犯罪のメモワール出版はどこまで許されるのか

2015年6月14日
posted by 大原ケイ

1997 年に起きた「神戸連続児童殺傷事件」で犯人とされた当時14歳だった男性が最近メモワール(手記)を書き、このたび商業出版物として刊行されるというニュースにはびっくりしました。

早速、これがもしアメリカだったらどういうことになるかをツイートしたところ、予想以上に反響が大きく、Togetter でもまとめられていました。ただ、最初の私のツイートには法律の専門知識に欠けるところがあった上、認識がまちがっていた部分もあったので、あらためて整理してみました。

最初に断っておきたいのは、私はアメリカの憲法修正第1条に謳われている「表現の自由」をとことん尊重するリベラルな考えを持つ人間だということで、同じ民主主義国家として、日本でも表現・出版の自由は保証されて然るべきと考えています。

でもだからといって、誰のどんな発言も等しく守られていいわけではなく、ヘイトスピーチや、権力者によるハラスメントに価する言動は罰せられるべき例外だと思っています。そして今回のこの本も、この男性に発言する権利はあると思うものの、著書を出すのはその例外に当たると私は考えます。

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もし日本に「サムの息子」法があったなら

アメリカのニューヨーク州を始めとする各州には、このような場合に適用される「サムの息子 Son of Sam」法と呼ばれる州法があります。これらの法律が作られるに至った「サムの息子」事件のあらましは以下のとおり。

1976 年にニューヨーク市で、主にダークヘアの女性がターゲットにされ、一人でいたり、停めた車で男性と一緒にいたりしたときに銃撃される連続殺人事件が起こりました。死傷者は6人、重軽傷者も7人に上り、ニューヨーク市警察の大々的な捜査にも関わらず、なかなか犯人が捕まりませんでした。さらに、これを揶揄するような手紙が警察や「デイリー・ ニュース」紙のジミー・ブレスリン記者に送りつけられました(かなりセンセーショナルな事件だったので、ネットで検索すればたくさんの資料が出てきます)。この事件を覚えているニューヨーカーに聞くと、口を揃えて「あのときは寂しいところを歩くのが怖かった」と言うほどです。

1999年にはこの事件を題材にした『サマー・オブ・サム』という映画にもなりましたし、YouTubeでこんなドキュメンタリーも観られます。

犯人はデイビッド・バーコウィッツという男性で、タクシー運転手や郵便配達員をしていたそうですが、彼は逮捕されてから「サムという隣人が飼っている犬を通して自分を操る悪魔に命じられてやった」と自白したり、起訴され有罪判決が言い渡されている間も「ステイシー(逮捕直前の最後の被害者名)は売女だったんだ」とブツブツつぶやき続けるなどの奇行があり、精神異常者として無罪判決になるのではないかという憶測もありましたが、何百年分もの終身刑が言い渡され、いまも服役しています。

犯罪をネタに儲けた利益は法廷が差し押さえて賠償金に

このとき、ニューヨークに本社を置く大手出版社がこぞってバーコウィッツにメモワール(手記)を書かせようと大金をオファーしていたことが明るみに出て、これが 「サムの息子」法の制定につながっていきました。この州法では、起訴された事件の犯人が著作者となるかたちで、その犯罪に関するネタで本、映画、テレビ番組が作られた場合、法廷がその者が受け取る収益を差し押さえることができるというもので、多くの場合、犯罪の被害者や遺族の訴えがあれば賠償金として使われます。

ところが、1977年に制定された最初のニューヨーク州法ではカバーされる範囲が広すぎて、表現の自由を保障した憲法修正第1条に抵触するとして最高裁判所で違憲とされ、修正を求められました。その判例とは、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デニーロの主演で1990年に公開された映画『グッドフェローズ』をめぐるものです。これはロバート・ピレッジというレポーターが、マフィアの暗殺担当ですでに起訴されていたヘンリー・ヒル被告に取材費を渡して書いた「Wiseguy」という本が元になっています。本人が書いたものではないのに、それも同法の対象になるのか、ライターに印税を渡せないのは不当だとして出版社であるサイモン&シュスターが訴訟を起こしたケースです。

その間にもニューヨーク以外の40州あまりが同じような法律を制定しましたが、似たようなカリフォルニア州法も改正を求められ、現在に至ります。これらをまとめて「サムの息子」法と呼んでいます(ここの部分で、Twitterでの最初のツイートでは私の認識が間違っていました、すみません)。

連邦政府レベルでも、1984年にVictims of Crime Act (VOCA、犯罪被害者)法が制定され、全国から本や映画の収益だけでなく、没収された保釈保障金や、差し押さえになった財産からのお金が毎年ナン億円規模で被害者救済の基金として集められ、リクエストに応じて遺族や犯罪被害者のために役立てられています。

ようするに、自分が犯した罪について発言したいのなら政府機関がそれを止めることはできないが、被害者からの訴えがあれば、金儲けした分は差し押さえるから、その覚悟でやってね、というふうに方向転換したと言えます。出版社としては、著者の印税が取り上げられても出版社の売上にまでは司法の手は回りませんが、それでは犯罪者と被害者双方を搾取していると捉えられるため、かなりの抑止力になっています。

出版社はgatekeeper(門番)としての矜持を

それでなくてもアメリカは訴訟社会なので、納豆やバナナを食べたら痩せるといったインチキなダイエット本を出せば、それでも痩せなかった人や健康を害した人たちから訴えられます。「◯◯でガンが治る」などと書こうものなら、それで家族を失くした人たちが黙っていないし、STAP細胞をめぐる騒動のような事件や著名な芸能人の死をめぐる遺族間のトラブルも出版社にとってリスクが高いので手を出さないようになるわけです。

私は神戸で起きたこの事件に詳しいわけでもなく、元少年Aだった男性に自らの体験や心情を表現することを法律で禁じるのはよろしくないと思っています。彼に後悔や謝罪の気持ちがあるのなら、まずそれを伝えるべき人たちがいるわけですし、自分の気持ちや考えを世間に吐露したいというのならブログにでもアップすればいい。犯罪心理学や少年法に関わる人たちに役に立つ内容なら、それこそ専門誌にでも掲載すれば済むことです。結局、今回の件では著者が印税を被害者家族に渡すかどうかは本人任せで、それを出版して自分たちが儲けようという決断をした出版社に、私はいちばん怒りを感じているんですよね。

出版不況で苦しいのは理解していますが、日本の出版社もこういう炎上狙いの瞬間風速で初版だけ売り逃げの本を出して、犯罪被害者を鞭打ってボロ儲けをするような浅ましいことは、そろそろお止めになった方がよろしいんじゃありませんかね? それは回り回って結局自分たちの首を締める行為だと思うんですよ。 もうちょっとGatekeeper(門番)としての矜持をもってやってくださいよ、お願いですから。

とは言ってみても、「サムの息子」法がない日本の現状では、神戸の事件の被害者家族が中心となって不買運動を起こすとか、WikiLeaksの活動のように、この場合に限ってはcivil disobedience(市民的不服従)の一つとして誰かがこの原稿をハックして、読みたい人がアクセスできる海賊版を公開しちゃうとか、何かしら被害者家族に対する支援のアクションにつながるようであれば応援したいと思っています。


※この記事は2015年6月11日に大原ケイさんのnoteに公開された記事「日本にも「サムの息子」法があれば「酒鬼薔薇聖斗」手記で儲けるなんて許されない」を、著者の了解を得て再編集のうえ転載したものです。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。