2017年の4月1日〜2日、台湾・台北市にある華山1914文創園区で、Culture and Art Book Fair in Taipei(以下、CABF)が開催された。香川県のローカル出版社・瀬戸内人の編集者であり、今回、出店者として参加した立場から、このブックフェアと台湾の出版を中心にしたカルチャー・シーンについて、見聞きしたことや感じたことをレポートしたい。
台湾ではじめての試みとなるこの本のイベントは、CABF実行委員会が主催している。松山国際空港近くのエリアでライフスタイルショップなどを展開するFUJIN TREE GROUPの執行長・小路輔さん、香川県高松市でBOOK MARUTEを営む小笠原哲也さんの呼びかけで、出版社、ギャラリー、アーティストが日本から約40組、台湾からは約10組参加した。京都の出版社・赤々舎、名古屋の書店ギャラリー・ON READING、写真家のかくたみほさんなど、知り合いの出店者も何組かいた。
会場である華山1914文創園区は、日本統治時代の酒工場(台灣總督府專賣局台北酒工廠)の跡地にある歴史的建造物をリノベーションした、カルチャー関連のイベントを展開する複合施設である。ほかにも、アートギャラリー、カフェ、レストラン、ショップ、ライブハウス、映画館などが集まる、台北随一の“おしゃれスポット”と言っていいだろう。
ちょうどこの時期、台湾は家族で先祖を祀る清明節にあたり、4月1日から4連休。華山1914や隣接する公園には、家族連れやカップル、友人同士のグループでにぎわい、日が暮れてもはなやいだ空気があたりに流れていた。
連休中に開催されたCABFは、すさまじい人気ぶりで大盛況だった。主催者の発表によると、来場者数は5000人。煉瓦造りの小さな体育館ほどの広さ、天井の高い倉庫が会場だったのだが、連日お客さんでごったがえし、外には会場に入れない人の長蛇の列ができるほどだった。ちなみに、無料のイベントではなく入場料は100元(約360円)である。
台湾で、本が売れる!
午前11時のオープンから夜8時の終了時刻まで、ひっきりなしにお客さんがやってきて販売対応に追われ、出店ブースから一歩も離れることができない。食事に出ることはもちろん、休憩に行くこともままならなかった。
しかしそこは、台湾の心優しいボランティアスタッフのサポートがあり、お茶やお菓子やお饅頭を差し入れてくれたり、店番を代わってくれたりして助けられた。ちなみに、若い彼女たちの多くはカタコトの日本語を話すことができる。
驚かされたのが、お客さんの「人数」もさることながら、彼ら彼女らの「熱気」である。
海のむこうの、日本の最新のカルチャー事情を知りたい。しかも、マスメディアを介して伝えられる主流のカルチャーではなく、日本のローカルや“独立出版社・独立書店”(台湾では「ひとり出版社」「個性派書店」をこう呼ぶ)が発信するマイナーな情報がほしい——。台湾の感度の高い読書人のなかで、そんなニーズが高まっていることは間違いない。
お客さんの年齢層、ファッションやスタイルはさまざまだったが(必ずしも尖ったアート系の人ばかりではない)、特に20代〜30代の若者たちは、日本語や英語で出店者と積極的にコミュニケーションをとっているのが印象的だった。そしてお客さんは会場入場料を払って、さらにお気に入りの書籍やグッズを購入していく。
そう、本が売れるのである。
好景気とも言われる昨今の台湾の経済事情、また、いわゆる「哈日族」とも呼ばれる、若者文化にみられる根強い「日本」への関心。いろいろな要因があるのだろう。
今回のイベントで、私たちは小豆島の妖怪画家・柳生忠平さんの初の作品集、『モノノケマンダラ』を台湾で先行発売した。編集を担当したこの本は、持参分60冊が2日間でみごとに完売。そして、雑誌『せとうち暮らし』Vo.6〜20のバックナンバーも、同じく55冊が完売。そのほか、瀬戸内人発行の写真集やフォトエッセイなどヴィジュアル中心の書籍も少なからず売れた。
東京や大阪のブックフェアにも時々出店するが、ここまで「本が売れる」という実感と売上の実績を得たことはあまりない。
