国際電子出版EXPO2011レポート

2011年7月19日
posted by 松永英明

昨年に引き続き、今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOに行ってきた。要するに紙の本と電子本の一大見本市である。

「国際電子出版EXPO」は去年までは「デジタルパブリッシングフェア」という名称だった。この改称は、「電子書籍」「電子出版」という用語が市民権を得つつあることが反映されているようにも思われる。「電子書籍元年」とされた去年と比べれば話題性には欠けるように思われたが、それでも実際に会場を訪れて去年との変化に気づいたところがいろいろとあった。

キーワードは「電子化」から「販売」へ

去年の東京国際ブックフェア&デジタルパブリッシングフェアについてのレポートは、「マガジン航」のバックナンバーで「電子書籍は波紋を生む「一石」となる」などを参照していただきたい。今年は開催3日目の7月9日土曜日に回ってきた。

なお、このレポートはあくまでも個人的な興味の範囲でのレポートであることを最初にお断りしておく。

今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOが同時開催。

今年も東京国際ブックフェアと国際電子出版EXPOが同時開催。

今年の国際電子出版EXPOを全体的に見渡して、全体的な傾向がちょっと変わったように感じた。去年は「ePub化して電子書籍を作れますよ」というツールが非常に目立っていた印象がある。今年もそういう出展はあるものの、そこから一歩進んで「電子書籍をこういう径路/こういうポータルサイトで売ることができますよ」という「販売ルート」の売り込みが目立つようになったように思われる。

つまり、電子書籍を「作れます」の段階にとどまっていたものが、「作って、販売できます」の段階に進んだわけだ。「ePubで電子書籍が実現できるんですよ(作れたらあとはAppleストアとかで売れるし)」という段階から、「こういう販売ルートに載せることができます(そのために、こういうフォーマットで作れます)」というステージに一歩進んだのだ。これは電子書籍の世界における現実的な一歩前進だと思う。

電子書籍制作・販売サイトの躍進

今回、わたしが最も興味を惹かれたのが、ブログサービスで有名なSeesaaが最近開設した「forkN(フォークン)」の出展だった。開発者の方からもいろいろ説明を受け、非常に興味深いと思った。

Seesaaのオンライン電子出版サービスForkNのサイト。

Seesaaのオンライン電子出版サービスForkNのサイト。

forkN の担当者の方も明確に意識していたが、これはpaperboy&co.の先行サイト「ブクログのパブー」と競合するシステムである。どちらもオンライン上でブログを書くような感覚でePub・PDFファイルを作成することができる。そして、それをそのまま販売できる。売れた場合のみ手数料がかかって、それもどちらも同じく販売価格の3割(つまり、発行者側が7割)というところも同じである。素人でも簡単に電子書籍を無料で作り、売れれば利益になる、というシステムとして、この二つはともに完成度が高い。

パブーはすでにわたしも利用して、震災後のチャリティ本を発行したりしている。では、forkN はパブーとどこが違うのか。開発担当者は「機能的にはそれほど違いは出せないと思います」と言った。「新着情報のタイムライン表示はforkNが先に始めたんですけど、パブーさんも意識されてるようで、すぐに向こうにも搭載されました」という。このあたりは技術的には実装が難しくないことであり、そこで差別化は難しいだろうという。逆にいえば、双方ともに機能的には完成度が高いということの裏返しでもあるだろう。両社ともブログサービスを提供してきた実績があり、それをePub制作ツールに転用するのはさほど難しいことではない。

では何が違うのか。それはサイトで販売される作品の「雰囲気」ということになりそうである。パブーでは最近、有名な著者による作品が増えてきたため、素人が入りにくい印象があるのではないか、というような指摘があった。また、パブーでは「アダルト」は「その他」というカテゴリー内に押し込められているが、forkNでは「R-18」枠が明記されており、サイト全体としても身近で軟らかい作品が多くなるようである。また、ソーシャルリーディングや検索機能の充実で差別化を図りたいということらしい。

