「獲りました」
などとご報告できればよかったのだが、現実はそのような超展開は見せてくれず、最終選考に残った70作品のうち、受賞作品の栄誉に輝いたのは俺の作品以外の「たった3作品」だった。これらの作品は今後書籍化され書店店頭に並ぶ。おめでとうございました。
落選したからといってこのままフテ寝するわけにもいかず、これで放り出してしまうと「マガジン航」の編集人にお仕置きを受ける羽目になるので、俺は血涙を流しながらでもレポートを書かねばならぬ。もう少しだけおつきあい願いたい。
コトの詳細については、2016年7月23日の「我輩はいかにしてカクヨム作家となりしか」)をご覧いただけばわかるのだが、ざっくり説明しておくと、
①カドカワが運営する「カクヨム」という投稿型文芸サイトがあり、
②そこで「エッセイ・実話・実用作品コンテスト」)が行われ、
③俺も『我輩は本である ~白紙が紙くずになるまで~』という作品で参加(応募)した……、
ということである。
9月30日に同サイト上で発表があり、拙作はあえなく落選となったのである。無念。
手応えがあったか、といえばそれなりにイケそうな気はしていた。ただし、無条件にではない。ある程度受賞作品が多ければなんとかなるかもしれないな、という程度である。7、8本受賞作があるのなら、運がよければ紛れ込むぐらいはできるかなーという程度の期待であったので、受賞作が3作であった時点で、まあしょうがないかなあとは思っている。そりゃあ人並みに断腸の思いではあるけども。
受賞作品はいずれも名作
今回受賞されたのはこちらで発表されたとおり、以下の3作品である。
鯨武長之介『モノクローム・サイダー』
高野りょーすけ『東大生が1日を50円で売ってみたら』
原田おさむ『パチンコ屋店員芸人奮闘記「それでも僕は、やめていない」』
あらすじを読むだけでもわかるが、いずれも素晴らしい作品である。お目が高い、と言わざるを得ない。
鯨武さんの『モノクローム・サイダー』はレトロゲームにまつわる青春ストーリーで、先日めでたく連載が再開された押切蓮介『ハイスコアガール』にも通ずる、ヒット作となる可能性に満ち満ちたもの。本作自体はランキング下位からの編集部選出であるが、これについては後述する。
高野さんの『東大生が1日を50円で売ってみたら』、東大生である彼が1日50円のギャラでなんでもします、とブログで宣言して、いろいろな体験をするというもの。春頃に話題(騒動?)になったブログのあの当人である。俺が当時目にしたのは「自分の代わりに働いて給料をよこせ」という乱暴な人物とのやりとりでだけあったが、そんなのはほんの瑣末事で、じつは高野さん自身は金には代え難い貴重な経験をたくさんしていたのだったという物語。
原田さんの『パチンコ屋店員芸人奮闘記「それでも僕は、やめていない」』はパチンコ店店員で食いつなぐ「まだ売れていない」ピン芸人の悲哀を赤裸々に描いたもので、業界ものとしても非常に面白い作品である。
そして選考発表のウェブサイトには、二ヶ月あまりに渡って選考作業をされた「生活実用第3編集課」からのコメントが添えられていた。
最後に一つ、強調しておきたいことがございます。今回の編集部による選考基準はあくまでも「書籍化に適しているかどうか」でした。そのため、作品の品質は高いにも関わらず落選とせざるをえない作品がたくさんありました。それは最終選考はもとより、第一次選考でもそうでした。
俺もそういった公募の現場をのぞき見た経験があるので、70点もの作品から受賞作を絞り込むのはさぞ大変な作業であったろうと思う。お疲れ様でした。
この時点で原稿はすでにできているのだし、文芸作品だから図版の制作もないのだし、これらの受賞3作品は年内には発売されるだろう。そういうスピーディさがなければこの賞自体あまり意味があるとはいえない。それこそ「ターゲット・フルスピード・ツーマンス」(「世界一難しい恋」より)でお願いしたい。
受賞作品の傾向は「コンテクスト・マシマシ」
こうして受賞作品を読み比べる中で、それぞれに添えられた「編集部からのコメント」を眺めていると、これらの作品には「とある傾向が」あることが見えてくる。
それは「コンテクスト(文脈)が多い」ということだ。
期間中の順位だけで言えば、受賞作の全てがランキング上位のものというわけではない。
『東大生が1日を50円で売ってみたら』が期間中ランキング5位。『モノクローム・サイダー』は19位。『パチンコ屋店員芸人奮闘記「それでも僕は、やめていない」』は84位だった。
(※期間中ランキングは現在はもう見られない。上記順位は俺の手元に残してあるデータによるもの)
受賞作の選考がランキングだけに依存しないことは最初からわかっていた。もしランキング順位が選考基準となるのであれば最終選考などというものは必要がない。人気投票上位から順に書籍化すればいいだけである。
