

ただ、個人的にはこれらの制作ツールが余計なところに力を入れているようにも思われる部分がある。たとえば、「紙の本のページめくりを再現するかのようなページめくりインターフェース」などは、本来、力を入れるべきところではない。紙の本に似せることに尽力するよりも、アプリならではの地図連携などの機能が充実してほしいと思う。

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翻訳家が電子出版について語るイベント

2011年7月18日
posted by 島本範之

この度、電子出版に関するトークイベントを開催することになりました。この場を借りて紹介させてください。

今回のイベントは、もともと自分で電子出版を始めるにあたり、詳しい人に話を聞きたいと思い、翻訳家の小川隆さんにアメリカの電子出版事情をレクチャーしていただいたことがきっかけになっています。小川さんは、ブルース・スターリングなどの翻訳で知られる方ですが、外国の作家や編集者とも交流があり、また キンドルの熱心なユーザーでもあります。

小川さんの話は、電子出版の利点だけでなく、好ましくない部分も鋭く捉えたもので、じつに刺激的でした。そこから自分だけでなく、いろんな人にも聞いてもらって、その成果を共有したいと思うようになり、トークイベントを開催することを決めました。

さらに当日は、同じく翻訳家の大森望さんと日暮雅通さんにもご出演をお願いしました。小川さんと同様、お二人とも翻訳のほかにも書評や紹介の分野でも活躍されており、また内外の出版事情にも通じておられる方々です。

イベントでは、SFやミステリなどのいわゆるジャンル小説を中心に、電子出版について皆さんに語っていただく予定です。とはいえ、最新の海外エンタテインメント小説を知っていなければ分からない、というものではありません。あくまでも主な話題は電子出版をめぐる状況にあります。ではなぜジャンル小説なのかというと、アメリカではその分野にこそ熱心な電子書籍のユーザーが集まっており、活発な論議が交わされているため、というのがその理由です。

アメリカではいよいよ一般的になりつつある電子出版ですが、日本ではさまざまな思惑が飛び交う一方、普及にはほど遠い状態でしかありません。そうした状況のズレなどを探る機会にできればと思っています。

■参加申し込みは下記サイトにて。
《ベテラン翻訳家が語る「電子出版への道はどちらか?」シンポジウム》
7月30日(土) 13:00~16:00 (途中休憩あり、開場 12:30)
出演:小川隆、大森望、日暮雅通+電子出版関係者
会場:新宿 道楽亭 Ryu’s Bar(東京都新宿区新宿2丁目14-5 坂上ビル1F)
会場の地図はこちら

料金:1,500円+500円(1ドリンク)※40名限定

■関連サイト
小川隆インタビュー(出版翻訳データベース)
電子書籍が描く未来の読書像 書評家 翻訳家 大森望さん(WEB本の雑誌)
日暮雅通インタビュー(出版翻訳データベース)

ハリポタもEブック化で著者直販へ

2011年7月17日
posted by 大原ケイ

英米の英語圏では、とりあえずどんな本であれ、Eブックもあるのが普通になっているが、今まで全くEブック版がなかったベストセラーがJ・K・ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズだ。

シリーズ最終巻から早4年、最後の映画が公開されようという時期に、ポッターファンは「ポッターモア (Pottermore.com)」というサイトができていることに気づいた。著者のローリングがこれをどういうサイトにするつもりなのか、憶測が乱れ飛んだが、蓋を開けてみれば、ファン中心のコミュニティーとして、ローリング自ら更にハリポタ世界へのこだわりを書き下ろすとか。ハリポタグッズも買えるし、本に登場する幻想世界をバーチャルな映像で見せることもするという。

