2017年5月27日~28日に、大阪北加賀屋の名村造船所跡地(クリエイティブセンター大阪)で開催された「KITAKAGAYA FLEA 2017 SPRING & ASIA BOOK MARKET」についてレポートしたい。
「KITAKAGAYA FLEA」は大阪を拠点にローカル・カルチャーマガジン「IN/SECTS」を発行するLLCインセクツ主催のイベントである。昨年の春から半年に一度開催されているが、今回は新たな試みとして、日本・台湾・韓国・香港の出版社、書店が出店するブックマーケット「ASIA BOOK MARKET」が初開催となった。
海外の出版社・クリエイターが出店するブックマーケットには「THE TOKYO BOOK FAIR」があるが、今回のアジアという枠組みの新しさ、そしてそれが東京ではなく大阪で行われることが気になった。日本の出店者が、”独立系書店好き”の私にとって垂涎のラインナップだったことにも背中を押され、東京から足を運んでみることにした。
地域、そして文化を超えての交わり
会場となるクリエイティブセンター大阪は、大阪の中心地からは少し外れた場所にあった。もともと造船所だった場所で、すぐ近くを木津川が流れ、海にもほど近い。入場料500円を払い会場の中へ入ると、風通しがよく、夕暮れ時には真っ直ぐに日が射す。管理されすぎていない会場は居心地がよかった。3階建ての建物すべてがイベントに使われており、1階、2階がKITAKAGAYA FLEAブース、そして3階がASIA BOOK MARKETブースだった。
日本の出店者を見ると、”独立系”と呼ばれる書店や、既存の流通システム以外の方法で本を届けている出版社、既存の流通を使いながらもブックマーケットなど読者と直接交流するイベントに積極的に参加している出版社が多く見受けられる。どういう流通形態をとっているかにかかわらず、自分たちのよいと思ったものを届ける、という意思を持つ人たちが集まっていた。そしてそれは海外からの出店者からも同じものを感じた。
出店ブースが国ごとにエリア分けされていないのがこのブックマーケットの特徴で、日本の出店者の横に、台湾の出店者、その横に韓国の出店者、またその横は日本の出店者と、ランダムな並び。しかしそれを不自然に感じないことが面白かった。出店者とお客さんは程よい近さの距離にあり、本を介した人と人とのやり取りがそこかしこで発生していた。海外の出店者との会話は当然スムーズにはいかないのだが、違う言葉を話す国の人たちが、自分たちと同じように生活を営み、伝えたいことを本にしているのだ、と改めて感じ、それもまたよい経験だった。
イベント開催にあたっての主催者の文章の中に、「目指すところは地域、そして文化を越えての交わり、参加者とともに横のつながりをこの場で共有すること。」とあり、その思いが会場の雰囲気に反映されているように感じられた。
今回のブックフェアでは、6月に発売された『本の未来を探す旅 ソウル』の著者である綾女欣伸さん(朝日出版社)、内沼晋太郎さん(numabooks)が韓国の出店者を、日台をつなぐカルチャーマガジン『LIP』を発行している田中佑典さんが台湾の出店者をコーディネートしている。
ブースを覗いているうちに、なぜ彼らが東京から、そして海外から大阪へ出店しに来るのかが気になった。イベントの中での発言を拾ったり直接聞いてみたりしたところ、下のような答えがみつかった。
・自国のブックフェアでの出店者を探すため(韓国の書店)
・自店で販売する商品を探すため(東京の書店)
・普段はリーチできない層へアピールするため(東京の出版社)
・同じ地域にいても普段なかなかじっくり話すことのない書店・出版社同士が交流できるため(台湾の書店)
通常の業務の中だけでは起こりえない出会いや交流。時間やコストの効率化だけでは測ることのできないものの価値。そういったものを大切にする出版社、書店の集まりであるからこそ、きっと居心地がよいのだと思った。
日台韓、それぞれの出版事情を語り合う
今回の主催者である「IN/SECTS」の松村さんが聞き手となり、コーディネートを務めた綾女さん、内沼さん、田中さん、そして台湾「朋丁」店主のチェン・イーチウさん、韓国「YOUR MIND」店主のイロさんが、各国の出版事情や、今回のブックマーケットについて話すセッションだった(台湾、韓国のスピーカーには通訳の方がついている)。