この棲み分けは非常に健全なものだと思う。本格的にレンタルブログブームが始まってから7~8年、基本的な機能はさほど変わらないがサービスごとにユーザーの「カラー」がある程度出てそれぞれに共存しているように、この種の「電子書籍を無料で制作して、販売もできるサイト」はこれからも次々と出てくるだろうが、それぞれのカラーを打ち出せれば共存は決して不可能ではないと思う。

「電子書籍ストア」を開設するシステムも登場

forkN の向かいのブースには「wook」が出展していた。こちらも「電子書籍をウェブ上で作って販売できる」という意味では同じようなサイトといえるが、少し違うのはwookは「電子書籍ストア」を開設するシステムであることだ。パブーや forkN と基本は同じだが、制作者/出版者にフォーカスを当てているということになる。電子同人誌や小規模出版者のようにブランド勝負で発行したい人にとっては使いやすいだろう。また、wookではPC閲覧時はストリーミング、スマートフォンでは専用アプリを使うという点で「作品の保護」が強化されている。

これらのサイトではいずれも作品の独占をしない。他で販売している作品も(そこで独占契約がない限り)自由に販売できる。わたしも3サイトで共通タイトルを販売してみようと思っている。

wookは「電子書籍ストア」を開設するシステムをデモ。

wookは「電子書籍ストア」を開設するシステムをデモ。

現時点での限界としては、いずれのサイトも自分で InDesign などで制作したPDFファイルをアップロードすることはできないところだ。違法著作物アップを防ぐためという理由も聞かれるが、多少審査があったとしても自作PDFが公開可能になれば、同人誌として制作した書籍データをレイアウトそのまま電子版公開もできるので、ぜひ期待したいところである。

一方で、情報商材&アフィリエイトの大手サイト「インフォトップ」が運営する電子出版サイトも出展していたが、情報商材の抱える数々の問題点(高すぎる定価設定、アフィリエイト報酬率の高さ、正確な内容を伏せての販売、spam行為を煽る内容の商材の存在など)をどのように解消するかについての説明が特にみられず、ただその情報商材の販売成果だけを電子書籍販売スタンドとして宣伝していたのが残念だった。

電子書籍ツールも手頃に

パブー、forkN、wookといったサイトを利用すれば、素人であってもほとんど無料で電子書籍を制作し、売れたときには収入を手にすることができる。このようなシステムが出ている以上、「ePubに変換するソフト」や「電子書籍を制作できるツール」を何十万円で販売するというのはやや不利なように思われる。

去年出展していた中では電子書籍制作ツールが数百万円のオーダーで提案されていたが、今年はそのあたりの相場も下がってきたようだ。

もし自分が大手出版社ならずとも小規模出版社か編集プロダクションをやっているのなら導入を検討しただろうと思われたのが「Digit@Link ActiBook」(スターティアラボ)である。PC/iPhone/iPad/Android対応の「Actibook Custom3」で初期費用10万円、月額費用7万2500円という価格は「手の届く」範囲と言えるだろう。

「SMART BX」(ヴイワン)はiPhone/iPad/Android対応のアプリが作れるサービスで、1アプリごとに月額31500円。それなりに販売力を持っている制作者が雑誌的に多くのコンテンツを盛り込む場合なら魅力的だろうと思われる。ただ、アプリ内課金やマップ連携などはオプション扱いだ。

「moviliboSTUDIO」(ポルタルト/Impress Touch)もiOS/Android/PC向け電子書籍を「月額10500円より」制作できるとうたっている。ただし、配信にはアプリごと(OSごとに別)のチケット購入が必要になるので、総額としてはそれなりに大きくなる。

いずれにしても中小規模の事業者であれば手の届く価格帯に下りてきたわけで、今後はさらに個人でも手の出せるサービスが出てくることが期待される。

ただ、個人的にはこれらの制作ツールが余計なところに力を入れているようにも思われる部分がある。たとえば、「紙の本のページめくりを再現するかのようなページめくりインターフェース」などは、本来、力を入れるべきところではない。紙の本に似せることに尽力するよりも、アプリならではの地図連携などの機能が充実してほしいと思う。