主人公ハリー・ポッターの誕生日に設定されている7月31日にサイトのベータ版が始動し、Eブックの発売は10月に準備されているという。

「ポッターモア」のサイトでプレス用に公表されているサイトイメージより。

同じくプレス用に公開された「ホグワーツ特急」のイメージ画面。

紙の本屋さんからは不満の声が

ここまではオドロキもしないが、ハリポタのEブック版が「ここでしか」買えない、という決定に英米の紙の本屋さんが完全にシャットアウトされた形となり、不満が出ている。

アメリカのインディペンデント書店では、グーグルのEブックストアを通じて、書店のサイトからEブックが買えるようになっている。最近の調査では、全国のインディペンデント書店の約1割がこのグーグルEブックストアをホームページに貼り付けて、「Eブックも買える地元の本屋さん」となっている。

ハリポタ・ブーム当時は、英米ではどんな小さな本屋さんでも、真夜中の発売解禁パーティーやら、ハリポタ・コスプレパーティーなど、それぞれに趣向を凝らしたイベントを行い、『ハリ−・ポッター』シリーズの売上げに貢献してきたという自負がある。それをEブックではただ指をくわえてみているだけ、という状況になってしまうのだ。

一方で、紙の本の出版社(英ではブルームズベリー、米はスカラスティック)と映画会社(ソニー)にはちゃんと売上げの一部が支払われるという。

ローリング本人は、Eブックのガジェットを持っていない人でもハリポタのEブックを楽しめるようにとの判断だと言うが、これではiBookstoreを展開するアップルも、キンドル版で儲けたいアマゾンをも閉め出したかっこうとなった。特に、Eブック発売を機に、いままでiTunesで買えていたハリポタ・シリーズのデジタル・オーディオ版もPottermore.comのサイトだけでの商品になる。

そしておそらくはこのEブック、ePubを使ってのものになるだろうから、そうするとキンドルでは読めないことになる、というのが大方の見方だ。ただ、アマゾンはすでに今秋からキンドルをePub対応にすると発表しているし、10月のハリポタEブック発売に間に合うとふんでいるだろう。

ローリングは、ファンを大切にするからこそ直接自分からEブックを手渡ししたい、という気持ちでいる部分もあるだろうが、このEブックが発売になれば彼女の所(だけ)にさらに数億円単位の印税が転がり込むことになる。

最初はEブックでの読書体験に否定的だった彼女が直販サイトを作るところまで態度を変えたというのが、いちばんのニュースなのかもしれない。

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明日から東京国際ブックフェア

2011年7月6日
posted by 「マガジン航」編集部

7月7日(木)から東京ビッグサイトで行われる東京国際ブックフェア国際電子出版EXPOに今年もボイジャーが出展します(9日まで)。今年もブース内で連日いろいろなトークイベントが行われ、多彩な方々が登壇します。ブックフェアまでお越しの際は、ボイジャーブースまでぜひ足をお運びください。

ブース内イベント一覧
[ブース No.8-2(株式会社ボイジャー・株式会社セルシス 合同ブース]

7/7(木)12:00〜12:50
電子出版・成功の法則
沢辺均氏 (ポット出版代表取締役)× 鎌田純子(ボイジャー取締役)

7/8(金)12:30〜13:20
iPadがつくる未来
大谷和利氏(テクノロジージャーナリスト/『iPadがつくる未来』著者)

7/8(金)15:00〜15:50
果てなき航路 ー日米デジタル奮戦記
ボブ・スタイン氏(本の未来研究所代表)× 萩野正昭(ボイジャー代表取締役)

7/8(金)16:30〜17:20
売れる電子書籍の条件
宮田和樹氏(実業之日本社)× 高橋薫氏(早川書房)

7/9(土)11:30〜12:20
視覚障がい者とインターネット
松井進氏(BRC [バリアフリー資料リソースセンター] 副理事長)

7/9(土)13:00〜13:50
「マガジン航」対談 ――電子出版実践ウラオモテ
小泉真由子氏(編集者、『クラウドおかあさん』著者)× 古田アダム有氏(印刷会社勤務、「湘南電書鼎談」メンバー)× 仲俣暁生(「マガジン航」編集長)

7/9(土)16:30〜17:20
青空文庫 800人のボランティアと一万冊の電子書籍
富田倫生(青空文庫)

