アマゾンとアシェットのバトルにようやく決着がついたようだ。両社は先週、来年から実施するEブックの卸値その他の事項で合意に達したと報告した。アマゾンがアシェットの在庫を減らしたり、予約ボタンを消したりして、契約更新のネゴシエーションが難航しているのが表沙汰になったのが今年の5月だったので、半年以上もすったもんだしたことになる。
アシェットのCEOマイケル・ピーシュが語ったところによれば、基本的にエージェント・モデルで合意し、アシェットがEブックの定価を安くつければつけるほど、有利にオンラインでプロモーション展開ができるようになっているとのこと。アマゾン側も一定のディスカウント権限が与えられているということで、これは最近「軽エージェンシー・モデル(Agency lite)」と呼ばれている。一説には、アシェット側がアマゾンの望む9.99ドルの定価なら従来の70/30で売上を分け、それより高めの定価なら、アシェットの取り分がやや少なくなるような配分だという話もある。
考えてみれば、こういった卸値のことでアカウントと版元が揉めたとしても、いままでは書籍出版業界の内輪話として誰も気にも留めてこなかったし、これからもアマゾンもアシェットも今回の契約に従って粛々と本を売っていくだけのことなのだが、今回の交渉がこじれ、そのことがニュースになったことの影響について書き記してみよう。
それぞれの損得勘定
まずはアシェット。アシェットも他の大手出版社と同じように紙の本の3〜4割をアマゾンを通して(これはイングラムなどの取次に卸して、その後アマゾンが取次に注文を入れた分を含む)売っている。Eブックとなれば、6割以上がアマゾン経由のはずだ。しかもアシェットは大手出版社の中でもとくにマスコミへの露出が多い著者を大勢抱えているので、紙版と電子版を比べると電子版の売上が大幅に上回っていると思われる。半年もの間、アマゾン上でアシェットのEブックが予約できず、買えなかったことのダメージは、この間に新刊を出した著者にとってはかなり大きかっただろう。
ちょうどアシェットの親会社であるフランスのラガルデールが第3四半期の数字を発表したところで、それによると、米アシェットの売り上げは前年比で18.5%減となっている。ただし、これはアマゾン1社との確執で2割近い落ち込みになったということではなく、昨年のこの時期、アシェットは何冊ものベストセラーを出していて、とくに突出した売上を計上した期間だったから、という理由もある。
とりあえず大事な年末商戦の開始を前にアマゾンでの販売が元通り再開されたのを受けて、アシェット側は今年中にかなりの部分を取り返せると意気込んでいるようだ。
その一方で、今回のバトルが明るみに出たことによるアマゾンへの影響はどうだろう? おそらく数字の上では何らマイナスにはならなかったのではないだろうか?(あったとしても、おいそれと正直にそれを発表するような体質の企業ではないし)
著者にとっても、あれだけ大騒ぎしてどっちの味方に付くだの、署名運動や司法省への調査依頼だのと騒いだ割には、新刊Eブックの印税率はいままでと同じ25%らしく、契約内容に直接影響を及ぼした形跡は見られず、ニューヨーク・タイムズ紙への全面広告代が持ち出しになっただけにも思える。
アマゾンへの影響は軽微
結局、このバトルが表沙汰になったことで、あちこちの媒体で悪し様に書かれたアマゾンの「評判に傷がついた」ぐらいのことだろう。そして、それがアマゾンのボイコットだの、株価に影響が出るといった数字につながらない限り、アマゾンにとっては痛くもかゆくもないことなのだろう。
はっきりしているのは、その間にもアマゾンは、アメリカ以外の国でもキンドル・アンリミテッドのサービスを展開し、従来の出版社を通さないセルフ・パブリシングの著者を抱え込んだビジネスを展開させていく方針を打ち出していることだ。著者が出版社から上梓するか、自分でKDPで出すか、の二派に分かれてアシェットやアマゾンをそれぞれ支持表明したことからもそれは明白だ。その一方で、ニューヨークのアマゾン出版から編集者が離れたりもしている。
こうやってアメリカの出版業界はプロレスのように組んずほぐれつを繰り返しながら前へ進んでいく。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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