「阿賀北ノベルジャム」という小さな熾火

2021年5月19日
posted by Yohクモハ

昨年秋、目の前を一通のツィートが流れていった。「阿賀北ノベルジャム」参加募集のツィートだった。クモハはその時「ノベルジャム」という言葉を知らなかったし、自分が参加しようという意思もなかった。

流れていくツィートを見守るうち、次第に明らかになったのは、

・「阿賀北ノベルジャム」というネットイベントがあること
・「新潟県阿賀北地方を舞台にした小説を書くこと」
・「新潟県在住でなく出身でも応募資格があること」
・「そのイベントにはどうやら参加者が少ないこと」

だった。

その時クモハは、長らく打ち込んできた長編小説をKindleで出版したものの、読んでもらえないという課題を解決できないまま、ひたすらあがき続け、とうとう打つ手がなくなった頃だった。やる気が起きず、この先もう一生小説を書くことはないんじゃないだろうか、と思いつめていた。

回復の予兆は思わぬ角度から始まった。BFCこと「ブンゲイファイトクラブ」という原稿用紙六枚のブンゲイバトルが、ネットを賑わしていた。初期の習作以来、短編とは疎遠だったが、ティーンズの時には星新一、ブラウン、ブラッドベリをはじめとする短編小説が好きだったじゃないか! 六枚なら書けるかもしれない!

二つほどアイデアが出た。書いてみた。形になった。一つを選び応募してみた。あっさり予選落ちした。けれど、その後が楽しかった。SNSでいくつか感想をいただき、作品について語れる仲間を得た。書くことと読まれることの楽しみを知った。そういう時に再び「阿賀北ノベルジャム」のツィートが目の前を流れていった。

パクン! クモハは目の前の餌に食いついた。

ノベルジャムの特徴は「チームを組み、作品を仕上げること」。
オンラインで集う初日に驚きが待っていた。クモハが存じ上げている数少ない先輩波野氏が、同じチームの編集者だった。チームとしてどのように作品を作り上げていったかは、波野氏の記事「第一回阿賀北ノベルジャム参戦記」 を読んでいただくのが一番だろう。ここではいきなり2021年1月23日、完成作品発表の日まで飛んでしまう。

恩師との再会

第1回阿賀北ノベルジャムでグランプリを受賞した『バッテンガール』(作:Yoh クモハ、編集・デザイン:チームあがっと)

『バッテンガール』は新潟県村上市の高校生、大谷瑠依の物語だが、原型はクモハが高校時代、影響を受けた恩師との出会いだ。高校時代にハンドボールボールをやっていたわけではないし、借りたのは形だけだけれど『バッテンガール』が完成した今、誰よりも恩師に読んで欲しいという強い思いがあった。恩師には数十年単位で連絡を取っていない。住所もすぐにはわからない。

が、「見えない後押し」というものは存在する。本棚のツッパリ棒を設置するために片付けた時、古い手帳が出てきた。そこには恩師の住所と名前があった。

引っ越したかも、覚えていないかも、いやすでにこの世には……。

様々な想像が働く。図々しさも勇気もいる。逡巡の末、クモハは『バッテンガール』と手紙を詰めたゆうパックを村上市の住所に送った。

もう着いた頃だろうか、と思いを巡らせていた朝、いきなり知らない番号から電話がかかってきた。

ハイ、と出たクモハの耳に旧姓を呼ぶ懐かしい声! 恩師だった。この行動力、このまっすぐさ。やはり「色部先生」だけのことはある。

驚きは続く。ある晩、ピンポ〜ンの音とともに「酒」と書いてあるダンボール箱が届いた。なんと!「〆張鶴」の一升瓶! 差出人は恩師。そして数日遅れて『バッテンガール』の感想を書いたハガキが届いた。村上市では配送業者の方が、郵便局よりも仕事が早いらしい。

これが「阿賀北ノベルジャム」のハイライトだった。3月21日に「グランプリ」を受賞した時も嬉しかったが、数十年を超えて思いが届いた瞬間は、山田錦を醸した〆張鶴のように美味だった。
こんな出会いを演出してくれた「阿賀北ノベルジャム」、ありがとう!

受賞はしたものの……

受賞後の感想は「新潟日報」の記事にもなったので割愛する。

今回のノベルジャムは、色々な意味で画期的だったと聞く。
まず、「初の地方開催」であること。これは、主催の敬和学園の松本先生と学生さんたちの尽力なくては、なし得なかったことだと思う。
次に「コロナ禍」により「初のオンライン開催」。
さらに、上記の理由により「執筆期間が3ヶ月」。
初×初×初の大賞を『バッテンガール』がいただいたことには感謝しかない。だが、この作品は六万字で一冊の本になりえる可能性を秘めていた。また三人の審査員の方々からも身に余るありがたい講評をいただいた。許可を得て一部を抜粋する。

「人物配置の巧みさが群を抜いていた」(審査員 有田真代)
「新潟を出て行った人、戻ってきた人それぞれの事情を深いところで包み込むのが、地元の民話であるという仕掛けには唸らされた」(審査員 仲俣暁生)
「作者は村上の人なのかと思ってしまうほど。地域PRにはもってこいの作品」(審査員 間狩隆充)

短編なら諦めもついただろう。加えて恩師も「村上の高校生に読ませたい」と言ってくれた。もっともっと多くの人に、とりわけ村上の皆さんに読んでもらいたい! とクモハが思うのはおかしいかな? だが、クモハはノベルジャムを知らなかった。ノベルジャムが一期一会のお祭りであり、作品を創造するプロセスがメインで、完成してしまえば「祭り」は終わりだってことは。

「売れ行き」が全てを語っている。ノベルジャム主催者の要請により、BCCKSの販売と同時にエブリスタでも連載をしたが、一番盛り上がったのは「連載中」で、受賞後はほとんど動きがない。BCCKSも受賞後、クモハから情報を流した人たちは購入してくれたけれど、サイトでの動きは鈍かった。「賞」を取ったから売れるわけではないことは、書店員時代に身に詰まされているけれど、この冷め方は予想外だった。

熾火に薪をくべる

村上市と周辺地域の広域新聞「サンデーいわふね」にも紹介記事が載った。

地域的な例外はある。受賞後、緊急事態宣言が開けると同時に、クモハは村上に駆けつけた。村上という土地への受賞のお礼と、思うようにできなかった確認のための取材を兼ねていた。そこで神的な必然での出会いがあり、「いわふね新聞社」の取材へとつながり、地元書店に置いていただくという物理的な結果を、著者は身を切って作り出した。

イマココ、である。

「祭り」は終わり、薪は尽き、炎は静まったかに見える。だが、白い灰に包まれた熾は炎が上がっている時よりむしろ熱い。この熾火に薪をくべてくれる人は現れるだろうか。

地域を糧として生まれた作品を少なくとも地域へと循環させること。それを次回の「阿賀北ノベルジャム」に期待して、この一文を終わりたい。

最後に『バッテンガール』に関わってくださったすべての人たちに感謝します。

執筆者紹介

Yohクモハ
小説家・縄文土偶。3000年前に「オオイナルヒノヤマ」の見える地で誕生。1400枚のR18小説「おめらす」http://amzn.to/2mWTgov 専従作家だったが、BFC2を機に新作に目覚める。長編第1作『バッテンガール』で2020「阿賀北ノベルジャム第一回グランプリ」を受賞。BCCKSにて販売。https://bccks.jp/bcck/167710/info『バッテンガール』を全国に流通させたい。次回作を書きたい。ついでにお仕事募集中です。