その他のセミナーなど詳細な情報はこちらのプレスリリースをご覧ください。

東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPO ボイジャー出展のご案内

今年のパンフレットは「果てなき航路」

東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPOにあわせて毎年ボイジャーが作成し、会場で配布している16ページの小冊子、今年のタイトルは「果てなき航路」と決まりました。こちらの内容も少しだけご紹介します。

「果てしなき旅路」 目次:

「ネットワーク時代の出版再発見」
萩野正昭(株式会社ボイジャー 代表取締役)

「EPUB3でなにが変わるのか」
小池利明(株式会社ボイジャー 開発部)

「電子書籍はすべての人に読める本になりうる!!――読書障がい者からの願い」
松井進(BRC [バリアフリー資料リソースセンター] 副理事長)

「青空に積んだ公有ファイル1万」
富田倫生(青空文庫)

「電子書籍の制作方法」
鎌田純子(株式会社ボイジャー 取締役・企画室長)

追記:PDFファイルがこちらからダウンロードできます。

 

この小冊子に収められた文章で、「マガジン航」の発行人でもある萩野正昭は次のように書いています。

どこかで必ずあなたの本を待つ人がいる、そう信じることから電子出版は生まれました。あなたの本は決しておおくの人々には読まれない、そう嘆くことから電子出版はつくられました。紙と印刷という人類の偉大な発明がありながら、冷たい機械をとおして読む辛い方法を選ばねばならなかったのは、売れないとわかっても声を発することを諦めたくなかったからです。人間として私たちが世に送りだすすべてが祝福されるものばかりではない、しかしその中に忘れさることのできないものが消えずに残されています。どんな方法を使ってもこれらを届けることは私達の仕事の一つです。テクノロジーを頼った理由がここにあります。

これはボイジャーが約20年前の創業時、電子出版のためのツールとして発売した「日本語版エキスパンドブック・ツールキット」のパンフレットに書かれた言葉を受け継いだものです。「電子書籍元年」と喧伝された2010年ですが、いま振り返るとその成果は乏しく、まだまだ電子書籍は私たちにとって身近なツールにはなっていません。

萩野はさらに次のように続けます。

自分たちが何を求めてデジタルの世界に入ってきたのか、忘れない自分たちの失望、そして忘れない自分たちの希望、これらを常に思い起こす必要があるとおもいます。想いつづけてきたデジタルという新しい出版――そこにいったい何が生じた「電子書籍元年」だったのでしょうか。多少電子書籍は売れたのかもしれません。しかし読者がそれを買ったというだけのことで、自分たちがそこで何かをしうる余地など拓けたようには見えません。ただ買うことを求められる仕組みが発展しただけです。

一方で買う以前に、会員登録さえままならない仕組みが依然として色濃く残っています。ご大層なシステムはハッキングされたりダウンしてばかりです。著作権保護(DRM=Digital Rights Management)の強化は、相変わらず買っても読めない人の数を膨大なものにしています。強化すればする程、買った本は一定の書店の仕組みに強く規定されていきます。自分の買った本なのに常に鎖や綱が付いているのと同じです。違うのはその鎖や綱が私たちの目に見えないだけです。

電子書籍や電子出版は、「ただ買うことを求められる仕組み」以上のものでありうるはずです。ボイジャーの電子書籍に対する今後のアプローチをさらにくわしく知りたい方は、ブックフェアでこのパンフレットを入手してお読みください。

最後に、萩野の著書『電子書籍奮戦記』の電子書籍版が7月12日まで特別価格で販売されています。この機会にこちらもお読みいただければ幸いです。

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アプリになったおかあさん

2011年7月5日
posted by 小泉真由子

もういいかげん断ち切りたい悪習慣というか、誰かにかけられた呪いというか、とにかく、数年に一度、他愛ない小説を書いては文芸誌の新人賞に送ってしまう。送る先は、決まって「新潮」か「群像」で、「すばる」や「文藝」、「文學界」には送ったことがない。その理由は自分でも説明がつかない。どっちにしたって、一次選考だって通らないのだから、どうでもいいといえばどうでもいい。