トークの中で特に気になったのは、台湾にはいわゆる独立系書店を対象とした本の卸業者(取次)があるということ。入会費が約3万円で、他の独立系書店2軒の推薦があれば入会できるそうだ。扱われている本は文芸書がメインで、出版関係者が運営を行っているらしい。このトークの中だけでは、その業者が儲かっているのかなど、具体的なことはわからなかった。しかしこの話から、独立系書店や彼らと相性のよい出版社に携わる人、またそれらに興味のある人のネットワークがつくれないか、という話題に発展した。
たとえば今回の出店者と来場者とで一つのメーリングリストをつくり、それぞれの場所で出版された本や売れている本の情報を発信できたらよいのでは、というアイディアが内沼さんから出された。後々それに商流や物流が伴えばもっとよいが、まずはどんな本がそれぞれの出版社から出ているか、売れているのかについて国や地域を越えて発信しあう環境を整えられたら、と。
ここでも、このブックマーケットの趣旨である「目指すところは地域、そして文化を越えての交わり、参加者とともに横のつながりをこの場で共有すること。」という言葉が思い出された。
インターネットでは誰もが情報を発信し、国や地域を越えてアクセス可能な状態をつくることができる。とは言え、受け手側は自分にとって接点のない人の情報にはなかなかアンテナが立たない。逆に、一度直接のやり取りを持った相手であれば、インターネットで継続的に接点を持つこともできるかもしれない。今後、台湾版の「ビッグイシュー」の話題をネットで見かけたとき、私はきっと反応すると思う。このようなブックマーケットが、その最初のきっかけとなる場の一つかもしれないと思った。
いずれはこの交流から、国や地域をまたいだ出版物ができたり、各国の出版物がより身近に入手できる環境を整えていったりすることを夢想すると、国内の閉塞した状況とは違う、新しい空気を感じる。海外から来ていた出店者たちは日本の出版文化に詳しく、それを参考として自分たちの国たちで自分たちなりのやり方で、できることを実行していた。今度はアジアの出版文化から私たちが学ぶ番なのかもしれない。
なお、「THE TOKYO ART BOOK FAIR」に「Guest Country」という、一つの国や地域に焦点を当て出版文化を紹介する特別企画があるのだが、そちらも今年はアジアをテーマとするそうだ。そしてこの「ASIA BOOK MARKET」も来年の同じ時期に次回の開催を目指すということだった。
近いようで遠いアジアの国を、本を介して身近に感じる機会が増えることは意味が大きいのではないか。そしてそれが東京だけではなく、大阪をはじめとした別の都市で開催されていくことも、これまでの東京一極集中の出版とは別の可能性を立ち上がらせるものに感じられる。
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ところで私事だが、9年間勤めていた出版取次会社をこの3月末に辞めた。在籍時より、既存の出版流通に乗らない出版の世界に関心を持つようになった。既に完成した仕組みの中で、自分ひとりにできることなどほとんどないように感じられ、次第に自分の無力さに虚しさが募っていた。
人の手の入り込む余地なく完成された仕組みがあったからこそ、日本には気軽に本を手に入れられる環境があった。これは間違いない。しかし、作り手と読み手、それぞれ血の通った人同士の交流に私は価値を置きたい。各地で開催されているブックマーケットは、そのような自分にとって関心の一つとなった。今回のブックマーケットで、それは国や地域を越えて実現できるものなのだと知り、新しい視座を手に入れた気持ちだ。ブックマーケットを中心とした、本をめぐる変化の芽を見落とさないようにし続けていきたい。
執筆者紹介
- 1983年生まれ。北海道出身。2008年に日本出版販売入社。書店営業や企画の部署を経験し、2017年3月退社。現在、WEBマガジン準備中。
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