アメリカのインディペンデント書店が強いわけ

2016年3月17日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

卒業式も花見もないニューヨークは3月なんてただの冬の延長戦という季節で、いきなり夏時間になって1時間寝る時間を損した気になるのが春の風物詩ですが、いかがお過ごしですか?

アメリカで本当に書店が増えているのか?という話なんですが、閉店しちゃったり、オープンしたりを全部合わせて、差し引きした結果、アメリカ全土でこの5年で300店舗ほど増えてる、というペースなので、どこぞのアメリカの地方都市に住んでて「そういえば最近、本屋が多くなったよね」などという感覚はまるでありません。

もともと、日本みたいに本はどこで買っても同じ値段で、売れなければ返せるし、放っておいても商品はどんどん取次が送ってくる、という商売ではないので、本当に本が好きで、商売っ気のある人にしか本屋はできません。アメリカに行けば日本人はみんな「思ってたほど本屋さんがないなー」と思うはずです。

アメリカの書店の半世紀をふりかえる

日本の本屋さん(と本で食べている人たちのほとんど)ではアマゾンがキンドルを出した頃から、「本が死ぬ〜、本屋がなくなる〜」と騒いでいるんですけど、アメリカの「インディペンデント書店」と呼ばれる町の小さい本屋さんは、そのずーっと前から試練をくぐりぬけてるんですよね。ここ半世紀はこんな感じです。

1960年代まで:メインストリートと呼ばれる街の中心の通りに、肉屋、ハードウェア屋、酒屋などと並んで本屋があった。本のディスカウントはなしの定価販売。安いの本が欲しければ古本屋さんか、ブッククラブに入って通販のカタログで廉価版をお取り寄せしていた。

1970年代:いまは「ストリップ・モール」と呼ばれるショッピングセンターが台頭。ウォルデン・ブックスやB・ダルトンというチェーン店が10%ぐらいディスカウントを始めて、メインストリートの書店がどんどん潰れた。

1980年代:バーンズ&ノーブルやボーダーズといった書店チェーンが台頭。ストリップモールより大きく、広い駐車場を備えたモールの中や、その傍に何万タイトルも揃えたメガストアを出店し始めた。ディスカウント率も新刊が最大30%と、小さな本屋さんはまったく太刀打ちできない安売りぶり。多くの本屋さんが閉店を余儀なくされた。

1990年代:アマゾンやバーンズ&ノーブルがオンライン書店を始める。モールに入っていたシアーズやその他のデパートの代わりにウォルマートやターゲットといった量販店が増えてモールは衰退していく一方で、インターネットがあれば自宅に居ながらにして本がオーダーできるようになり、またしても本屋さんがどんどん潰れていった。

2000年代:PDFファイルでの電子書籍は以前からあったが、アマゾンがキンドルを始めたのが2007年。さらに本屋は潰れる。店を大型化し、いくら蔵書数を増やしても、ネットのカタログにかなうわけもなく、B&Nは業績悪化、ボーダーズに至っては本好きだった創設者が手放した頃からさらに悪化、ついには倒産(当時書いたこの記事も参考にしてください。「ボーダーズはなぜダメになったのか?」)。

……というわけで、小さな街角の本屋さんはずっとずっと、厳しい戦いを強いられてきたわけです。電子書籍が登場する前からいろんな敵がいたからそれでも残っているところは強いんです。いまも明確に「アマゾンは敵だ!」と怪気炎をあげて毎日がんばってるんです。

2010年代:音楽CDが廃れ、みんながヒマさえあればスマホをいじってるのはアメリカ人も同じです。それでもインディペンデントな本屋さんが増えたとしたら、その理由は一時期は全国で500店ほどあったボーダーズがなくなって、そこで生まれた需要を補うために本屋さんを始めたところもあったでしょうし、全国で広がりを見せている「地産地消」ブームの一環で、地元の小さなお店を応援しようキャンペーンが功を奏している部分もあります。目が潰れるくらいスマホをいじっていたアメリカ人が、出かける気になったのかもしれないですし、電子書籍で何でも買えるようになったからこそ、やっぱり紙の本を読んだほうが集中できるな、と気づいた人もおりましょう。

ちなみに私がいるマンハッタンは地価が高くて、自社ビルでもない限り本なんかチマチマ売っても店賃を払えないので、いまもどんどん本屋さんはなくなりつつあります。それでも繁盛している書店を経営している知り合いの人は「本が好き」「切れ者」「しぶとい」というのが共通項で、頼もしい姉御タイプが多いですね。

イギリスだと、この5年で書店数が25%ぐらい減っていまは全国で900店ぐらいだそうですが、スーパーで売られている雑誌の付録に本が付いていたり、受付嬢に注文係をお願いするオフィス内カタログ販売とか、アメリカでも思いもつかない方法のリテールがあったりするし、出版社はオーストラリアやインドなど、旧大英帝国の領地にがんがん本を輸出できるんで大丈夫だろうなという感じはしますが、チャリング・クロスの辺りもだいぶ減りましたよね。

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この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。