孤立した電子書籍から、本のネットワークへ

2011年12月9日
posted by 仲俣暁生

12月8日にボイジャーが新しい読書システム「BinB」をリリースしたので、さっそくいくつかの作品を試し読みしてみました。以下に述べるのは、その読書体験を通して感じたことです。

今回リリースされた「BinB」はウェブブラウザ上で電子書籍の閲読ができるしくみで、世界標準フォーマットであるHTML5とEPUB3に準拠しています。これまでの専用アプリや読書端末を介して読む電子書籍とことなり、HTML5に対応しているウェブブラウザ(Safari、Firefox、Google Chrome)さえあれば、PCでもMacでも、スマートフォンでも各種のタブレットでも同じように読むことができるのが特徴です。

BinB Storeにいくと、まずこのような映像が流れます。

「ブラウザの中に本がある」「インターネットが本の入り口」という言葉どおり、「BinB」をつかうと、自分の読んでいる本をインターネットを介して他の読者に直にオススメできます。twitterやFacebookで言及できるほか、ブログなどにページをそのまま埋め込むこともできる。いわゆる「ソーシャル・リーディング」(読書体験の共有)です。

実際にやってみましょう。上の画像をクリックすると、この本(浜野保樹著『解説「虎虎虎」』)が開き、数ページ分が立ち読みできます(無料版はログインすれば全文の閲読が可能)。「BinB」がただの電子書籍ではなく「読書システム」と名付けられているのは、このように読書体験を共有するしくみを備えているからでしょう。

「ウェブから本へ」の導線があるだけでなく、「BinB」では、「本からウェブへ」の導線もあります。本文からTumblrをチューニングしてつくった外部の解説ページへ飛び、関連する写真や図版をみることができるのです。

「ブラウザで読む本」への流れ

「BinB」をつかって、ウェブページからウェブページへとリンクをたどるように「本」を読んでいるうち、自分が読んでいるのが「ブラウザに表示された電子書籍」なのか、それともログイン状態で「縦書きウェブサイト」を読んでいるのか、よくわからなくなってきました。

ウェブブラウザで電子書籍を表示させる方式は、アマゾンもKindle Cloud Readerですでに導入しています。しかしこれは、キンドルのプラットフォーム上における電子書籍の閲読・購入方法の選択肢のひとつであり、「BinB」のように、オープンなウェブの世界に「本」のページを露出させてしまうことはありません。あくまでもブラウザはビューアにすぎず、外から特定のページへリンクすることはできません(中から外へのリンクはあり)。

一方、グーグルはすでに一部の本や雑誌をGoogle eブックストアで閲読できるようにしています。ディケンズの『荒涼館』やジェーン・オースティンの『高慢と偏見』など、著作権切れのコンテンツが無料で公開されており、本文中の特定ページへのリンクも可能です。

■ディケンズの『荒涼館』をGoogle eブックストアで読む

ボイジャーの萩野正昭氏が「BinB」の記者発表時に言及していたように、アメリカのインターネット・アーカイブやOpen Libraryでも「Books in Browsers」による電子書籍の閲読サービスを行なっています。

ためしに同じディケンズから、「青空文庫」に収録された森田草平による『クリスマス・カロル』の日本語訳のOPen Library版を表示してみましょう。

■ディケンズの『クリスマス・カロル』をOpen Libraryで読む

また、以前の記事(台湾の電子書籍プロジェクト「百年千書」)で紹介した台湾の「百年千書」のプロジェクトでも、「Books in Browsers」の考え方が取り入れられています。

ワールド・ワイド・ウェブに溶けだす「本」

このように、これまで「電子書籍」と呼ばれてきたものが、「Books in Browsers」という発想によって、広大なワールド・ワイド・ウェブの世界へと溶け出しつつあります。

いつでも、どこでも、どんなデバイスや環境からでも、有料・無料を問わず電子の本にアクセスできるしくみができたとき、それを「電子書籍」や「電子書店」と呼ぶのか、それとも「電子図書館」や「電子本棚」と呼ぶのか、「縦書きで読めるウェブサイト」と呼ぶのか。それはもはや、好みの問題でしかないような気がします。

いまの電子書籍はアプリやプラットフォームのなかで孤立しており、相互に結びつくことがありません。しかし、そもそも本は相互参照の道具であり、ワールド・ワイド・ウェブ自体もその考えのなかから生まれたはずです。にもかかわらず、いつのまにか「電子書籍」という孤塁のなかに、コンテンツは囲い込まれてしまいました。

電子書籍という孤塁から抜け出し、「本」がウェブに溶け出していくことによって、新しい「本のネットワーク」が生れる。ウェブに溶け出した「ブラウザの中の本」であれば、本同士が相互にリンクしあい、言及しあうことも可能になります。「BinB」が「ブック・イン・ブラウザー」ではなく、「ブックス・イン・ブラウザーズ(Books in Browsers)」という複数形であることから、そんな夢をみるのは私だけでしょうか。

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執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。