オライリー・メディアが手がけた(電子)書籍の邦訳をボイジャーが手がけた『マニフェスト 本の未来』に続く第2弾となる『ツール・オブ・チェンジ 本の未来をつくる12の戦略』が今月発売となりました。
この二冊ともオライリーのTOC(Tools of Change for Publishing)から生まれた本と言えます。TOCについては『ツール・オブ・チェンジ』の序文である鎌田純子氏の「TOCの始まりと終わり」を読まれるのがよいでしょうし、私も2012年にオライリーが主催したTOC Conferenceのことを「出版に変化をもたらすツールとしてのIT」に書いていますが、『ツール・オブ・チェンジ』はその2012年におけるTOCの活動成果をまとめたものです。
二冊とも複数の著者が書いた文章をテーマ毎にまとめた形式が共通する本ですが、本としてのまとまりは『ツール・オブ・チェンジ』よりも『マニフェスト 本の未来』のほうが上でしょう。ただそれは両者の制作過程を考えれば当然のことで、その分『ツール・オブ・チェンジ』は多様なアイデアが込められ、(主にスタートアップ企業による)多様なサービスが紹介される本と言えます。
実は、『ツール・オブ・チェンジ』の第1章「イノベーション」を読み始めたところ、内容が散発的に感じられて不安を覚えたのですが、アジャイル開発手法への目配せにしろ、他メディアの応用にしろ、ソーシャル機能の導入にしろ、後の章で本の未来を語る上での必然として語り直しされる形になっています。
(主に)アメリカにおける2012年の活動成果だからといって、今読んで古くなっているところはあまりなく、例えば『ツール・オブ・チェンジ』において何度か取り上げられるアマゾンが2012年9月に開始したeBookの連続配信形式Kindleシリアルズプログラムは、日本でもおよそ一年遅れて先月末より「Kindle連載」としてサービスが開始されているなど、ちょうどよい具合に日本の状況が本書の内容に追いついたところもあります。
本の未来を考える上で欠かせない切り口
本書は12の章からなりますが、「収益モデル」、「マーケティング」、「価格」など本の未来を考える上で欠かせない切り口が割り当てられており、一面的ではありません。例えばここでもKindleシリアルズプログラムを例にとると、「イノベーション」の観点から(新聞小説や文芸誌をはじめとする雑誌での連載小説に慣れている日本の読者からすれば、これが「イノベーション」と呼ばれるのはかなり不可思議ではありますがそれはさておき)支払い方法の多様性をもたらすことが出版社に多様なビジネスモデルの創出をもたらす可能性が期待されています。一方で、「DRMと囲い込み」という観点からは、シリアル出版モデルはソーシャル要素を読書に持ち込む有効な手段と評価しながらも、本がKindleプラットフォームに囲い込まれてしまう危険性を指摘し、アマゾンの排他的契約条項を拒否する作家を支持しています。
この第5章「DRMと囲い込み」、そして続く第6章「オープン」に『ツール・オブ・チェンジ』が目指す本の未来の形がもっとも明らかになっているように思います。
『ツール・オブ・チェンジ』に収録された文章のタイトルから引用させてもらえば、「「ビッグ・ブラザー」のようなeBook書店の登場?」や「アマゾン庭園の囲いを高くするレンガ、Kindleシリアルズ」など、2012年時点で(本文執筆時点においてもですが)eBookプラットフォームとして先行するアマゾンに対する警戒心が垣間見られるのは当然として、それならグーグルなりアップルなどのeBookプラットフォームが競合として選択肢を提供してくれればよいというわけでもありません。
もちろん選択肢は必要ですが、それより『ツール・オブ・チェンジ』において重視されるのは、出版の未来は「オープン」でなければならないという原則です。eBookのDRMについては私も取り上げたことがありますが、DRMのコストはたとえそれが軽量であったとしても得られるものをはるかに上回るという、ティム・オライリーが2002年に「海賊版とは累進課税の一種で、オンライン流通の進化の過程(Piracy is Progressive Taxation, and Other Thoughts on the Evolution of Online Distribution)」という文章を書いて以来の主張を崩していません。
そして、「アマゾンの中性化」と題された文章において(ここでの中性化とは無効化という意味です)、TOCカンファレンスでジェネラル・マネージャーを務めたジョー・ワイカートは、以下のようなスタートアップ企業はどうだろうと読者に問いかけます。
- 簡単な決済ですべてのフォーマット(例:PDF、Mobi、EPUB)にアクセスできるeBook販売モデル
- eBookはすべてDRMフリーで提供。ソーシャルDRMもありません
- 好きなデバイスに簡単にインストールできるeBook。購入したeBookは読者のKindle、NOOK、Koboに自動配信されます。USBケーブルでつなぐ必要はありません
- 自由に再販、貸出可能。読み終わったeBookをどうするか迷ったら、古本屋に売ることも、友だちにあげることも自由にできます
- 出版社と読者の対話を自社の販売プラットフォームを通して提供するだけではなく、さまざまな方法で積極的に推進します
これを絵空事、どこも実現できるわけがないと笑う人もいるでしょう。しかし、本の未来があるべき原則をきっぱりと示す姿勢には清々しさを覚えますし、そうした理念の土台なくしてeBookに最も求められる可搬性と横断的で一貫した読書体験の実現はおぼつかないでしょう。
「元年」の先へ
私自身この文章を書くにあたり、『ツール・オブ・チェンジ』をパソコン上ではBinB読書システムや提供いただいたPDFファイルで読み(移動中は、同じく提供いただいたEPUBファイルをcalibreでMOBIファイルに変換してKindle Paperwhiteで読みました)、文章で使おうと気になった文章をローカルファイルにコピペしていたら、それが相当な分量になって頭を抱えたものですが、上に書いたことすら簡単にできない/選択肢を提供しないeBookが多いのは嘆かわしいことです。
個人的に『ツール・オブ・チェンジ』でもう一つ面白いと思ったのは第10章「フォーマット」において、国際電子出版フォーラム(International Digital Publishing Forum, IDPF)の事務局長を務めるビル・マッコイが、この本においては例外的な分量を割いてIDPFが普及推進するEPUBフォーマットの擁護をしているところです。
彼の文章は、eBookの未来はEPUBがリードするのか、あるいはウェブ(クラウド、HTML5などにも言い換え可能でしょう)に取り込まれてしまうのか、もしくはアプリ化なのかという論点を含みます(本書の別のところにある、eBookとアプリの間にはっきりとした境界線を設ける現在のディストリビューションモデルは失敗だ、という意見にはうなずくところです)。
日本でも2010年あたり「電子書籍元年」と言われ、しかし、その後も何かにつけてこのフレーズが引き合いに出されます。いったいいつまで「元年」なのか。いい加減その先を見たいと思う人には、法律面など日本にそのまま適用できなかったり、尻切れトンボ気味なところもあるものの、その先にあるべき原則を問う意味で、『ツール・オブ・チェンジ』、そして『マニフェスト 本の未来』のeBookをお勧めしたいところです。
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執筆者紹介
- (雑文書き・翻訳者)
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