出店ブースに立ち寄ってくれた台湾の有名な旅ブロガーで、『島旅』という瀬戸内をテーマにした著書をもつキャロル・リンさんに、売れ行きに気を良くしてこんなことを聞いてみた。
「これから、ウチの出版社が作った本を台湾でもっと販売したり紹介したりしたいのですが、どうすれば良いですかね?」
「それは、まずウェブサイトやSNSの中国語・繁体字版をつくって、台湾の読者に向けてきちんと情報発信することよ」
当然すぎる答えである。
こうした台湾の知人友人、お客さんとのやりとりも、情けないことに私は日本語とカタコトの英語でおこなっている。帰国したら、すぐに中国語の勉強をはじめよう、と決意した。
台湾と日本の温度差——「トランス・ローカル」なセンス
台湾の出版文化やその周辺で高まる、日本のローカル・カルチャーへの関心。
台湾通の読者であれば、『秋刀魚』というメディアの存在を知っているだろう。『秋刀魚』は、「Discover Japan Now」をコンセプトにした台湾の超人気雑誌で、旅人独自の視点からディープな日本文化を掘り下げている。
14号まで発行されていて、特集テーマはコンビニ、イラスト、九州男児、日本語、下北沢、梅酒、東北、となかなかひねりがきいている。写真やデザインのクオリティも非常に高い。CABFでは、編集長のEva Chenさんはじめ編集部のメンバーが出店していて、注目をあつめていた。
台中からこのイベントに出店していたブックサイト「ArtQpie」の活動もユニークだ。
彼らは台中市内を転々と移動しながら、そのつど古い建造物をリノベーションして、仮設的な図書室「ArtQpieライブラリー」をオープンしている。みずから都市のノマド(遊牧民)を名乗り、ArtQpieという名前にはOccupiedの語感(つまり、占拠。都市空間やストリートを占拠する対抗文化的な社会運動の含意)もこめているのだろう。
ライブラリーは、ローカル・カルチャーやさまざまな地域課題について住民同士の対話がおこなわれる一種のコミュニティスペースで、ギャラリーとして関連する展示会やイベントも開催しているそうだ。また、アート、デザイン、建築、都市、書物などをテーマにしたZineを出版したり販売したりしている。
ArtQpie代表のArgi Changさん。
代表のArgi Changさんから手渡されたカードには、ArtQpieの設立趣意書が英文で記されている。「(われわれは)地域コミュニティに対して、異なる見方・パースペクティブを共有する機会を提供し、都市と都市、街と街のあいだで多様なコミュニケーションが生まれるよう協同する」
ここで気づかされるのだが、いま台湾で「ローカル」の熱が高まっているのだとしたら、それは「トランス・ローカル」な思考や感性に根ざしているということだ。
彼ら彼女らは、決して自分たちの「くに」や「地元」だけに関心があるわけではない。むしろその視線は、確実に日本などの海外、ここではないどこかの世界へと向かっている。そしてメディアを活用して遠く離れたローカルとローカルを結びつけることに、面白さや社会的な意義を感じている。
外国語のコミュニケーション能力を活かして海外のローカルを旅しながら取材し、また地に足のついた思想性をもって、世界各地のローカル・カルチャーのシーンとの連帯に取り組む。
そこから生み出される「表現」を通じて、まるで異邦人のように地元の暮らしを見つめなおし、自分たちなりの豊かさや価値観を問い直すよう、同時代の台湾の読者にうながしているかのようだ。単なる「日本びいき・外国びいき」なのでもない。
ひるがえって、中国語を話せず、読み書きもできない私たちが、地元・瀬戸内に対するのと同じレベルで台湾のローカルを取材できるかというと、難しいだろう。日常的に、出版社として海外のメディア関係者、クリエイターや作家との積極的な交流を行っているわけでもない。
なによりも、ここ台湾に、自分たちが作った本の熱心な読者がいるという事実に、作り手である私たちはこれまであまりにも無自覚だった。
日本語環境の地元中心主義への安住——おそらく昨今の日本のメディアにおける「ローカル・ブーム」現象は、かなりドメスティックな傾向があるのではないだろうか。そこに、出版の未来はあるのだろうか。
台湾と日本。「ローカル」をめぐるこの温度差は、何なのだろう?
