電子図書館のことを、もう少し本気で考えよう

2011年3月4日
posted by 丸山高弘

OverDrive一社独占

ご存知の方もいるかもしれないが、米国ではほとんどすべての公共図書館で「電子書籍のダウンロード貸出サービス」が提供されている。単館の場合もあれば、カウンティ(郡)の公共図書館コンソシアムで提供している場合もあり、コンソシアムの場合は参加館の利用者がダウンロード貸出を利用できる。すごいのは、ほぼOverDrive社の一社独占ともいってよい状態であることだ。

利用者は、自宅にいながら図書館のウェブサイトにアクセスし、そこからデジタル資料のダウンロード貸出のページに移動する。自分の利用する図書館(または参加館)を選び、図書館カードの番号を入力し、PIN(パーソナル・アイデンティティ・ナンバー:図書館カードの暗証番号)を入力してログイン。これで自分が読みたい電子書籍を探しダウンロードできるようになる。ダウンロードした電子書籍は自分のパソコンや、対応していればiPadやiPhoneなどのデバイスで閲覧することができる(下はウィスコンシン州公共図書館コンソシアムの電子図書館)。

ウィスコンシン州公共図書館コンソシアムの電子図書館画面

実のところ、米国ではいきなり電子書籍のダウンロード貸出が始まった訳ではない。それ以前にmp3による朗読(オーディオブック)のダウンロード貸出が始まっており、そのシステムに電子書籍を載せただけ、ということもできる。

歴史的にみれば、オーディオブックの貸出が、カセットテープから音楽CD/朗読CDを経て、PLAYAWAY(一冊分の朗読データが入ったmp3プレーヤ)、iPodの登場とmp3ファイルのダウンロード貸出などにいたる流れのなかで、eBook(電子書籍)のダウンロード貸出が始まっている。今では、電子書籍の他にも音楽、オーディオブック(朗読)、映画/映像のダウンロード貸出が、ごくあたりまえのサービスとして提供されているようだ。

日本でも始まった電子書籍のダウンロード貸出

この流れは日本にもやってくるのだろうか? OverDrive社の日本進出、それとも韓国のiNEOや日本ユニシス、あるいはCHIグループによる純国産システムなど、いろいろ取りざたされてはいるが、電子書籍のダウンロードサービスを図書館に導入するにあたっては、正直なところ、まだまだ議論しなければならないこと、対策を考えなければならないことがあると、筆者は考えている。

鎌倉市図書館 電子書籍プロジェクト国内の公共図書館では、千代田Web図書館がダウンロード貸出をすでに行っている。それに続き栄市立図書館、鎌倉市立図書館、萩市立図書館などが電子書籍のダウンロード貸出を開始している。筆者も鎌倉のモニターに応募して利用してみたが、まだパソコンへの対応のみで、スマートフォンや iPad などのスレート型PCには対応していないようだ。そのあたりの電子書籍のフォーマット、アプリケーション、対応デバイスの種類などの課題とは別に、公共図書館として考慮しなければならないことが実はたくさんある。このことに気がついている人はまだ少数らしいのだが、この場をかりて警告(?)しておきたい。

蔵書はどこに保存されるのか?

電子書籍のダウンロード貸出のひとつの特徴は、実施する図書館が1冊分の電子書籍を購入した場合、一度に貸出ができるのは一人だけということだ。他の人が借りようとしても「貸出中」の表示か、「予約」のボタンが現れる。貸出期間を過ぎれば利用者のパソコンからは閲覧不可能になり、サーバ上では次の人に貸し出せる状態になる。このように、電子書籍だからといって、データのコピーを同時に複数の利用者に提供することはできない。

青空文庫や古文書などのように著作権者の権利が消失しているものはこの限りではないが、市販されている電子書籍をダウンロード貸出するような場合は、ライセンス数=所蔵数になる。しかし、ダウンロード貸出のできる電子書籍は、実際にはどこにあるものなのだろうか? 米国の事例ではすべてOverDrive社のサーバ上にあり、契約図書館に電子書籍のデータが保存されているわけではない。すなわち年間契約して利用するオンラインデータベースなどと同様に、一定の[ライセンス数供与]により電子書籍の利用ができることになる。

公共図書館は、大切な公費を投入し蔵書という備品(財産)を貯えているが、このダウンロード貸出サービスにおける電子書籍のデータは自館のサーバには存在しない。財産にもならなければ、契約終了後は……何も残らないのである。これは公共図書館における資料費(備品購入費)として支出できるものではなく、サービスを購入する役務費のような支出で対応するしかないだろう。

また公共図書館は資料の保存機能を持つ。ダウンロード貸出用の電子書籍を購入する場合、資料の保存という視点は持たなくてもよいのだろうか? 筆者はそのあたりに大きな疑問を感じるのだ。