……というようなことを続けるでもなく、やめるでもなく、いま、35歳。はじめまして、小泉真由子と申します。『クラウドおかあさん』という小説を書きました。今回はそのことについて書かせていただくことになりました。よかったら小説のほうもあわせて読んでみてくださいね。

小説『クラウドおかあさん』ができるまで

『クラウドおかあさん』はもともと、2010年3月31日締め切りの、第何回目かの(ぐぐらない)「新潮新人文学賞」を狙って書いた小説でした。一次も通りませんでしたけど。

『クラウドおかあさん』っていうのは、インターネット上でサービスとして提供されるおかあさんのお話です。クラウドっていうのはインターネットのことです。コンピューターのシステム構成図なんかを描くときに、インターネット部分を雲で表現していたことから、クラウドコンピューティングと呼ばれるようになりました。GoogleAppsなどを思い浮かべていただくとよいかと思います。GoogleAppsのメニューに「おかあさん」があったら…? そんな小説を書いたんですね。一次も通りませんでしたけど。

もっとも、一次選考も通らない小説を書いているのは、実は、3年のうちの127時間くらいです。他は何をしているのかというと、子供を育てたり、IT系の出版社で編集者をしています。ね、だからクラウドとかITっぽいこと言ってるんですよ! 現実におかあさんだからおかあさんって言ってたんですよ! そのまんまでしょう! まあ、言ってるほどITにくわしくないですし、子供も育ててないんですが、それはまた別の話です。

で、編集の仕事をしていると、ずっと文章をいじっているわけですね。時々自分で記事を書いたりもします。私はけっこう書くのが好きなので、書きがちな編集者だと思います。そうすると、文章いじりたい欲求ってある程度満たされちゃうんですよね。たとえそれがよくわからないソフトウェアについて書いた文章だったとしても、満たされるんです。それでお給料ももらえるんです。自分も食って、子供も食わせていけるんです。それで、ああ、別に文学じゃなくてもいいんだーって思い始めたんですね。10年くらい前に。私は文学じゃなくても大丈夫なんだー、と。こうして、小説を書くということ、そして小説に限らず文章を書いて生計を立てるということについて、だいぶ距離をおいて考えることができるようになり、だいぶ人生楽になりました。

にもかかわらず、忙しい合間をぬって、夜なべして、書いてしまうんですね。小説を。送ってしまうんですね。「新潮」(か「群像」)に。なんだかよくわからないけど数年に一度、ふと思い出したように小説を書いては送ってしまう。やめられない。病気ですよね。病んでます。なんか魔法が解けてないです。応募原稿のマージンのとりかたとか、綴じ方とかだんだんうまくなってきてますし。だてに編集者やってないですよね。

よみがえる『クラウドおかあさん』

『クラウドおかあさん』に話をもどしますと、その後いろいろありまして、ちょうど1年後の2011年の3月に電子書籍アプリになりました。iPhone/iPad用のアプリなのでAppStoreでダウンロードできます。無料です。

『クラウドおかあさん』アプリの表紙イラスト。

なんで一次も通らなかった作品が、電子書籍アプリになるんだよ!って話だと思うんですが、もちろん、物事には理由があります。そして私にはコネがあります。いや、コネというほどでもないのですが、一緒にお仕事をしている谷川さんという方がおりまして、この人はいったい何をしているのかというと、このあたりを参考にしていただくといいと思うのですが、まあ、元アスキーの編集者で、その後IT業界をスイスイと渡り歩いているジャーナリスト兼経営者みたいなって書くと、わー、うさんくさ!いや、嘘です全然うさんくさくないです。私のほうがよっぽどうさんくさいです。

さて、ある晩のこと、酒の席にて、私はこの谷川さんに「新潮」の一次も通らなかったことについて、切々と訴えておりました。世の中おかしいじゃありませんか、 と。あんな、『もし○ラ』とか、あんなんばっかり売れて、なんだ、私の最先端のアイテー小説が一次も、一次も(以下、くどいので省略)。そしたら、谷川さんが電子書籍で出せばいいじゃないかって言うんですね。ちょうど谷川さんが電子書籍の会社を始めるというので、そのコンテンツにしてくれるというんです。

