揺らぐ「出版」のバリューチェーン
ネット書店の台頭、電子書籍の普及、ユーザー投稿サイトの興隆……、出版を巡る状況はここ10年ほどで大きく変化し、出版を巡るバリューチェーンは大きく揺らいでいる。街からは書店が姿を消し、電車内で雑誌や本を開く人は減り、多くの読み物コンテンツは、ネットで摂取されるようになった。
「面白いコンテンツを読みたい」という根源の欲求は変わらない。ニュース記事やSNSを含めて考えれば、むしろ、文字コンテンツの需要は、スマホ以前と比較しても増えているのではないかとも言われる。
しかし、コンテンツを生み出し、それを届けるという一連の経路=バリューチェーン(価値連鎖)は大きく変化した。出版社は取次に流通を委ねているだけでは、経営がおぼつかなくなった。著者とともに作品を生み出す編集者も、パッケージとしての「本」をゴールとしていては、もはや立ちゆかない。作品=コンテンツの展開が、書店ではなく多様な姿を取るウェブにその主戦場を移しているなか、本というメディアは顧客との接触の機会としてはあまりにも小さく、収益も本そのものよりも、映像など他メディアとの連携(クロスメディア展開)抜きでは語れない時代となった。
「小説家になろう」などのユーザー投稿サイトの興隆や、KDPのようなセルフパブリッシングの場の登場で、著者さえ集めれば「面白いコンテンツ」が量産されると誤解されるような時期もあった。しかし、実際は、多様な(言い換えればSNSによる分断化が進む)読者に支持され、飽きられない(ITがそうであるようにコンテンツの流行もドッグ・イヤーとなった)作品づくりのためには、複数の頭脳が求められることはより明確になったと言える。
「面白いコンテンツ」への需要は高まっている。投稿サイトを見れば「面白いコンテンツ」を生み出したい、ともがいている著者の多さに驚かされる。しかし、出版社には著者を育てて行くかつてのような「余裕」はない。SNSで著者が出版社・編集者からの「酷い扱い」を告発するようになったのも、裏を返せばバリューチェーンが揺らいでいることの証左でもある。出版を巡るバリューチェーンは揺らぎ、その担い手は分断の中であえいでいる。
期間と空間を限定して生まれる「理想型」
日本独立作家同盟が小説創作イベント「ノベルジャム」を企画したのは、そんな状況に一石を投じたいという思いがあったからだ。ノベルジャムでは、著者と編集者が2日間という限られた期間で、与えられたテーマにそって3000文字以上の短編小説を書き上げ、電子書店での出版までを行う。2017年2月に第1回が開催され、参加者29人が計17作品を生み出した。プロの作家や評論家が全ての作品を審査し、講評も行う。2018年2月に開催される第2回は、合宿形式で期間を2泊3日、さらにデザイナーも加わってより本格的な創作に取り組むことになる。
ポイントは、著者と編集者が文字通り二人三脚で創作に取り組むというところだ。従来、小説を書くという作業は著者による孤独なものというイメージが強かった。しかし、多くの商業出版がそうであるように、そしてネット時代にますます編集の必要性が高まっていることからもわかるように、編集者との「併走」あってこそ、作品は完成し、ネットという場に拡がっていくものなのだ。
このイベントは、日本独立作家同盟の理事が「ゲームジャム」や「スタートアップウィークエンド」といったハッカソンのイベントに参加したり、企画や審査に関わってきたことから生まれた。「場」と「期限」を用意し、はじめて顔を合わせる人々との共働によって、思いも掛けない成果が生まれるハッカソン。ITの世界ではよく知られるようになったこの取り組みは小説創作にも適用できるはずだ――この狙いが的中したことは、前回のノベルジャムの参加者が残した様々な記録で確認することができる(詳細は日本独立作家同盟のサイトの以下のを参照のこと)。
日本初の小説創作ハッカソン大盛況のうちに終了――NovelJam(ノベルジャム)開催 参加者30名が2日間で小説創作から電子書籍の発売まで行う|イベント報告(日本独立作家同盟)http://www.aiajp.org/2017/02/noveljam-2017-is-complete.html
2013年に任意団体として設立し、その後2015年にNPO法人となった日本独立作家同盟では、セルフパブリッシングを支援することを目的として、当初は会員が作品を投稿するスタイルの電子雑誌「月刊群雛」を発行していたが、それを休刊し、「ノベルジャム」の運営に活動の軸足を大きく移した。同じ創作でも、リアルな場で刺激を受け合いながら、(そして〆切に苦しみながら)作品を生み出す「体験」こそが、NPOとして提供すべきものと考えたからだ。
ノベルジャム会場では、今ではなかなか目にすることができない「編集者」と「著者」が時には激論を交しながら創作に突き進む一種の「熱狂」を目の当たりにすることができる。次回はそこにさらに「デザイナー」が加わることになる。ドラマや映画などで、いわゆる「作家もの」が増えたのも、その「熱狂」が現実から消えつつある、一種のファンタジーとなりつつあり、そこにノスタルジーをおぼえる人々が増えたことの証左だ。しかしノベルジャムという限られた時間・空間を用意することで、「面白い物語を生み出したい/届けたい」という純粋で本質的な欲求が表出し、失われた理想は現実のものとして甦るのだ。
「編集者」「デザイナー」こそ参加して欲しい
2回目となるノベルジャムの参加応募締切りは2018年1月5日。2回目ということもあり、すでに「著者」枠には多くの応募があり、厳正な選考の上、参加者が決定されることになる。一方「編集者」「デザイナー」の枠には、まだ少し余裕がある(ただし合宿という場所の制約もあり、それぞれの募集枠はわずか8名だ)。
「自分は小説の編集経験がないが大丈夫だろうか」と感じる方も多いと思う。しかし安心してほしい。ノベルジャムでは、「著者と二人三脚で併走する」という意味での編集の経験は必須としているが、ジャンルや年数などは問わない。ノベルジャムを自らの「編集」の在り方を見つめ直す機会としていただければと思う。何よりもわずか3日間で出版まで至ることができる、という体験は他ではなかなか得られないものであり、今後も変化が続く出版の世界を泳ぎ切るための、一つの拠り所になるはずなのだ。
「デザイナー」枠についても同様のことがいえる。著者と編集者が物語を紡ぎ、そしてデザイナーとともに「本」という一つのパッケージを作ることがこのノベルジャムのゴールである。「デザイナー」という表現をしてはいるが、この枠にはマンガやイラスト、ウェブデザイン等、さまざまなグラフィック表現で経験がある方にも参加してほしい。
ノベルジャムでは、「著者」「編集者」「デザイナー」という三者それぞれの役割を担う人たちが一堂に集い、わずか3日間で「本」を「出版する」という体験そのものを得ることができる。普段とは違った自分の役割をもとに、一つのチャレンジとして取り組むことで得るものは大きいだろう。ノベルジャムで、出版の原点・理想形を確認してほしい。
ノベルジャムの詳細・申込は以下の公式サイトから。
https://www.noveljam.org/
執筆者紹介
- 「出版を革新しよう!」をスローガンとする2015年に結成された非営利団体。著者や読者など、すべての出版に関わる人々を対象に、だれでもどこでも、デジタル・ネットワーク技術を活用した、革新的で自由な出版活動を行える、豊かな社会づくりに貢献することを目的とし、出版創作イベント「ノベルジャム」やセミナーの開催などの活動をしている。URLは http://www.aiajp.org/
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