「対談 電子出版実践ウラオモテ」

こんな感じで会場をざっと見て回った後で、ボイジャーブースにて開かれたミニイベント「マガジン航 対談 電子出版実践ウラオモテ」を観覧した。

ボイジャーブースにて。小泉真由子さん(右)と古田アダム有さん(左)。

ボイジャーブースにて。小泉真由子さん(右)と古田アダム有さん(左)。

「マガジン航」対談 ――電子出版実践ウラオモテ
小泉真由子氏(編集者、『クラウドおかあさん』著者)× 古田アダム有氏(印刷会社勤務、「湘南電書鼎談」メンバー)× 仲俣暁生(「マガジン航」編集長)
[USTREAMの録画がこちらで閲覧できます]

小泉さんは出版社の編集者であるが、一方で以前からいろいろな文芸賞などに小説を投稿してきた。その「選考漏れ」作品を無料の電子書籍(アプリ)化したのが『クラウドおかあさん』である。最近のApple Storeは純粋に書籍だと審査が厳しいので、音楽を付けてアプリとして審査を通過した、というような裏話も飛び出した。

一方、古田さんは印刷会社勤務だが出版にも興味を持ち、「湘南電書鼎談」というプロジェクトを進めている。

この対談はいずれ別のところでまとめられると思うので詳細は省くが、わたしが興味深いと思ったのは、お二人とも「収益」とは離れたところで電子出版に関わっているからこそ、自由な発想で電子書籍/電書を出せているのではないかと思われたことだ。小泉さんも古田さんも(出版業界には属しているが)「会社員」として収入が確保されており、その傍らでやりたいことを電子書籍という形で出している。紙の冊子(個人誌や同人誌)を作るには数万円からとはいえ資金が必要だが、電子書籍なら労力と時間さえかければお金はさほどかからない。収益を考えないところでとりあえず出せる。現時点の電子出版は、そういう環境で制作するためのハードルが低くなっている。それが可能性を秘めているといえる。

先ほど述べた「ウェブ上の電子書籍制作・販売サイト」も、売れることは保証されていない。だが、少なくとも個人で制作・販売する限り、売れなくても損失はない。その環境であればいろいろと実験ができるというのが、2011年夏時点での電子書籍の状況なのだろうと思う。それは言い換えれば、電子書籍で儲けよう、収益を上げようと思ったらまだまだ難しいという現状の裏返しではあるのだが……。

電子書籍用のフォントの進化

電子書籍を読みやすくするためには、フォントの問題はかなり大きい。わたしもKindle用のPDFファイルを自作したとき、たとえばAdobe InDesignについてくる小塚明朝では横線が細すぎるという体験をした。だからといって本文もすべてゴシックというのは避けたいところである。

これまで、電子書籍向けのフォントの世界ではイワタUDフォントが一歩先んじてきた印象がある。今年も会場にはいくつかのフォント会社が出展していたが、モリサワとDNPが「横線が太めの明朝体フォント」を出してきた。

イワタは各デバイスで表示できる自社フォントをデモ。

イワタは各デバイスで表示できる自社フォントをデモ。

特にわたしが注目したのはモリサワだ。近日公開の新しいフォントで、明朝体の横線の太さを何段階かに変えたものを出すという。縦はそのままで横線の太さを何種類かの中から選べる。しかも全体的に細字から太字まで各種パターンがあるので、バリエーションは非常に大きい。その中から、電子書籍の画面で見て読みやすいフォントを使うことができるのは画期的といえる。