しかし、書店で売る以上は「編集者的」「営業的」に都合のいい作品でなければ、選ぶことはできない。人気があるということは、売れるために必要な「誰が読むのか」という問いかけへの担保にはなり得る。ただ、「カクヨムの読者」という強いバイアスのかかったものを唯一の拠り所とするのには、商業上の無理がある。出版という投資を行うにあたっては、十分時間をかけて編集部選考を行う必要があったというわけだ。
何をもって「売れる」と判断するか。これは出版というギャンブルにとって永遠の課題である。明確な法則があるなら誰も苦労はしない。
ランキング以外に何か売れそうな要素がないか、を判断するのが編集部選考だったわけだ。予想はしていたが、それは非常に顕著な形で受賞結果に現れることとなった。
19位の『モノクローム・サイダー』の受賞は編集部コメントにもある通り、同じ作者のもう一つの応募作品『パステル・プロムナード』の存在が大きい。こちらの作品は受賞作の続編なのだが、ランキングでは4位である。
『モノクローム・サイダー』も期間前から公開されていたためにランキング順位こそ高くはなかったが、以前から高い評価を得ていた作品なので、集計のタイミングさえ合っていれば1位になっていてもおかしくないものだ。実際、★数だけで言えば堂々のトップ作品である。実力ナンバーワンの作品で、しかも人気の高い続編もあるとなれば書籍化の旨味は一歩抜きん出ている。数字だけ見ても受賞は妥当であると言えるだろう。
5位の『東大生が1日を50円で売ってみたら』の編集部コメントには、作者ブログの人気も選考に加味したと明記してある。前述の通り彼の活動自体に話題性があり、ブログの固定読者も見込めるのであれば書籍化の十分な理由となるだろう。そもそもコンテストなどなくても、いずこかの出版社からブログ主にオファーがあってしかるべきコンテンツである。
たまたまカクヨムの企画にマッチしてこういう形になったが、春に話題になった時点で誰かが声をかけていてもよかったのではないのかな、と思う。いずれにしても、作品単体だけでなく、さらにブログでの地道な活動がバックボーンにあれば、これまた書籍化は妥当であると言える。
『パチンコ屋店員芸人奮闘記「それでも僕は、やめていない」』の作者、原田おさむさんはWikipediaにも記事がある芸人さんだ。公式ウェブサイトには芸風がわかる動画もある。そりゃ世間一般に知られるほど有名な芸人さんではないけれど、芸人と作家が売れるためにできることはただ一つ「やめないこと」しかないわけで、それを実践している方ということだから今後どうなるかはわからない。
今回の受賞で原田さんの著書が書店に並ぶことになったのだが、アメトークあたりで「作家芸人」として又吉先生や田村先生と肩を並べたりすることになると愉快だなと思う。そして編集部コメントにあるとおり、この作品は期間中ランキングこそ84位ではあるが、これはコンテスト前から公開されていたためで、期間を区切らないPVトータルでは候補の70作中ナンバーワンである。そのような作品を拾い上げるためにも編集部選考枠というものは必要であったということなのだろう。
このように、このコンテストの受賞には、単体の出来不出来だけではなく、作者の作品外での活動が大きく寄与している。今回のようなノンフィクション領域であればなおさらだ。どんな作品か以上に、誰が書いたのかも重要なファクターだったのだ。それは受賞作を見ればわかる。
作品と作品を取り巻く話題や売れる要素を積み上げたとき、この3作品が他の67作品を凌駕していた、というシンプルな結果が見えてくる。
反省会。敗戦の弁に代えて
こうして受賞作を分析して比べてみると、拙作『我輩は本である ~白紙が紙くずになるまで~』の弱さは歴然としている。残念ながら、受賞作に割って入るほどの力は持ち合わせていなかったのだ。やはり急ごしらえで体裁だけ整えても、常日頃からコツコツと活動をし続けている方々にはそうそう敵うものではない、ということだ。ここまで書いてくる中で、俺としてはきっちり結果が腑に落ちてしまった。
ただ、もう少し受賞枠があれば、なんとかなっていたのかなぁとか、候補ぐらいには入ったのかなぁとか、少し妄想するぐらいは許されてもいいかなとは思う。そのぐらいいいじゃないか。少しはがんばったのだから。
そもそも『我本』はまるっきりのノンフィクションというわけでもなく、実際の出来事を元にはしているが、登場する個人や企業は実在のものとは関係がないし、大いに脚色もしている。「取次」のパートに至ってはまったくのSFであったわけで、こりゃあかん。勝てば官軍ではあったが、敗者には敗者なりの敗因がしっかりとあるのだ。あとは、主人公の名前が「ユニクロ」なのも商標的にはまずかったかもしれない。あとで「ユトリロ」ぐらいに改変しておこう。