世界性・普遍性の感覚を持ちながら、ローカルで考えること
2日間のブックフェアが終わったあと、台北市内にある独立書店「田園城市生活風格書店」を訪ねた。大通りから路地をすこし入ったところにあるビルの1階。お気に入りの本を探しながら過ごすにはうってつけの静かな環境で、地下にギャラリースペースがある。
オーナーで台湾出版界のキーパーソンである陳炳槮さんに挨拶をした後、台湾の友人を待ちながら、そのまま店内に1時間ほど滞在した。陳さんは、自分のオフィスを「社長の古本屋」として開放し、日本をはじめ海外で収集した古書を展示・販売するなど、店内は実にオープンで風通しがいい。
田園城市は、出版もしている。
都市的なコミュニティやカルチャー・シーンを拠点にしているだけあって、建築、アート、デザインなどのおしゃれな本が多い。独立出版社らしく装丁やブックデザインにもかなりこだわっていて、一貫した美学を感じる。
最新刊は、フランスの人類学者マルク・オジェの『非場所』。私は学生時代に文化人類学を勉強していたので、こういう本におのずと目がいく。重要な人類学者でありながら、その著作の日本語訳は少ない。
いわゆるアート系のヴィジュアル中心の本だけではなく、ベトナム系アメリカ人の映画監督トリン・T・ミンハの批評集『ここのなかの何処かへ』、日本の写真評論家・飯沢耕太郎の『私写真論』など、「ハードな読み物」の翻訳書も多い。出版物のラインナップからは、単に“おしゃれ”を追いかけるだけの浮ついたものではない、ゆるぎない哲学を感じた。ここでも、トランス・ローカルな知的センスが輝いている。
あの問いがふたたび頭をもたげる。台湾と日本。「ローカル」をめぐるこの温度差は、何なのだろう?
単純な比較はできないだろう。
台湾と日本では、出版文化の歴史や産業構造が大きくちがう。台湾には、戦後の国民党による長期の戒厳令、白色テロの時代におこなわれた検閲・出版禁止の歴史などから自前のコンテンツ産業が日本ほど成熟せず、逆に翻訳を通じた海外コンテンツの活用がさかんになり、現在も年間の新刊書の大半が翻訳物という話も聞いた。
それにしても、いま日本の「ひとり出版社」や「ローカル出版社」と呼ばれる零細版元が、各社の得意とするジャンルや主力の刊行物のほかに、「これぞ!」と直感した海外の硬派な人文書や文芸書を、スピーディに翻訳して出版することができるだろうか。
岐路に立たされている、と私は感じた。
台湾の独立出版社・独立書店のカルチャー・シーンにみられるように、海外に目を向けながらトランス・ローカルの道を進むのか。それとも、このまま日本語環境と地元中心主義に閉塞する“ガラパゴス”・ローカルの道を進むのか。
世界性・普遍性の感覚を持ちながら、編集者としてローカルで考え、行動すること——。大切だけど、「地元」にこもって本づくりの仕事ばかりをしていると、つい忘れがちになる。Culture and Art Book Fair in Taipeiというイベントへの参加は、そんなことを思い出させてくれる貴重な機会となった。
次回、このブックフェアにまた参加することがあれば、こんどはボランティアスタッフの台湾の若者たちと「美味しい店、知ってる?」とか「どんな音楽聞いてるの?」とか、他愛のないおしゃべりを楽しみたい。帰国して空港の書店でまっさきに買った本が、中国語のテキストブックだったことはいうまでもない。
執筆者紹介
- 1975年生まれ。ローカル出版社・瀬戸内人(せとうちびと)の取締役編集人。現在は香川と兵庫を行き来しながら本をつくる仕事をしている。これまで旅をしてきた土地は、ブラジル、インドネシア、タンザニア、奄美群島。父親が生まれ育った台湾に特別な郷愁を感じる。
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