貸出に特化する電子図書館を指向するなら

その一方でこうも考えられる。いっそ将来の図書館のひとつのカタチとして、建物もない職員もいらない蔵書すらも所有していない、それでも利用者の皆様には電子書籍のダウンロード貸出を提供する「電子書籍のダウンロード貸出に特化した、ネット上の◯◯立公共図書館、あるいは◯◯立図書館ネット分室」を運営することは不可能ではない。

このとき、設置自治体と電子書籍ダウンロード貸出サービスを提供する会社との間では、当該地域の人口をもとに「団体契約」をし(グルーポンのように、大幅に割り引かせることができるかもしれない)、その契約にもとづき、住民は無料で電子書籍のダウンロード貸出という公共サービスを享受することができる。ひょっとしたらこれも公共サービスのひとつのあり方なのかもしれない。

地域資料の保存もせず、書籍流通に乗っている電子書籍をライセンス契約し、住民に貸出サービスだけを提供することは、貸出至上主義的な考えに基づいた図書館であれば、究極の貸出サービスとなる。電子書籍ならではの特徴により、そこでは「汚損・破損・紛失」は皆無になる。また貸出期間を過ぎれば自動的に閲覧不可能になり、次の予約者への貸出が行なわれる。すなわち「督促業務が不要」になり、督促に係るコストも削減することができる。絵本や児童書などでは傷みの激しい図書を何度も何度も修理し、それでももうダメなときは同じ本を買い直すことがあるが、電子書籍の絵本ではそれらの心配事が不要になるのだ。

貸出を至上のミッションとして取り組む図書館であれば、地域住民の共有の財産(公共財)として資料を残す必要もないのかもしれない。であれば、住民数にもとづく団体契約による電子書籍のダウンロード貸出は、理想的な図書館といえる。しかしながら、これで図書館といえるのだろうか。

自館の電子資料を貸し出すためのサーバ構築

図書館が所蔵している地域資料などを電子化した資料はどうすればよいのか。こちらのほうこそ、図書館業界が本気になって取り組まなければならない課題ではないかと筆者は考える。

これらの電子化した資料をウェブサーバからダウンロードできるようにするのは、なにも難しいことはない。ダウンロードページから、利用者が「ポチッ」とクリックすれば自動的にダウンロードされ、パソコンなどの電子装置で閲覧できる。ただしこの場合、2週間経過したら閲覧できなくなる(返却したという処理)等々は現在のところ不可能である。著作権も消失し、誰でも自由に複製ができる資料であるならば、それでもよいかもしれないが、管理者である図書館が意図していない複製がされることもあろうし、あるいはどこか別のサーバにアップロードされてしまう、等々の懸念もある。そうなれば、電子化した図書館資料に対する財産としての権利は消失してしまいかねない。

それを防ぐためにも、図書館自身がウェブサーバの拡張機能として、電子書籍の蔵書数と貸出期間にもとづく、ダウンロードサービスを提供する必要がある。それとともに、利用者のパソコン側にもそれらの閲覧コントロールができるビューワーソフトが必要になるであろう。

そのようなシステムが稼働する日が来る前に、私たち図書館員は電子書籍のダウンロード貸出サービスを提供する際には、考えるだけ考え、たくさん意見を出し合い、たくさんの小さな課題解決を繰り返し、電子書籍時代の公共図書館のサービスを……否、電子書籍時代の公共図書館のあり方そのものを、考えなければならない時代なのだ。

非来館型サービスからインターネット分館の利用へ

リアル図書館に足を運ばず、ネット上のサイトから利用する人に対するものを[非来館型]サービスと呼ぶが、筆者はむしろ「インターネット上に開館した分館」ととらえるようにしている。ネットからの利用者はインターネット分館の来館者であり、ダウンロード貸出も来館者への図書館サービスということができる。利用者にとっても、セルフサービスで借りられるのはメリットだ。(司書には守秘義務があるとはいえ、)カウンターの女性に「僕がこんな本を借りていることがバレてしまう」と懸念する利用者も少なくない。セルフサービスによる電子書籍の貸出は、多くの利用者から支持されるのではないか。

さて、公共図書館が電子書籍を取り扱うことが吉とでるか凶とでるか。日本ではじめて指定管理者制度を導入した山中湖情報創造館、その指定管理者の館長という立場でこれからの公共図書館における電子書籍の取扱いについては、日々情報を収集し考えていなければならない。また、指定をうけているNPO法人地域資料デジタル化研究会の副理事長としても、デジタルアーカイブや地域資料のデジタル化(いわば地域資料の自炊と言ってもいい)は、ミッションとしてのテーマでもある。

さらに今年度から、ICTに明るい図書館員を育成しネットワークするための団体 Code4Lib JAPANの代表としても、今後の図書館をとりまくデジタル技術の動向や図書館自身がデジタル技術をどのように取り扱っていけばよいのかなどを考えていかなければならない。筆者としてはワクワク感を持って、今後の動向を探りつつ機会を伺っていたりする。

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