とはいえ、勢いにまかせて10万字も書いてしまったので、このまま終わらせるのはもったいない。せっかく中編出版小説が書きあがったことだし、大いに活用していきたいと思う。人目を憚らず本音だけ言うと、獲りそこねた20万円をどこかで取り戻さなければならーぬ。
最近はウェブ公開と出版を並行するケースが増えている。タダで読めるものをわざわざ他で売るという、今までは考えにくかったビジネスモデルが成立してきているという話を聞いた。
現在ヒット中の『リゼロ』こと『Re:ゼロから始める異世界生活』がそうだ。メジャータイトルとしてカドカワから発売され、アニメ化もされたというのに、元の「小説家になろう」でのウェブ公開はそのまま継続されている。しかも今後も削除の予定はないと作者が公言しているのだ。もちろん書籍化にあたっては編集部の手が入って加筆修正もされているわけではあるが、一般にはメジャーにいくと無料公開は取りやめるのが通例であったので、これは新しい動きであると言えるだろう。
また、先日の東京国際ブックフェアのボイジャーブースでの講演で漫画家の佐藤秀峰氏が言っていた「海賊版が増えても、正規版の売り上げには影響がなかった」という言葉に依れば、ウェブ公開で無料で読む人と、電子書籍を買って読む人と、書店で本を買って読む人は、それぞれほとんど重なっていないのではないかとも考えられる。もちろん境界線にいるような人らはタダならタダの方がいいのだろうが、そうでない人の方が十分に多いのだろう。それを証明するためにも実験してみたいと思う。
ひとまず、BCCKSの機能を使って電子書籍として出してみよう。
価格は作品のボリュームを鑑みて、500円(税別)としよう。電子書籍の傾向としては安い価格設定ではないが、これなら1冊350円の著者印税なのでわずか571冊売れるだけで、20万円のもらいそびれた賞金を補填することが可能だ。俺にとっては決して悪い話ではない。
セルフパブリッシングとしては、最近まで文フリで活動していた方から、すでにKDPでの出版代行を打診されているので、これには応じたいと思う。彼の費用もちで印刷物も作ってくれると言うことなので。これはむしろありがたい。ただ、この約束は印税が発生しないものなので独占まではさせてあげられない。あくまで実験としての契約になるだろう。KDP以外のストアはBCCKSのマルチストアで出すことになると思われる。
BCCKSでの取り扱いがないストアに関しては、おつきあいのある他の方の協力を仰ぐ可能性もある。EPUB文書ができ上がった時点でいくつか販路を増やしたい。
今すぐできる試みとしてはこのぐらいだろうか。
いや、待てよ。
カクヨム編集部からは売れる本として評価されることはなかったが、他の選定基準であれば選ばれる可能性が少しはあるのかもしれない。
いずこかの出版社から初版2000部以上10%印税のオファーがあれば、前向きに話を聞いてもいいのではないだろうか。
あるいは、出版社を探してきたら5%よこせとか言うありがたい話が舞い込んだ場合には、その人が初版4000部以上10%印税という条件をいずこかの出版社から引っ張ってこられたなら、仲良く山分けにしていいとも思う。
その他興味深い提案があった場合には話を聞いてもいいのではないだろうか。いや大いに聞くべきである。聞きます。
以下宣伝。
BCCKS版(E-PUB版同時発売) 540円(税込)
というわけで、本稿の公開と同時にBCCKSにて先行発売しました。全体に加筆修正など施しております。他のストアについてはオイオイ追加になっていくと思いますので、そちらをご希望される方はしばらくそのままでお待ちください。
また、無料でお読みになりたい方には、引き続きカクヨムでの掲載を継続しておりますので、こちらをご覧ください。こちらは応募当時のままで公開しております。
執筆者紹介
- 東京生まれ、信州育ち。2014年、「マガジン航」の企画でペンネームを決め、作家活動を25年ぶりに再開する。実用書の編集などで生計を立てつつ、インディーズ出版(セルパブ)での作家活動に力を入れている兼業作家。デビュー作は『ストラタジェム;ニードレスリーフ』。他に『オルガニゼイション』シリーズ、『カブラヤキ』など。現在はBCCKS、カクヨムなどを中心に展開。電書専門の表紙制作者としても活動を広げつつある。
最近投稿された記事
- 2017.02.20レポートセルパブ作家の東京〈特殊書店〉見聞録
- 2016.10.24コラム続・我輩はいかにしてカクヨム作家となりしか――敗戦編
- 2016.07.23コラム我輩はいかにしてカクヨム作家となりしか