副次権ビジネスのすすめ

2015年12月7日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

ご無沙汰してます。

先日はWirelessWire Newsの記事で私の「クール・ジャパンはどこがイケ(て)ないのか?」に言及してくださり、ありがとうございました。たいへん楽しく読ませていただきました。

“メイロマ”さんとは2009年にロンドン・ブックフェア会場近くのパブで初めて会ったときに1杯やりながら、とりとめもないおしゃべりをしたことを思い出します。あれからずいぶん時間が経ちますね。

あの記事にも書いたとおり、「日本の悪口を書きまくっている人」みたいに言われる私たちですが、観光客としてではなく、あくまでも日本人という立場で日本と海外を頻繁に行き来していると、どうしてもこの国の変に思えるところが目についちゃうんですよね。それをネット上で素直につぶやいてしまうと「うるせぇ、出羽の守が」とか「在外BBAはすっこんどれ」と叩かれてしまうわけです。

一方で、日本人が自慢する「多機能の洗濯機」を見ても、感動するどころか「これを安い給料で作り出すためにどれだけみんなでサービス残業したんだろうか」という思いが先に立ち、空回りする乾いたカタカタという音が聞こえてきそうです。

最近、日本の本屋さんに行っても同じ気持ちになります。

カバーのデザインから花布(はなぎれ)まで、匠の技を駆使して美しく読みやすく装丁され、お値段も良心的な本が読み切れないほど並んでいます。しかしながら、それらの多くは読まれることもなく(日本の書籍の返品率は40%超、雑誌に至ってはさらに多い)取次に送り返され、裁断されてしまう……。エコ・ロハス・グリーン・スローライフで地球にやさしいというわりに、これじゃ森の木だって「ムダに切るんじゃねーよ、ちったあ電書で読みやがれ」と言いたいことでしょう。

欧米のエディターに比べると、日本の編集者はやらされていることが多すぎて、年間の刊行タイトル数のノルマも半端ないんですよね。海外だと「それって、エージェントやマーケティングやパブリシティーという、全然ちがう部署の人たちの仕事でしょ?」ってことまで引き受けていて、しかも電子書籍の仕事までまわってくる。

だから、うっかり「その本、おもしろいですよね。ちなみに海外翻訳権ってどうなってるんですか?」などとこちらが水を向けたりすると「え? これ以上、なにをさせようと言うの?」と死んだ魚の眼になって避けられたりして……。

著者の人たちも、本業の小説執筆の合間に、エッセーをやまほど書いたり、話の合わない作家以外の人と対談したり、大学などで教えたりしないとまともな生活ができないくらい原稿料は安いのです。だから、せっかくニューヨークあたりのブックフェスティバルが「日本の著者も招待したい」と言ってきても「海外に行っている時間が取れない」と断られる。メイロマさんも既に年に数冊も刊行されるような速いペースで執筆しているので、効率悪いなぁ、と感じたことがあるのではないでしょうか。

同じ労力を使って仕上げた1冊の本なのだから、なるべく長いあいだ棚に置けるように、いつまでも絶版にならないように、ひとりでも多くの読者の元に届くように、ということなど、編集者も著者ももはや考える時間もとれないみたい。でも、そんな自転車操業がいつまでも続けられるはずもありません。

だからせめて、ひとつのソリューションとして、新しく読者層を開拓するってのはどうでしょう?と私は言いたいんです。いま現在の読者だけじゃなくて、これから何年も先に本を読むようになる若い人たち、そして、日本人以外の読者のことも最初から考慮に入れて想定して本を作る。なぜそれができないんでしょう?

十分に忙しすぎる出版社の人たちには、自分たちで他の言語に翻訳して、さらに日本でその本を印刷して海外に持っていって自分たちで売ることなど、できるわけがありません。たんに海外翻訳権を売っぱらえばいいのです。

本に対するニーズは国によってさまざまです。装丁にこだわらない国もあるだろうし、サクッと割愛して読みやすい本にしたい国もあるでしょう。大事なのは、その国の流儀にはイチャモンをつけないことです。印税だけありがたく受け取っておけばいいのですから。

つまりは、「天ぷら蕎麦も冷やし中華もありまっせ、食べたいものがあったらテイクアウトして、その後はケチャップかけようが、コンブーチャと名前を付けようが、かまいません。ただ、お代はしっかり払ってね」というのが副次権ビジネスです。そこから何か違う新しいものが生まれてきて、斬新な「メイド・イン・ジャパン」ができるかもしれません。こちらがわざわざ本を作り変える必要はないのです。

なにが「クール」なのかを判断するのは、それを享受する側であって、正当な和食だけを認可する「スシ・ポリース」を繰り出す日本政府ではないのですから。

ちなみに私はハンバーガーなら、ケチャップが付いてないほうのバンにマヨネーズつけたりするし、ロブスターを食べに行くときはバッグに味ぽんを忍ばせますし、コカ・コーラにはレモンスライスを入れないと飲めませんが、とりあえずこれでアメリカ人に文句を言われたことはありません

とりとめもない話になりました。これから始まる往復書簡を楽しみにしております。

※この投稿への返信は、WirelessWire Newsに掲載されます


今回から始まる連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。