一方のDNPは「秀英横太明朝」(MとBの2種類)を出してきた。これまで定評のあったフォントが電子書籍向けに横太化していく流れは歓迎したい。

汎用フォーマット対応機とショップ対応機

新しい電子書籍リーダーの動きは、「電子書籍元年」の去年ほど派手ではなかったが、わたしが注目したのはボイジャーと楽天である。

ボイジャーの方は秋にリリース予定の「新しい読書ビューアシステム」を出展。従来のT-Timeの表示をwebkit対応させた。つまり、ブラウザとしての機能が加わったわけで、これでHTML5やEPUBという汎用フォーマットに対応することになる。これで従来のdotBookに加え、EPUB3、PDF、TXT(HTML5)といった広範なスタイルの電子書籍が閲覧可能というわけだ。

ボイジャーはブラウザで電子書籍が閲覧できる次期ビューアを発表。

ボイジャーはブラウザで電子書籍が閲覧できる次期ビューアを発表。

これからの電子書籍リーダーは、新しい電子書籍フォーマットを独自に新作して表示させる、というのではだめだろう。それよりは数多くの電子書籍フォーマットにいかに柔軟に対応していくかということが重要になると思う。そう考えれば、ボイジャーの方針は「正解」ということになろう。これがさらにMobipocket形式(Kindleのazw形式と互換)に対応すれば最強ということになるのではないか。

一方で気になったのは、間もなく電子書籍書店をオンラインで展開する予定の楽天である。こちらはパナソニックと提携して、専用の電子書籍リーダーを開発した。実際に触ってみたところ直感的にわかりにくいところもあったが、ひとまず電子書籍が読める。リーダー上で楽天のお勧め本が表示され、その端末だけで購入から読書まで完結するということになればまさにアマゾンKindleのビジネスモデルに近くなる。

楽天とパナソニックは共同で8月にスタートする電子書籍サービスをデモ。

楽天とパナソニックは共同で8月にスタートする電子書籍サービスをデモ。

この電子書籍リーダーがいくらで提供されるのかはわからないが、たとえば楽天の電子書店に最初期に登録した何千名様には電子書籍リーダー無償提供とか、あるいは端末に広告を表示させることで端末価格を劇的に下げるといった思い切った戦略をとることで、いまだ日本上陸していないAmazon Kindleの国内先行事例となりうる力を秘めている。

楽天に死角があるとすれば、電子書籍リーダーそのものの品質や、楽天以外で購入した電子書籍を読めるかどうか、あるいは個人・小規模出版者の自主制作電子書籍をショップで扱ってもらえるかどうか、等々といったことが考えられる。楽天が囲い込みではなく開放の方向に進めば成功を収めるかもしれない。

「電子書籍二年」は「嵐の前の静けさ」

今年の秋に発表される内容も含んだ2011年の国際電子出版EXPOを見て思ったのは、これは「嵐の前の静けさ」だということだ。

電子書籍元年と騒がれた去年はAppleストアとKindleという「黒船」の襲来が話題となったが、それからの一年は「どうやってEPUB化すればいいの?」という制作レベルが話題の中心だった。それがやがて販売方法が検討対象となりつつある。電子書籍二年となる今年は、当初の過剰な熱狂も沈静化し、目新しさもやや薄れて、地に足のついた状況になってきたようにも思われる。

ただし、それはKindleストアの本格的日本上陸という「嵐」の襲来を間近に控えた静けさではないだろうか。確かに、EPUBの仕様がいまだ確定していないという状況もある。だが、電子出版業界としては「Kindleが来る」ことを前提としながらも、まだ来ていないという中間状態での「やりにくさ」を感じているのではないだろうか。「黒船」は来たがまだ日本でのKindleストア開店という「開港」はしていない状態だ。

国内の電子出版の世界では、フォーマット形式的にはEPUBとHTML5(とPDF)に関心が集まっている。しかし、「開港」後は当然AZW(Mobipocket)形式にも目を向けなければならないだろう。開港を見据えた上での準備をいかに整えられるか。それが「電子書籍二年」の課題となるように感じられた。

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執筆者紹介

松永英明
(文士・事物起源探究家、絵文録ことのは)