本の魅力を本自身に語らせるしくみ

2018年3月1日
posted by 仲俣暁生

昨年から人文系出版社数社の編集者と「マガジン航」の発行元であるスタイル株式会社で、本にまつわる、あるウェブサイトの構想を進めてきた。私も運営委員会の一員として参加しているそのサイト、「Socrates-世界を生きる知恵」が本日公開となった。

Socratesは「世界を生きる知恵」というタグラインに相応しい本を出版社の編集者がみずから選び、そのなかでもっとも有効と思える部分の「抜書き」を、ネット上の記事に仕立てて公開していくという、ごくシンプルなサイトである。ここに集められた「知恵」には、抜書きの内容によって「こころの知恵」「働き方の知恵」「社会の知恵」「自然の知恵」「身体の知恵」のタグが付けられている。

「Socrates(ソクラテス)とは何か」でこのサイトのプロヂューサである竹田茂はこう書いている。

あなたが書店で書籍を立ち読みしている時に、たとえば、その書籍を作った編集者がスッとあなたのそばに寄り添い、「ええとですね、この部分をちょっと読んでみてもらえますか?」とアドバイスしているような状況をネット上で再現してみようと考えたのです。

ここぞ読むべき、と編集者が選んだ「抜書き」箇所を読んで、すぐにオンライン書店で注文するもよし、近くの書店に駆け込んで実物を確認もよし。とにかく本の「なかみ」そのもの(それは同時に、もっとも正確な「著者の声」でもある)との接点を、ネット上に設けることがSocratesの最大の目的である。いわばこれは、「本の魅力を本自身に語らせるしくみ」なのだ。

ネットに露出した本の「なかみ」の集合体

本にまつわるネット上のサービスとしては、すでにあまたの書評サイトがあり、そのほか書棚風のサービスや読書記録の共有(ひところ期待されたソーシャルリーディング的なものも含め)など、読者側に立ったものはかなり充実してきた。

それに対していまだ不足しているのが、著者や出版社からのコンテンツ提供である。新刊が出ると、出版社自身が発行するPR誌やウェブサイト、あるいは小説誌や文芸誌に、書評や著者インタビューが掲載されることが多い。こうした言説や周辺情報もその本や著者に関心をもつきっかけにはなるが、その本を読むかどうかを決めるにあたり決定的に重要なのは、言うまでもなくその本の「なかみ(コンテンツ)」である。

たしかに一部の出版社のサイト上では「立ち読み」ができるようになっているし、アマゾンも「なか見!検索 」という擬似的な立ち読みのしくみや、電子書籍のサンプル版を提供している。しかし特定のプラットフォームに囲い込まれたものでもなく、また出版社が個別で行うのでもない、本の「なかみ」の集合体のようなサイトは、これまで存在していなかった。

現在、Socratesの運営委員会に参加している出版社は、平凡社、筑摩書房、晶文社、白水社の4社。本日公開のサイトはこの各社にNTT出版を加えた5社8冊の「抜書き」からスタートするが、今後随時、登録される本も出版社も拡大していく予定である。

運営委員会の委員長である平凡社の西田裕一は、「Socrates(ソクラテス)とは何か」のなかで、スタート時のSocratesのサービスについて「はからずも、著者の方々の主張を積極的に広げていくという、出版の原点に近いものになりました」と述べている。この試みに、多くの出版社や著者が賛同してくれることに期待したい。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。