『本は、ひろがる』をBinBで刊行しました

2012年1月28日
posted by 仲俣暁生

昨日1月27日に、ボイジャーの新しい読書システムBinBをつかって、「マガジン航」のこれまでの200本以上の記事から7本を選んで編んだアンソロジー、『本は、ひろがる』を刊行しました。

PCあるいはMac、スマートフォンや各種タブレットのウェブブラウザから、すべてのページを無償でお読みいただけます(下記のURLまたは画像をクリック。対応ブラウザやOSなど、詳細はプレスリリースを参照ください)。

http://binb-store.com/binbReader.html?cid=18814

『本は、ひろがる』表紙

『本は、ひろがる』は、「マガジン航」編集部が刊行する電子書籍シリーズ、「ブックス航」の第一弾です。刊行の意図については、プレスリリースにコメントを寄せましたので、その一部をここにも転載します。

「マガジン航」は「本と出版の未来」について、個人の立場からのさまざまな声をあつめることを目的として、2009年秋に創刊されました。

創刊から一年半を経た2011年3月11日、東日本大震災が起きました。この震災によって、磐石だと思われていた紙の本の「システム」にヒビがはいりました。紙やインク、物流や倉庫といった、紙の本を支えるインフラ部分が打撃を受け、「本はいつでもどこでも、なんでも簡単に手に入る」という幻想は打ち破られました。

他方、電子書籍の世界では激しい動きが続いていますが、こちらも「いつでも、どこでも、なんでも」という状態にはほど遠い状況です。電子書籍の今後がどうなるかは予測できません。ただし、これまでのオーソドックスな「本」の外側に新しい本の領域ができつつあるということは間違いありません。

電子図書館やアーカイブ、各種の電子書籍などのかたちで出会うデジタルな「本」もあれば、通常の出版流通の外側で手渡される紙のジンやリトルプレスもある。それらが既存の紙の本や雑誌と混ざり合い、渾然一体となった新しい「本」の環境が生まれているのです。

そこで「マガジン航」の過去記事のアンソロジーとして、電子書籍版の「ブックス航」第一弾を刊行することにしました。本書の目的は、「本」の環境の「ひろがり」を伝えることにあります。本書を読んではじめて「マガジン航」に興味をもたれた方は、ネット上の他の記事もぜひご覧ください。

本書に掲載した記事は、以下の7本です(すでにBinBにログインした状態で、リンクをクリックすると各記事の扉ページが開きます)。

・震災の後に印刷屋が考えたこと(古田アダム有)
・揺れる東京でダーントンのグーグル批判を読む(津野海太郎)
・拡張する本〜本の未来にまつわる現場報告(内沼晋太郎)
・ボーダーズはなぜダメになったのか?(大原ケイ)
・キンドル萌漫。(藤井あや)
・ブリュースター・ケール氏に聞く本の未来(インタビュー・構成:「マガジン航」編集部)
・出版流通の見えないダイナミズム(柴野京子)

電子書籍そのものにかんする技術的・製品的な話題は避け、いま「本の生態系」がどのように変化しているか、とくに震災後の「本」のあり方にも思いをはせて記事をセレクトしました。アンソロジーとして編むにあたり、はじめから通して読むとひとつの流れができるように並べてあります。いまでも「マガジン航」のサイトで読める記事ばかりですが、縦書きでも横書きでもきれいに表示されますので、ぜひウェブとはちがった読書体験をお楽しみください。

メインストリームから外れたところにある「予感」

さて、勘のいい方はすでにお気づきのとおり、今回の『本は、ひろがる』は、2010年11月に岩波新書から刊行された、池澤夏樹さんの編纂による『本は、これから』というアンソロジーを意識しています。収録された記事の数は比べものにならないですが、あの本に対する、ささやかなアンサーソングというつもりで編みました。

『本は、これから』は紙の本と電子の本、双方の視点から書かれたエッセイをあつめた、読み応えのあるアンソロジーでしたが、電子書籍に対しては、やや警戒心が先に立っている印象をもちました。もっとも、この本が編まれたのは、電子書籍がブームとなり、マスコミ等でもかなり騒がれていた時期でしたから、そのぶんだけ、紙の本のもつ安定感や信頼感を強調する方向でバランスをとったのかもしれません。

しかし、その翌年に東日本大震災が起こり、紙の本も電子書籍と同様、きわめて精密に編み上げられたインフラの上で流通してきたことが明らかになりました。他方、あれほど恐れおののいていた「黒船」はいまだ来たらず、ブームを当て込んで雨後の竹の子のように生まれた日本勢もいまひとつ生彩を欠いています。その一方で、紙の本や雑誌の市場は確実に地盤沈下しつづけている。

そうした厳しい状況を直視しつつも、「本」のメインストリームから外れたところに芽吹きつつある、本の「ひろがり」への予感を、「マガジン航」に投稿された記事から集めてみたのが今回の『本は、ひろがる』です。

紙か電子か、という対立軸ではなく、どちらの「本」にかかわる人も力を合わせなければ、この難局は乗り切れません。「ブックス航」は今後も刊行を予定しています。「マガジン航」ともども、これからもどうぞよろしくお願いします。

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執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。