7月19日に電子書籍リーダー「コボタッチ」が発売されたのと同時に、楽天koboの電子書籍ストアがオープンしました。さっそく端末を手に入れ、何冊か本を買ってみようとしたのですが、読みたい本がなかなか見つかりません。サービス開始からちょうどひと月が経ちましたが、すでに報じられている品揃えの薄さだけでなく、「書棚」のジャンル分けにも大きな問題があるように感じます。
「小説」と「文学」と「マンガ」の奇妙な関係
電子書籍において市場の中心となるのは、マンガと小説です。長い歴史をもつこれらの表現分野には多くのサブジャンルがあり、実際の書店の書棚も、その実態を反映して構成されています。
たとえば、一足先にスタートしたソニーのリーダーストアの場合、小説は「文学」というジャンルのもとで、以下のような分類になっています。もっと細かく区分することもできるでしょうが、まずは妥当なジャンル分けだと思います。
一方、楽天koboの電子書籍ストアでは、次のようなジャンル分けになっています。ここだけをみると、とくに問題はなさそうに思えます。
では、実際にどんな本が売られているのかを見てみましょう。一般的な分野ということで、ここでも「小説」を見てみると、まず大分類のなかに「小説・文学」があることがわかります(それとは別に、なぜか「小説(若者向け)」という大分類もあります)。これはさらに細かく、以下のサブジャンルにわかれています(クリックすると楽天koboのサイトに飛びます)。
ここから「小説」というコーナーを選び、さらに「もっと見る」もクリックしてすべてのサブジャンルを表示させたのが下の画面です。コンテンツの数は162447となっています(2012年8月18日現在)が、これはすべての言語のコンテンツを合わせた数です。
このジャンル分けの最大の特徴は、ヤマザキ マリの『テルマエ・ロマエ』や岡崎京子の『ヘルタースケルター』といったマンガ作品(「グラフィック・ノベル」と呼ばれる大人向けの物語作品)が、「小説」というジャンルのなかに含まれていることです。
「文学的なマンガ」が存在することは誰しもが認めることでしょうが、「小説」と「マンガ」とは本来は別の表現分野ですから、書店でも別の売場に置かれることがほとんどです。またマンガは巻数が多く、しかも売上の上位を占めることが予想されるため、同じ「書棚」に置くと純然たる「小説」が埋もれてしまい、読者がもとめる本を探すことが困難になりかねません。
日本語の有料「文学」作品はまだ十数点?
さらにもうひとつ、楽天koboの電子書籍ストアでジャンル分けをみていて気づくのは、「小説」の下位にさらに「文学」というサブジャンルがあることです。つまり、「小説・文学」>「小説」>「文学」という階層構造を降りて行かないと「文学」にたどりつけないのです。
実際に、この「文学」というコーナーをみてみましょう。まずは上のリンクから素直にクリックしてみると、この画面にたどりつきます(下記の図版は2012年8月18日時点)。
8月18日時点で17851タイトルあることが表示され、伊藤計劃の作品『虐殺器官』『ハーモニー』が上位を占めていました。さらに下の方までスクロールしていくと、他言語のコンテンツ(たとえば村上春樹『1Q84』の英語版など)も、17851点のなかに含まれていることがわかります。
ここからでは日本語の本だけを絞り込むことができないので、以下の方法で「日本語」の「文学」作品だけを絞り込んでみました。まず、楽天koboのサイトの右上にある検索ボックスを、空のままで「GO」をクリックします。
そうすると画面左側に、言語別のメニューが表示されるので、ここから「日本語」を選び、以下はこれまでと同様に、ジャンル>サブジャンルを選んでいきます(クリックすると楽天koboのサイトに飛びます)。
上のリンクから「日本語」を選んでみると、日本でのサービス開始からひと月後の8月18日時点で、日本語コンテンツの総数が「26149点」であることがわかります。そのうちで「小説・文学」が14260点、グラフィック・ノベルを含めた「小説」が13414点、さらに「文学」に絞り込むと、8531点となりました(なぜかここでは1位がジョージ・オーウェルの『一九八四年』に入れ替わっていました)。
さて、この8531点のうち、有料のコンテンツはどのくらいあるのでしょうか。右上のフィルターで「無料作品のみ表示」に切り替えると、青空文庫に収録されている作品を中心に、 8517点が表示されます。8531点のうち 8517点が無料作品ということは、有料の「文学」作品は残る14点ということになります。
実際にストアの表示を見ると、「文学」のコーナーでは上位13タイトルまでを有料作品が占め、14位以下はずらっと無料作品が並んでいます。なにが「文学」で、なにが「文学」ではないかというのは難しい問題ですが、いずれにしても品揃えがわずか十数点では「書店」として機能しているとはいえません。
「ヨコのものをタテにする」だけでは本は売れない
楽天koboの電子書籍ストアの「書棚」が、このような不思議な構成になっている理由のひとつは、英語サイトの分類をそのまま日本にもってきたからでしょう。「グラフィック・ノベル」という、日本ではまだほとんど浸透していない言葉がサブジャンルとして用いられていたり、「ファミリー・サーガ」「西部劇」「ゲイ」「レズビアン」といったサブジャンルの存在からも、そのことがうかがえます。
こうした混乱から見て取れるのは、電子書籍サービスのカギを握るのは、コンテンツの数だけでなく、本にたどりつくまでのナヴィゲーションだということです。かりにその本がすでに電子化されていたとしても、適切な「分類」にもとづいた「書棚」がなければ、読者は本と出会うことができません。しかしkoboのサービスはワールドワイドであるため、欧米の本と日本の本を、基本的に同じ分類方法で扱わなければならないという、大きな問題を抱えているのです。
大原ケイさんによる「コボタッチ日本投入は楽天の勇み足!?」という記事でも指摘されていたように、海外のサービスを日本向けにチューニングするための十分な準備なしに、楽天koboの日本向けサービスが開始されたことは明らかです。サービス向上のカギとして、コンテンツの数を早期に大量に揃えることが最優先の目標とされているようですが、おかしな分類や「書棚」のままでコンテンツが増えたのでは、混乱が助長されるばかりです。
本の翻訳にかんして、「ヨコのものをタテにする」という表現がありますが、書店というサービスのローカライズも翻訳と同様、二つの異なる文化のあいだに架け橋を渡すことであり、機械的な作業ではありえません。欧米語同士の翻訳にくらべて、日本語と欧米語の間の翻訳が難しいのと同じように、書店サービスのローカライズに困難が伴うのは当然です。海外の電子書籍ストアで利用されてきた既存のジャンルに適切な訳語を充てるだけで済むとは限らないのです。
ユーザーからの指摘を受けて楽天koboの電子書籍ストアも、日本の実態にあわせて少しずつ手直しがされているようです。これから試行錯誤を経て、この「書棚」がどのように変化していくのかを興味深く見守って行きたいと思います。
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執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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