わー、じゃあよろしくお願いしますーってことで原稿を渡して今に至ります。はい。物事には理由がある。私にはコネがある。谷川さんには恩がある。

で、あの、正直言うと結構どうでもよかったんです、この件に関しては。まあ、送り先を間違えた感はあるにせよ、一次も通らなかった作品ですし。だいたいが病気みたいなものなので、書いて送った時点でもう自分の中では終わってるんですよね。で、また、原稿を渡したら渡したで、谷川さんが全く返事くれないんですよ。いいとか悪いとか読んだとか読まないとか、まったく、何にも言ってくれないの! 凹むじゃないですか。気になるじゃないですか。仕事の関係とかあるからボツにするとか言いづらいのかなー、とか思うじゃないですか。そしたら、ある日PDFを送ってきて、初稿だよ、校正してって。結局3、4回校正しましたかね。その過程でだいぶ削りました。もともと長い小説ではないのですが、新潮に応募したときの3分の2くらいになったんじゃないでしょうか。表紙なんかある?って言われたので、これまた一緒にお仕事をしているイラストレーターの倉田タカシさんにお願いしました。

谷川さんには、後でいろいろ感想というか、コメントをいただくことになるのですが、基本的にごちゃごちゃいわない人なので、まあ、読んだ時点でアリって思われたんだろうな、と思います。谷川さんが「新潮」の審査員だったらよかったのに!

そんな谷川さんですが、いわゆる書籍編集者ではなく、まさにアプリ編集者的な動きをしてくださいます。「マガジン航」の読者のみなさんならご存じのことと思いますが、AppStoreで売るアプリってAppleに申請して、審査に通らなきゃいけないんですね。で、無料の電子書籍アプリの審査がすごく通りにくくなってるんですね、今。私も編集者のほうの仕事で、リジェクトされた例をいくつか聞いてもいたので、ああ、これはさすがに通らないかなーと思っていました。

そしたら、「通ったよ、3月に出るよ」と、また唐突に連絡が入りまして。えー、よく通りましたねーっていったら、「ちょっと工夫した」と。私が入稿した表紙の前に勝手に雲の画像が付け加えられ、しかもクリント・イーストウッド映画っぽいピアノBGMなどが流れるようになっておりまして、つまり、工夫。なんかこう、大それたことじゃないんですね。ちょこっと付け加えた感じの。これでアプリとして通すんだから、敏腕アプリ編集者だと思います。

結構どうでもよかったくせに、実際アプリができてみるとやはりそれはそれでテンションが上がります。だって、1年前まで茶色い封筒に「新潮新人文学賞係 御中」とか書いていそいそと郵便局に馳せ参じてたのが、いきなりAppStoreですよ。これはけっこう衝撃的でした。電子書籍の衝撃! もちろん、私もその、いちおうITな出版社の人間ということで電子書籍にはそれなりのかかわり方がある(少なくともそういうことになっている)わけですが、自分の小説のこととなると、それはまったく別ものだったんですね。自分の小説は、出力して、綴じて、茶色い封筒に入れて、「御中」って書いて「新潮」か「群像」に送りつけるものだと信じて疑わなかった。最新のテクノロジーをテーマにした小説を書いているにもかかわらず。

2011年3月9日に公開された『クラウドおかあさん』。6月28日時点のダウンロード数は1229です。これを多いとみるか、少ないとみるかですが、谷川さんによれば「多いほう」だそうです。谷川さんが言うんだから間違いないぞ! これでも多いほうなんだぞ! あと、読んでくださるかたが多いです。「あとで読む」じゃなくて「読んだ」といってくださるかたが多い。とっても短い小説なので、すぐ読み終わるんですよ。本当に、そこが一番すばらしいところです。

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