O’Reilly Media というと、近年では Web 2.0 の提唱者であるティム・オライリーというビジョナリーを中心とするカンファレンス事業のイメージが強いかもしれませんが、一貫して質の高いコンピュータ関連書籍を生み出してきた出版社としての評価を保っており、その信用がカンファレンスビジネスを行う上で担保となっているところがあるのは確かです。
TOC New York 2012に見る「出版 × IT」の最新動向
O’Reilly Media が手がけるカンファレンスは現在では10以上に及びますが、「出版」を中心的なテーマとするのが Tools of Change for Publishing カンファレンス(以下TOC)で、今年は TOC New York 2012 として出版業界の本場ニューヨークで2月13〜15日に開催されます。
大雑把に書けば、TOC は出版に変化をもたらすツールとしての最新 IT 技術情報の共有を目的とするカンファレンスで、電子出版や電子書籍といったテーマを考える場合にもそのトレンドを掴むのに適した場といえます。
少し前に O’Reilly Media の Online Managing Editor を務めるマイク・スローカムが「TOC 2012 で注目すべき5つのこと」と題したブログエントリを O’Reilly Radar に書いていますので、その内容を紹介しながら今年の TOC のポイントを見ていきたいと思います。
1. 出版分野にはスタートアップがあふれている
出版はもはや昔からの大出版社だけで仕切られる分野ではなく、スタートアップがいっぱいいるとのことですが、確かにそのリストを見て、その数に驚かされます(ただそのすべてが企業というわけではなく、この「マガジン航」が提携する Institute for the Future of the Book(本の未来研究所) や Internet Archive が手がける Open Library も入っています)。
スペイン発の無料電子書籍プラットフォーム 24symbols の共同創業者が書くように現在を「出版産業における起業の黄金期」と言ってよいかどうかは別として、多くのスタートアップが参入すれば、それだけ出版が活気づくのは間違いないでしょう。
2. あなたにはデータがある。で、それでどうする?
出版社がそれに気付いているかどうかに関わらず、出版社はデータ駆動型なビジネスをやってるんだよ。データを集め、それから必要なものを引き出し、活用する方法を知る必要があるんだよ、とはいかにもオライリーらしい煽りですが、出版もビッグデータというトレンドを逃れられないということでしょうか。
そうそう、データといえば、今年もメタデータを中心テーマとするセッションがいくつも用意されています。
3. 醜い電子書籍はもうたくさん
もはやにわか仕立てな書籍×デジタルの融合は読者には受け入れられない。彼らはデジタルに慣れているのだから、一流の電子書籍を要求するし、今こそ出版社はその要求に応えるときだ、とのことで今年の TOC は電子書籍のユーザー・エクスペリエンス、ユーザビリティに関するプログラムが目立ちます。
4. 出版は本だけに留まらない存在である
書籍側の人はメディア側の人から学ぶものがあり、その逆もまた然り。映画や音楽分野の人たちを混ぜれば、巨大なデジタルナレッジベースが手に入る、と伝統的で狭い「出版」の定義を拡げるのを目指すのもオライリーらしいクロスオーバー感覚だと思います。
そういえば今年の TOC では Forbes の人が、出版とソフトウェアの両方を解するハイブリッドな従業員の雇用、訓練、管理についてのセッションを行います。
5. 「変化/前進/速く(Change/Forward/Fast)」はただの受けの良いキャッチフレーズではない
この「Change/Forward/Fast」が TOC 2012 のキャッチフレーズなわけですが、これはアジャイル開発手法への目配せが背景にあります。つまり、アジャイル開発はソフトウェアの世界で始まったものですが、イテレーション(繰り返し)とフィードバックの核にある特質は出版にも適用可能ということです。
そういえば昨年オライリーは Every Book Is a Startup という本の制作をスタートアップに見立て、すばやく頻繁なアップデートを行いながら本を作り上げる試みを行っていますが、これもアジャイル開発手法の応用と見ることができます。
ePub関係のセッションも多数開催
開催まで一週間を切っていますので、今から参加を決めるのは無理でしょうが、オライリーのカンファレンスは、多くのセッションでプレゼンテーション資料が公開され、また一部は動画も YouTube などで公開されるので、TOC のサイトを眺めて興味あるセッションをおさえておくのもよいでしょう。
ワタシもプログラムを一通り見てみましたが、今年はやはりというべきか ePub を名前に冠したセッションが複数あり、注目度の高さが伺えます。
いくつか気になったセッションをランダムに挙げておくと、Bookserver プロジェクトのピーター・ブラントリーがモデレータを務める The Library Alternative、本のアプリ化周りではピーター・メイヤーズの Breaking The Page: Content Design For An Infinite Canvas、Google で上級著作権顧問を務め、先月新刊『How to Fix Copyright』を上梓したばかりのウィリアム・パーティが参加する Can We Have a Rational Discussion About Copyright? あたりになるでしょうか。
ひるがえって日本の出版社に目を向けると、TOC で話題となるような「ツール」に関する情報の共有の話となると、例えば数年前のオーム社開発部、そして最近ではオライリー・ジャパンの ePUB 制作システムといった少数の事例しか思いつきません。いきなり TOC 並みを目指すのは無理としても、有志による勉強会よりは大きな規模の「出版×最新IT技術」なカンファレンスが実現しないものかなと思ったりします。
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執筆者紹介
- (雑文書き・翻訳者)
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