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2011年5月6日
posted by 仲俣暁生

posted by 仲俣暁生(マガジン航)

ウィキリークスによる米国外交公電の暴露事件、いわゆる「ケーブルゲート事件」が日本にも大きな影響を与え始めています。朝日新聞が5月4日の朝刊で、ウィキリークスに公開された外交公電7000点の分析結果として、沖縄の在日米軍のグアム移転に関し、日本側の負担を低くみせかけるために米国側が移転費を水増ししていたと報じ、他のメディアも一斉にこの件を報道しはじめました。

公開された外交公電は、ウィキリークスのミラーサイトで現在もアクセスが可能。

公開された外交公電は、ウィキリークスのミラーサイトで現在もアクセスが可能。

ウィキリークスとその創設者ジュリアン・アサンジに関しては、ウィキリークスと提携しているドイツの「シュピーゲル」誌やイギリスの「ガーディアン」紙のスタッフによる著作が相次いで翻訳されていますが、どちらも既存の新聞・雑誌ジャーナリズムの側からの見方であり、アサンジのバックグラウンドである暗号やハッカーのサブカルチャーについての解説は十分とはいえません。

ちょうどこの事件が報じられる少し前に、翻訳者の浅野紀予さんより、SF作家のブルース・スターリングがウィキリークスについて書いた文章を翻訳したので、「マガジン航」に掲載できないかという申し出をいただいていました。そこでこのタイミングにあわせ、浅野さんが自身のブログに公開している訳文に編集を加え、「サイファーパンクの爆弾工房」として転載することにしました(浅野さんがこの文章に出会った経緯については、彼女のブログをご覧ください)。

サイファーパンクの爆弾工房

このエッセイは「The Blast Shack(爆弾工房)」という題名で、昨年12月22日にWebstockというサイトに公開されたものです。「サイファーパンク」とは、暗号を意味する「サイファー cypher」という言葉をSF小説の「サイバーパンク cyberpunk」と掛け合わせたもので、暗号技術を社会変革のツールとして考える活動家たちのことです。これを読むとアサンジや、「ケーブルゲート事件」の元になった軍機密文書を漏洩したとして逮捕された米兵ブラッドリー・マニングもその一員であったハッカー文化に対する、現在のスターリングの微妙な距離感がわかりとても面白いです。

「マガジン航」にこのエッセイを転載しようと考えた理由は、暗号技術が電子書籍とも深い関係をもつテーマだからです。DRMのような著作権保護のしくみから、著作データベース全体の管理まで、電子書籍は出版や本にかかわるビジネスであると同時に、ウェブをはじめとするコンピュータ技術の動向と切り離せません。ハッカー文化やサイファーパンクの背景を知っておくことは、ネット上での「出版」を考えるうえでも欠かせないと考えたからです。

スターリングはウィリアム・ギブスンと並んで1980年代半ばの「サイバーパンク」のムーブメントを牽引した小説家としての仕事のほかに、すぐれたジャーナリストとしても活躍しており、1990年にFBIによって行われたハッカー一斉検挙に関するノンフィクション『ハッカーを追え!』が日本でも刊行されています。このほか、かつて出ていた『ワイアード日本版』に掲載されたスターリングのプラハ紀行「プラスチック人間たちの勝利」などの訳文が山形浩生さんのサイトでいまも読めるので、興味のある方は参照してください。

そういえば「ワイアード」は今年6月に日本版が復活するとのことで、こんなサイトもできています。ここにあげられている必読書の多くが翻訳書であり、ネット文化とこれまでのメディアをつなぐ架け橋となる場が日本でも必要であることを痛感します。「マガジン航」では出版関係の話題だけでなく、メディアの未来に関わるネット関連の話題も取り上げて行きます。どうぞご期待ください。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。